第17話 朝起こすイベント的な
おれは広場に立っていた。
広場にはぶらんこや滑り台といった遊具が設置されており、たくさんの子供たちが遊んでいる。おれと同い年くらいだから、5歳くらいか。
あ、そうか。ここは保育園の園庭だ。おれは今日この保育園に転園してきて、今は外遊びの時間。遊ぶともだちもいないおれは一人立ち尽くしているんだっけ。
みんな楽しそうだな。
おれもみんなと遊びたい。
おれも『ともだち』が欲しい。
……そうだ、勇気を出して話しかけてみよう。
おれは園庭を見回した。滑り台で、5人の男の子たちがヒーローごっこをして遊んでいる。とても楽しそうだ。よし、あの子たちに話しかけよう。
おれは男の子たちに近付くと、大きな声で言った。
「あーそーぼ」
男の子たちは振り向いて、おれの頭から足先までジロジロ眺める。それから彼らは、こしょこしょと内緒話を始めた。
ダメかな?
不安になり始めた頃、1番背の高い男の子、おそらくリーダー格が口を開く。
「いーいーよ」
おれはほっと一安心する。これでもうひとりぼっちじゃない。
その時、不意にひとりの男の子が目に入った。砂場でひとりぼっちで山を作っている。その横顔はどこか寂し気でーー。
「ねえ、あの子とは一緒に遊ばないの」
おれが尋ねると、男の子たちは意地悪そうに笑った。
「遊ばないよ」
「うん、遊ばない」
「だってアイツ、●●●だもん」
肝心な部分がよく聞こえなかったが、何やら問題のある子らしい。そんな悪い子には見えないけどな。
その後、男の子グループと一緒に遊ぶが、どうしてもひとりぼっちのあの子のことが気になり集中できない。
ーーあの子とともだちになりたい。
その感情はどんどん増していき、ついに俺はグループの輪から外れた。男の子に近付くと、
「あーそーぼ」
男の子は顔をゆっくり上げた。綺麗に切り揃えられたショートヘアーに、こんがり焼かれた小麦色の肌。ぱっちり大きな目は、これ以上ないくらい見開かれていてーー。
「それ、ボクに言ってるの?」
「うん」
「でもボク●●●だよ? それでもいいの?」
また肝心なことが聞こえなかった。しかしおれにとって、どんな問題も些細なことに感じられた。今までの人生、といってもたった5年の間だけれど、こんなに友達になりたいと思った子は初めてだったから。
おれは手を出すと、
「俺の名前は浦島俊明」
男の子は口をポカンと開けて俺の手を見つめていたが、しばらくするとようやく決心したのか、手を握り返した。
「ボクの名前は亀山スバル。今日からボクたちは友達だね」
◇
ジリリリリ……
携帯のアラームが鳴り、俺は瞼を開けた。目を開けると、見慣れた自室の天井があった。カーテンの隙間からは朝日が漏れている。
どうやら夢を見ていたらしい。それも懐かしい、スバルと出会った頃の夢だ。あれから10年か。長かったような短かったような。
……しかし、眠い。このまま二度寝すれば確実に遅刻。だが激しい睡魔に勝てそうになかった。
アラームを消すと、再び目を閉じる。段々と意識が遠くなりーー
……
「トシ、朝だよ。起きて」
……なんだ? うるさいなぁ。
「ねえ、起きてよ。遅刻しちゃうよ。ねえねえ」
激しく揺り動かされる。しかし睡魔の方がいささか優勢で、俺は瞼も開けずにごろんと寝返りをうつだけだ。
「むー、これならどうだ!」
急に寒くなった。どうやら掛け布団を剥がされたらしい。
しかし今は5月、我慢できない寒さではない。このまま寝ようーー。
「これでもまだ起きないか! それならボクにも考えがあるぞ」
何か重いモノが俺の腹の上に乗っかった。ほんのり温かくてそれでいて柔らかいこの感触、どこか身に覚えがあるような。
ーーまさか!
「おっはよーっ! ようやく起きたね」
瞼を開けると、満面の笑みを浮かべるスバルがいた。彼女は俺の腹の上に馬乗りになり、俺を見下ろしているではないか。
スバルのお尻とふともも、両方の感触が布一枚隔ててダイレクトに伝わってくる。
「ス、スバ、スバ、スバル! なにをしてるんだっ」
「何って、トシが起きないから起こしてあげてるんじゃん」
「だからってこれは……ちょっとやりすぎだろ」
「トシが起きないのが悪いんでしょーーっ。ボクがどれだけ苦労したか分かってるの? ばかぁ」
怒ったスバルが暴れ始めた。激しい上下運動、動く度にぷるんぷるんと揺れるおっぱい。
下半身に血液が集中していくのが分かる。ヤバイ、このままだと起きてはいけない部分まで起きちゃうよ!
「わ、わかった! 俺が悪かったからっ! 動くな! 早く降りてくれ」
「そうだよ。反省してよね」
ようやくスバルが俺の身体から退いた。
ふう、なんとか堪えられた。
スバルは不機嫌そうに口を尖らすと、
「全くトシの寝坊癖は10年前から変わらないね」
「すまん……。迷惑かけちまったな」
「いーよ。ボクたち親友だろ」
「スバル……」
なんていい親友を持ったのだろう。俺は目頭が熱くなるのを感じた。
……ん?
ふと自分の格好を見る。
Tシャツにトランクス一丁。しかも髪は寝癖でボサボサ、顎には無精髭がポツポツと生えていてーー。
今度は全身が熱くなるのを感じた。こんな酷い格好をスバルに見られるなんて!
「スバッ、スバル! 着替えるから出てってくれっ」
「えー、なんだよ急に。別にボクがいても大丈夫だろ?」
「大丈夫じゃないっ」
「ちえー、わかったよ」
玄関から出て行こうとするスバル。その時、素朴な疑問が頭をよぎる。
「スバル、ちょっと待ってくれ」
「なんだよ、出て行ってくれって言ったと思ったら、今度は待てって?」
「大切なことなんだよ! なあスバル、どうやって家に入ってきたんだ?」
俺はワンルームアパートに一人暮らしである。つまり俺が招かなければ家に入れないはずだ。もしや鍵をかけ忘れた? 昨夜戸締りはしっかりしたはずだが。
「トシ、忘れちゃったの? ほら、これだよ」
スバルはポケットから鍵を取り出した。なにやら見覚えがある。この形状ーーもしや!?
「なんでスバルが俺の部屋の鍵を持っているんだよ!」
「なんでって、トシがくれたんじゃないか。いつも遅刻して悪いから、今度起きていなかったら部屋入っていいって」
そういえば、前回遅刻した時に合鍵を渡したんだった。
軽い気持ちで渡したんだが、この状況ヤバくないか? 起こし方は過激だし、だらしない姿は見られちゃうしーー
「なあスバル」
「鍵なら返さないよ」
「えっ」
「トシがちゃんと起きられるようになるまで返しませーん。じゃっ、外で待っているからね」
バタン、と玄関の扉が閉じられた。この状況が示すことはひとつーー俺のプライベートが完全に死んだ、ということだ。
幼い頃の俺よ、友達はもう少し慎重に選ぶべきだぞ。




