王達の屹立(7)
お久しぶりです東の外記です。初めましての方もどうか宜しく。
近況なんですが、この前、なぞなぞで「めでたいドラマはどんなドラマ?」と尋ねられたので、「刑事(慶事)ドラマ」と答えたのですが、「違うよ、『大河(鯛が)ドラマ』だよ」との事。
あれ?どう見てもそっちの方が洒落が苦しくね?俺の洒落の方が上手いよね? と思っても、本に載ってるのはそっちの答だから、そっちが正しいと言われました。
学校の算数で教科書に載ってない解き方を思い付いてそれで答を出したら、答が合ってても教科書のやり方じゃないから、という理由で×を貰ったのと同じ理不尽を感じる今日この頃。
なんだかな~。
なので自分の小説では好き勝手やってます。ええ。
そんな好き勝手やってる本編ですが、宜しかったらどうぞ。
m(--)m
―第18話:王達の屹立(7)―
-1-
イコマ、プラントフロウデン本部、濡羽のプライベートエリア。
アカツキを閉じ込める為にあてがったその部屋を、濡羽は度々訪れていた。
アカツキの胸で彼女が泣いた日から、何という事は無くても、ただお茶と沈黙の時間を共にする為に。
やがて、濡羽は自分から口を開く。
「私が京舞子の娘だって事はもう話したわよね」
「ああ」
「だから、子供の頃から、殿方がどういう態度や仕草や語りを好むか、母やその師匠から教え込まれたの。私は筋がいいって褒められた。だから有頂天になってそれを勉強したわ」
「似たような話も有る物だな」
「そんな人、他にもいるの?」
「レイネシアと言う友達も、貴族の礼儀や淑女の作法をそんな風に勉強したと言っていた。褒められるのが楽しくて、ただ夢中になったと」
「その人、後で苦労したでしょ」
「まったく、怠けていたいのに余計な仕事ばかり増やす羽目になったとぼやいていた」
「そんなモノよ。大人ってずるいわよね」
「私も礼儀作法は厳しく言われたが、人に気に入られると言うよりは、余人を寄せ付けぬ隙の無さとして身に付けたに過ぎないからな。貴女がたの苦労は察せれぬ。もっとも、友達を作らなかった事で後でツケは回って来たのだが」
「あら、私も友達いなかったわよ」
「そうか」
「意外とは言わないの?」
「言って欲しかったのか?」
「全然」
「そうか」
「なまじ男に好かれると、同性から妬まれるもの。眼だけ大きなやせっぽちの女が男にモテるなんて、流石娼婦、妾の娘だけはあるって、そりゃ苛められたわ。母や祖母が教えてくれた技が原因で苛められてたなんて家族に言えなかったし、気付かれたくも無かったしね」」
「私と兄も妾の子と言う事で苛められた時期もある。だが、貴女程では無いのだろうな」
「いいわ。いじめられた事の無い人間とは、そもそもお話にもならないもの」
「貴女は優しいな」
「そう言われると、複雑な心境ね」
「優しくない人にあんなに優しい小説は書けない」
「……………」
「済まない、話を逸らしてしまったな」
「―――それでも、小学生の時はまだマシだったのよ。男にモテないガサツな女の振りをすると、確かに男にはモテなくなったけど、苛められなくなったし女にモテるようになったし」
「何が中学の時有ったのだ?」
「まだ小学生の頃、母に新しい男が出来たの。最初は優しい男だと思ったわ」
「……実はそうでは無かったのか?」
「良く有る話よ。中学1年の頃、母が病気で入院して家に二人きりになると、男は豹変したのよ。『ポンコツを掴まされた。こうなったらお前が援助交際して稼いで来い』ってね」
そこから先は地獄だった。
布団に潜り込んで寝たふりをしていても、容赦なく髪の毛を掴まれ、客を取る為に夜の街に引きずり出された。
逃げても隠れても、男は濡羽を見つけ出し、同じ事を繰り返した。
中学でその事が噂として広まるのはあっという間だった。
机には下卑た落書き、上履きが一日で無くなる下駄箱。
『一体何人とヤッた?』
『俺ともヤラせろよ』
異性からは付け狙われ、
『不潔』
『気持ち悪い』
『校内でも見境なく男に声掛けてるらしいわよ』
同性からは白い目で見られ、再び、いや、それ以上の苛めが始まった。
人の手があんなに恐ろしい時期は無かった。
いつ暗がりに引き込まれ、虐待を受けるか、性行為を要求されるかと思うと、街はおろか、校内ですらまともに歩けなかった。
休み時間の度、そして放課後も、一人残らず帰宅し巡回が見回りに来る夜まで、ロッカーに引き籠る日々。
そして、『今日も客を取って来た』と言い、金を渡さないと寝る事も出来ない家。
自分はただ生きるのに必死なだけなのに、なぜ何の不幸も無い平凡な人間がこうも残酷になれるのか?
決まっている。本当の不幸を味わった事が無いからだ。
お前等の味わった不幸なんてただのぬるま湯だから、幾らでも残酷になれるんだ。
ドロドロドロドロと、自分の腹の中が真っ黒になるのが分かった。
そんな日々は理不尽とも言えるほど、唐突に終わりを告げた。
母が死んだ。
そして藤原本家から迎えが来て、男とは縁が切れた。
母と男が入籍していなかったのが幸いだったのだ。
それでも男が自分を追い回すといけないからと、濡羽は残りの中学生活をヨーロッパで過ごす事になった。
帰国しても、全寮制のミッションハイスクールに入学した彼女に男は近付けはしなかった。
その後男は野垂れ死んだと聞く。
だが何の感慨も湧かなかった。
ヨーロッパでも帰国した日本でも、演技に演技を重ねて過ごす日々に何の感慨も湧かないのと同じように。
泥沼の過去から抜けても、濡羽がただ生きる、そのためだけに演技に演技を重ねねばならないと言う、死に物狂いの日々は同じだった。
誰もが騙されてくれた。
でもただ生きて行ける以上の喜びは無かった。
日々の慰めは一台のパソコン。
エルダー・テイルと手慰みの小説。
ゲームの中だけが本当の居場所であり、不幸に打ちのめされても打ちのめされても、優しさと善良さを失わぬ、いや、それどころかより優しくなる理想の人を描く事が彼女の癒しであった。
「だから私が優しい訳じゃないの。優しい人が欲しかっただけ」
やがてデビューし、そのお金で大学に進む日々の中、ゲームでヒリュウと言う男に出会った。
最初は馬鹿でお調子者の男だと思った。
ある日聞いてみた。
何でそんなにバカでお調子者なのか?
『実はリアルだとスーパーハンサムだからだ』
『はあ?』
子供の頃から女の子と間違われる程の超美形で、オマケに母親がいないから親代わりに育ててくれたスナックのママたちに、女にモテる男の心得を仕込まれて育った。
当然女の子からはモテまくり、男からは嫉妬で苛められまくる。
なので女子からは適度に嫌われ男からはモテる様、バカでお調子者になる事にしたのだと。
にも拘らず、中学生になると今度はお笑い芸人がモテる時代となり、またモテてしまった。
クラスの4大美女から好意を寄せられ、逆に自分はモテると思って4大美女にアタックしたのにそのせいで悉く振られたクラスのリーダーに、逆恨みでまた苛められる始末。
濡羽は気付くとパソコンの前で笑い転げていた。
『チェッ、そんなに可笑しいかよ?』
『可笑しいわよ』
濡羽はつい聞きたくなった。
結局4大美女の誰と付き合ったのか?
学年一の成績の才媛。
学年一と評判の美人。
陽気な学年の女子のリーダー。
白皙の社長令嬢。
『それが誰とも付き合わなかったんだな』
『はあ? これだけの面子で? あんたホモ?』
『高嶺の花と知りつつも、当時の担任の女教師の事が好きだったからさ』
それ以上、どんな女性だったかは聞けなかった。
多分、自分とはあまりにも違うのだろうと思ったからだ。
その後も聞けなかった。
ヒリュウが優しかったからだ。
普段は馬鹿の癖に、他人事でもすぐ熱くなる、お節介な優しい男だったからだ。
この男に本当の自分を知って欲しかった。
その上で受け入れてもらいたかった。
でもそれと同じくらい、何も知られたくなかった。
「―――そうか」
「不思議ね。貴女の『そうか』はとても落ち着く」
「そうか、それは嬉しい」
「貴方のお母さんの癖?」
「いや、主君の『そっか』が余りに心地いいから、いつの間にかうつったのだろう」
「あの人は言ってくれるかしら? 例え『百人に抱かれた』と言ったとしても、優しく包むように『そっか』って」
「……少なくとも、私は友達でいる」
「…………」
「貴女が百人に抱かれていようがいまいが、貴女が千人を騙していようがいまいが、私は友達でいる。私が主君を好きで、貴女がヒリュウを好きな、それぞれ当たり前のただの一人の女の子だからだ。それで充分だ」
濡羽はテーブルに両肘をついて顔を覆うと、また子供の様に泣いた。
アカツキは自分の席から立ち上がると、ただ優しく母の様に濡羽を抱き締める。
シロエはこの濡羽の敵である事を選んだ。
だがそれでも、シロエは自分にこの女性の友達になる事を望むだろうと、ただ思った。
レイネシアの友達になる事を望んだように。
ふと気づくと、アカツキは子守唄を口ずさんでいた。
地球に居た頃、異母妹によくしていたように。
-2-
セルデシア、月面サーバー。
「やあ、エンプレス」
そう挨拶しながら、漆黒のマントと禍々しい鎧に身を包んだ、だが眼鏡をかけ知性と品位のある青年は、エンプレスと呼んだ女性のテーブルの向かいの椅子に腰かけた。
「ベルゼビュートか」
こちらは豪奢且つ聖なる気品に満ちた装束を身に纏う、だが妖しげな艶やかさを持つ女性だ。
表情を見ず衣装だけ見れば、男が魔王か何かで、女が聖女に見える。
「〈監察者〉コミュニティの長が私に何の用だ?」
〈採取者〉の女王は魔王の様な男に問うた。
「用が無ければ来ては行けないのかい?」
「上級種族が兵隊アリを覗きに来るからには、大抵打算が有るものだ」
「相変わらず皮肉が上手だね」
「皮肉も何も、そうでなければわざわざ〈ランク3〉が〈ランク2〉に会いになど来まい?」
「いやいや、僕は君にランクを抜きに敬意を持っているよ。友誼を結びたいとすら思っている」
「ほう、何故だ?」
「君は〈共感子〉の不足にあえぎ、まともに会話もできない〈ランク2〉の中で、非常に高い〈共感子〉を保ち、部下達を統率し、僕達とも理性的な会話のできる存在だ。それは驚嘆に値する」
「別に貴様と理性的に会話をしている覚えは無い。体よく外面をかぶっているだけだ」
「大した自制心だ。流石〈採取者〉の長と褒めるべきかな?」
「世事よりも用を話せ」
「まず一つ目だが、〈ランク3〉テストを受ける気はないのかい?」
「無いな」
「君のスペックなら十分合格だと思うんだがね?」
「私もそう思う。だが、晴れて〈ランク3〉になったとしても、おそらくすぐに〈共感子〉を消耗し尽くして〈ランク2〉へ逆戻りするだろうな」
「何故だい?」
「決まっている。私が〈共感〉できるのは哀れな〈ランク2〉だけだからよ。私とお前等は、所詮どこまで行っても別な生き物。我等の哀れで憐れな醜さを持っていない、お前等になど、どうして〈共感〉出来ようか?」
「自分で不良プロトコルと客観視しているのに、なぜ廃棄できないんだ?」
「残念だがそれを廃棄すれば私のステータスは維持できない。プログラムツリーの根幹に食い込んでいるのさ。私は何処まで行っても兵隊アリなのだよ。教えてやろうか、現に今こう話している間も、私は貴様を殺したくてたまらないし殺されたくてたまらない」
「…………。〈共感子〉を無くし孤独と絶望に耐えかねた〈ランク2〉は潜在的に、いや、時に自覚的に他を巻き込んだ自らの死と転生を望むと言う。君もやはりそうなんだね」
「そうさ。そんな私達に〈創造者〉が与える役割はいつだって自殺志願の兵隊アリ、〈採取者〉なのさ。私はそんな彼等を見捨てられず、生きたくも無い長い生を生きているに過ぎない。皮肉な事にそれが私の〈共感子〉とステータスを高めただけだ」
「………そうか」
「それで? 他にも用は有るのだろう?」
「ああ、侵攻プログラムを延期して彼等と会話するつもりはないのかい?」
「またそれか? 私にそれを命令できるのは〈創造者〉だけだ。いくらお前が〈ランク3〉だとて同じ様にコードを実行する人工知性生命体同士だ。頭ごなしにそれが出来る訳はあるまい?」
「だから命令で無く戦略的提案だよ」
「それほどの戦略的価値があるのか?」
「何故このセルデシアにこれほど大量の〈共感子〉が存在できるのか、それを研究した方が、より大量の〈共感子〉を生産、獲得できる可能性があるからさ」
「―――〈冒険者〉は既にそれを浪費している。早い者勝ちな状況に変わりは無い」
「確かにそういう地域もある。だが、減少の止まった地域もあるし、ヤマトサーバーの様に再び増加している地域もある」
「闘争による団結は、常に一時的に〈共感子〉を増加させる。今回もそうなだけだろう? 我等が〈典災〉の侵攻が上手く行っているに過ぎないさ」
「ところが必ずしもそうではないという報告が有ってね」
「?――――」
-3-
ナインテイル自治領、ノースナイン。ウチュウ遺跡。
「ふぇっくしょん!」
盛大にくしゃみするシロエ。
「大丈夫ですか先輩?」
「ハーフレイド攻略中なんだからしゃんとしろ!」
「ごめんごめん、気を付けるよ。ソウ、カズ彦」
誰かに噂されているのだろうか? 今頃大変だろうアキバのみんなが文句を言ってるのかもしれない。ロクなアドヴァイスできなかったからなあ、と自虐するシロエであった。
-4-
アキバの街、〈海洋機構〉大会議室。
「〈アクア・ヴィテ〉爆買い入りました!」
「〈ソード+2〉爆売りです!」
部下達の報告を受けてミチタカとロデリックが揃って眉をしかめる。。
「「う――――ん」」
一方、ヨコハマ港、精霊船エーギル。
「よおおーっし、どんどん売れ! どんどん買え!」
ウェストランデ屈指の海運貴族、マルヴェス卿は威勢よく指示を出す。
エーギル始め4隻の船倉いっぱいに積んできた積み荷を全部売り切り、買い占めた商品をいっぱいに積んで帰るつもりだ。
もともと〈冒険者〉の技術開発はミナミの方がアキバよりも2歩も3歩も進んでいる。質が同じなら値段で、値段が同じなら質で引けなど取る訳がない。
そしてこのタイミングである。
アキバは最近になってやっと〈典災〉の軍団侵攻を知っただろうが、こちらは〈フロウデン〉第六席“予言の歌い手”クオンのみが受け取れるサーバーからの業務連絡、〈GMコール〉によってとうにその事を知っていたのだ。
戦時に〈大地人〉に必要で本来アキバが供給する物資は安価かつ大量に準備できたし、逆にアキバが戦時必要で買い占めるであろう物資をこちらが買い占める資金も十分に用意してきた。
負けるはずの無い経済戦だ。
再び〈海洋機構〉
「概ねハラ黒の予想通りだな」
「ええ」
「しかしソード+2を+1と同じ様な値段で売って来るとはな」
「敵も然るもの、ですわね。これの出番がこんな所で来るとは」
懐からカードを取り出すヘンリエッタ。
「対抗して値段を同じ位には下げねばなりませんからね。アインスさんが泣きますよ」
「まあ、投資銀行と言っても今のところ出資額のほとんどはウチとお前ん所と〈第8〉だ。文句は呑んでもらうさ」
投資銀行。
それは〈ギルド会館〉〈供贄の黄金〉に続く、第3の銀行だ。
要はすぐに使い道の無い金を持った裕福な冒険者やギルドの余剰資金を、新たな製品開発や新規ギルドや店や事業の立ち上げに投資してもらうと言う発想である。
実際の地球の銀行と同じシステムだが、今まではアキバの経済的余力がそれほど大きくなかったのと、金銭の無い者にチャンスを与えると言う投資意識が未熟だったせいもあって存在していなかったが、経済的発展と何より、ここ一連の出来事のお蔭で、お金の無い人、つまり低レベル冒険者に助力しようと言う意識が芽生え始め(所謂エンジェル投資家の発生である)、設立の運びとなったのだ。
そして投資銀行には、今回のような経済攻撃を受けた時、損害を被るであろう部門の損害を補填し、生産技術改良の投資を行えるという利点もあり、むしろシロエにその効果で説得され、生産ギルドの面々は了承し、銀行設立に巨額の出資をした。
今回はまさにその転ばぬ先の杖が役立ったのだ。
そしてもう一つの問題の必要物資の買い占めの方だが、幾らかは前もってアキバで買い占めておく事と、もう一つ。
「秘薬オスクルムも爆買いされています!」
「うん、どんどん高値で買わせてやれ。但し品薄でどんどん値上げしますの振りは忘れるな」
「あの薬、安価大量生産できるようになったの部外秘にしてあるんですよね」
「流石ハラ黒、こういうセコさは随一だな」
「真っ黒黒助ですわ」
我が事の様に胸を張るヘンリエッタ。
「まあ、他の買い占め対策は外回りのカラシンに任せましょう」
「ああ、奴さん何だかんだで〈大地人〉の信頼が厚くて、多少損してもカラシンと繋がっておきたいって言う取引先が多いそうだからな」
「シロエ殿は、こういう経済戦は素人だから、大した助言が出来なくて済みませんって謝ってましたけどね」
「まあ、クラスティ並みの手腕を期待するのはな。俺達にも無理だし」
「流石にねえ」
「私だってただの経理で、経営者や投資家じゃありませんわよ」
「それに長期的に見ればイースタル市場全体が豊かになるから、却って得するとかな」
「ああ、アレ、洒落になってませんよね」
シロエが話したのはかつての日米貿易で、日本が安価な電子製品を輸出していた時、アメリカがインターネットハイウェイ計画のもと、電子メーカーに公的な補助を行った結果、アメリカ市民は安価に電子製品を手に入れる事が出来て生活と財布に余裕が出来たため、好景気になり、逆にダンピングギリギリで輸出していた日本の方が体力切れで景気後退になる事になった歴史上の話だ。
よって別にシロエ独自のアイディアではない。本当に歴史上の教訓。
-5-
イースタルとウェストランデの国境付近、グンマ平原。
そこでは千体規模の〈典災〉の軍団の進軍が始まっていた。
マイハマ騎士団グリーンリーブス先遣隊隊長、カーツは懸命にあちこちに散らばる小村落の人々の避難を誘導する。
叶う事なら〈典災〉に一矢報いたかったが、奴等のレベルは揃って80以上。〈冒険者〉でも腕利きでなければ手こずる相手だ。〈典災〉どころか呼応して活発化したコボルトやゴブリンやオークの相手だけで精いっぱいである。
だが彼等は以前よりもずっと粘り強く善戦していた。〈黒剣騎士団〉に鍛えられ、レベルよりも何より困難に打挫けぬ精神力を得たのが大きかったのだ。
だがその時異変が起こる。
「た、隊長!」
「あ、あれは!?」
「ド、ドラゴンだあぁっ!!」
隊員たちの叫びに空を見上げると、確かに上空にはこちらに向かう翼を持った緑の鱗の巨躯。
「くそっ! よりにもよってか!」
カーツは決死の覚悟を決める。
「俺が時間を稼ぐ! 皆は領民を連れて森に隠れろ!」
「そんな? それでは隊長がっ!?」
「私もお供しますっ!」
「お前等が死ねば誰が領民を守る? いいから行けぇっ!」
隊員たちは歯噛みしながらも命令に従う。何より怯えて走り出す人々を保護するには、今の人手でも足りない。
カーツはただ一騎、平原に取り残され、ドラゴンを見つめる。
「こういう時はどう言うべきかな? そうそう、物語にあるように、『死ぬにはよい日だ』とでも言えばいいのかな?」
眼前の『死』は、カーツを捉える距離で止まると、気のせいか薄く笑った気がした。
カーツはふてぶてしく笑い返す。
きっと自分をしごき上げた、あのアイザックならそうするだろうと思って。
ドラゴンはそれを見て不満に顔をしかめたような気がした。
だがそれも一瞬の事、胸腔をいっぱいに広げ息を吸い込み、必殺のドラゴンブレスを構える。
カーツなど一吹きで黒焦げにされるだろう。
だがそれでもカーツは笑みを崩さなかった。
「格好いいじゃん」
気付くととなりには付与術師のドワーフの少女。いつの間に?
「ピンキー、騎士さんっ、伏せてっ!」
長髪の盗剣士の少年が、火炎の吐息を放つ為に開いた竜の咢に短剣を投げ込む。
死を撒き散らすはずだった炎は口腔内で暴発した。
「ルック、スピカ、ツガル、とどめっ!」
「はいっ!」
「オッケー!」
「あいよ、リーダー!」
盗剣士と武闘家のエルフの少女たちが、陽気な吟遊詩人が、ドラゴンにとびかかる。
「ま、ドラゴンって言っても憑依魔法で操ってる従者クラスだからね、大したことないよ」
ピンキーが魔法で援護しながら呑気に請け負う。
事実、そのドラゴンは呆気なく倒された。
「間に合ってよかった」
盗剣士の少年、ユーマはそう言ってカーツに笑いかけた。
「感謝する。冒険者よ」
「ま、ユーマのお手柄って言うより、シロエさんの読み勝ちなんだけどね」
「本当にその通りになりましたね」
インティクスは東の軍勢を削りたい。
だが現時点では冒険者が直接手を下すのは不味い。だからモンスターの襲撃に見せかけて、召喚術師の従者で彼等を襲うのではないか?―――と。
「他の隊にもそれぞれ護衛が付いたから安心して下さい」
「何から何まで、済まない」
「依頼料をアキバの街はもう貰ってますからね」
「?」
「レイネシア姫ですよ」
「! あの噂は本当だったのか? では生きておられるのだな!」
それはカーツが耳にした、久々の明るい報せだった。
―第19話に続く―
おまけ
●ユーマパーティー
ログホラ外伝『新たなる冒険の大地』より出張。〈円卓会議〉の犬と噂される、シロエの心配性と苦労性に付き合わされる、これまた心配性と苦労性の少年ユーマがリーダーのパーティー。
ピンキー以外は皆前衛の短期決戦攻撃特化型と非常にバランス悪く見えるが、回復方面もツガルの〈慈母のアンセム〉とピンキーの〈マナリーク〉で補っており、意外と継戦能力もある。
ログホラゲームシリーズは本当にスキルの組み合わせに色々可能性が有るので、工夫のし甲斐が有りますよ、TRPGもスマホアプリ版も宜しく(宣伝www)。
筆者(以下:筆):「今回のテーマは本編にちなんで『国際経済』でーす」
ミチタカ(仮名、以下:み):「んでゲストが俺達なわけか」
ロデリック(仮名、以下:ろ):「僕らがあとがきに出れるのなんかこんな時ぐらいしか無いですよねえ」
カラシン(仮名、以下:ら):「切ない事言わないで下さい」
ヘンリエッタ(仮名、以下:へ):「あながち否定しきれない所が悲しいですわね」
筆:「で、いきなり質問ですが、国際経済の勝者の条件とは何でしょう?」
み:「技術力?」
ろ:「開発力?」
ら:「いや、やっぱりそれを支える資金力でしょ?」
筆:「ではその資金力を生み出すのは何でしょう?」
一同:「「「生産力?」」」
筆:「いえ、市場購買力です」
み:「買ったら金は出てくもんだぞ?」
ろ:「いい品を作って市場を独占するのが勝ち組企業ですよ?」
ら:「いやいや、上手く買うのも立派な商売ですよ。売るばかりじゃ成立しませんって」
ヘ:「売却と購入の循環サイクルこそ資本主義の根幹ですわ」
筆:「そうです。上手く買う事こそ金持ちの秘訣です。大量に買って貰えば売る側も儲かるので、もっと安く大量に売る為の競争が起こりますし、高額な商品を買ってもらえるならば、もっと高額に買ってもらおうと、もっと上質の製品を売る競争が起こります。市場競争原理の基本ですよ」
ら:「ですよー」
へ:「大学で無くても習いますわよね、これ」
筆:「なので世界で最も購買力のあるアメリカの市場が世界で一番強力な経済体になる訳ですね」
一同:「「「あー」」」
ら:「だからEUが出来たり、巨大人口を抱える中国が発展した訳ですよね」
筆:「なので日本もASEAN通貨統合を試みた事も有るのですが、上手く行かず、時代に取り残されました。何せ最大の購買力を抱えるという事は、最大のユーザーを抱えるという事でもあるので、工業製品やコンピューターの規格を自由に決定できる権利も得るのですからねえ。事実EUはユーロ規格を作って一部この権益をアメリカから奪取する事に成功しています。逆に日本は自慢の工業製品ですら苦境に立つ羽目になった訳です」
み:「それに加えて本編で言ったダンピングすれすれ経済戦敗北ショックも有ればなあ」
ろ:「言われてみればまさに市場原理を無視したが故の敗北ですね。ダンピング戦をするには国内価格を高くする必要が有りますから。実際には為替レートの誤差とギリギリ言い訳できる値引きや輸出にかかる手間賃を国内価格に回した訳ですが」
ら:「日本国民のお財布の中身を吸い上げて、その分で安くしたわけですからね。実際、日本人がアメリカ人にお財布を開いて、お小遣いを上げたようなものですよ。それで小遣い上げた日本人が貧乏になった」
筆:「それでも日本企業が成長すれば元は取れると踏んだわけですが、企業がアメリカ資産を高額で買い漁り、売る時は安値で手放さざるを得ない悪循環が発生したため、企業資金も結局米国市場に大量放出。かくして日本の消費購買資金は二重にアメリカに放出されてしまった訳ですね」
一同:「「「洒落になってね―」」」
へ;「私の父がこの頃にはそれはそれは大層苦労したそうですわ」
筆:「この経済のからくりを欧米で学んだアラブ人が、国に戻って反欧米教育組織を作ってテロ騒ぎが起こったりもしましたね」
一同:「「「洒落になってね―」」」
筆:「この国際市場経済競争が行き過ぎているが故に、チョコレートを作っている国の農民がその当のチョコレートが高くて買えない僅かな給料しかもらえない問題も起きる訳です。フェアートレード運動はそれで起こってるんですよ。勉強になりましたね」
み:「なったけど切ねーなー」
筆:「そして貧しい国は最低限生きる上でどうしても必要なモノしか買えません。すると逆に売る側は足元を見れる訳で安くは成りません。なので原油とガスと食料を押さえているロシアはあんな事になってもいまだ金持ちで、発展途上国はより困窮しています」
一同:「「「あーあーあーあー」」」
ろ:「でも我々はアメリカ人ほど豊かではありませんが、結構好きな事好き放題しているせいで、それほど悲惨にも思えませんね」
ら:「好きなモノもそれなりに食べれますしね」
み:「まあ多数の人間はな。それでも過剰労働とかで割食ってる奴はいっぱいいる」
ヘ:「景気が良いに越した事は有りませんわ」
筆:「我々のこれからの宿題ですよねえ。それではまた来月」
一同:「「「「「じゃあっねー(^^)/」」」」」