表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この世界を全力でッ!  作者: ニコ
1/12

プロローグ

「来ちゃった」

 恥じらいながらもあざとさを感じさせる言葉、はにかむ表情。男としてこんなセリフ、是非とも可愛い幼馴染に言われてみたい。それは世の男性ならば一度は妄想するものなのではないだろうか。勿論、僕だってその例に違わない。

 もう一度言おう。可愛い幼馴染に、言われてみたい。

 そう。決して今僕の目の前で立っているような、筋骨隆々とした浅黒い肌に、天を貫かんばかりに伸びた二本の角を生やした、およそヒトからはかけ離れた生物(♂)から言われたい言葉ではない。

 しかも、この巨漢はただのコスプレではないことを、僕は知っている。何故ならこの巨漢は、僕が見ているまさに目の前で、その鍛え抜かれた丸太のような腕を一振りし、午後のティータイムを楽しむ朗らかな町並みを、机の上のケシカスを払うかの如く消し飛ばしたからだ。

 そんな現実離れした光景を、3D映画の発展ってスゲーな、などと逃避のそれである思考で僕は眺めていた。そして木偶のように佇む僕を目にした巨漢が放った言葉こそ、世の中男性諸君の夢である「来ちゃった」である。

 説明していて、尚理解の外の事案である。

「キミが勇者、かな。他のニンゲンとは違う匂いがするから、多分そうだよね」

 少年のような少しトーンの高い声色だ。そこに悪意の欠片も感じられない。つくづく容姿とミスマッチしていて腹が立つ。

「……無口だね。いや、緊張してるのかな? ほら、リラックスして、リラックス」

 巨漢は羽織ったボロボロの黒いマントを風に遊ばせながら、えらく発達した肩をゴワン、ゴワンと回してみせる。それだけで発生した風圧が僕の頬を素通りするだけで、ビンタをくらっているような気分になる。

 言いたい。僕の本心を言ってやりたい。

 無口なのは、ただ目の前の超常現象に対して、僕の脳が思考を停止しているだけであると。

 そしてツッコミたい、お前のような幼馴染みはノーサンキューだと。……これは蛇足だったか。

 僕は今まで生きてきた中で、こんな化け物じみた、まさに魔王とも呼べるような巨漢を見たことはない。そして、この魔王が振るう物理法則を無視したような力の片鱗も。少なくとも僕がただ平凡に生きてきた世界には存在し得ないはずだ。

 しかし現にこうして、小説やら漫画やらテレビアニメやらでしか起きようのない現象が起こっている。体感している。これが夢でない証拠に、頬を撫でる空気の動きが、耳を突き刺す逃げ惑う町の人達による喧騒が、否応なしに僕に現実を叩き付けてくる。

 これは、この悪夢は、現実だ。

「う~む、何にも言ってくれないけど、とりあえずキミが勇者であると断定して話を進めちゃうね」

 何も反応しない僕に気分を損ねたようで、口を小さく尖らせながら魔王が言う。本当ならこの場で殴り倒してやりたくなるほど気持ちの悪い行為だが、おそらく実行すれば僕が殴り倒されるのは目に見えている。殴られるだけで済めば御の字か。

「―――人間たちが書いている書物には、よく『勇者対魔王』という二つの立場の闘いが描かれることが多いと思う。勇者は多くの苦難を乗り越えて、ヒトとしても成長し、そして最後には仲間とともに魔王打倒を成し遂げる。結果もそうだけど、やっぱりそこに至るまでの過程が描かれているから、より感動するんだよね。

 でもさ、人間から見たらそんな感想かもしれないけれど、ワタシたち魔物からしたら、ずるいなって思うわけさ」

 伝記を語る様なとても穏やかな口調に、僕は思わず聞き惚れてしまっていた。寝る前にイヤホンで流しながら聞いていたい。きっと安眠できる。こんな巨体が発声していることを知らなければ。僕からしたら、その見た目でその優しい声はずるい。

「人間は長い時間をかけて、たくさんの仲間を引き連れて、力をどんどん付けていって……片や魔物は何やってるのかの描写は無く、あったとしても悪事しかしてなくて。どうも人間は魔物に激しい偏見を持ってるとしか思えないんだ。ついでに言うなら、魔王も最後の戦いくらいしか出番が無いのも残念すぎる」

 この魔王様とはなんだか語り明かせそう。そんな突拍子もない考えが、僕の頭に浮かんでは消える。

 王道ファンタジーならではの展開だ。昨今の物語では魔物視点というアンソロジー系が出たりするし、或いは展開をいじって魔物にスポットライトを当てた作品も多く出現ている。そういったサブストーリー的な物語も味があって、なかなか面白い。しかも本編だけでは知り得ない登場人物やストーリーの裏側なんかもあったりするから、尚更世界観が広がって楽しい。

 まあ今まさに、僕の目の前にそんな物語でしか見たことのないような現実が広がっている時点で、おいそれと楽しんでいられないなと思い知らされてるわけだが。

「人間からしたら、勇者が魔王を討つことが王道……でも逆の立場からしたら、魔王が向かってくる火の粉払うのも、これまた王道のはずだよね」

 語る魔王様の、トリフェーンのような黄金色の双眸が僕を射抜く。

 ぞわっ、と言い知れぬ悪寒が脳からつま先までを駆け巡った。

 まるで物語の主人公のような反応が、僕の身体の中で生理現象のように表現されている。これこそ、本当の恐怖と呼ばれる感情なのだろう。

 剣道の大会で格上高校を相手に挑まねばならなくなった時や、学校で妹の悠歌に目が合っただけで逃げ出された時に感じたような絶望とは訳が違う。

 脳みそが脈打っているのではないかと思えるほど、心臓の鼓動が全身に響き渡っているのを感じる。著しい体温低下と、それにも関わらず流れ出す気持ち悪い汗が止まらない。

「王道なら―――」

 しゃがれた声が、僕の口から無意識にこぼれていた。思えばこれが僕の第一声なのか。

 つまり、次の言葉次第で今後のルート分岐に大きく影響を及ぼすのだろう。

「魔王様はお城で勇者を待つべきなのでは……?」

 平々凡々、至極面白味のない発言。評価としては五十点のセリフ回しだろうが、今の自分のコンディションを加味するに上々の言葉だったのではないか。

「お城で待ってたら、強くなった勇者が来ちゃうでしょ。弱いうちにぶっ殺しておこうかなって」

 バッドエンド確定ッ! クソゲー・オブ・ザ・イヤーにノミネートされるレベルに唾棄すべき代物であったようだ。何なのかこのストーリーは。ルート選択が少ない上にミスリードを誘いすぎてグダグダだし、王道とか言う言葉が羅列されてるくせに超展開ばっかり起きている時点でクオリティはお察しである。

 何言ってるの、と素朴な表情で僕を見る魔王の顔に殊更腹が立つ。

 そもそも僕が今置かれている現状に至った過程が、既に僕の理解の範疇を超えている。

 僕はこんなファンタジーな世界は知らない。僕が知らないだけで、もしかしたら地球上のどこかでこんな御伽噺な世界が存在しているのかもしれないが、少なくとも僕の生まれ育った日本、更には地元には絶対存在し得ない世界のはずだ。

 今日の僕はただ隣町の本屋に行き、帰りに寄った不思議な図書館に入っただけ。そこではこれまた不思議な司書さんと思しき女性に話し掛けられただけ。その女性に訳の分からないことを言われ、本を見せられただけ。その本が光ったと思ったら、体が吸い寄せられるように本に向かっていっただけ。

 そして、気付けば目の前で、魔王が町を消し飛ばしていただけ。

 拝啓お母さん、剣道で頭を叩かれすぎているせいか、僕の脳はリアルな質感を持った幻想へトリップできる能力を開花させたようです。願わくば今夜は和食が食べたいです。敬具。

「今年の魔物の年間目標は、『早期発見、早期排除』にしよう」

 もうなんでもいいです、ツッコみたい気持ちも一緒に魔王様に吹き飛ばしていただきました―――思わず、乾いた笑いがこぼれた。

「人生の最後はやっぱり笑顔であるのが大事だよね。それだけできっとハッピーエンド」

 言うや、魔王はそのボコボコと筋肉が隆起した気持ち悪い腕を持ち上げ、僕を指さす。その指先が、妖しく陽炎のように揺らいだ。

 そう思った瞬間、それこそアニメでしか見たことのないような、黒々とした炎の塊が現れた。おそらく正常な化学反応を起こしてはいないであろうことが窺える禍々しさがある。

 普段ならば黒い炎=カッコいい、と素直な感想を告げるところだが、実際に目の当たりにすると全く面白くない、冷める。いや、メチャクチャ熱いけど。

「バイバイ」

 ゴウッ、と炎が空気中の成分を食いながら肥大する。その音で掻き消すように、魔王の最後の言葉が聞こえた気がした。

 無慈悲に膨れ上がる黒炎に視界が埋め尽くされていく。

 人が死を目前に迎える時、頭に走馬灯が駆け抜けると言うが、僕もその例に違うことなく。

 理不尽な現実を受け入れまいと、僕の思考は今に至る数日前に逆行した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ