2-『起』
小学生の娘が書いた交通安全のポスターは、黒と赤が画用紙の大半を占めている。
黒い道路に白い車。奥で小さく書かれている車より、ブレーキランプの残像が、赤くて太い線となって画用紙を勢いよく横断している。
標語こそ『車はすぐに止まれない』というありきたりなものだが、その子供離れした構図に、天才だと思ってしまうのは親バカなのだろうか。
旦那はそのポスターをみて、上手だねと言って娘の頭を撫でていた。
私には解る。旦那はその絵が嫌いだ。
世間の奥様方は、旦那の悪口が大好きだ。
結婚してもう10年。私もいい年になった。
私もそのうち、旦那のことが嫌いになっていくのかなという不安もあったが、私には関係のないことだったらしい。今でも旦那のことは大好きだし、夫婦仲もいい。出会ってこのかた、喧嘩のひとつもしたためしがない。
きっと、これからもしないと思う。
世間の奥様と私の違いはなんだろう。平凡な主婦の私に何も特別なものなんて無い。旦那も優しい平凡な夫に過ぎない。
きっと世間の奥様方は、人を見る目がないのだろう。
私も、旦那も、式で永久の愛を誓ったあの日の気持ちのまま10年やってきた。
旦那がポスターを見るときの目は、この10年変わらない悲しい目だ。
何かを耐える少年のような、純粋な目だ。
私がスカートを着ている日の目だ。
雨の夜の目だ。
私は、その眼差しに惚れたのだ。