幸せへのチケット(3)
天高く馬肥ゆる10月、皆様いかがお過ごしでしょうか?
初めましての方もお久しぶりの方も、御一読いただき有難うございます。
懲りずにまた続きを乗せております、再会嬉しき東の外記・しげき丸でございます。
兼業作家で大変なんですが、とりあえず頑張って第一章『幸せへのチケット』を全話掲載すべく頑張っております。
今月より本格的に毎月初めアップの連載と相成りました。
なかなかままれさんの流麗な文章には追いつけず、悪戦苦闘しておりますが、どうか御一読を。
それでは本編をどうぞ
新ログ・ホライズン
―第3話:幸せへのチケット(3)―
-1-
ソウジロウ・セタは≪剣聖≫と呼ばれている。
実際、古くからの武家の家柄に生まれた。
俗物の父はあまり好きになれなかったが、早逝した母と、剣術道場主の母方の大伯父は大好きであった。
母が亡くなった時、悲しみにくれるソウジロウに、大伯父は告げた。
「辛いか? 淋しいか? だが残酷な事じゃがはっきりと言う。その胸の穴は決して埋まりはせぬ。何故なら、お前の母はこの世にたった一人しかおらぬからじゃ。他はすべてそれぞれ違う、やはりたった一人に過ぎぬ。良くも悪くもな」
その言葉にソウは、火が付いたようにより激しく嗚咽する。
「だからな。男は、サムライは、ただ強きを目指す事しかできぬ。この先いずれ出会うであろう、それぞれたった一人ずつの、そして沢山の、掛け替えの無い友を、女子を、己の弱さ故に失わぬ為、守りぬく為にな」
「………できるかなぁ?」
「出来る出来ぬではない。そこで尻尾を丸めれば、お主は負け犬よ」
この時ばかりは、子供心に随分厳しい事を言う嫌なジジイだと思った。こちらの心など思いやりもしない。
だが、それはその直後にすぐ裏返る事となる。
「伯父上、ソウを泣かせているのですか?」
父がこちらを見つけ、やって来た。
「まあ、そうなるな」
「子供相手に大人気ない。これだから古臭いチャンバラ屋は。今時の武家に必要なのは礼儀作法と政治の処世術です」
「否定はせんよ。だが儂も好きでやっておる。主は主、儂は儂よ」
「フン」
父は鼻であしらった。
だが、後に思えば、あしらわれたのは父の方で、父の方こそ負け惜しみだったのだが。
「ソウ」
父は頭を撫でてあやす。流石にこの時ばかりは優しい顔を見せた。
だが、次にかけた言葉を忘れはしない。
「もう泣くな、ソウ。母さんの代わりなんてすぐ用意してやる。父さんと結婚したがる女なんて、幾らでもいるからな」
ソウジロウは駆け出した。もう、父の顔など見たくは無かった。
それからのソウは、趣味のゲーム以外は修行に明け暮れた。
高校に上がる頃には皆伝まで行き、天才と呼ばれ、いずれ剣聖になると噂された。
父はソウを嫉妬した。自分とて全ての技を修めたのに、何故自分には与えなかった皆伝を、と。
「あ奴には、考えると教えるの違いが判らぬ。教えるとは字に表れる様に、子心数寄心よ。己の考えしか見えず押し付ける者、添えぬ者、寄り沿えぬ者になど、教える者としての認可など与えれようも無いのにな。あ奴こそ只の人斬り屋。人の師にはなれぬ」
父とはますます疎遠になった。
だが、そうして得た強さから生まれる自然な余裕と、明るく温和な人柄。
ソウと友達になりたがる者は当然絶えなかった。
それでも、男友達は極めて少なかった。女友達は拒まず沢山いたのに。
避けていたからだ。父に似た傲慢な俗物や虚言吐きのタイプの同性を。
そして、母を亡くした分、女性を守らねばと言う意識も強かったからだ。
無論その事を他人に話した事も無く、女好きと噂されるままに任せていた。
だが、駄目なのだ。
子供の潔癖や意地と分かっていても、恋人とは生涯結ばれる人であり、死んでもそれに代わる者などいない、そんな相手で無いと駄目なのだ。
そうでなければ一生独り身でもいい。そう思っていたのに。
未練がましく、ひょっとしたらと居座り続けた、誰とでも繋がれる広大無辺なコンピューターネットの世界。
-2-
その向こう側のヤマトの世界で。
「…………やらかしました」
ソウジロウは、まさしく大雨に降られてずぶ濡れになった憐れな子犬の目で、正座しながらシロエを縋り見上げる。
「あ~~~~~~、うん」
「あーはっはははっは」
ハコネの宿の男部屋で、シロエは椅子に座って頭を抱え、ベッドの上では玲央人が腹を抱え笑う。
「やらかしちゃったね」
シロエは頭痛に見舞われる。
ソウジロウは以前、ごく一部にこっそり告げた。
憧れたカナミと、兄と慕うシロエを足して割った人が理想だと。
そして、やはりごく一部が知っている事だが、彼の母は昔ながらの江戸っ子堅気で、大層気風のいい人だったそうだ。
うん。
これは長い長~い苦難の道のりを経て、ついにこのラスボスを倒せば待ち望んだハッピーエンドの場面で、よりによって簡単なたった一つのコマンドミスで全滅のやつだ。
セーブもコンティニューも当然ながらありはしない。
「「はあ」」
超ド真ん中ストレートどストライクの絶好球を、人生に二度は無いだろうチャンスを、空振り三振。
一期一会、諸行無常。思わずそんな単語が脳裏を激しく突く。だから頭が痛い。
「馬鹿だよね~。よりによって犬? お前、女性経験ゼロのキモ童貞か何かか? 僕こう見えて実は女の子とまともに話したこと無いんです~!なのかよ? あっははははは」
玲央人が笑う。
シロエが、にゃん太が、放心するソウジロウの代わりに、玲央人を一瞥する。
「は………」
玲央人の笑いが止まる。
本能が告げる。あれ? これヤバイ?
ひょっとして、考えたくない事だが、こいつらあのマヒルと同じ、ケダモノ?
玲央人の世界には、4タイプの人間しかいない。
下らない偽善者のパンピー(一般人)。
下らない偽善者に爪弾きにされる、自分やお嬢やインティクスの様な孤独な人間。
きわめて少ないが、マリエやアヤメの様なマジ天使。
そして、一番厄介なのがケダモノだ。
偽善者はやたらと愛だの正義だのと綺麗事を騙りたがるが、それを基本他人に押し付けて、そうやって他人に守られたり庇われたりして、怠けて楽して生きようと言う、物乞い同然の連中だ。〈三日月同盟〉の連中など、その最たる例だ。小竜が自分に無様に負けたのが、その甘ったれである事の何よりの証明ではないか。
そして、そういう人間はそうでない自分やお嬢やインティクスを爪弾き、悪人と呼ぶ事によって、自分達こそが善人だと言う集団妄想の中に閉じこもる。
あの天使のマリエがあんな連中の面倒を見るなんて、無駄にも程がある。彼女は僕一人の物になるべきだ。
アヤメも天使だが、いかんせん大人で抱擁力のあるマリエに比べれば、大学生にはとても思えない程子供と言うか天然であり、オマケにトロい。あんなトロい人に心の労力を注ぎ込むのは、はっきり言えば割に合わない。それこそ無尽蔵の体力馬鹿、化け物カズ彦でもなければ。
そう。ケダモノ。
マヒルやカズ彦のような、無尽蔵の体力を持つ怪物ども。
こいつらに周りの人間どころか愛だの正義だの、そしてルールや常識も法律さえも、実は関係無い。
マヒル自身が語る様に、ただ自分がやって気持ちいいか悪いかだけで生きている、正真正銘人の皮を被っただけの、本気で無頼のケダモノ、修羅そのものである。
自分達のような繊細な人間とは違うのに、奴らこそを誰もどうして爪弾いたり取り締ったりしないんだ?
公園前のお巡りさんが実在なんかしたら、三日でクビどころか牢獄行きが社会の常識じゃないのかっ!?
多分あれだ、ケダモノだからそう言う網の目を潜り抜ける本能に長けてるんだ。ずるい。
シロエとにゃん太の視線が玲央人から外れる。
やっと息が出来る。
気のせいか?
見たところ、猫人族だから分かり難いが、結構年配と思われる。やたら凄む事に長けた中年は良くいる。
そしてもう一人だが、余り気にせず一見すると、ぼんやりしたガリ勉眼鏡だが、よく見ると、眼鏡の奥は人殺しのヤクザの様な凶悪な三白眼だった。見た目で得するタイプ(よく不良にそう思われる)だ、狡い。卑怯にも程がある。
今は大人しく引き下がってやるが、負けた訳じゃないんだからな!
(以上、偏見に満ちた玲央人の心の声でした)
「まあ、お茶が入りましたから、これでも飲んで落ち着くにゃあ」
のほほんとした声とともにお茶が配られる。
玲央人はやはり気の所為だったなと独り合点し、ひったくるように受け取る。
「次からはココアにしろよ」
「そう言えば、マリエっちがそんな事を言ってましたにゃ。可愛い玲央人君で間違いないですかにゃ?」
玲央人の中で意見が180度変わる。
この人天使だ! この人が怖く思えたのは、きっと嫌われると心が苦しくなるからだったんだ!
「わかればいいよ。アンタはまともな大人だよね。マリエの友達なだけある」
「お褒めに預かり恐縮ですにゃ」
やっぱり天使だあ! にゃん太に後光が差して見える。
「なら、出来ればソウジロウにもお手柔らかにしてくれれば助かりますにゃ。そう悪い奴でもないですにゃあ」
「まあ、アンタの頼みならな」
うわあ。ますます天使だ。いっその事この人がマリエと結婚してくれるなら、僕はマリエの事を諦めて二人の子供になってもいい! 嗚呼、恋人も子供もどっちも捨てがたいッ!
(以上、身勝手極まり無い玲央人の妄想でした)
「――――ってな事考えてそうだよね」
シロエは誰にも聞こえぬ声でぼそりと呟き、お茶を啜る。
修羅の国へようこそ(おい)。玲央人君。
-3-
一方女性部屋。
「マヒルちゃん~~、私だってわんころですよ~」
「そうだな。私だって、子犬のように主君に付き従っている」
必死にフォローするアヤメとアカツキ。
「いや、お前、それはお前等が可愛らしい女の子だから許されるんであってな」
溜め息を衝くマヒル。
「よりによって大の男がアレは無いだろう。男の中の男、公園前のお巡りさんを見習えってんだ。全く!」
「い、いえ、私なんか、にゃん太さんが猫でもちっとも気にしてませんよっ!」
真っ赤になって叫ぶセララ。
「いや、のろけはいいから」
「そ、そんな、のろけだなんてっ。私とにゃん太さんはまだそんな」
「ハイハイ御馳走様」
「そうだよ~。ソウジロウは情けない犬みたいなやつだよ~」
部屋の隅から呪詛を送るナズナ。普段の豪快キャラは何処に?
「だよな~。でも見かけだけはいい所が狡いよな」
「そうそう。男臭い眉毛ボーンもみあげボーンの角刈りの似合うお巡りさんとは大違いデショウ?」
「言えてる言えてる。やっぱ好みじゃないかな」
「そうそう」
「い、いや。だが、仲間思いで正義感の強い所は似ていると言えば似ているぞ。主君には負けるがな」
「そうか」
「そうだ」
「そう言えばあの人、目つきが鋭くて渋い所は意外と江戸っ子任侠っぽいよな。結構好みのタイプかも」
「い、いやいや、実は結構ヘタレで情けない所も有るのだ」
「冗談だよ。基本他人の男に手を出す趣味は無いから」
その言葉に胸を撫で下ろすアカツキ。
「仲間思いかあ。ちょっと過激が過ぎるけどな。それこそ躾がなってないね。もし付き合ったら躾に苦労しそうだ」
「そうだよ~。いっつも危なっかしくって、普段アタシらがどれだけ苦労してるか、思い起こせばアレもコレも」
語る内に、愚痴と怒りのお蔭で正気に戻って行くナズナ。
「苦労してんだなあ、アンタら。じゃあ、付き合う気は無いけど、性根叩き直すくらいは手伝ってやっか」
「えー?済まないねえ。じゃあ、手伝いだけ貰っとくから。無理して好きになんかならなくて全然いいよ!」
「お? アンタさっきは元気無かったけど、結構姉御肌で気風いいじゃねえか? 気が合いそうだ」
「お?わかる? じゃあ一杯行く?」
酒瓶を取り出すナズナ。
「江戸っ子だねえ。ならこっちも取って置きのバッテラを出さなきゃなあ」
「おほー。話せるー。こういう時は魔法の鞄様様だねえ」
「言えてる言えてる」
まあ、何と言うかカオスであった。
-4-
同じ宿の最高級室。
「はあ」
レイネシアはだらしなくテーブルの上に顎を乗せ、溜め息を衝く。
「ハイハイ、顎をどけて下さいませんと、お茶もケーキも置けませんよ」
エリッサの声に渋々顎を上げる。
「なんかこう、違う」
「何がですか?」
「私が雇い主なんだから、もっとこう羽根を伸ばさせたり、それこそ有翼獅子で空をぴゅーっと一っ飛びで、一度アキバに遊びに連れて帰るとか、私の要望を聞くべきじゃあないの?」
「相場の半額でしょう?」
「でも、それはそもそも、もっとアキバに居たかった私の力になれなかった償いって確かに言いましたー! だから、私はあの腐れ眼鏡どもには思う存分わがまま言って構わないんですー!」
「はあ。ですが、この旅には実質嫁入りの事実を万民に知らしめる意味も有りますのに、途中でぴゅーと飛んで帰ったら、相手様や民草になんて邪推されますでしょうかねえ?」
「………エリッサ嫌い」
「ハイハイ。これもいつものようにお仕事ですよ」
「でも彼等が側に付いてれば、散歩は安全にできるわよね。正直男性陣はいらないけど」
「ま、それくらいは頼んでみればいいんじゃないですか? 流石に昨日の件が知れ渡った今、手を出す奴なんてそうそういないでしょうしねえ」
-5-
てなわけで翌日。
レイネシアは賊に襲われて大変心を痛められた。急ぎ出発しなければならないが、このまま旅路を急ぐと、外を恐れるあまり、馬車から出る事も出来ずに気鬱の病になるかもしれない。よって心の療養の為にしばらくハコネにとどまり、先日運よく雇えた信頼置ける屈強な冒険者の護衛と共に、少しずつ外への散策を続ける事により、心の回復を図りたい。
非の打ちどころの無い言い訳は、無論、こんな時に役立つべき腹黒眼鏡に考えさせた。
流石に貴族らしい礼儀作法に則った文面に作り直すのは、結局レイネシアがせねばならなかったが、久々の友達と遊んでだらだら過ごす日々の為ならば、安すぎる代償と言っても過言ではない。
新たに加わった友達もいい。
アヤメはとにかく見ていて癒されるし、マヒルは何と言うか男前なのだ。女にしておくのがもったいない。
あのサド眼鏡にこれくらいの人としての気持ち良さが有れば、
――――?
有ればどうだと言うのだろう?
「どした、姫さん?」
「い、いえなんでも。きゃっ!?」
言っておきながら、やっぱり上の空の所為で危うく道の穴に躓き転びかける。
だが、すかさずマヒルが支える。惚れ惚れするエスコート。
「気を付けな。嫁に行ったら守ってやれねーんだからよ」
言う事もそつがない。これがサド眼鏡なら似た事をしてもどれほどムカつく嫌味のオンパレードか。
「―――」
「どうした? オレ、何か悪い事言ったか?」
「いえ、少し愚かな者の事を思い出しまして。貴女とは比べ物にならないと思いました」
「フーン。じゃあ、そいつの事好きなんだな」
「「「「???!!!」」」」
何故か一同が凍り付く。
「な、なぜそのような事を?」
「いやさ、オレの友達がそのセリフを言う時って、大概そいつらの彼氏の事なんだ。只の経験。だから違ってたら謝る」
「………謝って下さい。本当に違います」
「そうか、悪いな」
「あれ~、皆さんどうしたんですか~? 顔色悪いですよ~。特にエリッサさん~」
「エリッサ。大した事は無かったのです。過保護が過ぎますよ」
「ええ。申し訳ありません、姫様」
「レイネシア、余り彼女を責めるな。彼女が貴女の母親代わりをして上げれるのも残り僅かなのだ」
「そうですね。その通りです。有難う、アカツキさん。そして御免なさい、エリッサ」
「………」
少し離れた所。
彼女たちの会話の全ては、シロエ達が聞いていた。
ロデリック商会謹製の新アイテムのお蔭だ。
念話、フレンドチャットで、パソコン上のスカイプの様に、周囲の音も拾えないかどうかの実験を繰り返し、ある程度の成功をおさめた。最終的に目指すゴールラインはまだ別だが、現状は充分役に立つ。
「エリッサさん、辛い立場だよね」
「本当に辛いのはぐうたら姫だという事を、気づかせてはいけないですからにゃあ」
「何? そんなにあの姫様襲撃がショックだったの? そんな訳無いって。みんな人を見る目無いよね。そんなの気にするタマじゃないよ、あのお姫様は」
シロエとにゃん太は顔を見合わせて笑った。
「なんか、微笑ましいよね」
「玲央人君はまだ小学生なのですから、生意気な位でいいという事ですにゃ」
「そうだよ。班長の言う通りだろ。ホント、他の奴ら分かってなくてさあ」
実際の所は、こまっしゃくれていても、深い機微を知るにはまだ幼いと、微笑ましく思ったのだが。
「はあ、なんて魅力的なんですマヒルさん~。僕も付いて行きたかったです。どうしたらそれが許されるんですかぁ?」
「………こっちは微笑ましいって言ってられないよね」
「どう手を付けたものですかにゃあ。確かに、この有様のソウを連れ帰ったら、吾輩も西風の皆に殺されますにゃ」
やれやれであった。
-6-
宿の食堂の席のいくつかは、テラス席として宿の外に何卓か内庭にはみ出している。
夕食後、涼しくなってきて宵っ張りの酒を呑む客が中の席に引っ込む中、シロエはホットワインのカップとともに、まだ外に居残っていた。
すると、隣にマヒルがやってくる。
「隣いいか?」
「どうぞ」
実はこれは偶然ではない。アカツキからマヒルが自分と話をしたがっていると聞き、わざと独りここに居残り、話しかけ易くしたのだ。
「ちょっと肌寒くないか?」
「暖かいワインを楽しむには丁度いいよ」
「ほう、風流だな。あんた粋だね」
「お褒めに預かり光栄ですけど、それだけが用?」
「うー、まあな」
マヒルは彼女に似合わず歯切れ悪く頭を掻く。
「アンタさ、他人に犬みたいに懐かれるって、どういう気分だ?」
「嬉しいよ」
即答にマヒルが鼻白む。
「僕は淋しがり屋だからね。弟妹のように素直に、いや時に素直じゃなくても、人に懐いてもらえるのは嬉しい。特に、僕は結構思い込んだら即行動するタイプだから、周りを悪気無く置き去りにする事が良く有るんだ。でも、だからこそ、振り返った時に、気が付けば側について来てくれる人は正直とても有り難いよ」
「………ふーん」
「アカツキにもソウジロウにも、懐いてもらえるのは嬉しい。だから、ソウジロウは僕に懐いて甘えるように君に懐いて甘えたいと思うんだけどね」
「そんなもんかなあ」
「そんなもんだと思うよ。ね、アカツキ、ソウジロウ。そこの繁みに隠れてるんだろう?」
植込みががさりと揺れる。
「アカツキはともかくソウジロウは修行が足りないな。カマかけハッタリに動揺したら本当にばれちゃうよ」
「「………」」
決まり悪げに二人とも出てくる。
「可愛いもんでしょう?」
「……まあ、そう言えなくもないか」
「―――マヒルさん」
「友達くらいにはなってやるよ」
「はいっ! これからも躾けて下さいっ! 云い付け聞きます! 僕は貴方の奴隷になってもいいです!」
マヒルはにっこり笑うと立ち上がり、ソウジロウの前に歩いて行く。
ソウジロウはよこしまな期待に身を固くする。
だが、彼がマヒルから貰ったのは、強烈なアッパーカット。
「もっと駄目な奴じゃねえかああああああっ!!!!」
喰らったソウジロウは勿論、後ろで見ていたシロエも泡を吹いて意識が遠のく。
「駄目だこりゃ」
アカツキは古過ぎるコントのようなセリフを吐き、頭を抱えた。
黒歴史、第2次ハコネ惨劇であった。
不器用って、時によってはそれだけで罪である。
-7-
次の日、シロエはマヒルを根気よく説得した。
ソウジロウが早くに母を亡くした事。おそらく、大好きな母に親孝行をしてあげたい、何でも言いつけを聞いてあげたい欲求が、一番高まったその時期に亡くなってしまった。
健気に相手の言う事を聴き、尽くしてあげたい欲求が強すぎるのだ。
自分や西風の仲間に尽くす様を見て薄々感じてはいたが、まさかここまで欲求不満(何だかなあ)になっていたとは。
頼むから、もうちょっとだけチャンスをあげてやってと、土下座せんばかりにお願いした。
「しょうがねえから仲間として口くらいは聞いてやる。但し、愛想は尽きてるからな」
「デスよねー」
繋がったのは、正真正銘首の皮一枚ギリギリである。
昼食時、懸命に不器用なアプローチを繰り返すソウジロウと、不機嫌無愛想ににあしらうマヒルの姿を見て、シロエは激しく胃が痛み、食事の味がしなかった。
「シロエっち、胃薬ですにゃ」
「――っ、有難う、班長」
「無論、吾輩も飲むにゃ」
「デスよねー」
何か、本当は僕、自分の恋愛だけでも今手一杯じゃなかったっけ? アレ、この場には恋愛トラブル抱えてる人間しかいないんじゃない? ふつー、これって修羅場ってゆーよねー。
何故か、幾度も修羅場を乗り越えてきた自分の全力戦闘管制でも、乗り切れる気がしない。
-8-
それはナゴヤの地下深く。
そこに屹立するいくつかの影が、声なき声で通話する。
『≪――≫が変質している可能性アリ』
『変質?』
『肯定。イベント上ではすでに≪――――≫としての資質に目覚め、該当行動を開始するはず』
『イベント予定上では実際に出会う≪――≫との婚約を受け容れきれず、有望にして熱意あるが、地方貴族たる≪――≫と恋愛の末駆け落ちし、プレイヤーはこれを応援して一大勢力となり、やがて―を慕う≪――≫の助けも受け、≪狂王≫ダノーブの復活を迎え撃つ旗頭となる。最終的に連続イベントクリアの後、東西の乱が収束の形に。いよいよ式を上げ結ばれるその日に≪狂王≫達に攫われて、ノウアスフィア最大のイベント、≪――≫奪還の為の【狂王ダノーブとの決戦】が起き、我々の目標である〈共感子〉は最大の収穫値を達成の予定だった』
『≪――≫は行動を開始していない』
『――からパラメーターが動いていない。むしろ悪化』
『該当サンプルは?』
『≪高い塔で恋する人を待つ――≫。恐ろしく平凡なサンプルパラメーター』
『可能性は?』
『≪――≫と出会うよりも前にイレギュラーな≪――≫と恋に落ち、典型的なサンプルへと堕落した可能性がアリ』
『≪――――≫として不適切と判断』
『≪廃棄≫を推奨』
『≪狂王≫の部下の覚醒イベントを早め、≪廃棄≫により悲劇の≪――――≫として活用が最も〈共感子〉を高め得る』
『復讐の旗頭として〈共感子〉の増幅に活用と了解』
『検算―――――終了。最善手として了承』
『『『了承』』』
一行が中立都市ヒダへ行くには、アルプス山脈を迂回し、一度太平洋側をナゴヤまで西進した後北上する必要が有った。
―第4話へと続く―
おまけ。
※キャラクター設定
●ソウジロウ・セタ(武士、ヒューマン、剣聖)
基本データは公開済み。リアルネームは勢多総司朗。
ソウジロウ(仮名)の家はホントもっと有名な武人過ぎて、本人の希望で苗字が勢多になった。プライバシー大事。勢多になったもう一つの理由も、内輪ネタなので秘密。マヒル(仮名)と関係あるとだけ言っておこう(苦笑)。
※口伝データ
●〈天眼通〉
〈風守雷攻〉時に、毎イニシアチブフェイズ時にヘイトコストを1支払う事によって、[回避、抵抗]+1Dとなる。
天眼通の天とは、元来、己と敵の間に位置する何も無き『点』こそが『天』であるとの古武術の本当の口伝に由来する。そしてそれは、数寄の極意でもある、敵とさえも寄り添う事にも繋がり、コミック版で、敵であるもう一人のクロエにさえも寄り添おうとするソウジロウの思いにより、開眼したのである(ガチ武術ヲタク解説)。
だとすると、真に寄り添い合いたい相手であるマヒルと出会った事で、この口伝は更に――――続きをこうご期待。
筆者:てなわけでついに明かされたソウジロウの過去です。ごめん、辛い過去書いて、ソウ(仮名)。
ソウ(仮名、以下『そ』):まあ、いいですよ、先輩になら。気を使ってくれてますし。
にゃん太(仮名、以下『に』):脚色すべきところはしてますしにゃあ。
そ:ええ、ままれさんに書かれるよりはましかもしれません。あの人も『いい人』なんですけどね。
筆者:……………。笑顔がそこはかとなく怖いんだけど。
そ:気のせいです、気のせい。
に:お、まれっちからですにゃあ。『やはり僕が書くよりは良かったんだよ。多謝』だそうにゃ。
筆者:班長が気を回してくれた訳じゃないよね?
に:さあ?子供は知らなくてもいい事ですにゃ。
そ:いや、僕らリアルだと、もう――――
に:子供の夢を壊してはいけませんにゃ。
筆者&そ:ハイ(正座)。
に:まあ、『そ』と『し』の恋がどうなったかは、ここで書くわけにはいかないんですがにゃあ、吾輩から言いたい事はあるにゃ。
筆者&そ:ぎくうぅっ。
に:男は誠実であるべきにゃ。分かるにゃ?
筆者:ちょ、ちょっと待ってよ、だって俺自分で言うのもなんだけど、見た目がのび◎13だよ? 普通自分がモテるとか思わないよっ!
そ:こういう人が一番性質悪いんですよね。行動は男前だから、ネットじゃモテるって自覚無いんです。
筆者:そうだったの?
そ:やぱしですか。アカツキ(仮名)さんに謝って下さい。
筆者:マジ御免なさい! ………でもちょっと待ってよ、君なんか行動も男前な上に超美形だったんだよ! 君に言われるとなんか納得いかない!
そ:テヘペロ。
に:反省の色の無い人は、色々マヒルっち(仮名)に過去の所業を告げ口せねばなりませんかにゃあ?
そ:(泡吹いて倒れる)
筆者:俺が言うのもなんだけど、なんか惨いよ班長(涙)。
に:では、二人が苦しみを分かち合えるよう、アカツキっち(仮名)にも――――
筆者:(泡吹いて倒れる)
数日後。
筆者:班長、無事イギリス(仮名)にお帰りになられたそうですヨ。
そ:ええ。よかった。向こうでの生活が幸せだといいですヨネ。
筆者:うん。うっかり日本に戻る気を無くす位。
筆者&そ:デスヨネー。
そ:あの人、やっぱり今でも陰の最高権力者、カリー◎ン戦隊長ですよね。
筆者:その発言メタいよ。でもやっぱりそう思う。俺がネトゲ番長だなんてまだまだだよねー。
そ:ふと思ったんですけど、ままれさんとどっちが強いんでしょう?
筆者:? それは土俵によると思うけど、いや、本気で分かんない。
そ:社会的身分なら圧倒的にあの人だったですけど。ほら、あの脱●事件有ったじゃないですか。
筆者:うん。まあ、そもそもそれが無かったら俺が本作書いたりなんかしてない。
そ:今なら班長の方が強いかもしれませんね。
筆者:そんな事言っちゃうところが、可愛い顔して剣術馬鹿だよねえ。いや、褒め言葉。
そ:そう言う先輩こそ…………、まあ、天然だから、言っても分かんないですよね、多分。
筆者:思い当たる節が一杯あり過ぎて、ホントにどれの事かわかんない(汗)。
そ:普通の人は、気が回らなさすぎてそうなるんですけどねえ(溜め息)。
筆者:わかんないなりに、何か自分でもそう思う。
そ:ホント。アカツキ(仮名)さん、可哀想。
筆者:ぐはっ(血を吐く)。
なんか、お蔭でこの旅以降、今もソウジロウ(仮名)とアカツキ(仮名)は意気投合する親友みたいですね。
マヒル(仮名)さんの事は、無論、この後の展開をお楽しみに。
それじゃあ、まったね~。