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第2話 一番変わったのはーー

 10年ぶりに明かされる衝撃の真実、亀山スバルは女だった!!

 顎が外れなそうなくらい驚いている俺に対し、スバルはあっけらかんと言った。


「ボクは女の子だよ。当たり前じゃん」


「あ、あれぇ? おかしいな、俺の記憶では確かに男だったぞ」


「ボクにはお兄ちゃんが2人いるでしょ。小さい頃はお兄ちゃんの影響が強くてさぁ、言葉遣いや趣味が男の子っぽくなっちゃったんだよ。服もお兄ちゃんのお下りだったし、それで勘違いしてたんじゃないかなぁ?」


 そう言われるとそんな気がしてきた。5歳児に男女の差はあまりないから勘違いしてもおかしくないか。


 改めてスバルを観察してみる。

 長いまつ毛に、唇はぷっくりと綺麗な桃色。

 長袖Tシャツに膝上丈の短パンというボーイッシュな格好をしているのに、抑えきれない色気。

 シャツ柄のウサギは顔面が引き裂かれんばかりに引っ張られ、短パンからは小麦色のムチムチとした太ももが伸びている。


 って、滅茶苦茶美少女じゃないかーい! なんで今の今まで勘違いしてたんだ、俺は!

 やべ、なんか急にドキドキしてきた。


 と、スバルが腕を絡めてきた。


「なーに真面目な顔しているんだよ! 別にボクが女の子でも友達には変わりないだろ」


「まぁ、そうだけど、そのなんて言うか、変な感じで」


 おっぱいが肘に当たっているせいかうまく話せない。柔らかくも適度な弾力があり、触れているだけで思わずにやけてしまうほどの幸福感。これが女の子のおっぱいなのか……。


「ねえ、ウチに寄ってきなよ。色々話したいしさ」


「お、おい、ちょっと待て!」


 スバルは腕を引っ張ったまま走り出した。引きずられるように後を追いかける俺。

 そういえば昔はよくこんな風に走っていたっけ、ぼんやりとそんなことを思い出した。


 ◇


 スバルの家は10年前と変わっていなかった。

 瓦屋根の木造二階建、青々と生い茂るサザンカの生垣が敷地をぐるっと囲んでいる。


「どうしたの、急にボーっとしちゃって? 」


「いや、この家は変わってないなと思ってさ。なんか安心したっていうか」


「トシが引っ越してすぐに町の再開発が始まったんだよ。特急も止まるようになって人も増えたし。昔と比べるとすごく変わったかもね」


 お前の変わりように比べたら大したことないけどな、という言葉をなんとか飲み込む。


「ウチは区間整理の対象にならなかったからそのままなんだよ。ホラホラ、早く中に入ろう」


 スバルに背を押され門をくぐる。

 白い玉砂利が敷き詰めた広い庭、隅に大きな柿の木が生えている。

 あの木まだあったのか。渋柿なんだけどスバルのおばあちゃんの作る干し柿はすごく甘くて美味しいんだよなあ。思い出しただけで涎が出きた。


「なぁスバル、おばあちゃん元気にしてるか?」


 背中からスバルの手が離れた。振り返るとそこには、悲しそうなスバルの顔があった。


「……あのね、トシ。落ち着いて聞いてね」



 ◇



 おばあちゃんは居間にいた。


「もう3年前になるかな。風邪をこじらして肺炎になって……」

 

 スバルの説明がどこか別の遠い世界の話のように感じた。

 しかし目の前にある仏壇と遺影が紛れもない現実だと告げている。


「おばあちゃんに線香あげていいか?」


「うん」


 線香に火を付け、手を合わせる。

 孫のスバルと同じくらい俺を可愛がってくれたおばあちゃん。もう会えないかと思うと目頭に熱いものが込み上げてくる。

 10年、3650日、8万7600時間、3億1536万秒。

 そう考えたら途方もない時間だ。

 高齢のおばあちゃんが亡くなっていても何の不思議もないのに、俺ときたら!

 俺は鼻をすすりながら、


「ごめん、スバル。俺無神経だったよな」


「ううん、そんなことはないよ。覚えていてくれて、手を合わせてくれて、おばあちゃんはきっと喜んでいるよ。ありがとう」


「そうか」


「うん」


「……」


「……」


 気まずい沈黙。線香の細い煙が静かに空中を舞う。

 話したいことがたくさんあったはなのに、今は何も思い浮かばない。

 おばあちゃんが亡くなったショックもあるが、それ以上に緊張していた。女の子に全く関わらない人生を送っていた陰キャにはハードルが高すぎる!


「そうだ!」


 突然、線香の煙をかき消すほどの大声を上げるスバル。

 俺はどきまぎしながら、


「な、なんだよ、急に」


「暗い顔していたら、天国のおばあちゃんが心配しちゃうよ。ねえ、ボクの部屋へ行かない? 積もる話が10年分もあることだしたくさんおしゃべりしよう!」


 女の子の部屋に2人きりだと?

 そんなラブコメでしか見たことのないシチュエーション……考えただけで心臓が大爆発だよ!


「いや、それはちょっと。ここで話さないか?」


「なんで? 部屋の方がゆっくりできるよ」


「それならせめて30分、いや1時間は待ってくれ。心の準備をするからさ」


「遠足じゃあるまいし準備なんて必要ないよ。ホラ、行こ」


 スバルが俺の手を握った。それは10年前ならありふれたワンシーン、しかし今は吸血鬼に日光を当てるような危険行為で。


 お、お、女の子と、手を、手を繋いでしまったあああぁぁぁ!!


 掴まれた右手は激しい炎で燃え上がり、あっという間に全身に広がった。ついには脳味噌までドロドロに溶かしーー気がつくと俺はスバルの手を振りほどいていた。


「えっ」


 驚いたように大きく目を見開くスバル、次の瞬間には可愛い顔が悲しげに歪んだ。

 そこでようやく俺は正気に戻った。友達に向かってなんて酷いことを!


「ご、ごめん。もう帰るから」


 突き破る勢いで障子を開け、転がるように廊下を走る。そして玄関で靴を突っかけると、つんのめりながら外へ飛び出した。

 背後からスバルの声が聞こえたような気がするけど、一度も振り返ることはなかった。


 ◇


 どこをどう走ってきたのだろう、気がつくと俺は砂浜にいた。全速力で走ったせいか息が苦しい。汚れることも厭わずその場に座り込む。


「もうわけわかんねーよ」


 超展開すぎて付いていけない。たった10年で色々変わりすぎだろ!

 特にスバル、あんなに可愛くなるなんて反則だ。ドキドキしちゃってまともに話すこともできないじゃないか。


「……スバルに酷いことしちゃったな。きっと嫌われただろうな」


 悲痛に歪むスバルの顔を思い出し、胸が痛む。あ〜なんで俺は女の子に耐性がないんだよ〜。

 激しい嫌悪感に襲われ、両膝に顔を埋める。

 冷たい潮風と穏やかな波の音が俺を優しく包み込む。……このまま貝になれたら幸せなのに。


 どのくらいの時間そうしていただろう。ふと瞼の裏に強い光を感じ、顔を上げた。


「うわ……」


 思わず息を飲む。

 太陽は今まさに地平線上に落ちる瞬間。海は真っ赤に染まり、光を反射してキラキラ輝いている。

 綺麗と思う以上に懐かしさを感じた。幼い頃、母さんに怒られた時によく1人で見に来たっけ。真っ赤なお日様を見ていると心が少し軽くなった気がしたんだよなぁ。

 それは竜宮町に来て初めて出会った『変わらないもの』だった。ゆっくりと海に沈んでいく夕陽を眺めながら、俺は人心地ついたーー


「トシ! やっぱりここにいたんだね」


 ーーのは、ほんの一瞬だった。スバルが目の前に立ち塞がり、夕陽を隠してしまった!

 俺は口から心臓が飛び出そうなくらい驚きながら、


「な、なんでここがわかったんだ?」


「分かるさ。だってトシは落ち込んだ時はいつも海を見に行くから」


 逆光で顔が見えなくてよかった。もしスバルの笑顔を直視していたら、今度こそ全身がドロドロに溶けていただろう。

 足があることをこれ幸いと、俺は全速力で走り出した。


「なんで逃げるのぉ、トシィ!!」


 ごめん。変わってしまったお前と友達でいる自信がないんだ。傷付けるくらいなら離れた方がいい。俺のことは忘れてくれーー。


「待てぇ、コラァ!!」


 スバルの怒声が聞こえる。まさか追いかけてきたのか?

 足は止めず首だけ振り向く。

 なんとスバルがすごい速さで突進してくるではないか!砂煙を撒き散らし、おっぱいが右に左にゆっさゆっさと揺れていてーー。

 って、見惚れている場合かっ! このままだと捕まってしまう、急げ!

 しかし焦れば焦るほど、砂に足を取られうまく走れない。あっという間に腕を掴まれてしまう。


「ふふ、鬼ごっこでボクが負けたことないの忘れちゃった?」


「……離してくれ。もうお前とは友達ではいられないんだ」


 スバルの方を見ないようにしながら、冷たく言い放つ。スバルの手が解けた。

 やっと諦めてくれたか。悲しいけどこれでいいーー。


「ごめんなさい」


 なぜか頭を下げるスバル。


「ボクが1人ではしゃいだから、怒ったんでしょ。色んなものが変わっちゃたから、トシは不安な気持ちになっちゃったんだよね。無神経で本当にごめん」


「スバルが謝る必要はない。これは俺の問題なんだ」


「僕たちの問題だろ! 昔、何があってもずっと友達だって約束したよね?」


「そ、それは」


 あの約束、スバルも覚えていてくれたのか。

 心が大きく揺らぎ、俺は思わず言い淀む。

 するとスバルは砂浜に響き渡る程の大声で、


「ボクはトシが好きだ! 10年前からそれは変わらないよ。これからもずっと、ずーっと友達でいたい」


 驚いて、スバルの顔を見る。

 目に一杯涙をためて今にも泣き出しそうな表情の彼女は、間違いなく俺の知ってるスバルだった。


 スバルは変わってなんかいなかった。10年前と同じ友達思いの優しい奴、それなのに俺はうわべにばかり気を取られてーー。


「ごめんなさい! 俺どうかしてましたあぁぁ」


 頭を砂に突き刺す勢いで土下座する。もう自分に嘘をつくことはできなかった。


「俺も本当はスバルと友達でいたい。スバルのこと……そ、その、す、好きだからあああぁぁ」


 恥ずかしい台詞に赤面する。でもこれが俺の純度100パーセントの本音だ!

 しかしあれほど酷い事をした後だ。果たしてスバルは許してくれるだろうか?


「トシ、頭をあげて」


 恐る恐る顔を上げると、そこには満面の笑顔のスバルがいた。


「これでおあいこ、この件は終わりだよ。改めてよろしく、トシ」


 スバルが差し出した手を強く握り返す。

 これは俺の決意表明だ。どんなことがあってもスバルと友達でいよう。そのためにはどんな努力も厭わない。

 握った右手はかなり熱いが、もう溶けることはないだろう。


「えへへ、これで仲直りだね」


「そうだな。……んん?」


 俺を探すために走り回ったせいか、スバルは全身汗だくだった。白のTシャツは汗で張り付き……な、なんとブラジャーが透けて見えるではないか!!


「そういえばまだ聞いてなかったんだけど、トシはいつまで竜宮町にいるの? どこに泊まる予定? もし暇だったら明日一緒に遊ぼうよ」


 スバルの口から矢継ぎ早に発せられる質問、しかし俺の耳には一切届いていない。薄ピンクのレースに釘付けで。


 なんのことはない、1番変わっていたのは俺自身だったというオチだ。


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