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デュアトスの反抗

 壁の外でのゾンビ討伐と残骸運びは、それから二週間にも及んだ。

 巨大ナメクジ一体でも解体してトラックに乗せれば百台分ぐらいになる。それが合計六体。解体して荷台に乗せるだけでも一苦労だった。

 もちろんナメクジだけでなく、地平線の果てまでいた無数のゾンビも回収対象だ。

 運んだ先で全てが跡形もなくなるまで燃やし終わるまで、どれだけ時間がかかるのか。

 シチズン階級を増員してなんとかやっているようだが、片付くのはずっと先のことになるだろう。


 カイル達が塔に戻って来れたのは、仕事が終わったからではない。単にローテーションで帰ることになっただけだ。現場での仕事は当分の間終わらないだろう。


 しばらくぶりに魔力奉納にやって来たカイルが見たのは、妙な垂れ幕だった。

『バルカムの権利を守れ』

『トゥルーフレアの横暴を許するな』

『一致団結してサヴォタージュを成功させよう』

 白い布に赤いペンキで荒々しく書かれたその文字は、質の低そうな印象を与える。少なくとも、和解を求めるという感情が伝わってこない。

「……なんだこれ」

 見回していると、先に来ていたらしいアバックが教えてくれる。

「なんか数日前からこんな感じだったらしいよ」

「なんだ? 俺たちが外に行ってる間に、革命でも起こったのか?」

「それは違うぞ。同士よ。革命はこれから起こるのさ」

 後ろから急に現れたのはトゲトゲした髪型の男、デュアトスだった。

「今、魔力奉納場はサヴォタージュに入っている。だから魔力奉納をする必要はない」

「サヴォタージュ?」

「ふん、知らないか。サヴォタージュとは与えられた仕事を拒否する事により、上層部に対し要求を通すやり方だ」

「大丈夫なんですか? そんな事して……」

 カイルには、上層部を敵に回すだけのように思えてならない。

「過去にもこのようなやり方で要求を通す事に成功した事例がある」

「本当ですか?」

 どうにも信じられない。

 何もしない、というだけで要求が通るなら、誰も苦労しないと思うのだが。

「それで、どんな要求をしてるんですか?」

 手段についてはともかく……要求の内容がまともなら、リアムに伝えてみてもいいかもしれない、とカイルは思った。

 リアムも大した権力があるわけではないが、知り合いの知り合い、まで話が繋がれば、多少は影響があるだろう。

 しかし、デュアトスは鼻で笑う。

「要求? 特にないな。そもそも、これは革命なのだから、要求など無意味だよ」

「え?」

 カイルは聞き間違いかと思って、隣にいるアバックを見たが、アバックは困ったような顔で首を振るだけだ。

 どういうことなのか、よく理解できない。

「あの……何がしたいんですか?」

「だから、革命だと言ってるだろ? わからないのか? ……ああ、わからないよな? くっくっくっ。塔ができる前の人類の歴史なんて、誰も教えてくれないもんな」

 デュアトスは変な笑い声をあげると、急にまじめな顔に戻る。

「ともかくだ、君たちもサヴォタージュに参加することを許可しよう」

「拒否した場合は?」

「この奉納場から出て行ってもらう。ここは俺たちが占拠しているんだ。どのみち魔力奉納は不可能だ」

「他の場所に行けって事ですか?」

「六ケ所の奉納所は全て俺たちの仲間が閉鎖した。どこに行っても同じだぞ」

 どうにも釈然としない。

 ただ、少なくとも、今日これから魔力奉納をするのは不可能らしい。

「あの、普通に生きようとしている人を邪魔しているだけなのでは?」

「わかっていないな。これは権力への抵抗なんだ。権力に虐げられた状態を普通などと呼んではならない」

「ううん……」

 カイルが困っていると、アバックが小声で耳打ちしてくる。

「無駄だよカイル。この人、何を言ってもこんな感じなんだ……」

「そっか……」

 どうやら話し合いは無意味のようだ。

「それだと……そのサヴォタージュっていうのは、いつまで続くんですか?」

「期限は決まっていない。革命が成功するまでだ。もっとも、革命が成功した暁には、魔力奉納なんて無意味な物はなくしてしまうべきだろう」

 デュアトスはにやにやと笑いを浮かべながら言うと去っていった。次にやって来た誰かに同じ話をするのだろう。

 残されたカイルは、アバックと顔を見合わせる。

「どうする?」

「どうしよう……」

 悩むのは、選択肢がある人間のする事だ。

 選択肢を奪われた場合、どうしようもない。



「……というわけなんだよ」

 やる事がなくなったカイルは、リアムに会いに来ていた。

 あの状態の雰囲気が悪い下層にいたくなかった、というのもある。

 一方、リアムの方は、壁の外での働きが評価されたのか、特別休暇を与えられていた。お互い暇だった。

「なにそれ、意味わかんない」

 話を聞き終えたリアムはベッドの上でごろごろ転がる。

「俺に言われてもな……」

「その革命って、具体的にどうなれば成功なの?」

「よくわからないけど、待遇改善とか、そういう事じゃないかな……」

 デュアトスの話には具体的な要素が全くなかった。

 サヴォタージュは要求を通すための行動だといいながら、その要求を出さない。バルカムが何を望んでいるかすら上層部に考えさせようとでもいうのか。

 それこそろくな事にならないと思うだが。

「そもそも、そのサヴォタージュって大丈夫なの?」

「大丈夫って?」

「例えばさ、トゥルーフレアとかシルバーバレットがサヴォタージュをしたらどうなると思う?」

「そりゃ、大変な事になるだろうな」

 この前の戦いを思い出す。

 あの場所で戦闘員が仕事を放棄したら、ゾンビが流れ込んできて畑は壊滅、塔の住人は飢え死にする。

 他にも、シチズン階級がサヴォタージュした場合は、焼却場が停止するだろう。ゾンビの破片が再生を繰り返し、戦闘班が過労死するかもしれない。

 アイアンテックがサヴォタージュすると農場が停止して、全員が飢え死にする。これもダメだ。

「逆に言うと、サヴォタージュができる唯一の階級が、バルカム、という考え方もあるか……」

 何の役にも立っていない、は言い過ぎだが、数日ほど魔力奉納が停止したからと言って、どうなるわけでもない、という落としどころがある。

 しかし、本当にそうなのか?

「魔力奉納っていうのは、やめても何の問題もないのかな?」

「私が知るわけないじゃん。っていうかカイルは知らないでやってたの?」

「その件を質問するのはやめてるんだ。上司に聞いても逆ギレされるだけだし」

「……そっか」

 魔力奉納には謎が多い。

 改めて、それを考えるいい機会のような気がした。

「なんか、魔力が上の方に流れているのは間違いないと思うんだ」

「上って言っても、最下層からじゃどこだって上でしょ?」

「だよな……。あの魔力、何に使ってるんだろう」

「エレベーターとかじゃない?」

「いや、エレベーターとか空調の魔力は、シチズン階級が補充して回ってるらしい」

 動力系は、だいたいが火炎系の魔力で動いている。

 わざわざ無属性の純粋魔力を吸い出す意味が解らない。

「塔の中の何かが、火炎系じゃない魔力で動いてるってこと? いや、でも、動く? そうじゃなくて維持……という事は……」

 リアムは何かぶつぶつ呟きながら立ち上がると、近くの壁に手を当てた。

「おい、リアム? 何かわかったのか?」

「なんとなく予想がついたけど、証拠がない……」

「予想がついた?」

 カイルには全く見当もつかない。トゥルーフレアなら知っているような物があるのだろうか?

「たぶん、ヴィレイアン様に聞けばわかると思う」

「は?」

 どうしてここで千年前の伝説の魔術師の名前が出てくるのか、それがわからない。

 もう故人ではないか。どうやって聞くのだ?

 しかし、リアムは、カイルの方がおかしいとでも言いたいかのように、じとっとした目を向けてくる。

「カイルは話を聞いてなかったの?」

「え? 何を?」

「だから、この前……」

 リアムが何か言いかけた時、ドアの呼び鈴が鳴った。

「もう、こんな時に……。はーい! なんですかー」

 リアムは扉の所に行き、何かを受け取って戻ってくる。手紙が届いたらしい。

「緊急のハンコ付きだ。えっと……」

 いそいそと封筒を開封し、リアムは何かに納得したような表情になる。

「なるほどね。そういう対処になるのか」

「……どうした?」

「えーとね。私に特別指令だって。中層に行って、魔力奉納しろってさ……」

「下層じゃなくて、中層?」

「うん……でも、この辺りはあんまり行った事ないかな。何があるんだっけ……」

 中層と言えば、シチズン階級などがいる所だ。

 そこに何があるのかはカイルも知らない。ただの居住区のはずだが。

「暇だし、俺も行こうか?」

「うん、ありがとう。外出用に着替えるからちょっと待っててね」

 言うなり、リアムはいそいそと、今着ている服を脱ぎ始める。

「お、俺は部屋の外で待ってるからな」

 カイルは慌てて部屋の外に出た。

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