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この火炎系が至高とされる魔術カーストの中で  作者: ソエイム・チョーク
鳩よ飛べ、あなたがそれを望むなら
20/22

リアムの告白

 ペチペチペチ、ペチペチペチ。


 何かやわらかい物が、撫でるような力で頬を叩いていた。

 カイルが目を開けると、唇が触れそうなぐらいの距離に人の顔があった。

 リアムだった。心配そうにこちらを見下ろしている。

 幻かと思った。だが触れてくる手は温かい。

「リアム? どうしてここに?」

「バカ……、何やってんのよ」

「どうしてここがわかった?」

 カイルが聞くと、リアムは畳みかけるようにしゃべりだす。

「カイルが下から上がって来てるのは気づいてたから、出迎えたかったんだけど、壁の向こうだし、どんどん上に行くし……塔の頂上まで行くのかと思って壁越しに追いかけてたら、こんなところで諦めてるし……」

 またぺちぺちと頬を叩かれる。だが、カイルには言っている意味がわからない。

 まるで壁を挟んだ遠距離からでも正確な位置を特定できるような風に言っている。カイルが魔力の流れを見れるのと同じことだろうか? そうだとしても、ちょっと怖い。

「そ、それで……何のために、ここまで上がって来たんだ?」

「なんでじゃないでしょ!」

 リアムは泣いている。流れた涙が、下に落ちるまでに凍っていく。

「このままここにいたら死ぬでしょ。だから助けに来たのに……ほかに何だって言うのよ!」

「そっか。ごめんな……」

 カイルがどう答えればいいのか迷っていると、リアムはとんでもないことを言い出す。

「ここで、一人で死ぬのが、カイルの望みだったの? 本当にそうなら、そうさせてあげてもいいけど……その代わり、カイルが死んだ頃に戻ってきて、私もここで死ぬからね? いいの? 本当にそれでいいの?」

 いいわけがなかった。

「ば、バカを言うな。おまえは塔の中に帰れよ!」

「だから、バカはカイルの方だし!」

「それは……そうかもしれないけど。俺は、帰ったところでバルカムだ。おまえとは違うんだ」

「なんで? カイルはカイルだよ。階級なんか知らない。私がアイアンテックに落ちると決まってた頃でも、見捨てずに大切にしてくれたもん。今度は私が絶対に見捨てない!」

「リアム。それは、もう昔の事なんだ。おまえは俺に囚われる必要なんてない。好きなように幸せになっていいんだよ」

 カイルはリアムの肩を掴んで言い聞かせようとするが、リアムは嫌々と首を振る。

「わかってない。カイルは何もわかってないよ……」

「何がわかってないって言うんだ。階級社会っていうのは……」

「カイルのバカ! そんなどうでもいい話なんかしてないもん!」

 リアムは叫ぶ。

「カイルは全然わかってないよ! 私の気持ちも、塔の事も、ヴィレイアン様とアインドラ様の事も、火炎魔術の事も! あの時に何があったのかも……」

「あの時?」

 なんでヴィレイアンの名前が出るのか。それと名前が並ぶアインドラとは誰なのか。火炎魔術がわからない事が今関係あるのか。

 聞き返したいことは山ほどあった。

 だが、あの時というのは? もしかして、あの時か?

「カイルは、ハルト君のこと覚えてる?」

「覚えてるよ。忘れるもんか……」


 魔術は危険な技だ。

 ただ願うだけで炎を呼び出せる。簡単に人を殺せる威力の攻撃が放てる。

 これは恐ろしい事だ。


 魔力が価値観の第一にあり、なおかつ遺伝によって魔力量が決まるなら、トゥルーフレアがハーレムを作れば全ての問題が解決するように思えるが、物事はそう単純ではない。

 強い魔術が使えるという事は、一歩間違えれば自分を焼き殺してしまう事でもある。特に意志が育っていない赤ん坊は危険だ。

 塔における五歳以下の子どもの死亡率は恐ろしく高い。その全てが、魔術の暴発による自爆事故だ。

 五歳を過ぎれば大丈夫なのかというと、もちろん絶対はない。


「ハルトが目の前で爆発したのは、十二歳の時だった」

「それは違うよ。カイルの目の前では爆発してない。カイルはあの時、後ろを向いてた」

「そんな細かい事はどうでもいいだろ」

 リアムは首を振ると、自分の目を指さす。

「違うの。あの時、カイルは見てない。別の物を見てたはず。でも、私はこの目で見たの」

「……何を言ってるんだ?」

「あのね、ハルト君が爆発した時、私はわかったの。あの炎が広がったら、私もカイルも死ぬって……そして、えっと、呪文の、起動? それが間に合うのは私だけだった。今から考えると、なんで一瞬でそんな判断ができたのかよくわからないんだけど、その時はわかったの。でも、その時の私の実力だと、作れる防壁の、強度? 強度が全然足りなくて……」

「えっと、何?」

 説明に、時々曖昧な部分が混じっていて、よくわからない。

 リアムは申し訳なさそうな顔になる。

「私の説明が下手でゴメンね。あれを今思い出して、カイルにわかるように言葉を当てはめようとしてるんだけど、うまくいかなくて。でも、怒らないで聞いて。あの時は、本当にああするしかなかったし、うまくいくと思ったの。私を嫌いになってもいいから最後まで聞いて」


 リアムの様子は少しおかしかった。

 半ばパニック状態であり、口調もやや早く、視線が安定していない。

 端的に言って、ものすごく後ろめたそうだった。

 カイルがこんなリアムを見たのは初めてだ。

 いや、初めてではない。前にも一度あった。ハルトが爆発した一週間後ぐらいに再会した時だ。リアムは泣きながら、ずっとカイルに謝っていた。

 あの時から、ずっと後ろめたさを抱えて生きて来たのか。

 それなら、話の内容なんて聞かなくても予想がつく。それもでリアムが話したいというなら聞いてみるしかない。

「何をしたんだ?」

「人間の中には炎が燃えていて、それの余波が魔術として放出されているの。私はカイルの中に手を伸ばしてその炎をつかんで取り出して……いや、手じゃないかな? でもとにかく、取り出して、それを使って防壁を張ったの」

「おまえ、何を言ってるんだ?」

 カイルにはまるで意味が解らなかった。

 他人の魔力に干渉する方法なんて、存在しないはずだ。

 けれどリアムは時々トゥルーフレアですら不可能な事をしてみせる。

 ならば、ありえるのだろうか?

「使い終わったら、カイルの中に戻せばいいと思ってた。だけど、ダメだったの。その炎はなぜか私の中に入って来ちゃって、もとからあった私の炎とくっついちゃったの? 返そうとしたけどダメだったの。本当にごめんなさい……」


 リアムのした漠然とした話を、カイルは頭の中で整理して、どうにか理解した。

 あの時からカイルが火炎魔術を使えなくなった理由。それはリアムに魔術を奪われたから。

 カイルが何度もしては打ち消してきた想像。それが正解だった。

 カイルがバルカムに落ちたのはリアムが原因だった。


「お、おまえのせい、だったのか……」


 カイルは一瞬激高しそうになった。

 だが、すぐに落ち着きを取り戻す。

 結局のところ、状況は何も変わらっていない。

 運命とかの漠然とした言葉にまとめていた物が、リアムの意思という目に見えやすい物に代わっただけだ。

 魔術を失うか、命を含め全部失うか。その二択に変化はなかった。リアムが何もしなければカイルは死んでいた。責めようがない。

 それでもリアムはずっと罪悪感を抱えていたのだろう。


「リアム。俺は、おまえを許すよ」

 カイルは言葉を絞り出す。

 長い間、言わなければいけないと思っていた言葉だ。言いたかった言葉でもある。

「命の恩人を恨んだりなんかしない。仕方がなかったのもわかってる。その力は、もうリアムの物だ。好きに使ってくれていい」

 それがリアムの聞きたかった言葉であると信じて、カイルは言った。だが……


「違う! 勝手に話を終わりにしないで!」

「え?」

「まだ続きがあるの。ちゃんと最後まで聞いて」

 これで終わりじゃないのか?

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