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塔の外、壁の外

 カイルは一度、自分の部屋に戻って、壁外当番用の服に着替える。厚手のコートと野外作業に耐える丈夫な服。

 そして荷物を持ってから部屋を出た。そのまま塔の最下層の南端へと向かう。


 塔の最下層の南端には車庫がある。

 ここは塔の外に出られるいくつかの出入り口の一つにもなっていて、横幅十メートルぐらいある出口は陽光で明るく輝いていた。

 カイル達の前には一台のバスが止まっている

 このバスは燃料を消費しない。代わりに、後部にカマドのような物がついていて、シチズン階級の運転手が出発前に火炎魔術をかける。バスは魔術のエネルギーで動くのだ。

 バスの中にある座席は木製ベンチで、クッションのような物はなかった。乗り心地は劣悪で、乗っているだけで具合が悪くなる人も少なくない。


 カイルは前の方の席に座った。運転手に近い位置の方が乗り心地がいいと聞いていたからだ、本当かどうかは知らないが。

 バスが走りだし塔を出ると、窓の外に景色が広がる。

 青く広く晴れきった空、さんさんと輝く太陽、延々と続く緑の絨毯。

 そんな開放的な風景の中を、バスはゴトゴトと走っていく。


 塔の外側には畑が広がっている。

 畑は塔のすぐ外から始まり、南に向かって地平線の果てまで続いている。塔内で消費される食糧のほぼ全てが、この畑で作られていた。

 万が一、この畑が壊滅するような事があれば、塔内の千三百万人は飢え死にだ。

 畑は、アイアンテック階級の植物魔術担当と水魔術担当が管理している。

 殆ど魔術が使えないバルカム階級は、畑の世話には何の役にもたたない。

 ではカイル達は何をさせられるのかというと、それは、ゾンビの後片付けだ。


 一時間ほど走ると、目的地についた。

 畑の終わり。そこには壁がある。

 一メートル間隔で、高さ三メートルぐらいの白くて太い柱のような物が地面から生えている。柱は少し内側に湾曲していて、先端は尖っている。その形状はなんとなく肋骨を連想させた。

 そんな柱が右から左まで、果てしなく地平線の向こうまで、続いている。塔を囲む楕円形になっているらしい。

 柱と柱の間には太いロープが何本も張られている。侵入対策だ。

 知能ある人間が相手なら足止めになるかも微妙だが、ゾンビなら確実に引っかかる。

 壁の何か所かにはロープがほとんどない部分があって、そこが出入り口になっていた。

 バスを降りたカイル達は、そこから壁の外に出る。


 壁の外は一転、荒野だった。草木も生えない赤土だけの土地が広がっている。

 すぐ近くに灰色の石を組み上げて作った要塞のような物がある。そこが、この先一週間、カイル達が寝泊まりする場所だった。

 要塞の前には銀色の腕章をつけた人々が立っていた。シルバーバレット階級だ。

 戦士階級とも呼ばれる。

 数が少ないトゥルーフレアに代わり、防衛戦線を構築するのが役目だ。


 カイル達も要塞の前に整列する。

 ジルバーバレットの一人、隊長らしき壮年の男が声を張り上げて挨拶する。

「ようこそ、諸君! ここは東十六番要塞だ。君たちの働きに期待している」

 隊長はカイル達を見渡す。

「念のために説明しておく。この要塞における昨日のゾンビ討伐数は六百二十五体だ。ここ数日、数が増加している。これは何を意味するかわかるかね? 君、答えたまえ」

 隊長に指さされたのは、カイルの隣に立つアバックだった。

「えっと、シルバーバレット階級の皆さんの働きの成果です!」

「違う! ……はぁ。いや、確かに我々は常に最善の行動を心がけている。しかし存在しないゾンビを倒すようなことはない」

 隊長は残念そうに首を振る。

「では討伐数の増加は何を意味するのか。答えは、敵の集団がこの付近に集結しつつある、ということだ。危険も増している。君たちは作業中もそのことを忘れてはならない」

 そういうことは以前にもあった。塔の外はそれなりに危険だ。

「戦闘力のない君たちはゾンビに襲われればすぐに死んでしまうだろう。どのような状況でもシルバーバレットの指示に従い、万が一の時はすぐにこの要塞に避難するのだ。ここは塔の中ではない。壁の中でもない。外だ。よく覚えておくように」

 そんな感じの訓辞が五分ほど続いた後、作業に移る。


 ゾンビは荒野の向こうからやってくる。シルバーバレット階級はそのゾンビを炎で倒す。

 ゾンビは生命力が強いので、殺しても死なない。バラバラの破片になっても、まだぴくぴくと動くいている。破片には人を襲うような力はないが、放置しておくと、そのうち破片が集まって、肉の塊のような怪物になって、また暴れ始める。

 それを防ぐためには、跡形もなく燃え尽きるまで炎で焼くしかない。

 しかし、いくらシルバーバレットでも魔力には限りがある。

 そこで破片を集めてトラックに乗せ、焼却炉まで運ぶ。

 焼却炉とは言うが、結局は火炎魔術が効果を発揮しやすいようになっているだけの大部屋だ。そこでシチズン階級が人海戦術で焼き続ける事により、ようやくゾンビは完全消滅する。

 それではゾンビの破片をトラックの荷台に乗せるのは誰の仕事なのか?

 答えはバルカムだ。


 カイル達はシャベルを担いで荒野を歩く。

 少し歩くと焼け焦げた地面に、ゾンビの破片が転がっている。

 シルバーバレット階級が監視する中でゾンビの破片をシャベルですくって、大きなバケツに放り込む。バケツが十個ほど溜まった頃に荷車が来るので、それに乗せる。

 荷車で運ばれたバケツは厳重な監視の中で保管され、夕方ごろにトラックがやってきてそれを回収していく。

 万が一ゾンビが動き出した場合は、シルバーバレット階級が対処する。


 作業を始めて十分もしないうちに汗だくになる。

 塔の中は日光がささないし換気が行き届いている。だから、さほど暑くならない。それに比べてこの辺りは、日陰がないし風も吹かない。

 アバックがぼやく。

「この作業ってキツイよね」

「そうだな……」

 カイルは答える。意味のないやり取りだった。

 近くにいた別のバルカム階級の女がカイルに話しかけている。

「おい、あんた、何か知ってんだろ」

「知ってるって何を?」

「この作業を楽に終わらす方法とか」

「ないよ、そんなもん。知ってたら、とっくにやってる」

 カイルは答えた。もちろん嘘だ。

 もっと楽に作業を終わらす方法はあった。作業員を召喚してそいつらにやらせればいい。それだけで、カイルは大して疲れることなく十人分ぐらいの作業を終わらせることができる。

 ただ、それをやると後々マズいことになりそうなので、人前で見せるつもりはなかった。

 結局、楽にやる方法なんてないのだ。

「そうなのか? 妙に余裕ありそうな顔してたのに……」

「帰った後の事を考えてただけだよ」

 カイルは苦笑する。塔の事を考えたら、いろいろと疑問が湧き上がってくる。

 リアムは今頃何をしているだろうか?

 あの夢は何だったのだろう?

 そもそもどうして彫刻の天使の羽に触っただけで具合が悪くなったのだろう?

 そんなことを考えながら作業を続ける。


 カイル達の作業は昼の間だけ行われる。ゾンビは昼よりも夜の方が動きがよくなる。夜は危険が増す。そもそも暗くて作業どころではない。

 日没直前まで破片の回収を続けて、要塞に戻り、やって来たトラックにバケツを乗せて見送って、ようやく仕事が終わった。

 要塞の中庭で大きな焚き火が組まれ、それを囲んで食事が始まる。

 塔では家畜の生産があまり盛んではないので、バルカム階級は肉が食べられる機会が少ない。

 炎を囲んで気が大きくなったのか、配られたアルコールで酔ったのか、歌を歌ったり踊ったりしている者もいる。

 アバックは大きな肉の塊にかぶりついていた。

「作業はきついけどさ、肉を好きなだけ食べれるってのは、いいよね」

「そうだな」

 こうやって恩恵を与えていかないと壁外当番を逃げ出す者もいるから、とか、そんな理由なのだろうけれど。

 カイルは燃え盛る炎を見ながら考える。

「なあ、ゾンビって何なんだろう?」

「え? 何って、敵でしょ?」

「そうだけど、なんで人間を襲ってくるのかと思って……」

「食料が欲しいんじゃないかな。人間を食べるらしいし」

 本当にそうなのだろうか? 何も食べないと、ゾンビも飢え死にするのか。バラバラになっても動き続けるくせに?

「……ゾンビの事なんか考えたって結論なんか出ないさ」

 横から声がした。見るとシルバーバレット階級の隊長が立っていた。

「でも気になりません?」

「だったら、こんな話を聞いたことはあるか? ここから遠い場所にゾンビの国があるんだ」

「本当ですか?」

 カイルが聞き返すと、隊長は首をかしげる。

「いや。もちろん俺は実物を見たわけじゃない。この目で見たと主張する人間に会ったこともない。だが、そういう話は多かれ少なかれある」

「ゾンビの国かぁ? ゾンビが建国……そんな事、しますかね?」

 アバックは懐疑的だった。

「そうだな。あいつらに知能があるかは怪しい。国と言うより巣と表現した方が正しいかもしれないが……とにかく、そう言う物があるのだという」

「それは、単にゾンビが大量に集まっているだけなのでは?」

「そうかもな。だが聞いた話では、百人のトゥルーフレアの一団が探索に出かけて、それを見つけて逃げ帰って来たと言う」

「うーん……」

 カイルには、そんな状況など、想像もつかない。

 トゥルーフレアが百人も集まれば、地平線まで埋め尽くすほどのゾンビが相手でもなんとかするだろう。

「そもそも、ゾンビって。どうして発生するんですか?」

「わからない。だが一説によると、ゾンビは人間によって作られたらしい」

「人間が作ったものが人間を襲うんですか?」

「たぶん、一種の自立兵器のような物なのだろうな。我々の祖先に戦争を仕掛けていた国がそれを使っていたのかも知れない、という話を聞いたことがある……」

「そうだとして、その国は、どうなったんですか?」

 和平交渉とか、できないのだろうか。戦わずに安全が確保できるなら、その方がいいに決まっている。

 しかし隊長は難しい顔で首を振る。

「そうだな……今のこの状況は俺が生まれるよりも前から続いている。そんなに長い期間、戦争が続いて、未だに勝敗がついていないのはおかしい……」

「どういう意味ですか?」

「塔は侵略をしのぎ切っている。一方でこちらから攻め込めない程度に相手の戦力は多い。そんな状況が何十年も続くなんてありえないんだ。向こうが全軍をぶつけてくれば俺達は負ける。塔が無敵でも、畑が壊滅すればおしまいだ」

「そんなぁ……」

 アバックが情けない声を上げる。

「しかし、そうならないまま、長い時間が過ぎた。つまり、敵の司令塔はやる気がないのだ。しかし、防衛に徹しているだけのつもりなら、こちらに少数のゾンビを送ってくるのもおかしい。だから、敵の司令塔はない。敵国はもう滅んでしまった、そういうことになる」

 おそらくは、自分自身が作ったゾンビに襲われて。

 だとしたら、人類には救いがない。ゾンビを倒すことはできず、塔から離れて暮らすこともできない。

「やっぱり、ここが人類最後の楽園なのか」

 カイルは一人呟く。

 楽園という名の、絶望に支配された、この場所で。

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