第20話 風が吹く
スバルから逃走した後、俺は全身びしょ濡れで自宅アパートに到着した。
体力的にも精神的にも疲れていて、とても学校に行ける状態じゃない。俺は生まれて初めて学校をサボることにした。
シャワーを浴びると、髪もろくに乾かさず、ベッドに横になった。
目を閉じると、色々なことが浮かんできた。
『あなたは亀山スバルのことを恋愛的な意味で好きですか?』
これはクラスメイトの宇佐美さんのセリフだ。一体なんの意図があってこの質問をしてきたのだろう。謎だ。
『これからもずっと、ずーっと友達でいたい』
そしてスバルのセリフ。最初聞いた時はとても感動したのだけど、今は酷く色褪せていた。
これが意味するものは一体何だろう? 分からない。自分の気持ちが分からない。
そうしてグルグル考えているうちに、俺の意識は闇に落ちた。
◇
「すう……すう」
耳元でする、物音で俺は目が覚めた。一体なんの音だ?
音源を確認するため、寝返りを打つ。すぐ目の前には、スバルの寝顔があった。
「うわっ」
思わず飛び上がる俺。
なんとスバルがベッドに横になっているではないか!
何これ、朝チュン? いやもう外が暗いからスズメ鳴かないけど!鳴くのはカラスか? なら夜カーか?
などと俺が混乱していると、スバルが目を開けた。
「ふわ〜、トシ。ようやく起きたみたいだね」
「な、なんで俺のベッドで寝てるんだよっ」
「トシが心配で学校が終わってすぐ来たんだよ。でも気持ち良さそうに寝ていたから、起こすのも可哀想だし、起きるまで待ってようとしたんだ。でも待っているうちに眠くなっちゃってさ」
「まさか、それでベッドに潜り込んできたのか?」
「うん!」
ガックリ力が抜ける。俺がこんなに悩んでいるのに、コイツはーー。
「あ、あれ?」
本当に力が入らない! それに体が熱い。俺はそのままベッドに倒れこんだ。
「どうしたのトシ?」
「なんか力が入らなくて」
「そういえば顔が赤いよ。もしかして、風邪引いたんじゃない?」
「まさか。……ッ、ゴホゴホ!」
「ほらやっぱり。雨に濡れたから風邪引いたんだよ。仕方ないなぁ、ボクが看病してあげる」
「い、いや、悪いからいいよ。それに移るかもしれないし」
「なーに言ってるんだよ。ボクたち親友だろ」
お決まりの文句、嬉しいはずなのに今はなぜか悲しく聞こえた。
「じゃあ色々用意してくるから、待っていてね」
「ちょっ、待っ!」
俺が呼び止めるのも聞かず、スバルは外へ飛び出していってしまった。
◇
スバルはすぐに戻ってきた。
「風邪薬とポカリ買ってきたよ。あ、空きっ腹に風邪薬はよくないから、今からお粥つくるね」
スバルはそう言うがはやいか、台所で料理を始めた。
料理をするスバルの後姿を見て、ついつい『いいお嫁さんになりそうだな』と思ってしまう。誰のお嫁さんになるんだろう。もし他の誰かのお嫁さんになったら、俺は笑ってられるのだろうかーー?
ダメだ。熱のせいか変なことばかり考えてしまう。
「トシ〜、お粥できたよ〜」
スバルが鍋を持ってやってきた。蓋を開けると、湯気といい匂いが辺りに広がる。卵粥か、美味しそうだ。
俺がスプーンを取ろうとすると、スバルに制止される。
「だめ、トシはゆっくり休んでいて!ボクが食べさせてあげる」
「い、いや、飯ぐらい自分で食べられるよ」
「だーめ!」
スバルは頑なにスプーンを渡さない。奪い取るべきなんだろうけど、この時の俺はそんな体力もなかった。
「……わかったよ。好きにしてくれ」
「言われなくても好きにするよ」
スバルはスプーンでお粥を掬うと、ふうふうと息を吹きかけ始めた。そして俺にさしだすと、
「はい、あーん」
「できるかーーッ」
「なんで?」
「なんでってそりゃあ」
これじゃあ恋人同士みたいじゃないか、なんて言えるはずなく。
「……あーん」
俺はおとなしく口を開けた。やべ、これかなり恥ずかしい。
しかしスバルは全く恥ずかしがる素振りを見せず、
「はい、あーん」
俺の口にスプーンが差し込まれたのだった。
◇
「……ご馳走様でした」
「お粗末様でした!」
結局、スバルに食べさせてもらう形で完食してしまった。ああ、恥ずかしかった。きっと熱も上がってしまったに違いない。
「はい、お粥食べたから次は薬ね」
「ああ」
スバルに手渡された薬を飲む。
「ねえ、トシ」
「なんだ」
「なんで今朝、ボクから逃げたの?」
スバルが俺を真っ直ぐ見る。その瞳は一点の曇りもなくて、俺は思わず目をそらした。
「……ごめん」
「なんで謝るの?」
「……」
「……ボク、トシのことがよく分からないよ。こんなの初めて」
俺も自分の気持ちが分からない。
俺が黙っていると、スバルは背中を向けてしまった。
「じゃあ、ボクはもう帰るから。温かくして早く寝るんだよ」
「……ああ」
「じゃあね、トシ」
スバルは一度も振り返ることなく、部屋から出て行ってしまった。
カチャン
扉を閉める音が妙に物悲しく聞こえた。
俺は目を閉じる。暗黒の中に浮かんでは消えるのはスバルの顔ばかり。俺は一体どうしてしまったのだろうかーー?




