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ReNew ~void spec~  作者: 俯瞰視天
Chapter 1 辺境騒動編
11/18

010 決闘会



 もうまもなく始まろうとしている決闘会。

 あらかたルールも覚えた。と言っても今更それに大きな意味があるかは微妙だが。


「……そろそろ、ね」

 いつの間にか廊下も騒がしくなっていた。別室にいたオレ以外の出場者がこぞって出てきたのかもな。


「よし、行ってくる。色々ありがとな。説明も雑談も楽しかった」

「裏の事情が見えてきても、行くんだ……」

「まぁな。最後までやってみる」

 今のところ優勝は絶望的だが。


 立ち上がり扉の前まで歩く。

 ふと後ろを向くとなぜか背後に張り付くようにテトラまで付いて来た。

 さっきまで流暢に話していた様子とは違い、まるで胸に秘めた悩みを打ち明けようとする小さな少女に見える。


「どうした? 一応ここまでだろ、お前の仕事」

「………一つ訊いて良い?」

 オレに顔を見せずに呟く。

 その声はか細く、よく耳を傾けないと聞こえてこない。


「不利な状況って分かってるのに、正々堂々と挑みに行くのはどうして? 確か雑貨屋の本が見返りなんでしょ。本を手に入れるんならやりようは幾らでもあるはずじゃない?」


 妙にこちらの事情に詳しいな。

 先ほどの騒ぎのせいで気になった誰かが調べてそこから拡まったのか?


「本が手に入る可能性が一番高いのがこの大会だった。他に本を置いてるとこも無かったしな」

「だからってバカ正直に闘うのはどうなの? 見たところ喧嘩とかしたこと無さそうだし。繰り返し言うけどメギトスが裏にまで手を回しているのかもしれないのよ。なら真面目に闘うだけ意味ないんじゃない?」

「ならどうしろって? 忍び込んで本を盗めってか? それとも今から脅しでも何でもした方がマシだって言いたいのか?」

「必要とあらば。望みの為ならどんな事でもした方が良いと思う」


 だとしたらその提案は滅茶苦茶だ。

 他の奴が聞いたらテトラを否定するだろうし、人によっては嫌悪を抱いてさっさと突き放しても不思議じゃない。


 ただ、オレには出来なかった。

 理由は先程のテトラの様子が気がかりだからだ。

 何か悩みがあって、実は相当思い詰めているのかもしれない。この滅茶苦茶な提案はそれと結びついているのかもしれない。

 この決闘会で彼女しか知らない何かがあるのか。真相は不明だが、そう思わずにはいられない脈絡の無さだ。


「ここまで色々と準備してきたからな。闘って勝ち取ってくるさ」

「…………そっか。なんかごめん。意気込んでるところに水を差すような真似して」

「応援してくれた、って捉えとくよ」


 その言葉にテトラは少し照れくさそうに目を伏せて笑った。

 悩みについて気になるが、ここで聞こうとしても断られるだろう。

 相談するなら自分のタイミングでしたいっぽいしな。


 ふと我に返る。

 自分はなぜここまで彼女を気にかけているんだ?

 面倒なことになるのは目に見えているし、そういった事に首をつっこむような人間だったかオレは?


 分からない。

 ただはっきりしているのは、意図はともかく彼女の悩みを知りたいと思う自分がいるということだ。


「なぁ、決闘会が終わった後って時間あるか?」

 ポカンとした顔を浮かべたテトラ。急に何を言い出すんだと口にはしないが顔で語っている。

「思いの外雑談が楽しかったからな。色々終わってからどこかの屋台でまた続きを話したいって思ったんだけど」

「一応聞くけど、口説いてる?」

「どう思う?」

「うわ、急にめんどくさ」

 確かに変なやり取りだ。だが、決して浮かれているわけではない。

 一瞬考えた後テトラは少し吹き出すように笑った。

「そんな冗談も言えるんだね。でも良いよ、約束ね。そのためにも、…あまり無茶はしないように」


 オレに憂いを感じさせないように、今度ははっきりと顔を見てくれた。

 その自然な笑顔を見届け、オレは部屋から出た。


================================================


 準備室の外の廊下。

 予想通り、これから始まる戦闘にむけて気合を入れている強敵たちがいた。

 オレと同じように防具をその身に纏っている。立ち振る舞いに違和感が無いのを見るに、闘い慣れしてるのが感じ取れる。


 その中でも唯一女性の出場者であるフレディアもといレディ・フランベ。

 彼女だけは、存在がどことなく浮いてしまっている。


 今もどうやら誰かに絡まれているようだ。

 恩人を放っておけない。

 近くへ向かおうとしたが、その前に気になったところがある。


 彼女もルールに則って当然同じ防具を着ているわけだが、どう見ても身体に合わせてサイズ調整されていない。女性が参加することは想定されてなかったんだろうか。


 潰れた胸は苦しそうだし、腿のほうも装甲で肉が持ち上がってるようにも見える。

 外套で分からなかったがスタイルのほうも仕上がっているらしい。

 ムチムチという擬音が聞こえてきそうだ。

(幻聴よ)

(そりゃそうだ。ってか、なんか冷めてるな。機嫌悪い?)


(なんで? どこに機嫌を損ねるような要素があったかしら? 貴方は変なことに気を遣わずに目の保養でも続けてたら?)


 うん、絶対おかしい。

 さては抜群なプロポーションに妬いて


(あ”?)


 なんでもありません。

 てか猫と人じゃ大違いだろ………。

 前世の、人だった時の記憶も無いんだし比べようとするだけ無駄だ。


 余計なことを考えてクロエを刺激しないようにフレディアの姿を視界から外す。

 もう遅いかもしれないが、あまりジロジロ見てても周りに不審がられるし。

 フレディアのもとへ近づけば次第に揉め事の内容が耳に入ってくる。


「結局、何が言いたいんだ」

他所(よそ)から来た出しゃばりには絶対負けられない、ってんだ! ゴラァ!」


 宣戦布告か?

 とは言えやけにフレディアにだけ突っかかってるように見える。

「どうやらな、異性絡みらしいぜ」

 ひそひそ声をかけてきたのはエンリィを助けてくれた一人、アプールだった。

 防具を纏うことで伊達男っぽさに磨きがかかっている。


「異性って、まさかフレディ…じゃなかったフランベの事を好きとか?」

「いや、あれは照れ隠しじゃなくて立派な敵意だよ。そうじゃなくてだな……」


 説明によると、突っかかっている男の意中の相手が、フレディアに出場するよう頼んだ女性らしい。決闘会に出てくれと頼まれたのが自分じゃないから気に入らないんだとか。

 今の行動をその相手に知られたらきっと幻滅されるだろうに。


「というか異性といえばよ……」

 そう前置きしてアプールがこちらの肩に腕を回す。

 心なしか愉快そうに笑っている気がする。


「レンジャーもやり手だな。二人っきりになって口説いたのか?」

「レンでいい。というか待て、話が見えない」

「扉の前まで見送りに来てただろ。たしかテトラって名前だったっけ? 妙に親密そうに見えたからさ、そういう仲になったのかと」


 まったく単純な頭だな。

 親密なんて言うが、ちょっと雑談したくらいだぞ。


「決してそういう関係じゃない。はっきり否定させてもらう」

「本当か? 俺も説明だったりを受けたんだけどさ、わざわざ扉の前まで一緒に来たりはしてくれなかったぜ」

「オレがあまりにも頼りなさそうに見えたんだろうさ。それで心配してくれたとかだと思う」

「なるほど。完璧な奴より危なっかしくて少し抜けてる奴の方が気になりやすいと」


 フムフムと一人で勝手に頷いている。

 テトラみたいな異性から好かれたいんだろうか。

 外見といい性格といい、モテてそうには思える。偏見だが、遊んでそうだとも思ってたんだが間違いか?


 そうしてアプールと話に花を咲かせている内に廊下の喧噪も収まっていた。

 一通り言い終えたであろう男はずんずんと大きな足取りで廊下の先へと歩いて行った。

 一応フレディアの様子を窺ってみたが、さほど気にしていない。結局何も分からなかったのか首をかしげている。

 今なら話しかけても問題ないか?


「本戦前から色々と巻き込まれてるな」

「今の男も出場者の一人らしい。サライミという名前とワタシに負けたくないという強い意志は感じられた」


 傍から見ていたオレ達と変わらないくらいの情報量しか得られなかったみたいだ。

 ただ、これで出場者のうち5人の名前が分かった。

 残った1人に関して一切の情報がつかめていないのは心残りだが、対策や心構えはしやすくなった。


 ん?

 闘いに向け考えをまとめようとする寸前、ふと何かを焦がしたような臭いに気づく。

 これは、タバコか?

 それに臭いの発生元は、フレディア?


「もしかしてタバコ吸った?」

「? そうだが、特別驚くようなことか?」

「へぇ! 意外だな。立ち振る舞いからして、令嬢か騎士のお忍びかとも思ってたんだが違ったか?」

「………こちらの事情を探るのはやめてもらおうか」

「ちょ、悪かったって。だからその目はやめてくれよ。な? いや目がマジなんすけどっ!?」


 フレディアがタバコを吸うこと自体は知っていた。お世話になった老夫婦の爺さんから教えてもらい、そこからハマったらしい。

 とはいえ、まさか運動する前にも一本吸うとはな……。

 タバコについては吸うと体に良くないってくらいにしか知らない。

 肌も荒れるとは聞いたことがあるが、彼女の肌にはハリがあり触らずともすべすべだと分かる。色も白く、清潔感も健在の、まさに穢れを知らない美しさを体現している。

 どうなってるんだ一体……。実は人間じゃなく女神なんだと言われても思わず納得しそうだ。

「どうした? 何をそんなに見ている?」

「いや、なんか神秘の一端に触れたというか……」

「?」


「おうおう! お前だな、あのガキどもの為に出場するって戦士は」

 後ろから聞き覚えのあるウザったい声がした。

 口を開くだけで好感度を下げていく残念な男、もといトッコンがこちらへと近づいていた。

 フレディアの顔が曇ったのが分かる。


「ったく、お前の煽りが上手いのは十分分かったからさ。何か用があるのか?」

「用だって? 闘う前に少し話すくらい別に良いだろ? そう警戒すんなよ、あぁ怖い」


 わざとらしく肩をすくめているが、完全にこちらを見下す態度だ。

 アプールが対応しようとしてくれているが、別に問題ない。その意思を伝えるのも兼ね、あえてオレから踏み込むことにした。


「初めましてだな。オレは…レンジャー、って名前で出させてもらってる。お手柔らかにな」

「あ?」


 アプールやフレディア、そしてトッコンからも動揺が伝わってくる。

 煽られていることにも気づかないように振舞いつつ、オレはもう少し言葉を続ける。


「そういえば、お前は辺境の次期領主から出てくれって頼まれてるんだよな。期待されてるんだろうな、お前なら勝ってくれるって」

「ハッ! 当然だろ」

「そうだよな。正々堂々と実力で勝ち残ってくれると信じてるんだろうな。卑怯な真似なんてせずに、ちゃんとルールに従って」

「……おい、何が言いて


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「! てめえ……」


 怒りのこもった視線をぶつけられるが、しっかりと受け止める。

 これならフレディアの牽制のほうが怖い。


「フン、言いがかりだな。俺がズルをしてるって決めつけてるみたいだがよ、俺に出来る卑怯事なんて少ないはずだがな」

「エンリィの受付の邪魔をしてたのは何だったんだよ? それにお前に出来なくても他人なら別だろ? 大会中の審判、防具を用意した補助員、もしかすれば出場してる戦士の中にやられ役なんてのがいるかもな。お前はただその現場を見過ごすだけでいいんだ。お前も十分卑怯な奴だと思うけどな」


 ある事ない事を煽るように言い聞かせることで、揺さぶりをかけトッコンから情報を聞き出そうと試みる。激情しやすいタイプに見えたから、何か情報をこぼしてくれそうと判断した。

 もしこちらに危害を加えようとしても、周囲にフレディアとアプールが控えている状況ではそんな強行手段に手は出せないだろう。おかげで、こちらも好戦的に仕掛けられる。

 ……オレも人に卑怯とは言えないな。


「確証のない事ばっかり言いやがって……! 俺はそんなの知ったこっちゃねぇ。審判とは顔も合わせてねぇし、防具を用意したのだってあの言葉遣いの下手くそな小娘だ! 当然知らねぇ奴だよ! クソが!」


 う〜ん……。予想以上に怒っている。

 捲し立てる勢いからして、本当に知らないようにも見える。

 もしそうならメギトス(バカ息子)の思惑に勝手に巻き込まれた残念な人だな。


「決めたぜ。お前は絶対に潰す! 徹底的に潰して泣きっ面晒してやるよ!!」


 そして必要以上に怒らせてしまったことで、完全にオレに狙いが定まってしまった。

 これは、やらかしたか………?


 般若のように眉間を寄せ、白い歯を見せるほど怒り狂ったトッコンは会場のほうへと歩いて行った。

 途端に静まり返る廊下。

 気まずい沈黙が続いた後、フレディアが口を開いた。


「言わなくても分かってるだろうが、言い過ぎだ」

「…………止めてくれても良かったぞ?」

「そこまで世話するつもりはない。素直に反省しておけ」


 手厳しいが、その通りだ。

「レンも煽りのつもりだったんだろうけどさ、大会関係者が聞いてたら怒りそうな内容(こと)だぜ? ズルをしてるって前提で話してたわけだし」

「うっ……」


 アプールにも追加で叱責された。

 煽る目的とはいえ他の誰かを不快にさせてしまうような事を言ったわけだしな。


(貴方って余計な行動をすることにかけてはとてもお上手ね。そのうち、ちびっ娘からも呆れられてひっそりと木箱に入れられて放っておかれるんじゃないかしら。『拾ってあげてください。貴方にこの子を四六時中監視する勇気があれば』って添え書きされて)

 クロエからはいつもの如く毒を吐かれる。

 今のオレには響く……。ハハ……。


「そろそろ向かったほうがいいな。おい、大丈夫か?」

「ハハ、さっさと行くしかないな……ハ、ハハハ………」


 生み出してしまった罪悪感に圧し潰されそうになりながらフレディアたちと共に会場へ向かうこととなった。

 その間、オレの乾いた笑いが途絶えることは無かった。



================================================


「皆様、お待たせしました! 決闘会、これより開催いたします!」


 進行役の宣言と同時に大きな歓声が上がる。

 客席はすでに満員だ。

 決闘を見るというのが単純に好きなんだろうか?

 いや、決闘とは銘打っているが実態は装甲を壊す競技だから血で濡らすような惨劇は起きないはずだ。となると、祭りごとの熱気に充てられて好奇心でこれだけ集まったわけか。


 客にルールを説明する中でオレは改めて考える。

 すなわち、どう立ち回るかを。


 自分以外の5人と一斉に闘うわけだが、おそらくトッコンは真っ先にオレを狙って動く。

 援けに期待できないのはもちろん、他の戦士を巻き込むのも得策じゃない。

 注意を分散させようにもひ弱そうな印象が拭えないオレを放置するはずがない。最悪の場合だと集中的に攻撃を受けることになる。


 ここで闘う場所へと目を向ける。

 闘技場はドッジボールなんかも出来そうな広さだ。

 みっちりと石張りされている床に、もし叩きつけられようものなら骨にまで響いてきそうだ。


(そうそう。貴方にこれだけは言っておかないと)

 進行の話が出場する戦士の説明に移ったころ、クロエが何か言い出した。


(なんだよ。応援でもしてくれるのか?)

(今の貴方は魔術装具によって人の姿をしている。それはそういう姿になるように無理矢理に元の体を変換させたってわけ)

(??)


(いくら人の姿をしてても、使われてる肉体は猫なんだから人並みの丈夫さなんて持ってないってこと。その事が頭から抜けてない?)


 うん? 何だって??

(……それは、つまりこの肉体の丈夫さは猫程度、つまり柔らかいってことか?)

(猫が棍棒で殴られる。その場面を想像した後に、その猫を自分に置き換えてみなさい)

(わざわざ想像しなくても理解できるわ! 碌な結果にならないってことがな!)


 本戦直前に分かった新事実。

 難易度がHARDのさらに上の段階にまで上昇してしまった。

 装甲が全部砕かれたら、なんて話じゃない。

 一撃でも攻撃をもらったら、その時点でほぼ敗北ってわけだ。


 まさか命を落とすなんて事は……いや、当たりどころが悪ければそんなまさかも起こり得る。

 先ほどのトッコンとのやり取りを思い出す。オレを潰すと意気込んでいるアイツは絶対に加減なんてしないだろう。容赦なく狙い撃ち、オレめがけ棍棒を振りぬく様が思い描ける。

 オレはなぜ煽っちゃったんですかね。

 後悔先に立たずとはまさにこの事だ。


 『真面目に闘うだけ意味ないんじゃない?』

 テトラの言葉が頭をよぎる。

 本当にこれは、命を賭けてまでやるべきことなのか?

 景品を総獲りした人物と何とか交渉して本を手に入れるってことも可能ではある。

 それこそフレディアなんかは応じてくれるかも……。


 ………いや。

 そうじゃない。

 そうじゃなかったはずだ。


 オレが決闘会に出ることを決めた理由は。


 客席の方を見る。

 最前列の席には自分に託してくれた少女が座っていた。


 そしてもう一人。オレに協力してくれた心強い味方を意識する。

(………………………………………………)


 たとえ大会が終わるころに無事じゃ済まなかったとしても。


 彼女たちの期待を裏切る選択をするのだけは、()()()()()()


「さぁ! いよいよ戦士の入場です! 皆様大きな声援をよろしくお願いします!!」


 出番が来た。

 後に退くことはもう出来ない。


 それで良い。

 やってやろうじゃないか。

 奮い立たせた心のままに、強く地を踏み鳴らすように前に出た。


================================================


 あらかじめ決められた配置に着く。

 4つ端の角と中心に2人。

 中心の2人は互いに向かい合う姿勢で開始されるみたいだ。

 ただ、角の2人に背中を見せる状態でのスタートとなるのでかなり不利なように思える。

 オレが指示された開始地点は角だった。これは僥倖。


 問題があるとすれば自身の反対側。近い方の角にトッコンが配置されていた。

 闘技場を半分に、片側に戦士が3人残るように分けるとする。

 こちら側には中心部にグメル、角にトッコンとレンジャー(レンゲートつまりオレ)。

 あちら側には中心部にアプール、角にサライミとレディ・フランベ(フレディア)。


 グメルをアプールが引き受けてくれるなら、こっちはトッコンに集中できる。


「制限時間はこちらの砂時計が落ちるまで! 審判の合図はまもなくです!!」


 棍棒を両手で握りしめる。

 落ち着け。

 そんな気持ちとは裏腹に身体が震える。恐怖か、あるいは武者震いか。


 こちらの震えを怖気による物だと見たトッコンが嘲笑している。

 クソッ、自信が無くすなぁ。


(大丈夫、強者と同調した自分自身を信じなさい)


 強者と同調? フレディアのことか。

 視界にただ収めるだけにフレディアの方へ目を動かす。



 いつも通りだ。

 左手に棍棒を持っている。利き手は一応右手のはずだ。となると手加減する気か?

 気になった個所はそこだけ。

 毅然と前を向き自分の闘う相手を見据えている姿は昔の稽古を思い出させる。


 いや、待て。動きがあった。

 右足を少し後ろに下げ、足先を地面に着けたまま2回ほどひねる。


 これは、フレディアの癖だ。

 剣での稽古をする際、相手と向き合った時に必ずやる動作。

 それだけで自然と意識は落ち着き、頭は戦闘を効率化させる物へと切り換わった。


 天啓を得た気分だ。

 右足を少し後ろに下げ、足先を地面に着けたまま2回ほどひねる。


「それでは、オーソクレース領辺境決闘会………」


 頭が覚めていくのを感じる。


「3……2……」

 視界がいつにも増してクリアだ。


「1…………」

 とっくに震えは消えていた。


「始めっっ!!!!」

 合図と同時に、客席が歓声によって爆ぜた。



 標的をトッコンに絞る。

 相手はこちらを目掛け突っ込もうとしている。体格差を考えれば力押しでも勝てると判断したか。

 徹底的に潰すとは明言していたが、その言葉の意味は場外負けではなく全ての装甲を叩き割る上での決着としたい表明だと予想できる。


「うおぉぉらあああっ!!」

 叫びながら棍棒を振り下ろすトッコン。

 まともにくらう訳にはいかないので身を屈めながら前に倒れるようにして回避。

 振りは大雑把ではあるので攻撃を避ける事に関しては問題は無さそうだ。

 しかし、どう反撃に転じるか。


 後ろを振り向きながら追撃してくるが、これも落ち着いて対処する。

 単調な攻撃に関して回避は問題なくできることは分かった。

 というより、さっきからの攻撃。本当にこちらの装甲を狙ってのものか?

 もしも避けられずくらっていたら、頭や腕が壊れてもおかしくない程の危機だった。

 ちゃんとルールを把握しているのだろうか。


 ここまで回避が出来ているのは、猫になってから気配に敏感になっているからだと推測。

 オレの本能が危機を早い段階で察知しているのだろう。オレが意識を切らさない限りは大体の攻撃を避けられる。


 なので、このまま防戦一方なのはまずい。

 こちらの身の安全のためという理由以外にも、長引かせれば他の戦士がこちらに乱入してくる恐れもある。


「おらぁあ! 逃げるだけかよ!!」

 唾を飛ばしながら叫んでくる。その言葉を叫ぶためにわざわざ立ち止まってくれたのはナイスだ。

 そのタイミングでオレは周りを確認する。


 フレディア、アプール、サライミが三つ巴の戦いを繰り広げている。フレディアの能力値を考えると、もう勝負が着いててもおかしくない。やはり、手加減してるのか。


 そんな動きとは対照的にこの場で際立っている存在がグメルのようだ。

 なにせ、()()()()()()()()()。何を考えてるんだ? 漁夫の利でも狙っている?

 いっそ、こちらに巻き込めば……いやその決定はまだ早い。

 2対1の展開になったら対処は不可能。

 それにいまアイツは不気味すぎる。本当に生きてるのかすら疑うほどに静かだ。


 ともかくオレがトッコンを1人で御せるかが鍵となる。

 ………いや、1人と断定するのは間違いか。


(はぁ………。この下品な巨漢に勝てるだけの能力を貴方は手に入れてるでしょ? 白兵戦に関して私は講釈垂らせないから)


 ……その言い方だと今まで何度か説明してくれてた時は、講釈を垂らしてた感覚だったんだろうか。

 やっぱり先生ぶるのが好きなんじゃ………。その感想は胸にしまっておくとして。


(垂らさなくて問題ない。少なくともアイツに関してはオレ一人で切り抜けられそうだ)

(へぇ。大した自信ね。一応言うけど、仕掛けるなら一息の間に、よ)

 そこは同意見だ。

 戦い慣れしてないオレの肉体の活動量を考えてみても、仕切り直しを多々挟むのは自分の首を絞める行為だ。蓄積された疲労でスタミナが切れ、動きが鈍くなったところを滅多打ちにされるだけ。


 棍棒を前に構える。

 思い出せ。

 体格によって生まれる力量の差。その差を埋めるための技量。


(どうしたの? 思い出せ、って何を?)



 ………………よし。やるか。



 オレはこれからする一通りの動きを想像し、その準備に入る。

 まずは…………


 この装甲だな。


 オレは構えていた棍棒を振り下ろした。

 ()()()()()()()()()()()()()へと。


 案の定それだけで砕けてくれた。


 トッコンに限らず審判や観客たちも呆然としている。

(貴方……何してるの?)

 おっと、クロエも動揺しているみたいだ。珍しい姿を見せてくれている。


 いやいや、この装甲を着けてるせいで実際動きが鈍っていたのは確かなんだ。

 これから攻めるって時に余計なものは外しておかないと。


(えぇ……だとしても、これって…)

(別にルール違反にはならないだろ。そのことに関しては何も言ってないし)

 脆い素材を使っているなら例えば床にこけたりしても壊れてしまうだろう。

 相手によらずとも壊れる場合を考えて、運営はすべての装甲が砕けた場合に敗退としか言ってなかったんじゃないか。故意に壊したとして、それを責められる筋合いはない。


(それにこの装甲の得点は、相手が得るものであって自分の持ち点じゃないんだ。壊したところでこっちの不利にはならないし、むしろ相手に余計な点を与えなくできる)


 しかも下半身にあった拘束も無くなり、心なしかさっきより自由に動く気がする。

 機動力は上がった。

 ならば。


 地面を勢いよく蹴り出し肉薄を試みる。

 呆然としていた態度はどこへやら、奴は既にこちらに意識を向けていた。

 ニヤリとした笑みを浮かべている。


’’バカが突っ込んできやがった’’とでも嬉しげに言いたそうだ。


 どこまでもこちらを格下に見たいらしい。

 ならその認識を覆すしかないな。

 もっともそれが叶ったときに、果たしてまだ敗退せずにいられるかは知らないが。


 距離はどんどん縮まる。

 トッコンは攻撃を避けることなく、こちらを薙ぐつもりで構えている。

 生半可な力任せの攻撃しかしてこないが、それでいいのか?


 迷わずオレは相手の間合いに踏み入る。

 それに合わせてトッコンが棍棒を振り抜いた。


 衝撃はない。

 当然だ。


 オレは間合いに入るとほぼ同時、後ろに重心を傾け半歩引いただけ。

 いわゆるフェイントである。

 分かり易い気もしたが、見事に引っかかってくれた。


 棍棒が視界の端に消えていくタイミングで後ろに反りかけた上体を前に起こしながら接近。

 相手の利き腕を目掛け、的確に棍棒を振り下ろす。装甲を壊すだけなら力はそれほど要らない。

 それは先に自分で試したから分かっていた。


 だからこそ、これは壊すだけに留まらない。

 程よく広げた足を地につけ、柄を握り、全身の連動を以て力を伝えていく。

 振り抜く必要などない。むしろ当たる瞬間には速度は落ちる。

 そうして当てることで生まれる衝撃をこちらに響く分を少なくし、その分を上手く対象のほうに流しこむ技。

 極めれば鋭い剣であろうと、肉を斬らずに骨を砕ける。

 そう言い切れるのは実際にその芸当をやってのけた女性を知っているからだ。


 カァァァンと音が鳴る。装甲は砕け、トッコンは腕の内側を襲ってきた痛みに耐えられず棍棒を放してしまった。

 腕の力が緩む振り終わりを狙った甲斐があった。 


「クッ…ソがっ!!」

 まだ痺れが残っているだろうが、構わず拾い上げようとする。

 もちろん隙など与えない。

 すぐさま落とされた棍棒を遠くに蹴り転がす。


「はあ!? てめ…」

 まだ何か喋る余裕があるらしい。

 構わずに今度は胸部分に狙いを絞る。


「⁉ チッ!」

 だが、これは空振り。

 トッコンは後ろへと下がってしまった。


 無理やり間が作られたのは残念だが、さいわい相手の棍棒はこちらの近くにある。

 相手から動かない限りしばらく膠着状態になるだろう。

 さて、どうする?


「あ」


 視界の先。

 嫌でも目に入ってしまった。


 中央を挟んだ先。

 いつの間にか崩れ落ちている二人の影。

 中央で突っ立ったままの戦士なんて気にせずにこちらに向かってくる一人の女。


 全身を電流が駆ける。

 先に均衡を破ったのはオレの方だった。

 横へ、具体的には転がっている棍棒のほうへ跳ぶ。


 オレの目が自分に向いてないことに気づいたのだろう。

 トッコンも後ろの気配を察したが、逃亡は許されなかった。


 赤い髪が舞う。

 踊るように得物が振るわれる。


 誰もが見入っていただろう。

 かく言うオレもそうだ。

 知ってはいた。すごいなと感じていた。


 だが目の当たりにして感じ方は変わった。



 凄まじい。



 展開されていく蹂躙劇。武器を持っているならともかく、まる裸では抵抗など無意味だった。

 一息つく頃にはオレが競り合っていた相手は地に倒れ悶絶していた。

 全ての装甲が砕かれた状態で。


「お前に興味が湧いた」


 彼女はポツリと呟いた。鋭い眼光がオレを掴んで放さない。


「先ほどの動き、どこで学んだ? 大丈夫だ、(みな)まで言わなくていい」


 汗が垂れる。味わったことのないほどの緊張感。


「試させてもらおう」


 そこまで話すとフレディアは棍棒を()()()()()()、その先をオレに向けた。

 オレにとっては言葉通り、命がけの戦いが本当の意味で幕を上げた。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

長いか……? 分割する方が良かったか?

でも戦闘描写あるよって前話で言っちゃったからな…しゃあない!


……そんな精神で書き進めておりました。

次話はなるべく早く皆さんにお披露目できればと思います。

ではでは。

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