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第3話 秘密はダンボール箱の中に


 竜宮町に引っ越してきて2日目の昼下がり。

 俺は早くも途方にくれていた。

 ワンルームアパートを埋め尽くすダンボールの山、山、山。

 引っ越しの片付けが全く終わりませえええぇぇん!!

 なんで俺は「引っ越しの片付け? んなもん一人でできるよ」とか格好付けてしまったんだあああぁぁ!素直に母さんに手伝いに来て貰うよう頼めばよかったのにいいいぃぃ! 1週間前の俺を殴りてえええぇぇ!


 ピンポーン!


 玄関チャイムが鳴る。

 まさか噂のN●Kの集金か? いや新聞の勧誘の可能性も。

 物音を立てず、そっとドアスコープを覗き込むーー。


「フアッ!?」


 衝撃のあまり飛び上がる。

 ドアの向こうにいたのは、ショートヘアーの美少女。

 えっ、何? もしやドッキリ?


「ん? トシの声が聞こえたなぁ。おーい、ボクだよ。開けてよぉ」


 ……思い出した。この美少女は、俺の幼馴染にして大親友の亀山スバル。先日住所を教えたのだが、まさかこんなに早く会いに来るとは思わなかった。

 別に嫌なわけじゃないよ、むしろ嬉しいよ。しかしスバルが女の子だと知ったはつい先日、そして俺は童貞陰キャ。どう関わっていいか分かんないよぉ! 心の準備だってできてないしせめてあと少し、3週間くらい時間が欲しかった!


 声を聞かれてしまったから居留守も使えない。仕方ない、出るか。

 ドアノブに手をかけた瞬間、とんでもないことに気が付いた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 俺、トランクス一丁だった! 女の子に会う格好じゃない! 床に落ちていたTシャツとジーパンを慌てて着る。

 念のため、洗面台の鏡で身だしなみ確認する。鏡に映った俺はイケメン、なんて奇跡は起こるはずもなく見慣れたカピバラ顔だった。腫れぼったい目に団子鼻、せめて目がぱっちりしていればなぁ……。


「ねー、まだぁー?」


 ドアの向こうから不機嫌そうな声。

 俺は慌ててーーいや、慌てていたらなんかカッコ悪いので、平静を装いドアを開く。


「おー、スバル。急にどうしたんだ?」


「別に特別な用事はないんだけどさ。トシに会いたくて……」


 恥ずかしそうに上目遣いで見つめるスバル。


 か、可愛い過ぎるっっ!!


「はぁっ、はぁっ、そ、そ、そうなんだ」


 激しい動悸と目眩に襲われながらもなんとか答える。

 勘違いするな、俺。この『会いたい』は西野カナ的な意味じゃない! ケツメイシだ!


「ねぇ今日暇? 一緒に遊ぼうよ」


「い、いやそれがさ、まだ引っ越しの片付けが終わってなくて。今日はダメっていうか」


 少し話しただけでこのダメージ。これ以上一緒にいたら心臓マヒで死んでしまうかもしれない。少し冷たい気もするが、今日の所はお引き取り願おう。


「じゃあボクが手伝ってあげる!」


 あー、そうきたか……。


「俺1人で大丈夫だよ。スバルにも悪いし」


「遠慮しなくていいよ。ボク達友達だろ」


「いや遠慮とかじゃなく……ッツ!」


 スバルの曇りのない笑顔、期待と善意に満ちた瞳。

 当然それ以上何も言えるわけはなく。


「……じゃあお願いするよ。上がってくれ」


「わーい、お邪魔しまーす」


 結局ますますドツボにはまる俺だった。


 ◇


「わーっ、ダンボール箱がいっぱいだね」


 スバルが興味深そうに部屋を見回す。


「そうなんだよ。どこから手を付けていいか分からなくてさ」


「うーん、とりあえず中身を出さなくちゃだね。この箱開けていい?」


「ああ、頼む」


「りょーかーい」


 スバルは手近なダンボールを開封し始めた。

 俺はなんだか落ち着かない。女の子が自分の部屋に来るなんて、ずっと遠い未来のことだと思っていたのに。


 そっと横目でスバルを盗み見る。

 今日の服装は白いTシャツと胸当てつきのオーバーオール、か。ズボンはくるぶし丈で、一見すると露出度の低いエロさのかけらもない格好。

 しかし、だ。胸当てを押し上げる大きなおっぱい、ほんの少しの衝撃でこぼれ落ちそうでーー。

 思わず生唾を飲んでしまう。


「ねえ、トシ」


「うわあああぁぁ! すいませんでしたぁ」


「なんで謝るの?」


「あ、いや、なんでもない」


 あぶねー! つい見惚れてしまった。スバルのおっぱいはヤバイな。軽く魔力を感じるレベルだよ。しっかり気を持ち、引き込まれないようにしなくては。

 俺は小さく咳をすると、


「それで何かあったのか?」


「ダンボールにこれが入っていたんだけど」


 スバルは某国民的海賊漫画を差し出した。


「ボクもこの漫画大好きなんだ〜」


「マジか!」


「だからさ、嬉しくて。やっぱりボク達気が合うね〜」


 ……日本で1番売れている漫画だし、好きな奴はたくさんいると思うのだが。

 しかしあえて何も言わない。野暮ってもんだし、俺も少し嬉しかった。


「ねえねえトシはどのキャラが好きなの?」


「俺はやっぱり剣士かな」


「剣士カッコいいよね〜。ボクはトナカイかなぁ。可愛いし」


 今、スバルと普通に話せているぞ! ありがとう、ワ●ピース!

 それから俺たちはひとしきり漫画の話題で盛り上がった。


「うわっ、すっかり話し込んじゃったよ。ごめんね、早く片付けなくちゃいけないのに」


「別にそんなに焦らなくても。今日中に終わらせればいいよ」


「だーめ! 早く片付けて、遊ぶんだから!ほら、トシも口より手を動かす」


 スバルは漫画を本棚に入れ始めた。盛り上がっていたのに、ちょっと残念。

 俺も片付けよう。えーと、この箱は何が入っていたんだっけ? 割れ物以外の箱には何も書かれていないので、開けてみないと分からない。軽いからおそらく洋服類だろう。


「お、これは」


 中から出てきたのは高校の制服だった。


「……ねえトシ、それって珊瑚高校の制服?」


「うん。よく分かったな」


「そりゃあ分かるよ。自分が入学する高校の制服なんだから」


「へ〜、そうなんだ」


 皺にならないよう制服をハンガーに掛ける。紺色のジャケットに黒ズボンのブレザータイプ、3日後にはこれを着て高校へ行くんだよな。

 そう思ったら急にドキドキしてきた。今まで転校続きだったがこの緊張感にだけは慣れない。スバルが一緒でボッチにはならないのがせめてもの救いだ。


 スバルも一緒?


「ちょっと待て! もしかして俺たち同じ高校なのかっ!」


「そうだよ〜。気がつくの遅すぎ〜」


「これ本当に現実か? 夢とかじゃないか?」


「現実だよ。ほら」


 スバルが俺のほっぺたをつねる。


「痛いいぃぃ! でも嬉しいいぃぃ」


「ねえねえ、ボクにもやって!」


「いや、それは」


「ボクも夢みたいに嬉しいから……だからお願い」


 女子の顔に触れていいのか? しかもつねるなんて。

 しかし懇願するスバルを無碍にもできず、軽く、本当にかる〜くほっぺたをつねる。

 スバルのほっぺたはしっとりもちもち、そのうえよく伸びた。


「痛い! やったぁ」


「それにしてもすごい偶然だよな。浦島町の周辺には他にも高校があるのに」


「ボク達は気が合うってことだよ。ほら、昔からそうだったじゃん。欲しいオモチャが一緒だったりさ」


「……そうだな」


 口では同意しているものの、内心では『運命』を感じていた。やはり俺とスバルの間には特別な何かがあるに違いない。って、ちょっとロマンチスト過ぎるか。


「箱を開けるたびにトシのことが分かるね〜。なんか楽しくなってきちゃった。次の箱行ってみよ〜」


「あっ、勝手に開けるな!」


 制止も聞かず、ダンボールを開封し始めるスバル。この中には見られたくないものだってーー。

 どうかヤバイモノを引き当てませんように!


「CDが出てきた。知らないアイドルユニットだなぁ。『プリンセスファイブ』って言うのか。へぇー」


「ブッ!」


 思わず吹き出す。

 スバルは5人のメンバーが映ったCDパッケージを指差すと、


「ねえねえ、この中で誰が好きなの?」


「い、いや、ファンってほどじゃないかな。売れてるっぽいからなんとなーく買ったって言うか」


 嘘だ。

 本当はライブに行くほどの大ファンで、更に言えば乙姫姫子(愛称ヒメヒメ)が推しだ。

 長い黒髪にお人気さんみたいに整った顔立ち、ダンスも歌も完璧で正にアイドル界のお姫様。なのに性格はちょっと天然入っていて、そこが可愛いというか。ヒメヒメ最高というか。


 しかしスバルには知られたくない。ドルオタって女の子から敬遠されるし。


「そのわりにグッズがたくさんあるみたいだけど。ブロマイドに写真集にうちわにTシャツ……みんな同じ女の子だ。この黒髪の女の子、ヒメヒメって言うの? へー、トシってこういう子が好きなんだね」


 なお5秒でバレた模様。恥ずかしくて顔から火吹き出す。


「なんで隠すの? 昔はなんでも話してくれたじゃないか!」


「いや、昔とは色々事情が違うっていうか」


「……そうだよね。あれから10年も経ったんだし前と同じようにはいかないよね」


 悲しげに俯くスバル。

 やっちまった! どんなことがあっても友達でいると、つい先日誓ったばかりだというのに。

 スバルを傷付けるくらいなら俺のくだらないプライドなんて!


「ごめん、スバル! 俺間違っていた。もう秘密はナシ! 」


「嫌じゃないの?」


「どちらかと言うと怖い、かな。自分の嫌な部分を知られたら嫌われるんじゃないかって。でもスバルは俺がアイドル好きだと知っても、笑ったりバカにしたりしなかった。スバルだったら信じられる、そう思った」


 スバルは目を潤ませながら、


「うん! ボクはどんなトシでも大好きだよっ」


「そうか、安心した! さあ、なんでも聞いてくれ」


「実はこの部屋に入ってからずっと気になっていたんだけど。部屋の隅にある、ハートマーク入りのダンボール箱には何が入ってるの?」


「!?」


 はい、いきなり地雷が踏まれました。

 箱の中身は18歳未満は立ち入り禁止のエロマンガ島です。


 やべえええぇぇ! いくら親友にでも自分の性癖はオープンにはできねええぇぇ!!

 隠し事はしないと言った手間、教えないわけにはいけないし。


「た、たたた、たいしたものじゃないよ。生きていくのに全く不要な、むしろゴミ! 的な」


「えっ、ゴミなの?」


「そうそうそう! 見ても何の楽しいことはないし、むしろ時間の無駄だよ」


「なーんだ。じゃあ捨てやすいように玄関に運んでおくよ」


 スバルの手がダンボール箱に伸びる。

 何かの拍子に中身が出たら、いや、そもそもこんな穢れた物に触れて欲しくないっ!


「いやいやいや、やらなくていいよ! あの中にはえーと、ダンベルが入ってるんだよ! スバルには重いから無理だって」


「ボクには無理……?」


 眉をしかめ、唇を噛むスバル。

 あれ? なんか嫌な予感。


「……わかった。じゃあ相撲を取ろうか」


「え、ちょ、待っ」


「待ったなし! はっけよーい、のこった!」


 叫びながら俺に抱きつくスバル。


 ぽよん。


 柔らかい2つの膨らみが腹部に押し付けられる。なんなんだ、この展開は。


「お、おい、スバル! やめ、やめろよ」


「ほらほら、トシも真面目にやらないと負けちゃうよ」


 ぐい、ぐい。


 俺を倒そうと、スバルはさらに力を入れる。しかしやはり女の子、非力過ぎて俺はその場から微動だにしない。微動だにしないんだけどーー。

 柔らかいおっぱいの感触、それに髪の毛から漂ういい匂い。

 このままだと下半身が押し切りしちゃううぅぅ。

 しかしスバルを投げ飛ばすわけにもいかないし。

 悩んだ末にわざと尻餅をつくと、


「参った参った。俺の負けだ」


「ふふん!」


 ドヤ顔のスバル。


「しかし何で急に相撲なんて始めたんだ?」


「これでボクの力が強いことがわかっただろ? ダンベルでも何でも持ち上られるんだから!じゃああのダンボール箱はボクが運ぶからね」


 スバルが負けず嫌いなこと、すっかり忘れていた。

 断る口実も思い付かず、酸欠金魚みたいに口をパクパクする俺。

 スバルは無邪気にダンボール箱へ手を伸ばす。

 持ち上げたらダンボール箱が軽いことに気が付き、俺の嘘がバレるだろう。きっと中身も確認されてーー。

 ああ、もうおしまいだぁ!


 ブーン、ブーン


 スバルの手がダンボール箱に触れるか触れないかと言う瞬間、バイブレーションの音が響いた。


 スバルはポケットからスマートフォンを取り出すと、


「ごめん、母さんからだ。もう遅いから帰って来いって」


 時刻は6時、外はすっかり暗くなっていた。

 スバルは玄関のドアを後ろ手で開けると、


「じゃあ僕は帰るから。またね」


「あ、ああ、またな」


 バタン、とドアの閉まる音が響いた。俺はその場にへなへなと座り込む。


 バレなくてよかったあああぁ。


 今後もスバルは来るだろうから、エロ本の隠し場所は注意しなくては。


 と、俺はあることに気づいた。


「片付け全然終ってない……」

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