第19話 相合傘は危険な匂い
その日は俺の心の中を映し出したように、朝から大雨だった。
「はぁ〜」
玄関のドアを眺めながら、俺は大きなため息を吐く。もう5分もしたら、スバルが家を訪ねてくる。大好きな親友のはずなのになぜ憂鬱になるのか。
『あなたは亀山スバルのことを恋愛的な意味で好きですか?』
頭の中でクラスメイトの宇佐美さんのセリフがこだまする。それは今まで考えたことのない、いや、避けていたことだ。結局俺はその質問に『いいえ』と答えた。……答えたはずなんだけど、なにかしっくりこないというかーー。
あー、ともかく頭の中がぐちゃぐちゃなんだ。こんなんで、果たして俺はスバルの親友でいられるのだろうか?
すごく不安だ。俺は生まれて初めて親友に会いたくないと感じた。
ピンポーン
しかし玄関チャイムは、定刻通りに鳴り響く。スバルを待たせるのも申し訳ない。仕方ないから出るか。
俺は大きく深呼吸すると、ドアノブを勢いよく回した。
「おっはよー」
スバルはいつもと寸分違わぬ、ひまわりみたいな笑顔を浮かべていた。そう、いつもと同じ。なのになぜか、まっすぐ顔を見れず視線を逸らす。……やっぱり変だ。
しかしスバルには気付かれたくない。俺は自分ができる一番の笑顔を貼り付けると、元気に挨拶をした。
「おはよう。スバルは朝から元気だな」
「まあね〜それしか取り柄ないからね」
どうやらスバルには気付かれなかったようだ。
それから俺たちはいつものように並んで通学路を歩き始めた。傘があるせいで、2人の距離はいつもより遠い。いつもなら寂しく思うのに、今日はなんだか安心していて。
「それでさぁ、数学の平塚先生がズラらしいんだよ」
「言われてみれば平塚先生の頭、少しもっこりしているかも……。もー、次から気になってジロジロ見ちゃうじゃないかぁ! 怒られたらトシのせいだぞ!」
「ははは、ざまぁ」
スバルとも普通に話せている。よかった。このまま学校まで乗り切ろうーー。そう思った瞬間だった。
「キャッ!」
突風が吹き、スバルの傘が裏返ってしまった。
「あー、きのこになっちゃった」
「大丈夫か?」
「駄目〜。フレームが完全に折れちゃった」
「どうしよう。近くにコンビニとかもないよな」
「そんなわざわざ買う必要なんてないよ。代わりの傘ならそこにあるじゃないか!」
俺はあたりを見回す。しかし、ここは住宅街。傘どころか雨宿りできる場所さえ見当たらない。
「どこにもないじゃないか!」
「トシは馬鹿だなぁ。トシが持っているそれはなんだよ」
「えっ、まさか……」
そのまさかだった。
俺の傘に、スバルが無理矢理入ってきたではないか!
「うわっ」
「うわっ、とは何だよ。ボクと一緒の傘に入るのが不満なの?」
「そ、そういうわけじゃないけど」
「それならもっとつめてよ、ボクが濡れちゃうじゃないか」
スバルとの距離がぐっと近づいた。シャンプーのよい香りが鼻孔をくすぐり、肩と肩がぶつかる。
ヤバイ、なんかドキドキしてきた!
俺はなるべくスバルの方を見ないようにしながら、歩き始めた。
「なんだか懐かしいねえ。昔もこういうことがあったよね」
「……」
「トシ、聞いてる?」
「あ、ああ。聞いてるよ。そういえばあったよな」
「よかった〜。覚えていてくれたんだ。あの時は確か、ボクが傘を忘れたんだよね。ボクが困っていたらトシが傘に入れてくれて、嬉しかったなぁ」
ーー脳裏にあの時の記憶が蘇る。
黄色い傘に、幼い俺とスバル。
水しぶきをじゃぶじゃぶ上げながら楽しく歩いていたっけ。
そう、楽しかった。
なのに今はどうだ?
同じ状況のはずなのに、なぜ俺の心臓はこんなにもドキドキしているんだーー?
「トシ! ちょっと待ってよ! 歩くの早いよ」
「ご、ごめん」
「もう! 気をつけてよね」
「なあ、やっぱりコンビニ寄らないか?」
「え〜、いいよぉ。お金もったいないし、それに学校はもう近くだよ」
スバルの言う通り、いつの間にか学校近くまで来ていた。通学路には同じ学校の生徒たちがあふれている。
「うわっ、相合傘してる〜」
「朝から見せつけるなぁ」
俺たちの姿を見て、生徒たちが口々に言う。その言葉は、刃のように鋭く、心臓を切り裂いてーー。
「うわあああ!」
「トシ、どうしたの!」
気がつくと俺は、傘を放り出し走り出していた。全身を打つ雨が妙に心地いい。
こうして俺はスバルから逃げ出したのだ。




