第4話 初めての共同作業
朝。俺は柄にもなく洗面所の鏡を覗いていた。
髪の毛はワックスで整え、真新しいブレザーは皺一つない。
よし、変な所はないな。
今日は高校の入学式。今まで転校ばかりで友達がロクにできなかった俺だけど、高校は頑張って友達を作るぞ! 目指せ友達100人!
両手で頰を叩き気合いを入れていると、チャイムが鳴った。
「おーい、トシー!来たよー」
ドアの向こうからスバルの声。心臓が大きく脈打つが、一瞬で収まる。流石に慣れてきたようだ。俺は大きく深呼吸すると、ゆっくりとドアを開ける。
しかしーー
「ツッ……!!」
スバルを一目見た瞬間、息が止まる。制服姿のスバルは死ぬほど可愛いかった!
紺色ジャケットに、膝上10センチ丈の赤色チェックのプリーツスカート。
スバルの太ももは見たことあるが、しかしスカートから覗くソレは別格である。今にもボタンが飛びそうなくらいはち切れそうなおっぱいも素晴らしい。ああ〜見ているだけで目が極楽浄土だぁ。
「なにジロジロ見ているんだよ」
「あ、その、えっと」
俺が言い淀んでいると、スバルは不機嫌そうに、
「わかってるよ、こんな女の子らしい格好似合わないって言いたいんだろ。仕方ないじゃないか、制服なんだから」
「い、いやそうじゃなくて」
「ほら遅刻しちゃうから早く行くよ」
スバルはさっさと先を歩いていってしまった。後を追いかけるが、顔を見るのが怖くて少し後ろを歩く。歩幅を合わせてくれることを期待するが、スバルの歩くスピードは変わらない。
……どうやらスバルを怒らせてしまったようだ。
なんであの時『似合ってるよ』って言えなかったんだろう。ラノベの主人公はあんなに簡単に言えてるのに! 俺のチキン野郎!しかし今更言うのは白々しい。他の話題も見つからないまま、俺たちは無言で通学路を歩いていく。
真新しい一戸建てが立ち並ぶ閑静な住宅街、通勤通学時間のため学生やサラリンーマンと時折すれ違う。引越してきてからまだ3日。まだ街のことはよくわからないし、当然この道も初めてだ。
そんな俺が迷わないようにと、スバルが学校まで案内してくれると申し出てくれたのに! 何やってんだ俺はーー。
と、突然スバルが駆け出した。ついに逃げ出す程俺が嫌いになったのか!
しかしそれは杞憂だった。スバルはすぐに足を止め、その場にしゃがみ込んだ。
不思議に思ってよく見ると、小学校低学年のくらいの女の子が泣いていた。
スバルは優しい声で、
「どうしたの?」
「ぼ、帽子が……」
女の子は鼻をすすりながら街路樹を指差した。高い位置にある木の枝に、黄色い帽子が引っかかっているではないか! どうやら風で飛ばされてしまい、取れなくて困っているらしい。
「よし、ボクが取ってあげよう」
自信満々に宣言するスバル。
そして帽子に手を伸ばしながら、ぴょんぴょん飛び跳ね始めた。胸はぷるんぷるんと揺れ動き、スカートの裾はひらりひらりと翻りーーって!
「やめろ、スバル!」
「急になんだよ」
「その、そんなに飛び跳ねると、み見えちゃうだろ」
「ん? ああ、大丈夫だよ。ボク下にスパッツ履いているんだ。ほら」
スバルは自身のスカートをめくって見せる。黒いスパッツを履いていた。しかし生地は薄く肌にピッチリ張り付くタイプのようで、下着の線が透けて見えてーー。
俺は目を逸らすと、
「わ、わかったから早く隠せよ」
「言われなくてもそうするよ」
再びスカートがスパッツを覆い隠す。ちょっと残念。
「困ったなぁ、ボクじゃ全然届かないみたい」
「じゃあ俺がやってみるよ」
しかしあと数センチというところで届かない。
「うわ、惜しい」
「次は木を揺らしてみようよ」
2人で木を揺すってみる。しかし樹齢数十年のその太い木はわずかに葉を落とすのみで、びくともせずーー。
「なあもう諦めようぜ。そろそろ行かないと遅刻もしちゃうし」
女の子に聞こえないよう、スバルに耳打ちする。
「……トシのこと見損なったよ。こんな小さい女の子を見捨てるなんて!」
「だ、だって仕方ないだろ。色々試して駄目だったんだから」
「ボクはまだ諦めない! 先に行きたいならトシだけ先に行ってよ」
スバルはふんと鼻を鳴らすと、また街路樹に向かってジャンプし始めてしまった。
あー、せっかくの初登校なのにどうしてこうなった!
……
いや、本当は分かっている。全部俺のせいだってことぐらい。
俺はスバルに嫌われることが怖いんだ。だから踏み込んだことが言えない。
でも友達だった言いにくいことも言える仲にならないと駄目だよな!
俺は覚悟を決めた。
「スバル!」
「なんだよ」
ジャンプをやめて、俺を不機嫌そうに見るスバル。俺は大きく息を吸うと、一息にこう言った。
「制服、よく似合っているぞ!」
「えっ、突然なんだよ?」
「さっき言いそびれたからな」
俺が笑うと、スバルも白い歯を見せて笑った。
「変なトシ。でもありがとう。嘘でも嬉しいよ」
「嘘じゃない。心の底からそう思っているよ。あと帽子を取る方法を思い付いたぞ」
「えっ、何何?」
身を乗り出すスバル。か、顔近い!
「その、スバルが嫌じゃなければだけど」
「どんなことでもするよ」
「あと俺に下心はないからな」
「ん? よくわからないけど、ボクはトシを信じているよ。だから早く言ってよ」
言いにくいことも言えるようにしようと決意したばかりだが、やはり言いにくいことは言いにくい。しかも案が案だからな。
俺は本日2回目の覚悟を決めると、
「肩車だよ。俺がスバルを肩車するから、その隙に帽子をとるんだ」
「おお、なるほど。じゃあ早速やろうよ」
「えっ、嫌じゃないのか?」
「別に」
「いやいやよく考えろ」
お尻とか太ももとか俺に触られちゃうんだぞ、と言葉を続けようと思ったが、やめた。鼻息荒くやる気満々のスバルを見ていたら、自分が酷く汚い人間に思えて。
まあ俺がいやらしい気持ちにならなければセーフだよな、うん。
「……じゃあやるか」
「うん!」
肩車の土台である俺がしゃがむと、スバルが肩に乗ってきた。俺の頭を柔らかな太ももが挟み込む。むっちりとして適度に筋肉質のソレは、とてもスベスベして俺の頰に引っ付いた。
それに後頭部に当たっているのはスバルのーーいや、これ以上考えるのはよそう。
早くも限界が近かったが、俺はぐっと堪えて立ち上がった。
「おお、高い! これなら帽子が取れるかも」
「はぁはぁ、は、早く取ってくれ」
「うん! ……あれ届かないなぁ、もっと右に移動してくれない?」
移動だと!
衣擦れひとつで爆発しそうなのに!
俺はそっと右へ動いた。
「あっ、移動しすぎだよぉ。今度は左!」
ううっ、左へ移動。動く度にスバルおっぱいが後頭部に当たるよぉ!
「よし、取れたよ!」
スバルの台詞を聞いた瞬間、全身の力が抜け、足から崩れ落ちた。
「きゃっ!」
悲鳴をあげるスバル。悲鳴は結構女の子らしいじゃないかーー。
それが最後に、俺は意識を失った。
◇
目を開けると、スバルと女の子が心配そうに覗きこんでいた。どうやら俺は仰向けに倒れているらしい。
「よかった! 目が覚めたんだね」
とスバル。
「私のせいでごめんなさい」
と女の子。その頭には黄色い帽子があった。
俺はむくりと起き上がる。
「いや、いいんだよ。帽子よかったね」
「うん!ありがとう!」
女の子は何度も頭を下げると、走り去った。
「トシのこと見直したよ」
スバルはニヤニヤしながら言う。どうやら機嫌が直ったようだ。これで楽しく、おしゃべりしながら通学できるぞ!
「ところでスバル、俺どれくらい気絶していた?」
「10分くらいかな? 救急車呼ぼうか悩んだんだから」
「10分、だと!?」
スマホで時間を確認する。ただ今の時刻は8時20分、完全に遅刻じゃねーか!
「ほらスバル、急ぐぞ!」
「トシ、そっちじゃないよ! こっち、こっち!」
結局学校までは全速力で走ることになり、スバルとロクに話すことはできなかった。とほほ。