012 クロエの異世界講座 (決闘会復習編)
ふと目が覚めた。
知らないうちに寝転がっていたらしい。
デジャヴだ……確か≪世界≫って所でクロエと出会って以来だな。
前は辺り一面が無彩色の公園で目が覚めたんだっけ。
堅い床から上体を起こして自分の身を確認。
「あれ?」
先程まで着けていたはずの赤いグローブが無い。
他にも、装着していたはずの装甲も見当たらない。
無意識にさすっていた左腕にはどこも損傷が無い。確かフィアを庇って、オレが代わりに噛みつかれて、それから…………。
何がどうなってるんだ? 前回みたいに眠っている最中なのか。
まさか死……?
一定の疑問を抱きつつ、今度は周囲を見渡し状況を把握する。
どこかの一室、それも人が暮らしてそうな場所だ。
家具やベッドといった生活に必要なものが揃っている。
さらに前回と違って、その全てに色がある。
「ここは、あの≪世界≫なのか……?」
「ご明察」
「うおっ!」
いつの間にかクロエがいた。
オレが見渡した限りだと何処にも座ってなかったのに。
「いたのか?」
「何よ。悪い? ちょっと散歩して戻って来ただけよ」
「そうか…、これでも最近は気配に敏感になってきたんだけどな」
「今の貴方は猫じゃないでしょ。にしても………」
「? 何だよ」
クロエはオレの顔を気にしてるみたいだ。
目線はオレの顎辺りに集中してる。おいおい……。
「お前言ってなかったか? ひげ伸ばしてる男は嫌いって」
「そうね。……顎、触ってみなさいよ」
顎? 今更だな。
そう思いながらも指示通りにしてみる。
「!?」
………つるつる、だと……!? 触った限りでは掌からこそばゆい感覚は伝わってこない。
ひげが無くなってる? 抜け落ちでもしたのか?
「ちなみに髭が自然に抜け落ちるなんて話は聞いたことが無いわ。不思議よね。それなら頭部の髪が抜け落ちるのはおかしい気がするのだけれど」
「うん、純真な疑問なんだろうが追及するのはそこまでにしよう」
デリケートな話題は避けるべきだと、本能がアラートを鳴らした。
危ない危ない。ちなみにオレは剥げてない。密かに胸を下ろした。
「それよりもオレのひげが無くなってるのは何でだ?」
「髭だけじゃないわよ。全体的に見て今の貴方、前より若くなってるわよ」
「若い? 若返りましたってか?」
冗談交じりに返したんだが、クロエがその事に触れずに頷くのを見て、それまで浮ついていた気持ちが急速に治まった。
言われてみれば背丈も少し縮んだか? こうして風景に色が付いたおかげで比較もしやすくなったな。
「見渡した限りでも以前と変わった部分が節々にあるな。その辺について何か知ってる?」
「あら、意外と落ち着いてるわね。胆力が付いてきたのも変化点ってとこかしら」
「成長点、って言ってほしいな」
「成長ね……それは どうかしら」
「??」
4足で立ち上がり、部屋のドアの前に向かうクロエ。
そして振り返りこちらを誘う眼差しを見せた。
「推測はひとまず立てたけど、聞きたい?」
これはまた説明タイムだな。
というか、こちらが催促しなくても説明しようとしてくれるとは。
すっかり教育者が板についてきたな。
「助かる。聞かせてほしい。その他にも聞きたいことはあるしな」
「決闘会の準備でやった行動の事ね。そっちにも関係してることだし良いわ。分かったからドア開けなさい。飛び上がるのってなかなか苦労するのよね」
「へいへい」
言われた通りにドアを開ける。
室外も変わりなく彩られていた。 光の吸収や反射はどうなっているのか……。ここって光があるんだっけ?
「ともかく行きますか。クロエ先生!」
「……………まったく、もう…」
若干速足になったクロエの後を追い部屋から出た。
呆れてそうだけど、声の中に嬉しさが混じってる気がした。照れてんのか?
(よし……!)
彼女が喜ぶ機会が増えるのはオレとしても嬉しく思う。
隠れてガッツポーズを取りながら黒猫の後へと続いた。
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「どうなってるんだ、こりゃ………」
部屋を出てから廊下を渡り、階段を降り玄関から外に出たオレ達。
さっきまで自分が居た場所の存在に困惑していた。
人の気配が無い建物はモデルルームのように、生活感がないお屋敷になっていた。
それでも懐かしい面影がそこにはある。
あるんだが、なぜここに?
「ソードハンドの家だ」
「あら、貴方は知ってるの? この家がどういう物か」
どうやらクロエは知らないみたいだ。
そこでオレはフレディアについて知っている事を話した。第三者に彼女の秘密を話すことになるので心苦しさはあったが、相手が相手だけに許してほしい。
聖国、剣姫、守護四家であるソードハンド家、フレディアの内情。
粗方は何とか説明した。おそらく価値観も違うであろう他国の説明を上手くできたかはさておき。
説明の後クロエは難しそうな顔をしていた。具体的には眉間にしわが寄っていた。
そういう顔も猫がしてたら可愛く見えるのは不思議だな。
「聖国なんて存在、知らなかったわ………」
「そうなのか? 先…クロエでも知らないことがあるんだな」
てっきりこの世の知識は全て網羅していると思い込んでいた。
「そう言われると悔しいけれど、さすがにね。他国の、それも話によれば同じ大陸の上に無い国のことまではお手上げね。帝国と王国のどちらとも交易してないみたいだし」
「交流する事での旨みが薄いんだろうな。資源はほぼ全て自国で賄えてるみたいだし」
「それに、開示したくない情報もあるんでしょうね。それこそ剣姫や聖剣とか」
「聖剣、か……」
それは一度だけ見た。
見たのは『聖火の剣姫』であるフレディアに宿る聖剣。
銘は…何だったっけ? まぁいい、ともかくだ。
あれはそう、国から妹を連れて亡命しようとした最中のことだ。
抑えようと迫ってくる国軍に対して使おうと初めて顕現させた。
突然だが聖剣の基本性能として覚えておくべきは、その力が発揮されるタイミングは持ち主が何かを護る時のみであること。(ただし持ち主自身は守護対象にはならない)
そしてその出力は守護対象の規模・規格によって大きく変化することだ。
聖国に根付いていた一般常識で、聖剣とは自国を護るために振るわれるべき最強の国防兵装だ。護る対象が国なわけだから、その際に放出されるエネルギーは桁違いだ。
だからこそオレの中に疑問が生まれてるんだけど、まあ今はどうでもいいか。
「ていうか、さっき言ってた態度から察するにお前って結構自信持ってるタイプ? 『さすがに』とか『お手上げ~』とか、普通言わない気がするぞ」
「そうかしら? 率直に事実を言ってるんだから別に変でもないでしょ。逆に貴方はもっと自信をつけた方が良いわね」
「自信家だな……。ちなみに何についての自信だ?」
「駄目よ。それを教えたら奪っちゃうから、貴方の貴重な体験を」
「ケチだな」
「色々やってみることね」
色々、ね。
経験を積んできた強者が使いそうな台詞だな。
「私はね、一芸を極めるより多才であることが大事って考えだから。前者だと確かに強いけど、どうしても活動が閉鎖的になってしまいそうなのよ」
「クロエ自身が、ってことか? 確かにお前って研究者っぽい印象もあるからな。もしかして凝り性なとこもあるのか」
「…少しはね」
照れくさそうに頭を掻いてるが、別に恥ずかしいことじゃないと思う。
さっきも言ったが何となく研究者みたく興味のある分野には没頭しそうな傾向が見えたからな。
「だからこそ外からの吸収を怠ることはしないようにしてる。貴方も努々気を抜かない事ね」
「先達者からの身に沁みるお言葉だな」
オレもその向上心に倣いましょうかね。
「それでは、行ってみよう!!!」
「急にどうしたの」
「番組だと企画に移る時に司会者がこうやって声を張り上げるんだよ」
「?????……………え? どういうこと??」
~クロエ先生への質問タイム~
Q1.同調ってなぁに?
「これから話すことも他人に知られない方が良いわね、特に」
「魂獣の事より?」
「どちらにせよ秘密なんだから、比べる必要がないことは理解してほしいのだけど」
「………確かに。でも誰かに秘密を話すなんて状況が来るかも分からないけどな」
「そうかしら。なら女剣士への釈明では絶対に言わないのね、こちらの事情については」
「……………………ォゥ」
しっかり釘を刺され黙らざるを得なくなった。なぜなら保証は出来ないからだ。
前置きという忠告はあったが、クロエはその秘密とやらを語りだした。
「そもそも私は…というより私の眼は特殊な力を宿してる。とても珍しくて、界隈ではこれに『特異眼』って名前を付けてる」
「実に分かりやすい名前だな。どういう奴に宿るんだ? 魔術の扱いに長けた人物に…とか?」
「元々はそう考えられていて『魔眼』なんて呼ばれてたけど当てはまらない例外が確認されたことで名称が改められたの」
相変わらず情報の幅が広くて頼りになる。
「私の特異眼は見た対象と同調することが出来る代物。今回の場合は女騎士との同調だった」
同調。
他人に調子を合わせる。こんな意味だったはず。
「貴方の運動能力の向上、(それと思考回路もかしら…) の要因はこれね」
「ん~? なるほど。あんまり実感ないな」
「…と言うと?」
「なんていうか……向上?とか言われても、そこまで強くなったって気がしないというか―――」
「………やっぱりね」
「ん?」
うんうんと頷くクロエ。1人で勝手に納得しているが如何なされたのだろう。
これ以上の置いてけぼりは勘弁したい。
「何か気づいたことがあるならオレにも教えてほしいんだが」
「そうね。貴方には到底考えつかない事でしょうし」
「…………………………」
「あからさまに不満を顔に出さなくても、私の発言が貴方に不快感を生むような発言だった事は分かってるわよ」
「わざとなら余計たちが悪いぞ」
「仕方なしによ。だって私、間違ったこと言ってないもの」
「……はぁ。あのさ、だとしても――
「貴方の自覚してない態度が意味してるのよ」
オレの文句に彼女の言葉が被せられる。
何かを自覚してない。
話の流れで考えれば、オレが強くなったって事実に自分で気づけてないってことだよな……。
「前世の貴方については記憶が定かじゃないから知らないけど、この世界ではずっとただのネコで、今回その肉体を無理やり人の形にしただけなのは貴方も分かってるはず。それだと弱いまま、だから同調によって体に能力を刷り込ませたのよ」
「なのに貴方は初めから強くなってる自分を受け入れてた。しかも自分は元からこうだったって当然のように受け入れてる」
「そりゃそうだろ? だってオレは………」
オレは……俺…………アレ?
じゃあ、なんで同調なんて真似をしたんだ??
確かに違和感がある。
いやでも……正しいという揺るがぬ自信も確かにある。
理由を探すため、無いはずの記憶を掘り起こす。
屋敷の庭から妹に引きずられ嫌々参加した稽古の日々、実際に木剣を交えずとも遠目から他人の訓練を見るだけでどう動けばいいのかをぼんやりと理解したサボりの日々、父に呼び出されちょっかいを適当にあしらい その後聖剣の秘密について聞かされた誕生日、それから………………………
「もう分かった? それは貴方の記憶じゃない。女剣士から得た記憶を勝手に自分のものだと思い込んでるだけ」
「思い、込み…だっ て?」
「これは私も誤算だったわ。私がこれまで同調の力を使った時は相手の持つ知識や能力、その経験を外から傍観するように感じ取っていたから。例えば書物を読むみたいに、あるいは試合を観戦するみたいに」
「でも貴方の場合は少し違う。私みたいに自分と他人を明確に線引きできずに、相手に入れ込み過ぎてしまう。この場合だと適応?共感? どっちかは分からないけど、それらが高いせいで同調したら自分と相手が複雑に混ざっちゃうみたいね」
「……随分とややこしくなってきたな」
「私の同調は相手を外から見て知る、貴方の同調は相手その人になって追体験。こう言えるわね」
「なる……ほど」
「完全には理解してないことは分かったわ。でも仕方なしね、こればかりは」
そう言って締めくくるクロエ。
その声にはあまり元気が無い。心なしかクロエ自身も項垂れているように見える。
「どうした? 似合わずシュンとしてるようだけど」
「……そうね。自分の変化に気づいてないんだもの。もう1つの変化にも気づいてるわけないわよね」
「何の話だ?」
まだ気づけてないことがあるのかよ……。さすがに鈍感すぎるぞオレ。
「私とのやり取りに関して。決闘会の最中、少し気になったけど集中を妨げないために黙ってた事があるわ」
「やり取りって言うと…頭で言語化して伝えるってやつか」
「察しが良いわね。そうしないと私に伝わりづらいって話したけど」
「けど、ってことは、まさか………」
「その通り。時々貴方の心の声が筒抜けだったわ」
……………………………………………………。
「~~~~っ!!!? オレ変な何か口走ったりしてねぇよな!? うわっ、でも思い起こしたくねえ!? 小恥ずかしさでムズムズする~~!」
「……………(そこで体の主導権を気にしないのが抜けてるというか、或いは本当にどうとも思ってないのか。これが人柄ってことかしら…)」
「クロエ?」
「(私が同調したせいでこうなったんだから、責められると思って身構えてたんだけど……杞憂だったみたいね。ま、私も反省すべきなのは間違いないかしら)」
「クロエさーん?」
「いつもの考え事よ、模範生さん。気にしないで」
「そっか。確かにさっきより元気になって……模範生?」
オレのいったいどこが模範生だというのか。
今更だけどクロエって人のあだ名を勝手に作るよな。
ちびっ娘、女剣士、バカ息子………。
オレの場合は「レン」と「模範生」どっちで呼ばれるべきだろうか?
「私がどう呼ぶかは追々決めるとして、他に聞きたいことは?」
「そういえば、お前は同調する相手に迷わずフレディアを指名してたけど、それはなぜだ? 一応アプールも選択肢としてはアリだったろ?」
「対人戦を意識して考えるなら彼女の方が優先度は高いわ。あの金髪男は冒険者って話だったから地形を絡めた戦いならまだしも、あの平坦な場所なら単純に地力が強い方が有利じゃないかしら?」
「そもそも冒険者ってのを知らないから何とも言えないんだけど……そういうことにしておこう」
「あら急に生意気ね。指摘を受け入れて吸収していく方が上達は早いわよ、反面生徒さん?」
「反面教師みたいに言うな! てか格下がっちゃってるし!」
まったく可愛さというのを知らない黒猫だな。
人を尻に敷きたくて堪らないタイプと見受けた。
「てか同調って聞いた限りじゃかなり強い能力だな。これを繰り返すだけで最強になりそうな気がするし」
「ついさっき負けた事実を忘れてないかしら。それに貴方って最強になりたい願望があるの?」
「………………言われてみれば」
最強になりたいなんてこれっぽっちも考えてない。
今回も仕方なく闘いの場に上がっただけだし。
「あと同調の発動は貴方の意思では出来ないと思う。特異眼は常に開いてるわけじゃなくて開こうという意思をもって初めて発動できるのはもう分かってるわよね」
気づいてなかったが、話の腰を折らぬよう黙っておこう。
「今の状態だと貴方に預け持たせてるだけみたいだから、扱えるのは元の持ち主である私だけみたいね。それでも実際に対象を見るのは貴方だから効果があるのも貴方だけってことね、多分」
「おい最後」
「し、仕方ないじゃない。私だって眼との付き合いは長くても その全てを知り尽くしたわけじゃないんだから。現在の学会と同じくらいにしか分からないわ」
そっか。
確かに見ただけで相手とほぼ同じ経験やらを得られるって、どういう仕組みなのか全然分からないな。
魔術ってわけでもないみたいだし。
よく分からない物を持たされてるんだってようやく実感してきた。
「同調だけに頼る、なんて過信は禁物ってことね」
「肝に命じておきます………」
Q2.どうして そんな人の姿になっちゃったんですか?
「真面目にやってきたから、か……?」
「?? 私が見てきた限りだとそんな場面は無かった気がするけど」
「…………引っ越し作業が得意な蟻さんの得意文句だ。ようはただの冗談だよ」
真面目に返されてしまった。軽い気持ちでボケるのは程々にしよう。
気を取り直して……。
「これは何となく分かってる。魔術をつかったんだよな」
「感心感心。よく覚えてたわね」
あまりにも簡単な問題なので馬鹿にされてるようにも思うが、褒められるのは悪い気分にはならないな。
と、クロエが何かを期待する目で待機している。
物欲しそうな、何かの催促をしているように見える。
「おいおい、まだ餌の時間じゃないだろ」
「ふざけてるの? 爪を立ててほしくて言ってるなら遠慮なくやってあげるけど」
「ただの出来心でしたスミマセン」
「少しは理解が追いついてそうだから、確認してあげようと思っただけよ。人の姿になれたのはなぜか、自分の考えを言ってみなさい。拙くても聞いてあげるから」
あぁ、そういうこと。教えるだけではなく、自分で答えを導き出す力をつけてもらおうと思ったわけか。
なら少しは先生のその期待に応えてみせよう。
オレは魔術っていうのがどういう仕組みで使えるのかは知らない。
だから何かの魔術を使ったとして、それはクロエが行使したってことだ。
でも、そこに疑問が生まれてる。
果たしてクロエは本当に魔術を使えるのか。
「活動してる肉体はオレの意思でしか動かせないんだったよな」
「そうよ。ある日 急に誰かさんが割り込んできたおかげでね」
「………皮肉が刺さるなぁ」
手痛くなる返しを受ける。それを言われるとオレとしては弱くならざるをえない。
もしかして怒ってる? そう思いクロエの機嫌を窺う。
が…不機嫌なだけで前のような激しい怒りと拒絶は読み取れなかった。
一度腹の中に抱えてたものを曝け出しあったおかげかな。
その甲斐はあったと思っていいだろう。
ただ、これから先 ずっと根に持たれ続けると予想。そこだけ不安。
気を取り直して………
「魔術ってのが肉体で行使できる、ようは運動で使えるわけじゃないならクロエが勝手に魔術を使うって線もあるのか?」
「………………」
何も喋らないクロエだが、その尻尾は左右に揺れてる。
猫のサインは尻尾から。
つまり良い読みしてるんだなと我ながら実感。
「今まで人の姿にならなかった理由に魔術を扱う条件が整ってなかったから」
「じゃあ今回で条件が満たされた理由には勿論あの手足に嵌めた手袋、名前は確か『魔術装具』、これが関わってると見るべき」
「クロエはオレが持ってた魔力を使って装具の魔術を発動させた。これが人体変化のカラクリだ!」
なお、全ての説明に『仮に~なら』が入る眉唾な内容だが。
「…………間を開けずに説明するあたり、前から推論は立ててきたのかしら。感心するわ」
「だいぶ低く見積もられてたな、こりゃ……」
そうは言ってもオレの胸の内にあったのは、落胆ではなく高揚だ。
だってよ…感心ってことはよ…つまり、えぇ……つまりよ………!
「あとは満点の回答を目指すだけね。これからも精進なさい」
「褒め伸びって言葉を知らないのかよっ、バカァァァァ!!!」
スパルタ教師、実は身も心も畜生だった。
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質問タイムが終盤に差し掛かる頃。
その間ずっと歩き続けていたわけだが、疲労感は無く、気づけば一面無彩色の懐かしい風景の中に辿り着いていた。
オレ達にだけ色があったり、陽がないのに影がついていたりと、相変わらず不可思議な場所だ。
ここいらでオレたちが決闘会前にやったことを簡潔にまとめると………。
「特異眼による同調でフィアの知識、技能の組み込み。オレが嵌めていた赤い手袋に、クロエが魔力を通して人体変化の魔術を発動。短時間で強化人間の出来上がり。………で、よろしかったでしょうかぁ……」
「当ってるから、さっさと機嫌直しなさいよ。次までに私も生徒に対する効率的な褒め方を学んでくるから」
「効率って…思ってても口にするなよな」
お互い、まだ先は長いみたいだ。
「にしても、手袋を嵌めてくれたのはエンリィだけどさ。特別なものだと分かってて嵌めてくれたんだろうか」
「似合うだろうって口ぶりだったし絶対に真価を分かってないわ。そもそも、この手袋の用途は……」
急に黙り込むクロエ。
なんだかんだ言いながら説明したがる彼女にしては珍しいな。
「用途は?」
「………別に。知る必要のない知識だったわ」
「また自分で考えろっていう催促か?」
「好きになさい。ただし私に正解を求めるのは止めるように。採点も無し。…………本来の用途が破廉恥な品だし、そういうのに無知なちびっ娘が持ってるのは不思議じゃにゃいけど……」
あしらわれたと思ったら、1人ぶつぶつと小声で喋りだしてる。最後のほうは言葉が崩れてたような……。
しかも破廉恥って単語が聞こえたぞ。
動物。人体化。そして破廉恥。
……………………………………。
危険な香りをキャッチしたので、ここまでにしておこう。
世の中には余計に知りすぎると不味いこともあるのだ。
「そろそろ肉体が眼を覚ますだろうから、これだけ伝えておくわ」
クロエは不意にそう切り出してきた。
注意事項か?
「ちびっ娘や女剣士への説明よ」
「あ」
フレディアへの釈明についてはオレも頭を悩ませてたけど。
エンリィへも説明が必要だな。
説明、ね……。
「でも、バレてるみたいだったけど」
「それでもよ。彼女にとっても魂獣が人の姿をするなんて事例は初めてのはずだから。気にかけてあげたら?」
「…………………」
「理解してもらおうと自分から動く心がけは大事だと思うわよ。幾つになってもね」
「心がけ………」
「あの娘も無計画…かは分からないけど、魂獣を生む以上はちゃんと責任を持ってるみたいだから、知らないことがあると不安だと思う。それに左腕を噛まれて気絶した貴方を見て心穏やかには居られないはずだもの」
「!!」
「貴方にとってもそれは『なんかイヤだ』ってやつじゃないの?」
「む……」
「無計画なのは貴方のほうかしら」
「むむむ………」
確かにそれはその通りだな。
話せなかったのも理由にはあるが、心配させてしまったのには違いない。
これも反省点だな。
「……ま、私は嫌いじゃないけどね…………」
ポツリとそんな言葉を耳が拾った気がした。
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空が暗くなり、ポチポチと街に灯りが点き始めた辺境街。
飲食店や屋台はいまだに賑わっていた。
となると宿屋から人が少なくなるのは自然なことで、この機にどこかの一室で密談をする者たちがいるのは不思議な事じゃない。
灯りの点いてない、月明かりに照らされただけの部屋。
外からは確認できない位置取りで、いくつかの人影があった。
「ここまでは計画通りだ」
「贅沢すぎるよ。ボクはまだ不満アリアリなんだけど」
「催しに参加させた火種か?……そもそも、あの人形は借り物だ。ヴィネに交渉したのも俺だし、お前は好き勝手言える立場じゃない」
「人形じゃないよっっ! ちゃんと魔造人間って言って!」
白熱する言い合いに、その場にいた別の男が口をはさむ。
「お、おい、お前ら! お喋りは、そこまでにしろ! お前らがここまで自由に動けたのは僕のおかげって忘れるなよ!」
途端、4つの眼球がギロリと滑った。
異色の雰囲気を漂わせる彼らに睨まれ、口をはさんだ男はタジタジになってしまう。
「…誰だっけ」
「メギトス・オーソクレース。この辺境を統べる代行だ。いい加減覚えろ」
「ふぅん。あれか、えらい人だ」
「そうだ! 僕がこの場で一番偉い! ここまで協力してきたのも僕だ! お前たちの勝手な真似を許してるのも僕! 僕僕僕ぅ!!!」
金切り声を上げる青年に、よほど鬱陶しかったのだろう、1人分の大きな舌打ちが響いた。
メギトスは肩を震わせ、再び落ち着かない挙動をとり始めた。つい先程まで自身の身分を訴えていた態度はどこへやら。しかしこれでメギトスも理解はできただろう。この場の2人には地位や身分をちらつかせた脅しは通用しないと。
「つーか、集まったんなら本題。さっさとしようよ。ボクは早く屋台に行きたい!」
「……はぁ、そうだな。では計画の段階が進んだことによる確認、修正案を話し合う。何か異論はあるか」
「ボクは無いよぅ」
「………メギトス代行。貴方は?」
「て、手筈通りにやるんだよな? そうすれば皆が僕を認めてくれる……そうなんだよな!?」
「ええ。事件が収束する頃には領民の誰もが、貴方が領主を任されることに疑いを持たなくなるでしょう」
問いに男はそう返す。用意していた台本の通りに読む、整然とされた返答だった。
打ち合わせを終え、メギトスが去った部屋。
「じゃあボクも出かけようっと! チャップは留守番するの?」
「ああ。祭りごとに興味はない。お前が出たら俺も本来の拠点に戻る」
「そっか。なら行ってくる~」
「タルタ」
男が呼び止める。出発しようとしていたタルタは不思議そうに彼の方を向く。
「今回の件、俺とお前の狙いが別なのは分かっている。お前はどういう目的でこの辺境までやって来た」
「へえ、珍しい。チャップは自分の研究にしか興味が無いと思っていたよ。 ってそれはボクもか」
うっかりしてた、と舌を可愛く出すタルタ。
チャップは気にせず語る。
「そうだ。俺達は自分の研究題目しか頭にない。何か表立って行動に移すときもその研究に繋がる事柄、事象がある時ぐらいだ。つまり…」
「この辺境にボクが求める何かがあるって考えてるんだね」
チャップの発言より先に、彼の思惑を言い当てるタルタ。
その事に若干の不満はありつつもチャップは頷いた。
「それが真実だとして、本当なのか? 禁忌とされ、多くの国が協同して抹消し、今ではあらゆる痕跡も残ってないはずだろ。そんな物がこんな辺鄙な場所に?」
「ふっふっふ~。惜しいね。資料になるのは何も物だけじゃないだろう?」
「………………まさか」
「そのまさか!」
「来てるみたいなんだよね。篭魂術が使える存在が、さ!」
月明りに反射されたその表情は恍惚としていた。まるで憧れの人に早く会いたいと胸をときめかせる少女のようだった。




