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因 果 応 報

作者: 笑夜


淡く残る5歳の頃の記憶。


隣の部屋から聞こえる物音に気付き、目が覚め耳を澄ました。

“ママ”と呼んでいる人の、聞いた事のない声を聞いたのはこの頃だった。


ママは俺にはとても優しく、いつも笑って居てくれた。しかし、その時の声はいつもとはまた違う……もっと優しくて甘い声だった。


息を吐いているのか、苦しんでいるのか、泣いているのか、吠えているのか。


その異様な、かすれ途切れる優しい声は、自分に向けられた声ではない事に何故か不快な気持ちになった。




一緒に居るであろう誰かと、何をしていたのかを知るのはずっと後だった。


淡く残っていた不快な記憶を思い起こさせたのも、その時何をしていたのかを教えたのもママと呼んでいた彼女だった。


後に、芽生える歪んだ関係。


その関係は俺の身体が大人のそれに成長した時に始まった。


自分があの時に聞いたあの声を喘げさせているのだと……、あの時にこんな行為をしていたのだと考えると、嫉妬に反して興奮にみまわれ、そそり起つそれをママは口に含んだ。


ママの太ももには濁った液体がつたっていた。




“実の母”は俺を生んですぐに病で他界し、父は母の死後、すぐにママと再婚をした。


遊び癖があった父は、母の死の以前からママとの情事を日常にしていた。


母が他界したタイミングで、強引に父を手に入れたママ。


子連れであった男をそれでも手に入れようとした彼女は、狂おしい程に父を愛していたと後に僕の腕の中で語った。


父は再婚後もすぐに俺をママに押し付け浮気を繰り返した。

その浮気の最中、女と共に交通事故に見舞われ、あっけなくこの世を去って行った。




ママと俺を残し、三十五にしてこの世を後にした父は、残してはいけないモノまでママに残していったのだ。


幼い他人の幼子と一緒に、虚しくも置いて逝かれたママと父の歳の差は当時十五……一年にも満たない新婚生活であった。


僅か二十歳にして連れ子と共に残された彼女には、湧き上がる欲求を抑えられる術もなく、その悲痛な無念から父と同じ様に異性を執拗に求め、色に堕ちていった。


彼女に父が残した置き土産は、俺と歪んだ愛欲。


人は恋に溺れ現実を見失い、

人は恋に溺れ己すら見失う。





ママは……、死ぬ程一人の男を好きになり、やっとの思いで手に入れ、血の繋がらない余分な連れ子まで受け入れ……


たった数ヶ月で欲しかった幸せを無くし、未亡人の母子になったのだ。


しかも二十歳と云う年齢にして、早すぎる不幸を背負わされたのである。


異性を求めるのも当然。

普通の恋愛感を見失うのもわからないではない。


幼かった俺の記憶は曖昧とはいえ、二人で居る時は他人同士の親子の家族ごっこだったのだから……




満たされない欲求を彼女は追い求め、俺を眠りに付けた後の時間を自分の時間として使った。


まるで都合の良い、若い娼婦。


愛情と色欲を混同させた彼女に対して、喘ぎを上げさせた男は数しれない。


いつも隣の部屋から聞こえる、俺には聞かせた事のない優しい喘ぎ声。

無論それが快感からもたらされる声であると云う事は、当時の俺は知らないのだが……


ただいつも不快な嫉妬に耐えながら目を閉じていた。


しかしそれでも俺に対してあまりに優しく、亡き愛する男への彼女の想いだけは本物だったであろう事は……今はわかる。



父を俺に投影するかのように彼女は俺をことさら可愛がり、彼女の欲求の時間以外は全てを俺の為に使った。


母の死、父の死を記憶と記録上の事実として認識しながらも、ママの愛情を目一杯注がれ生きてきた俺には、彼女はなくてはならない存在で有り、彼女もまたそうであった。


淡く残る不快な記憶はトラウマとして俺の中に生き続け、俺を愛して育てる彼女に対しての“独占欲”へと次第に変わって行った。


母としての愛情と、異性としての愛情を錯覚しだしたのはある程度の年齢になってから……だった。




その錯覚は、幼い頃の淡い記憶の中にある他の異性に対しての彼女の優しい喘ぎ声と重なり、異常な想いとして俺の中に膨れ上がっていった。


そして俺の異常な愛情と同じようなものを……彼女もまた密かに持ち続けていた。


俺よりもずっと以前から……


彼女は肉体の欲求を他者で得ながらも、心の欲求を愛憎に変え、その種を俺に向けてゆっくりと発育させていた。


まるで果実が熟すのを待つかのように、父親そっくりに育つ俺を……長い時間をかけて待ち続けたのだ。



ママが無くした愛憎の芽を摘む日は、俺が十四の誕生日を迎えた時にやって来た。


義母であると同時に、異性への愛を持っていた俺にとって彼女の行為を拒む理由等見当たらなかった。


利害を全く同じくし、そうなるべくしてお互いの欲求を分かち合う様に彼女は俺を優しく導き、俺は初めて濡れる女性そのものを触った。


まるで涙でも流しているかの様な、ママの深い溝。


彼女の手で連れられた俺の指がその濡れた“線”をなぞった時、あの幼い頃に何度も聞いた優しい声を俺に向かって吐息と一緒に漏らしたのだ。


異様であり異常な愛欲はとめどなく溢れ、人間の持つ性欲と貪欲さを貪り、互いに液体を交換しあった。


禁断の林檎を貪り喰ったその日から、ママと俺との性欲と愛欲の交換の日々が始まった。




他人から親子へ……

そして、親子から男と女へ……


俺は愛する人を、彼女は無くした永遠の愛との疑似を感じながら、いつしか悪戯にその“結果”を授かるのである。


妊娠。


血縁上他人であり、戸籍上親子である俺との子をママは身籠り、……理解と整理の出来ない俺に黙って出産を遂げた。


俺にとっては戸籍上妹であり、血縁上娘である子供を。


出産後のママはまるで抜け殻のようになりながら俺の手を握り締め、

「ようやく願いが叶ったの……」と、満面の笑みを浮かべた。




数日後、手首から血を流しているママを浴槽で見つけたのは俺だった。


息はすでになかった。しかしまるで人生の目的を達成したかのようなその姿は美しささえ感じさせた。


ママが残したモノは、父の保険金と彼女自身が身体で得た財産。そして幼子と歪んだ愛欲。


父が残したのと同じモノを残し、やはりあっけなくこの世を去った。


受け継がれる因果を拒む事等出来ない俺は、歪む愛欲の視線を、ママから娘へと移すしかなかったのである。




以前ママは父の子を身籠っていた。

俺の実の母の死よりもずっと前に……


一度は愛する男の子供をたった一人で育てる覚悟であった。


しかし母の死をきっかけに、強引に、そして積極的に父を手にいれたのだ。

彼女は父と愛する者の子を同時に手に入れた。


その後、繰り返された父の浮気……

そして、早すぎる死。


そのショックの大きさから、現実は彼女が身体に宿す新しい命すら奪っていったのだ。


俺と云う“実”を育てる事により、彼女は無くした愛を取り戻し、十数年に渡るやり場のない悲しみと憎しみと愛情を、再度形として残したのである。




本来、俺の兄弟になるはずだったお腹の子を無くしたママは、父に似た俺を愛し、そして俺の身体を使い、歪んだ形で目的を果たした。


父、ママ、俺と続く他人同士の因果関係を俺の中に脈々と植え付け、その応報と云う根っこは行き場を既に定めていた。


父とママの残した財産で着々と過ぎる日常、ママが最後に残したママによく似た、成長を遂げて行く妹である娘。


そして芽生える、ママが持ち続けたのと同じ感情。同じ愛欲。同じ憎悪。


その感情を持ってしての生活は、恐らくはママが過ごした数年と同じモノだったはずである。




娘が20歳の誕生日を迎えた頃、俺は35にしててある決断をした。


父、ママと同じ年齢にして気付いた決定的な違いは、血の繋がり。


「娘は俺の子だ。俺の代でこの応報を止めなくてはいけない」と。


「この愛憎に取り付かれた連鎖を娘に引き継がせる分けには行かない」と。


同じ道を辿った俺が出した違う答え。


愛した女との間に出来た、愛する娘であり、ママの無念の子供であり、俺の妹でもある女。


成熟した果実に育ったその実を前に、俺はゆっくりと口を開いた。










「オナカノオレノコハオロシナサイ」









大切に俺の為に育てられた、たわわな熟れた果実である娘に愛憎だけを残しては死ねない。


見事なまでに“上手く”成長した娘はこう答えた。



「はい。ご主人様……」



俺の人生は続くのだ。


妹であり、娘であるこの思い通りに育った女と……


後は……死ぬまで楽しむだけだ。







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