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トゥルーフレアは物量に弱い

 メリレイアは気合を入れると、城壁から飛び降り、ゾンビの群れの前に立った。

 トゥルーフレアは人間兵器だ。

 敵の戦力を視界にとらえ、戦いの気配に全身がうずうずしていた。

 そこには、届いた人形を受け取って喜んでいたような、子どもの無邪気さはもうない。

「数が、多すぎるわね……」

 メリレイアは、本気を出せば直径数十メートルの火球を生み出すような魔術も使える。しかし、そんな魔術を連発していたらすぐに魔力が尽きてしまう。

 今は、少ない魔力でより多くのゾンビを倒さなければならない。

「よし、これで行くか……」

 メリレイアは両手を左右に広げる。手のひらに炎が集まり、一対の剣の形を取った。

 灼熱を物質化したような赤く輝く刀身。その刃は、高温によって鉄板すらバターのように切り裂く切れ味を持つ。

 メリレイアは走り出した。一歩足を踏み出すごとに靴底で爆発が起こり、その反動で体は前に押し出される。

 ゾンビたちは、メリレイアを最優先目標と認識したのか、大挙して迫ってくる。

 だが届かない。

 メリレイアが剣を一閃するだけで、ゾンビは体のどこかを切り落とされて倒れる。

 地面を這いつくばってまだ動いているゾンビを踏みつぶし爆散させながら、メリレイアは群れの密度が高い方目掛けて突進する。

『ガァァァ?』『ィルゥ』『ブェイン』『ィンテスティン……』

 ゾンビもメリレイアから逃げるどころか、一ヶ所に押し寄せてくる。

 ゾンビに戦略を立てるだけの知能があるとしたら、これは物量戦だ。数の力で押しつぶそうとしている。

 メリレイアは片っ端からゾンビを叩き切りながら進む。切っても切っても終わりがない。ゾンビは地平線を埋め尽くすほどにいる。

 倒れてまだビクビクと動くゾンビの破片を蹴り飛ばし、メリレイアはため息をつき、要塞の方を振り返った。

 戻ろうと思えばいつでも戻れる。ただ、特に状況が変化したわけでもないの戻ってきたら、向こうがどう思うかと考えると、安易に戻るのもよくないような気がした。

 幸いにも、骨壁に向かっていたゾンビの大半が、メリレイアを狙って動きを変えている。

 囮や時間稼ぎとしては役に立っているはずだ。なら、ここで時間稼ぎを続けるしかない。

 だが、あと三時間これを続けろと言われたら、さすがのメリレイアでも魔力が持たない。だとしたら危険な状態になる前に帰った方がいいのでは。

 そんな風に迷いながら戦っていると、地平線の向こうから、ゾンビとは違う巨大な何かが近づいてくるのが見えた。

 大型モンスターだ。

 それを見て、メリレイアは逆に安堵した。

「うん。やっぱり一回戻ろうかな。アレを倒したら戻って休もう」


 大型モンスターは、ナメクジのような体をしていた。全長は二十メートルかそれ以上、体高も五メートルを超える。体は硬質な皮膚に覆われて、そこからブヨブヨした触手のような物が生えて蠢いている。

 メリレイアはナメクジに駆け寄る。近くで見ると巨大な壁のように見えた。実際、要塞の城壁と大差ない高さがある。

「そりゃっ」

 メリレイアは炎の剣で切りつける。だが傷が浅く骨を断つまでには至らない。ナメクジなので骨はないかもしれないが。

 ナメクジは、反撃とばかりに体に生えた無数の触手を伸ばしてくる。ヒョロヒョロと伸びてくるそれを切り落とし、メリレイアは次の攻撃を考える。

 と、辺りが急に暗くなった。ナメクジが横に転がったのだ。

 巨大な壁がメリレイアを押しつぶさんと倒れてくる。メリレイアは地面に爆発を起こして反動で逃げる。逃げた先に、大量のゾンビが降ってくる。

 ゾンビの群れを範囲攻撃で吹き飛ばして、メリレイアは体勢を立て直す。

 側面はダメだ、それなら後方から攻める。

 メリレイアはナメクジの後方に回り込もうとする。

 ナメクジは以外に素早い動きで体をくねらせる。尻尾を追うメリレイアをナメクジの頭が追ってくる。進路上にいたゾンビの群れが吹き飛び、摺りつぶされていく。

 だがその動きはメリレイアを有利にする。体を丸めていると、横方向への転がりに移れなくなる。結果としてナメクジの側面はガラ空きだ。

「くらえっ!」

 メリレイアは、自身の最大の火力を叩きこむ。

 放った一発は小さな種火のような炎だった、ゾンビ一体を倒せるかも怪しいぐらいだ。

 しかし、それがナメクジの体表に命中したとたん砕け散り、三つの炎に分裂する。分裂した炎は一瞬迷うような軌跡を描いてからナメクジに着弾。それが三倍、また三倍。三倍、三倍、三倍、三倍、三倍、三倍、三倍。

 最終的に数万発の火球が無秩序に飛びまわり、その全てがナメクジに着弾する。


 飛び回る炎が消えた時、ナメクジの体の表面はボロボロに焼け焦げていた。

 内臓までは破壊できなかったようだが、動きは鈍くなるだろう。とメリレイアが思っていると、ナメクジは残っていた触手を伸ばし、地面を掬うような動きを見せた。そして何かを口へと運ぶ。そんな動作を繰り返す。

 ナメクジが食べているのは、今までメリレイアが倒したゾンビの破片だった。

 食事で回復したのか、焼け焦げた傷がすぐに元に戻り、切り落とした触手も伸びてくる。

「なにそれ……」

 これでは荒野を地平線まで埋め尽くす全てのゾンビがナメクジのHPであるのと同じだ。

 全ての触手を破壊すれば食事を妨害できるかもしれないが、右側を壊した後、左側を壊しに行っている間に右側を回復されたら? いつまでたっても終わらない。

「くそっ、それなら」

 口を破壊するしかない。

 メリレイアはナメクジの前に回り込む。敵の正面を取るのは危険な行動だと理解はしていた。だが他に勝機が見えない。そしてこれが唯一の勝機だ。

『ヴォォォォォッ』

 ナメクジは威嚇のような吠え声を上げる。吹き飛ばされそうになる。

 ナメクジはメリレイアを、それなりに強いが対処可能な相手だとみなしているようだ。だがそれは間違いだ。

「教えてあげるわよ。トゥルーフレアを敵に回すのが、どういうことなのかをね!」

 メリレイアは両手に持っていた一対の剣を一つに束ね、真上に掲げる。

 剣は融合し一本になる。それに追加で魔力を流し込み、巨大な炎の刀を練り上げる。刃渡りは十メートル近くにも伸びた。

 それを上から下に振り下ろす。

 攻撃終了とともに、炎の刀は消滅する。大きすぎてメリレイアでも維持し続けるのは難しい。だが、破壊力は規格外だった。

 側面よりも頑丈そうな皮膚に包まれたナメクジの頭。それが真っ二つに割れていた。

 体の前半は左右に分けられ、切断面は高熱で炭化して……。

 ナメクジの全身で蠢いていた触手がビリビリ震えた後、力なく垂れ下がって動きを止める。

「なんとか、勝った、か……」

 メリレイアは足元がふらついて片膝をついた。保有していた魔力を一度に大量に吐き出したせいで、意識がもうろうとしてきた。

 だが、まだ敵は残っている。無数のゾンビだ。これを突破して要塞まで戻らなければ死んでしまう。

 ナメクジに踏みつぶされて潰れたゾンビの破片を見て、近づいてくるゾンビを見て、それから最後に地平線を見て……さすがのメリレイアも血が凍った。


 地平線の向こうから姿を現したのは、大型モンスター。

 巨大ナメクジ五体。

 それが追加のゾンビを無数に従えてメリレイアの方へと近づいて来る。


 既にメリレイアの状態は万全とは言えない。

 ナメクジもう一体追加でも厳しい。同時に五体は絶対無理だ。だが、要塞に戻ったところで、状況が好転するとは思えない。

「ここで逃げ帰ったりしたら、トゥルーフレアの名折れね。まあ、もしかしたら勝てるかもしれないし、やるだけやってみるか……」

 メリレイアは引きつった笑みを浮かべると、両手に炎の剣を再召喚した。



 カイル達は、要塞の歩廊から戦いの全てを見ていた。

 遠目には、終始メリレイアが優勢のよう見えた。だが、それも追加のナメクジ五体が出てくるまでの話だ。

「あれは、ちょっとまずいな……」

 隊長が苦々しい顔で言う。

 カイルも同感だった。ゾンビの群れに飛び込んでいった時のメリレイアは、無敵の存在にも見えた。だが今は、疲れ果て、動きが鈍い。

 巨大ナメクジに勝てない自分を想像してしまったのか、もう心が負けているのかもしれない。 今はまだ周囲のゾンビの群れと戦っているだけだが、その足取りすら危なっかしい。

 押し寄せる無数の腕につかまれそうになり、実際、今もスカートの端をつかまれて破かれた。それを振り払うために魔術を連発し、無駄な魔力を消耗してしまう。

「戻ってくるよう言った方が良くないですか?」

 アバックが不安げに言うが隊長は首を振る。

「伝える手段がない。それに、もうそんな段階ではない……彼女もわかっているのだ」

 隊長の言う事はわかる。

 メリレイアが戦わなければ、ゾンビたちは骨の壁を越えて畑を荒らしに行くだろう。だから不利でも戦い続けるしかないのだ。

 しかし、メリレイアが死ねば結局同じ結果になるのだから、やはり死ぬ前に戻った方がいいのではないか。

 もはや根本的に戦力が足りないのだ。

「せめて救出隊を出せませんか……」

「無理だ。この数のゾンビでは近づくことすらできない。むしろ、この要塞が維持できるかすら怪しい。くそっ」

 人間は無力だ。

 魔術がなければ生きていくことすらできず、多少の魔術があっても劣勢を押し返すほどの力にはならない。


 隊長やアバックたちから数歩離れた所でカイルはメリレイアが戦っている様子を見ていた。

「働いて損をしたなんて思わせたら失格、か」

 別にカイルは、メリレイアの上位者と言うわけではないが。

 カイルは隊長たちには声をかけず、その場を離れた。


 状況は絶望的で、何一つ解決の糸口が見えなかった。

 だが、とりあえず、メリレイアがここで死ぬ必要はない。それだけは確かだ。そして、カイルがその気になれば、メリレイア一人ぐらいは助けられる。


 カイルが向かったのは要塞の厨房、その近くにあるゴミ捨て場だった。

 昨夜食べた骨付き肉の骨。それがゴミ箱に押し込められて捨てられていた。

「これだけあれば、足りるかな?」


 ばっちいな、と思いながら一本を手に取った。

 魔力を流し込むと、その骨はぐにゃりと曲がって形が変わる。まるで、小さな頭蓋骨の様に。


 そしてゴミ箱に詰まっていた残りの骨が、空中に浮かび上がった。

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