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バルカムの壁

 意識を失ったリアムをカイルが背負い、隣の部屋に運んだ。

 医務室のような落ち着いた雰囲気の部屋だった。

 魔力奉納で倒れた人が出た時に、看護するための部屋なのかもしれない。

 ここに初めて来たはずのメリレイアは、勝手知ったる様子で、部屋の機材を漁り、必要な物を持ってくる。

 コップとスポイトのような物、そしてネクタルの入った瓶だ。よく冷えているのかビンの表面には水滴が浮いていた。

「ほら、そこに寝かせて……」

 部屋の端に三つほどベッドが並んでいた。その一つにリアムを下ろして寝かせる。

 メリレイアはビンの中身をコップに開けると、それをスポイトで少しずつ吸い込んで、リアムの口に流し込んでいく。

 時間をかけてコップ二杯分を飲ませた後、カイルの方を見る。

「まあ、こんなもんじゃない? まだ足りなかったら、起きた時に飲ませればいいでしょ」

「そっか。ありがとう」

「人を心配するだけじゃなくて、あんたも一応飲んでおきなさい。紐を取り上げるほどじゃなかったけど、魔力が減ってる感じに見えるわよ」

「ああ……」

 言われてみれば、確かに少し足元がふらつく気がした。

 もしかすると、この前ヒュージスケルトンを出現させた時以上に魔力を消耗したかもしれない。

 あれだけ力を吸い取られても平然としているメリレイアや他のトゥルーフレア達は、かなり魔力を持っているのだろう。


 カイルがネクタルを飲みながら待っていると、メリレイアの父が入って来た。

「具合はどうだ?」

「ネクタルをコップ二杯分どうにか飲ませた。まだ寝てるけど、容体は安定してるわ」

「ならよかった」

 そしてカイルの方を見る。

「自己紹介がまだだったな。私はオルドロス。メリレイアの父親だ」

「はい。自分はカイルです」

 オルドロスは、カイルとリアムを交互に指さす。

「一応確認するが、君がバルカムで彼女はトゥルーフレア。それは間違いないな?」

「えっ? そうです、けど?」

「本当に間違いはないな?」

「……はい」

 カイルはそもそも火炎魔術を使えない。

 リアムは厳しい試験をいくつもパスしてトゥルーフレアになった。

 間違える余地がない。

「さっきの魔力奉納で、何か本来の手順と違う事をしたか?」

「いえ。何もしていません」

「例えば、君が魔力を吸われ過ぎないように、彼女がその分を請け負うとか、そういう特殊な行動をした、ということはないか?」

「少なくとも俺は何も……。というか、そんな事、可能なんですか?」

「わからん。だが、そう考えなければ説明がつかない」

「別に、説明はつくと思いますけど」

 カイルは不思議だった。どうしてオルドロスが、そんな単純な答えに行きつかないのか。

「何か知っているのかね?」

「いえ、単純に、リアムは俺より魔力量が少なかったから、俺より先に倒れたのだと思うんですけど……」

 あの状況なら、誰だって最初にそれを考えるのではないか。

 いや、オルドロスもその可能性を疑いはしたのだろう。だから、どちらがトゥルーフレアなのか、最初に確認した。

「話がおかしいぞ。それでは、トゥルーフレアがバルカムよりも魔力量が少ないという事になってしまう。ありえないのでは?」

「えーと、その、これは昔の話なんですけど……ある時期まで、俺はシルバーバレットとシチズンの境目ぐらいの魔力量と言われていました。同じ頃のリアムは、魔力量はアイアンテック程度、がんばればシチズンになれるかもしれない、だったかな?」

「うむ?」

「なので、たぶん今でも俺より魔力量は少ないし、普通のトゥルーフレアと比べても魔力は少ないと思いますよ」

「いや……それこそ何かの間違いではないかね?」

 オルドロスはどうしてもカイルの話を信じられないのか、メリレイアの方を見る。

「メリレイア、おまえが一体を倒すのがやっとだった大型の魔物を、彼女は五体まとめて倒したと聞いたぞ。あれは?」

「ええ、それは本当。でも、そうね……あの魔術は、なんか変だった」

「変とは? 何が変だったのだ? もっと詳しく言いなさい」

 メリレイアは、目を閉じ必死に言葉を探す。

「うーん……えっと、普通、大きな敵と戦う時は、強い炎をバババーッて出すでしょ? でもリアムのやり方は、なんかチョロって炎を出して、そのままジリジリ焼き殺しちゃうみたいな。あれがどうなってるのか、見てても全然わかんなかった」

「つまり、高い技術力があるから特殊な攻撃を放てる。少ない魔力でも大物を倒せる。しかし素の魔力量はそれほどでもない。そういう事か?」

「うんうん。たぶんそんな感じじゃないかな」

 オルドロスは、悲しくなるほど客観性に欠けるメリレイアの話を、一発でまとめてみせた。なんか凄い。これが親子か。


 カイルは二人の会話を黙って見つめていた。

 この件が原因で、リアムの階級が下がったりしたら困るな、と思ったが、それを止める方法も思いつかない。

 そんな事を考えているうちに、リアムが目を覚ます。

「ううん……おはよう」

「おはよう。気分はもういいのか?」

「ちょっと、頭が痛い。どこかにぶつけた?」

「思いっきり床にぶつけてたぞ」

「そっか……ネクタル、あるかな?」

 カイルはコップに注いで渡す。リアムは一気に飲み干すと、深いため息をついた。胸の辺りに手を当てて何か考え込んでいる。

「おまえ、本当に大丈夫なのか?」

「んー、なんかカイルに甘えたい気分」

 カイルは、人前だぞ、と注意すべきか迷った。まるで人前でなかったらいつもこんな感じであるかのように、メリレイアたちに思われてしまう。

 オルドロスが咳払いをする。

「少し話を聞きたいのだが、いいかね?」

「はい。なんですか?」

 リアムは居住まいを正す。

「君は少ない魔力で強力な攻撃を放てるらしい。そのやり方を、皆に広めたいのだが、協力してもらえないかね?」

「あ、それは無理です」

 リアムは、一言で拒否した。

「いや……しかし、それを誰もが使えるようになれば、ゾンビとの闘いは今より格段に楽になるのではないかね? 塔にとっても大きな利益となる。もちろん十分な見返りは用意する」

「じゃあ、これ、見えますか」

 リアムは胸の前で右手と左手を合わせた後、三十センチぐらい離した。

 カイルの目には、両手の間の空間に、無数の細かい亀裂が走ったように見えた。

「何かね? ……いや、何かしたのは見えたが、すぐ崩れてしまったぞ?」

「でしょうね」

 リアムは諦めにもにた表情でため息をついた。

 一方、メリレイアは顔を真っ青にしていた。

「嘘でしょ……今の何? そんなの、ありえないわよ!」

「これなんですよね。今のをトゥルーフレアに見せて回っても、十人に一人ぐらい、ようやくこんな反応をしてくれる感じなので……」

 リアムは困ったように首を振る。

 オルドロスは納得せずに、震えている娘を問い詰める。

「ありえないとは? どういう事だ? 何が見えたのか説明しなさい」

「だって、だって今のは……絶対に不可能でしょ? そんな小さな炎に乗倍化が乗るわけないし、しかも術式の中にもっと細かい何かが……」

「なんだと? 本当にそんな事をしたのか?」

 親子で物凄く驚いているが、何なのだろう。上級の術者同士ではそれで通じるのかもしれないが、カイルには全てが意味不明だった。

「まあ、一応正解かな……。あ、今のは、メリレイアが三の十乗倍化が得意だって聞いたから……乗倍化に乗倍化を乗せたのを実演してみせたんですけど」

「冗談はやめろ。万が一にもそんなことができたら、星すら壊せるぞ」

 オルドロスも顔色を悪くする。

「だが本当に可能なら? もし、全員がそれを習得できるなら……いや、そこまでする必要があるか? むしろ妙な癖がついて悪影響がでるのでは……、そもそも習得できるのか? 暴発した場合のリスクは……」

 オルドロスは一人でぶつぶつ何か言っていたが、最終的に首を振った。

「ダメだな。やり方を広めるのは、なしだ。それは、人の領域を超えている」

 カイルは横で聞いているだけでヤキモキしてくる。なんかリアムが人間扱いしてもらえなくなっているらしい。それは困る。

「しかし、どうやってそんな技術を? いや、そうか……見たのだな? 真理を」

 オルドロスがそう言った途端、リアムは目を逸らした。

「どうやったんだ? どうやって見た? 再現できるのか?」

「それだけは言えません」

「そうか……まあ、仕方あるまい。興味はあるが、恐ろしさの方が強いな」

 オルドロスはため息をつくと、カイルの方を見る。

「だが、そう考えると、君への質問もなくなったな。わざわざ答えを聞かなくても、大体予想がついてしまう」

「そう、ですか?」

 何を言われているのか、カイルには全く理解できない。

 自分で勝手に完結しないで、言い出したことは最後まで説明して欲しい。

 そもそも、何を質問される予定だったのかすら知らないのに。

 リアムの様子も何かおかしい気がする。何を知っているのだろう? 何か、大事な事を隠していないだろうか?


 カイルがそんな事を考えていると、オルドロスは話を変えた。

「しかし、せっかく下層の住人が目の前にいるのだ。代わりに別の質問をしよう」

「はい?」

「……下層で発生したサヴォタージュとやら。どうすれば終わると思う?」

「終わる?」

 確かに、下層の今の状態は良いとは言えない。

 無駄な悪あがきをして、大した結果も出ずに終わるのだろう。

 サヴォタージュが終わるならその方がカイルにとっても得だと思う。結果についてはあまり期待していなかったが。

 それなのに、トゥルーフレアのかなりの権力者が、こちらの言葉を聞こうとしているのだ。これは大きなチャンスだ。うまく乗り切って、みんなの有利になるように繋げたい。

「サヴォタージュが発生した原因は、バルカムに対する待遇の悪さにあると思います」

「なるほど。待遇か。具体的には何が気に入らないのかね?」

 オルドロスは、自分の娘に質問したようにカイルから情報を引き出そうとする。うまく答えられるだろうか。

「えっと……例えば……えっと」

 そもそもカイル自身は現状にあまり不満がない。それは、幼馴染のリアムがトゥルーフレアになって未だに親交がある、というのが原因かもしれない。

 トゥルーフレアについて考える時、リアムという個人を基準にしてしまうせいで、トゥルーフレアに対する漠然とした苛立ちとかが、実感できない。

「どうしたのだ? 不満はないのかね?」

「すみません。俺個人の中には……現状の何がいけないのか、よくわからないんです」

「まあ、そうだな。私は、上から下まで不満のない世界というのを目指している。そして私にできる最善を働いていたつもりだ。しかし、私に見えない所で何か問題が発生していたのかもしれない。だから最終的にサヴォタージュという目に見える問題が表れた。そういう事ではないかね?」

 間違ったことは言っていない。努力しているのもわかる。

 だが、今の言葉には妙な違和感があった。少なくとも、リアムならそういう言い方はしないだろう、という確信はある。

「あの、今の「上から下まで」っていう考え方。それは、良くないと思いませんか?」

「そこが? なるほど……つまり、階層システムそのものに不満があるのかね? 最下層として扱われる事が不満の原因だと?」

「下と呼ばれて喜ぶ人は、いないと思いますけど」

「それは、まあ、そうだな……」

 どうもお互い歯切れが悪くなる。

 本当にこれで正しいのか、実はまだ間違っているのではないか。そんな迷いがあった。

「確かに、意識改革は必要だろう。しかし、火炎系魔術の偏重主義は、塔を守るために必要な事でもある。これをなくすのはかなり難しいぞ?」

「短期的に、状況が改善されたと思えるような何か。もっと……未来に希望が持てるような何かがあるといいと思うのですが」

「いいのか? そんな物で。調子のいい言葉でごまかせと言っているようなものだぞ」

「それは……約束を実行すれば、ごまかしでなくなるのでは?」

「そうだな。では、どんな約束があれば、希望が持てるのだろう?」

 それが問題だった。

 少なくとも下層で生きていくうえで、何が不足していると言うのか。

 何か下層に追加できるような物はあるのか。

「希望か……」


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