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この火炎系が至高とされる魔術カーストの中で  作者: ソエイム・チョーク
鳩よ飛べ、あなたがそれを望むなら
19/22

最後に登ろう、この塔を

 バルカムの間でやっていくのは難しかった。

 バルカムにも二種類いる。

 生まれつきバルカムとして扱われていた者、そしてアイアンテックからバルカム落ちした物だ。この二つは対立している。

 アイアンテックからバルカム落ちした者の子どもは、アイアンテックに帰れる可能性がある。

 何世代もバルカムを続けて来た者には、たぶんその可能性はない。

 その微妙な温度差が、同じ階級の中にも亀裂を作っていた。

 そしてシチズンからバルカム落ちしたカイルは、どちらにも馴染めなかった。

 自暴自棄になりかけていた時に会ったのがアバックだった。


 アバックはアイアンテック階級の出身で、魔力はそれなりに有ったようだけれど、どの属性も今一つうまく扱えていなかった。不器用だったのだ。

 上に上がることはできないだろう。

 それでも「食事がおいしければそれでいいじゃん」という気楽すぎる考えで、日々を過ごしていた。

 その潔すぎる開き直りっぷりにはカイルも救われる所が多かった。


 それから、しばらくの間はどうにかやって来た。

 だがそれもでデュアトスのせいで、何もかもぶち壊しだ。


 デュアトスは数世代前からバルカムだった。しかもバルカムの中でも魔力がゼロに近かった。

 生まれた時から、努力する機会すら与えられなかった。

 レドヒルも他のテロリスト達も、そういう境遇の人間が多かったらしい。デュアトスに従ったのは、こうでもしなければ逆転ができないと思ったからだろう。



 デュアトスとテロリストは全滅した。

 殆どは戦いの中で殺され、そうでない者も捕らえられている。

 捕らえられた者が即座に処刑されなかったのは冤罪を防ぐため、そして潜伏している仲間がいないか尋問するためだ。


 トゥルーフレアやシルバーバレットの間では、バルカムを全て滅ぼすべきでは? と主張する者もいるらしい。特にバルバル組は善悪以前に存在価値がないのでは、という意見すら出ていた。

 それを知ったバルカムの側では「やられる前に戦おう」「戦ってもどうせ勝てないから、恭順の姿勢を見せた方がいい」という議論があちこちで交わされていた。

 アイアンテックも意思統一がなされていない。「バルカムのせいで上の締め付けが厳しくなった」という八つ当たり気味な考えと「バルカムが滅ぼされたら次は自分が……」という恐怖に挟まれて身動きが取れない。アイアンテックにとっては、バルカムの危機は他人事ではないのだ。

 シチズン階級は立ち位置が中途半端で、上にも下にもつく事ができない。

 今や、塔全体が混乱状態にあった。

「守護天使の羽を折る者」とは、デュアトスの事だったのではないか。

 誰もが多かれ少なかれ、そう思っていた。

 塔は崩壊するかもしれない。


 塔が破壊不能でも、その中に生きている人間同士が争い始めたら、おしまいだ。


 デュアトスの死から一か月。

 ピリピリした空気が続き、ストレスは限界に達しようとしていた。

 カイルは全てを日常のルーチンワークとしてやり過ごそうとした。カイルにとって大きな変化だったのは、リアムとのやり取りの減少だ。

 上に行くのはほぼ不可能になったし、リアムが降りてくる事もできないようだ。手紙などで連絡を取る事すらできない。



 カイルは、暇な時は塔の外に出るようになった。

 骨壁の外まで行くのではない。ただ、畑作業を眺めているだけだ。緑が恋しくてそうする人は他にもいないわけではないらしい。


 カイルは、ボンヤリと地平線の果てに沈んでいく夕日を眺める。

 その日も夕日を眺めていると、警備していたシルバーバレットが近づいてきた。

「ここで、何をしているのかね?」

「大したことじゃないです。ちょっと夕陽を見たくなって……」

 不審過ぎただろうか。

 夕日の沈む西側よりも、夕日に照らされた塔の方を見ていた事がバレているなら、言い訳が難しくなるかもしれない。

 幸いにもその辺りは追及されずに済んだ。

「君は……どこかで会ったような気がするな」

「もしかして、壁外の要塞にいた事がありますか? この前、大量のゾンビが来た頃に……」

「ああ。そうか。君はあの時の……」

 カイルも思い出した。シルバーバレットの隊長だった。

「そう言えば、君はトゥルーフレアの女の子と仲が良かったようだが、最近は会えているかね」

「いえ。ここ一か月ぐらいは、ちょっと」

「そうか……」

「でも仕方がない事ですよ。俺はバルカムで、リアムはトゥルーフレア。いつかお互い別の道を行かなければいけない存在なんです。身分違いなんですよ」

 言葉はすらすらと、暗記した物のように口から流れ出た。

「そうか? そういう物かも知れないな……。しかし、そんな簡単に割り切れる物かね」

 隊長は心配そうになる。

「大人になるというのは、そういう事でしょう」

「君が割り切るとしても彼女はどう思っているのかね?」

「リアムだって、そのうち大人になるでしょう」

「そうか……」

 隊長は、かける言葉が思いつかないのか、黙った。


 カイルは、西側はダメ、と心のメモ帳に記した。

 顔見知りができるのはまずい。目撃証言が残る可能性がある。他の場所を選んだ方がよさそうだ。


 その時、カイルの視界に何かが割り込んできた。

 雲一つない空から、白い板のような物がひらひらと降ってくる。

 それは、地面に落ちて消えた。

「なんですか、今の。上の方から落ちてきましたけど」

「あれは氷の欠片だ。塔の上からたまに降ってくる」

「氷? なんで氷なんかが?」

「詳しい理由は俺も知らんよ。そういう物らしい」


 念のために調べた所、気温というのは高度が高くなればなるほど下がる物らしい。

 その低下率は百メートルにつき一度未満だが、高さ四千メートルの塔なら、地上よりも三十度ぐらい気温が低くなる。

 真夏の午後でもない限り、塔の頂上は氷点下だろう。

 準備しなければならない物が増えた。

 防寒着と温度計だ。そして時間管理も重要になる。頂上付近に到達した頃に昼になるぐらいがちょうどいい。


 南側にしようと決めた。

 警備が薄いわりに、アイアンテックが多数出入りしている。もし警備に見つかっても、仕事を頼まれたと言えば、ある程度ごまかせる。


 必要な物は迷彩、それさえそろえば完璧だ。

 骨のように白い色のマントを入手した。


「カイルって白が嫌いじゃなかったっけ」とアバックから聞かれたが、適当にごまかした。


 そして月のない夜、カイルは南の車庫から塔の外に出ると、塔を登り始めた。


 これは七大禁忌の一つだ。塔の外壁を登る事は禁じられている。

 だが、知った事ではなかった。



 最初の二千メートルは二時間もかからず踏破した。四十五度の急斜面だが、言ってしまえばただの坂だ。

 三角フラスコの三角の部分は終わり。次は垂直な壁だ。

 崖登りを要求されたら引き返すしかないと思っていたのだが、足場のような物があって、そこを歩いて行けば登れるようになっていた。

 誰かが登ることを想定しているのかもしれない。


 計画が狂ったのは、二千五百メートルを超えてからだ。気温の下がり方がおかしかった。

 時間が過ぎて昼が近づいているのに、気温はどんどん下がっていく。


 昼過ぎに頂上に到達するとして、マイナス十度ぐらいは覚悟していた。

 しかし、もうすぐ昼なのに、温度計が示す数字はマイナス二十度を下回っている。これから登るたびにまだ寒くなるというのか。そして夜が来れば、凍死するだろう。


 今更になって、カイルは、塔の中で手に入る防寒着はあまり信用ならないという当たり前の事実に気づいた。

 火炎魔術が使えるなら、寒さに対抗できる。そしてバルカムの中でも、本当に全く火炎魔術を使えない人間というのは滅多にいない。

 要するに、塔の住人にとって、防寒着なんて魔力の節約用でしかない。本物の寒さに対抗できる設計ではなかった。


 強風が吹いて体温を奪っていく。

 風が強ければ体感温度がさらに下がるというのも本に書いてあった。

 それの対策は何も用意していない。


 三千メートルに近づいた時点で、もう動く事すら厳しくなってきた。

 ここから下に飛び降りれば、何もかも終わるのでは、という考えが生まれ始めた頃に、壁に妙な穴がある事に気づいた。

 これ以上、登る気力もなかったので入ってみる。

 

 小さな穴だった。

 直径は一メートルぐらい、少し潜った所で直角に折れていて部屋のような空間があった。

 中までは風が入ってこない。

 まるで、ここまで登って来た誰かが、休むために用意されていたかのようだ。


 部屋の中には二人分の死体が転がっていた。

 死体はかなり古い物のようでミイラ化している。

 カイルよりも昔、もしかしたら何百年も前にも、塔を上ろうとした人がいて、ここで力尽きたのだろう。


 カイルは特に根拠もなく二人は知り合いなのだろう、と思った。

 けれど、違うのかもしれない。


 カイルがここで死んで、ミイラ化して、それで数十年ぐらい経った後に誰かが来たら、三人組のミイラが転がっている、と判断するだろう。

「そう考えると、未来のお仲間ってわけか……」

 全く笑えなかった。けれど、自分の人生の終わりとしては正しいのではないか、そう思えてしまえてならない。


 カイルはミイラを避けながら、少し離れた所に座った。


 どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 カイルは、かじかむ指先を見つめながらそう思った。

 吐く息は白く凍え、か細い。一呼吸するたびに体内の熱が失われていくのを感じる。


 不思議と懐かしい暖かさを感じながら、カイルは目を閉じた。

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