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バルカムの世界

 カイルはエレベーターで最下層まで降りる。

 運が良かったのか、帰り道ではあの二人組のような面倒な輩に会ったりせずに済んだ。

 予定より大幅に遅刻してしまったが、奉納部屋へと向かう。


 奉納部屋は、直径五十メートルほどの円形の大部屋だ。

 天井も三階分ぐらいの高さがあり、部屋の中央には巨大な球体がぶら下がっている。

 球体の下側からは太いロープが床まで垂れていて、その先端は数十本の細い紐に分かれて広がっている。

 その細い紐の一本一本を、室内にいるバルカム数百人が、それぞれ持って座っていた。

 時折、紐を伝うように光が球体まで駆け上がっていく。

 これが魔力奉納だ。

 集めた魔力が何に使われているのか、カイルは知らない。

 バルカムが人としての権利を保持し続けるためには参加しなくてはならない行事、とだけ説明されていた。


 カイルは部屋の端の方に跪いて、余っていた糸をつかんで魔力を流す。

 しばらくして、魔力奉納は終わった。

 魔力奉納が終わると、参加した人々は、賃金を受け取ってから部屋を出ていく。

 カイルもその列に並ぼうとした。

 だが、年かさの干物みたいな顔をした男がカイルの方にやってくる。

「おい、おまえ! 最後の方に来ていたな? バレてないと思ってるのか? それじゃ参加したことにはならないぞ!」

 レドヒル。この奉納部屋の責任者のような存在だ。

 参加が中途半端だったことは事実なので反論のしようがない。

「やむを得ず、果たさなければいけない用事があったので……」

「あん? 魔力奉納よりも大事な用事がか? そんなもんがあるわけねぇだろ? え?」

 荷物を上まで届けに行っていなければ、最悪処刑されていたかもしれない。自分の命より大事な用事もないだろう。

 だから、ここで嫌味を言われ続けるだけで済むなら、安い物だ。

「おまえは今日は欠席だ。だが、俺は優しいからな。やむを得ず病欠だった、という事にしておいてやろう。何か文句はあるか?」

「いえ……」

 途中参加とはいえ、半分ぐらいは魔力を流したのだが、その分を考慮はしてくれないらしい。

 だが、ここでレドヒルの機嫌を損ねてしまうと、ある事ない事、上に報告されて、それこそカイルの命運は尽きる。

 黙ってうつむき続けるしかない。

「次にこんなことがあったら、その時はどうなるか知らねぇからな。覚えとけ」

 レドヒルはカイルの足元に唾を吐き捨てると、去っていった。

「カイル? よかった、生きて帰ってきたんだね……」

 入れ替わりにやって来たのはやや太った少年だった。

 アバック。カイルの友人だ。

「よせよアバック。トゥルーフレア階級だって、同じ人間だよ、たぶん」

 カイルが苦笑しながら答えると、アバックは身を震わせる。

「そりゃ、カイルにはあの幼馴染の娘もいるからそう思うかもしれないけどさ、やっぱりアレだよ。トゥルーフレアは怖いよ。だって指先一つでこっち殺せるわけでしょ」

「まあな……」

 実際、誤解が解けなかったら、攻撃魔術を食らっていた危険はある。

 それにしても、この職場は暗い。照明に供給している魔力が少ないからだ。

 壁の色はやはり人骨を思わせる白。塔の中はどこでもそうだ。

 壁を見るたびに、カイルはなんだか嫌な気分になる。



 魔術には複数の属性があって、価値に差がある。

 一番価値が高いのは炎だ。全ての敵を焼き殺し、ボルベナの毒を焼却する。炎がなければ人間は滅びていた。人類の希望の灯だ。


 次に価値が高いのは水。炎の真の強さを測るためには同等の水が必要になる。水系魔術師がいなくなれば、炎系魔術師も衰退してしまうだろう。


 三番目に価値が高いのは植物魔術。食べ物がなければ人は飢え死にするから。それにもかかわらず三番手に甘んじていのは、植物は屋外で水を与えて育てる物だから。前二つが滅べば何もできなくなる。


 これに四番目を付け加えるとしたら治癒系の魔術がある。もちろん怪我や病気を治す力が軽んじられた時代などない。どちらかと言うと、序列からは外れた所にあるが、これが重要なのは誰もが知っている。


 この四つに関しては、重要な魔術として研究が奨励されていた。

 塔に生きる人間は基本的に全員が魔術師だ。

 そして一定の年齢に達した魔術師は、この中のどれか二つを――大半は炎とそれ以外にもう一つを――第一階梯までマスターしなければならない。


 しかし、ごくわずかに、この四つの属性、全てが使えない人間が表れる。

 人口比率としては五%。彼らは最下層の一区画に押し込められ、バルカムと呼ばれる。

 カイル達はバルカムだ。

 バルカムは魔術の力が弱い。だから塔の中でも要職につけない。

 できる事と言ったら、無属性の魔力を流すだけの魔力奉納、あとは肉体労働ぐらいか。

 カイル達は、塔の中で生きていくのは難しい。



 カイルはアバックと共に食堂に向かう。

 今日は、魔力奉納分の賃金を受け取れなかった。

 ろくに貯金もないので、トゥルーフレアの少女からもらったお金がなかったら、飯抜きになる所だった。

「損をしたなんて思わせたら上位者失格、か……」

 トゥルーフレアが全員、そう考えてくれればいいのに。カイルは切にそう思った。


 二人で列に並んで、マッシュポテトが盛られた皿や、スープが入ったお椀を受け取っていく。

 ここでの料理はジャガイモが多い。葉物など、週に一度出ればいい方だ。

 肉はない。

 アバックがぼやく。

「トゥルーフレアって、やっぱり豪華な暮らしをしてるのかな?」

「まあ、俺たちに比べれば、そうかもしれないけど……」

「いいなぁ。きっと料理もおいしいんだろうなぁ……」

「そうだよなぁ、ズルいよなぁ」

 急に知らない奴が話にわりこんできた。

 ウニか何かを思わせるトゲトゲの髪形をした男だ。皮のジャケットのような服を着ている。さらに似たような恰好をした男女が数名、取り巻きのように後ろにいた。

「誰?」

「初めましてかな。俺はデュアトス。なんかトゥルーフレア階級の場所まで行って戻って来た奴がいるって聞いてな。ちょっと見に来たのさ」

 カイルの事だ。

「俺ですけど、なんの用ですか?」

「上に堂々と入れる用事なんて、そうそうないからな。しかもこのタイミングとくれば……」

「タイミング?」

「ああ、なんでもない、こっちの話だ。で? どうだった?」

 どうだった、とか聞かれても答えようがない。どうもしなかった。

「別に。荷物を届けただけです。お礼を言われて帰されました。本当にそれだけです」

「警備状況とかは見てないか?」

「いえ……誰にも会いませんでしたよ」

 会ったのは嫌味を言ってきた二人組ぐらいだ。

 あれが警備のわけがない。

「エレベーターホールを見張っているやつとか、いなかったか?」

「いませんけど……」

 質問の意味がわからなかった。

 このデュアトスという男は、何を聞き出そうとしているのだろう? カイルは不安になってくる。

「ああ、すまん。聞きたいことはそれだけだ。時間とって悪かったな。またな」

 デュアトスはそう言い残すと去っていた。

 アバックは不思議そうにそれを見やる。

「あれって、バルバル組の人たちだよね。こっちに来るなんて珍しいな……」

「バルバル組? そういうの、どうでもよくないか」

「別に僕も嫌ってわけじゃないんだけど、あれは、うーん……」

 アバックは何がはっきりしない事を言っていたが、結局大した意味はなかったらしい。


 バルバル組とは、バルカムの両親から生まれたバルカムの事を指す。

 魔術には遺伝的要素もある。恐らく、子供や孫の世代になってもバルカムから抜け出せないだろう。

 そういう意味を込めた蔑称だ。


 塔の中は階級社会に管理されている。

 なのに、バルカムの間ですら、差を見つけては区別しようとする要素があった。

 どうしてそんな事をするのかカイルには理解できなかった。

 全ては無意味なのに。

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