009 戦士の仕度
自然を装う、それがオレにとって如何に難しいことか自覚してる。
となれば後はどうすべきか、そう! 思い込むしかない。
着実に変質者の道を辿っている気がするが、躊躇はしていられない。
最終工程としてクロエから告げられたのは、オレが戦士として参加することだった。
そのためにまずは交渉、つまり信用してもらわないといけないわけだ。
こちらの正体がエンリィにもバレないようにしなければならない。
他と比べても口は固い方だろうが、なぜ人間の姿になれたのかなどと問い詰められることをクロエが嫌ったからだ。
どんどんと人には言えない秘密が出来ていき、気が滅入りそうだがなんとか気持ちを切り替える。
さらに注意すべきはフレディアとのやり取りだ。
彼女が国に現在進行で追われている事情、名乗っている「レディ・フランベ」というのが偽名である事。
当然これらは彼女が誰にも言わずに抱え込んでいる秘密だ。もしもこちらが彼女の事情に詳しいと知られれば、聖国とやらの追手だと勘違いされかねない。
参戦前に奇襲でもされれば、良くても満足に戦えない体にされる。仮に彼女からは何もされなくてもこの辺境に忍んでいるかもしれない本物の追手にまでマークされてしまう危険も生まれる。
彼女にいま警戒されるとかなり不利な状況に陥ってしまう。細心の注意を払う必要があるな。
という事もあって、下手にぼろが出るよりも作った設定の通りに思い込んでしまっている(危険)人物になってしまえばいいじゃないか作戦だ。発案者はオレ。
即興で受け答えするよりも、どうにかなるだろう。
それに、決闘会の受付終了まで時間はあとわずか。そろそろ焦り、もしくは諦めのムードになってる頃だ。
今しかない。オレはたまたま騒ぎを聞きつけ、小さな女の子がガラの悪い巨漢に立ち向かっていく姿に感銘を受けた慈善者。力仕事をしているので、決闘でも役に立てると判断した。協力させてほしい。こういう筋立てだ。
さあ、交渉といこう。
オレはまっすぐ台風の渦中にいた少女の元へ向かう。
目線が高くなったせいか、見上げてばかりだった顔を見ると改めてまだ小さな子供なのだと思わされる。
エンリィもこちらに気づいた様子。次いで周りにいたグレーテル、フレディア、アプールの三人もオレに目を向けた。
「何か用かな。冷やかしは止めてもらいたいんだが」
フレディアはそう言ってこちらを真っ直ぐに見つめる。
あんなことがあった後だ。少々刺々しい言葉をぶつけてくる。あまり目立つべきではないのにも関わらず、出会ったばかりの困ってる少女のために行動してくれている。それは嬉しいんだが、若干こちらにも配慮してほしい。簡単に言えば、ビビらせないでくれ。恐い。
「いいいやぁ、その。オレは………」
情けない話だが、出鼻をくじかれた。
調子を取り戻そうと間を置いてしまった時、エンリィの様子が見えた。
さっきまでポカンとしていた顔を見違えるほど輝かせている。
まるで自分の手で何か新しい発見をした子供のようにーーーー
「もしかして、レン!?」
(なっ!!)
吹き出しそうなのを何とか堪えた。目に見えて大きな反応はせずに済んだ。
が、早速バレた!? まだ何も話してないぞ!
ボロが出る以前の話じゃないか!!?
「もしかして知り合い? ていうかレンって言えば……」
マズイ。
グレーテルは連れられていた黒猫が「レン」と呼ばれてた事を知ってる。
変に勘ぐらせるわけにはいかない!
「いやオレは、レンじゃなくて……レンじゃ……そう! レンジャー門沢だ!!」
あれだけ注意していたはずが、即興をしてしまっている。
(…………………)
いつもは辛口のクロエも何も言わない。絶句し、オレに対し溢れんばかりの失望を漏らしている最中みたいだ。
ええい、ままよ!
「そちらのお嬢さん、エンリィとは知り合いだ。たまたま辺境に訪れていたんだが、騒ぎが起きていることを人づてに聞いて駆け付けたんだ。困っている少女がいるのを知って近づいたところ、それが知り合いの子だったと知ったからこうして近づいたわけさ!」
「そ、そうか………やけに元気になったな」
こちらの変わり様にアプールが若干引いている。
大丈夫だ。これは想定していたこと。ただ、このままじゃ不審なお兄さんと片付けられてしまう。
「えっ、でもレンと同じ…
「聞いたところによると、決闘会に参加してくれる戦士を探してるんだって? そこで相談なんだが、その大役をオレに担わせてくれないか!」
何か口走りそうなエンリィに被せるようにオレは口早に要求を告げる。
まるでオレが主役の一人劇だ。あぁ、さっさと終わってくれ……。
「そっか。勢いはすごいけど邪な気持ちは感じられないし、出てくれるならありがたいかな。えっと…レンジャーさん?」
「ふむ。あまり強そうには感じられないが」
「いやいや、ウチよりも絶対向いてるって! ね、どうするエンリィちゃん?」
「ぜったいレンだと思うんだけどな……。同じたましいだし……」
気づかれないように息をつく。何とかエンリィ以外は誤魔化せたみたいだ。
にしても同じ魂、か。どうやらエンリィしか分からないことがあるみたいだな。
(そのようね。正直まだ驚いてるわ)
「お~い、皆の衆。なるべく急いだほうがいいぞ。もう時間がない」
その後アプールの催促もあり、流れのままにオレが戦士として参加することに決まった。
出場名は「レンジャー」。スポンサーは雑貨店。
あとは優勝を狙うわけだが………。
================================================
決闘会が始まるまでもうまもなく。かなり時間ギリギリに滑り込んだため、受付をした後にすぐ控室へと向かうことになった。そこで未だに全貌が掴めずいた決闘のルールについて教えてくれるらしい。
エンリィとグレーテルに別れを告げ、受付まで付いてきてくれたフレディア、アプールにも感謝を述べる。
「………本当にありがとう」
「自分で決めたことだ。ではまた後でな」
「俺も。成り行きで助けはしたけど、本戦で手は抜かないんで。そこんとこよろしく~」
それだけ言うと二人もそれぞれ各自に用意されている控室へと移っていった。
言葉少なくそっけないやり取りに見えるが、闘いに向けてお互いがすでに気持ちを切り替えているからだと思う。
二人から滲み出る異様な雰囲気。下手に引き留めるのはよろしくないと本能が告げてくる。
闘いが終わるころ果たしてオレの命は残っているだろうか。
今のコイツらを前にしてると、そんな事を考えてしまう。
余計な想像をして怖気づく前にさっさとオレも控室に向かおう。
廊下を迷いなく進む。目的の場所に近づいてみると扉の前に誰かがもたれるように立っていた。
メイド衣装に身を包んだ少女。あえてそう言い表したのは彼女とメイド服が微妙にマッチしていないように見えたからだ。勝手なイメージだが人の目のない所でも常に弛まず主人や客人を世話するのがメイドなら、彼女は臨時で雇われた仮初のメイドで本人も事情があって仕方なく着ているといった印象。
オレがそう評価した少女はこちらに気付くと姿勢を正した後、控室の扉をガチャリと片手で開く。
「レンジャー様ですね。お待ちしておりました。どうぞ」
見事な仏頂面だ。作法なんてどこかに置いてきた非常にサバサバとした対応に一瞬あっけにとられるが、指示に従いそのまま入室。
「早速説明したいと、……失礼。説明に移らせていただきます。質問は一通り話した後にお願い、……します」
一息つかせる暇がないほど切羽詰まってる状況なのだろう。用意されていた椅子にオレが座る前から説明を始めようとしている。
一回の説明で覚えられるか不安だ……。クロエにも協力してもらおう。
(なあ、クロエ……)
(協力ね。私も覚えるようにするから、貴方も集中しなさい)
さすが相棒。
オレが頭の中で言葉にせずとも、こちらの意図を読んでくれた。
それと、説明を始めようとする彼女にもこれだけ伝えておこう。
「えっと、ちょっといいか」
「何? っと、…どうされました? 質問は後に……」
「質問というよりお願いだ。あんたさっきから丁寧に言葉を選ぼうとしてるけど、もしその原因がオレにあるなら無理しなくていいぞ」
さっきから言葉の節々で言い直したり、詰まったりしてるのが気にかかった。そう思っての提案だったんだが。
「……………」
沈黙してしまった。まずい、機嫌を損ねてしまったか?
もしかして自分でも気にしている事だったとか? 申し訳なさと気まずさで慌ててフォローする。
「余計な気遣いかもだけど、それだけ。こっから余計な茶々は入れない。説明よろしくな」
「……言質、取ったから」
「?」
「あと、『あんた』っていうのヤダ。名前、テトラだから」
急に距離縮めて来たな。まさか名前まで教えてくれるとは。
ま、本人が無理してるようには見えないし、そこをツッコむのは野暮だな。
仕事上ではよくない態度なのかもしれないが、こちらが不快になった訳でもないし特に誰にもバレないだろう。
「じゃあ改めて説明するから。まず基本的に決闘で使えるのは運営から配付された棍棒だけ。徒手での殴り、蹴り、自前の道具や魔術を使うのも禁止」
そう言うと実物を持ってきてくれる。木製のバットよりやや太い大きさだ。
片手で持てなくもないが、安定して振るなら両手で扱うのが得策だろう。
というかそこじゃない。オレが聞き逃せなかった要点。
魔術は厳禁。
……………………じゃあ魔術で姿を変えてる今のオレってマズくね?
「それと、運営が準備した防具を着て参加。これは必ず着なくちゃいけない決まりね」
「まさか、それか……?」
取り出されたのは体にフィットさせる骨組みがむき出しのアーマーや籠手、プロテクターだった。
装甲部分と呼べるのは胸、両前腕、両腿の計5か所だけ。
しかもその装甲、明らかに素材が悪い。金属やそれに近い物が使われている訳じゃなく、もっと脆い材質に見える。
より確かめるため装甲を優しく撫でる。
手の平から伝わってくるザラザラとした感触。
「土器みたいだ」
「粘土を焼き固めて作られてるの。これから使うんだからくれぐれも壊さないようにね」
物が分かったことで理解する。
これらは戦士の安全を保障するためのものではないと。
「男の子だったらもう分かるかもだけど、装甲部分にはそれぞれ点数が割り振られてるの。腿は1点、前腕は2点、胸部分は5点。相手の防具を破壊していくことで点数を獲得していって制限時間の間で最も多く点を稼いだ戦士が優勝。分かりやすいでしょ」
「なるほど。持ち点を奪われないようにする内容かと勝手に思ってたんだけど」
「あら意外に保守的ね。こういうのって攻めて勝ち獲るっていうのが男子の基本思考じゃないの?」
そりゃまた随分と肉食寄りなことで。それともこの世界には争いごとに興味のない牧歌的でヘルシー思考な男は存在しないのか?
「制限時間は大体15分ね。会場の砂時計が教えてくれるわ。よそ見できる暇があればの話だけど」
「そんなに隙のない攻防戦になるか? いや確かに何名かとはそうなるだろうけど……」
(その前に付け焼刃程度の自分の実力を忘れてない? 誰が相手だろうと気は抜けないわよ。それに………)
クロエが何か言葉を続けようとしていたが、その前にテトラの説明が入る。
「ちなみに決闘なんて言ってるけど、一人と一人が闘うわけじゃないから」
「………は?」
「出場者6人全員、一気にリングに上がって闘うって流れ。ま、知らないのも無理ないけど」
「決闘じゃなくてバトルロイヤルに言い換えたほうがいいんじゃないか? 意味が分かるかは知らないけど」
「? ま、いいや。それと敗退する条件が他にもあって……」
1.規則を破ったと審判が判断した
2.リング外に落ちた
3.棄権
「1つでも合致したら問答無用で敗退になるから。だいたい説明はこんな所かしら。あっ、質問してもいいけど防具を着ながらでお願い」
短い時間にしてはなかなかしっかりとした物言いだった。
やはり変に敬語を意識させないようにして正解だったとしみじみ思う。
室内に置かれていた立ち鏡の前に移動。
今の自分の姿をこうして眺めるのは初めてになるな。
纏まりのない黒髪、気怠そうな顔つき、フード付きの上着、ベルトで留められたズボン、四肢に嵌められた赤い指ぬきグローブとブーツ。見るからに華奢な体をしている。力仕事をしているっていう嘘は無理があったかもしれない。
異世界に紛れ込んでしまった日本人男性だな、こりゃ。実際その通りなんだけども。
気になってフードを頭に被ってみると、その頂点に猫耳が生えている事に気づいた。
猫耳付きのフードとはな。忘れそうになるが、オレって元々猫だもんな。
てっきりオレの頭から直に耳が生えてもおかしくなかったわけだが、そうじゃないのには何か理由があるんだろうか。
「………ちょっと。いつまでも自分に見惚れてるんじゃなくて、さっさと準備してくれないかしら?」
おっとと、声に怒りが含まれてるな。
手は動かしつつ、こっちからも質問しよう。
「さっき魔術は禁止って話だったけど、それって審判も分かる事なのか? バトロワ、じゃなかった、決闘前とかに使ってたりとかしても判別できるのか?」
これは重要な質問だ。
なにせオレ、場合によってはエンリィにも牙をむくルールだ。
返答次第で全ての計画が泡のようにぽしゃんとなるが……………。
こちらが息を呑んだ事実にも気づかず、仮初メイドは言い放った。
「判別はできると思うよ。向こうも学院出の魔術師だし」
「……………………………」
「でもさ、決闘前って事なら話は別だと思うよ。禁止なのはあくまで決闘の最中の使用だから」
「……………………………? えっ!? それってアリなの!!?」
動かしている手を止めそうなほどの衝撃。いやだって、そんな言い分が許されるのか?
苦し紛れの言い訳を許すくらいのガバさだと思うんだが、それで良いのか!?
「運営が危惧してるのは攻撃を目的とした魔術による決着だから。ま、この場合そう考えてるのは運営じゃないんだけどね」
「?」
「えっと………」
テトラは一度扉を開けて廊下を確認する素振りを見せた後、ゆっくりと閉め切りオレの方に近づく。
「こっから先は口外してほしくないんだけど」
「話していいのか、オレなんかに」
「口は固そうってアンタを信じる。それに交友とか苦手そうだから」
「最後に余計なの付け足すなよ」
それに、何となく話は見えそうだ。散々耳にしてきたある人物絡みだろう。
「この決闘会っていうのは元々ある人物が考案して一から運営をまとめ上げて行おうとしてるの。この辺境の次期領主で、名前はメギトス。十大貴族の中のオーソクレース家の一人息子で、階級的になかなか偉い位の人物になるわけ」
「あぁ、風のうわさで知ってる。評判は口では言えないみたいだけどな」
「うっそ、肝が太いわね。街中で口にするなんて。って言っても、実は私もそう感じる一人なんだけどさ」
「で、自分の凄さを見せつけるためのパフォーマンス、ようは自演の為なんだよな、この決闘会って」
まだ口にしてないのに、考えに至ったオレに驚く表情をするテトラ。
予想はしていたけど、まさか本当にそうだとは。
「だから自分が優位に立てるように動く。他の対戦相手は受付出来ないように仕向けたり、魔術を禁止にしたのは少しでも敗因のリスクを減らすためか。運営も自分でまとめ上げてるならその中にソイツのグルが紛れてるのも不思議じゃないよな。おいおい、どんなマッチポンプだよ」
こうなってくると、全てが疑わしく思えてくる。
せめて審判が買収されてないことを祈ろう。
防具を装着し終えたので、オレは動作を確認。
装着に不備がないかのチェックをテトラも同時にしてくる。
「お前は違うみたいだな」
「ずいぶんはっきり言うわね。けど正解。私は臨時で雇われてるだけだし、この辺境にも大して思い入れないしね」
「というかそのメギトスって奴も頭悪いな。自演ってことに辺境の住人が気づいてるのに裏工作を止めないのか?」
「確かにって思う半分、もう半分でメギトスならそうかって思っちゃうのよね。小さい頃から頭の悪さも有名だから」
「なんか知ってるみたいに言うけどさ、お前いくつだよ」
直後スパーーンと後頭部をはたかれた。
おうぅ、頭をさするオレを尻目に
「詳しくは言わないけど、私とメギトスって同年代なのよ。通ってた学院も同じ」
そう告白した。
「それに学院時代よりも前から妙に因縁があってね。ほんと色々ね……」
なかなか苦労させられたのだろう。
途端に影を落とし始めた目が物語っている。マズイ、なんかブツブツ一人で言い始めた。
暗い雰囲気に突入しそうになった(というかしてる)ので、しばらく何気ない話題で気を逸らし、しばらく雑談をすることになったのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
妙に長くなってしまった……。
次話でやっと戦闘描写に入れるかと思います。ではでは。




