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第11話 変化する思い

 日曜日。俺は駅前にあるヒラメ像の前に立っていた。

 ヒラメ像は待ち合わせスポットで、大勢の人達が群れている。これからデートに興じるつもりなのだろう、大半が若い男女だ。

 いつもなら舌打ちのひとつでもするところだが、今日は違う。なんたって俺もこちら側の人間になったのだからな!


「おーい、トシ! 」


 声の方向に視線を向けると、スバルがこちらに向かって駆けてくる。大きなおっぱいをゆっさゆっさと揺らし、広場中の男子の視線を独り占めだ!


「遅れてごめんね」


「いや、俺も今来たところだから」


 と、言いつつスバルの姿を盗み見る。

 今日はホワイトのVネックにデニムのショートパンツか。しかも白いニーハイを履いている。デニムとニーハイの間の、小麦色の絶対領域は見るもの全てを魅了する。かく言うこの俺もーー。


「……シ、トシ!」


「はっ! 」


 スバルの声で我に返る。


「何ボーっとしているんだよ! 街を案内して欲しいって言ったのはトシだろ」


「ご、ごめん」


「せっかくの日曜日が台無しだよ、全く」


 プイ、と横を向いてしまうスバル。俺は急に不安になり、


「もしかして迷惑だったか?」


「ウッソー!」


 再びこちらを向いたスバルの顔は満面の笑顔だった。


「本当はボク今日のこと、とーっても、とーっても、楽しみにしてたんだ!」


「騙したなぁ、このぉ」


「えへへ。だってトシなんかお腹下したカピパラみたいな顔しているんだもん」


「下してねーし、カピパラでもねーよ」


「でも元気そうでよかった。今日は結構歩く予定だからね」


「俺あんまり体力ないからなー。お手柔らかに頼む」


「ダメダメ! 今日中にこの竜宮町全部を見て回るんだから! さ、早く行こう」


 スバルが俺の腕を掴んで歩き出す。肘に当たる柔らかな感触に思わずにやけてしまう俺。


「どうしたの、トシ? なんかニヤニヤ笑っちゃって」


「い、いや何でもない。それより手を組むのは……」


「知り合いは誰もいないよ。だからいいでしょ」


「仕方ないな。今日は特別だぞ」


「やったー!」


 スバルが笑う。近距離で見るスバルの笑顔は、まるで天使のように可愛らしくて。いくら表情筋を引き締めてもすぐに頰が緩んでしまうではないか!


 そんな俺たちの様子を見て、周囲の男性陣は舌打ちをする。

 知らない人から見たら、俺たち付き合っているように見えちゃうのかな? かぁーっ、ただの親友同士なのに辛いわぁ。かぁーっ。


「なあスバル、どこへ連れていってくれるんだ?」


「着いてからのお楽しみだよ」


 映画見たりショッピングしたり、デートっぽいことをするのだろうか?

 なんだか急にワクワクしてきたぞ。


 ◇



「あのー、スバルさん」


「なあに?」


「なんで病院に来ているんですかね?」


 俺たちの目の前には、真っ白な外壁が特徴的な大きな建物ーー市立病院があった。


「だって病気になった時、病院の場所がわからないと大変でしょ?」


「そうだけど」


 なんか想像していたのと違う。だって病院って怪我人が集まる場所じゃないか。個人的には、もっとこう、若者が集う健康的な場所が良かったんだけど。


「この病院はすごいんだよ。内科はもちろん、外科耳鼻科皮膚科に眼科。具合が悪くなったらとりあえずここに来れば安心なんだから」


「へ、へえ、そうなんだ」


「中も案内してあげたいんだけど、病院だしね。じゃあ次行こうか、トシ」


「次はどこへ行くんだ?」


「市役所だよ」


「……シヤクショってまさか、戸籍とか住民票とかの手続きをする場合か」


「そうだよ〜、それ以外ないじゃん」


 ニコニコ顔のスバルに対し、俺はがっくり力が抜けた。

 そうだよな、町案内って言ったら病院とか市役所とか公的機関をまず紹介するよな。


 俺、何一人で浮かれていたんだろう。急に恥ずかしくなってきた。


「どうしたの、トシ。何か元気ないみたいだけど。病院行く? ちょうど目の前にあるし」


 スバルが心配そうに俺の顔を覗きこむ。顔の距離が近くて、心臓が大きく脈打った。


「ぜっ、全然元気だよ! さあ次行こうか」


「そう? 元気ならいいんだけど」


 スバルはイマイチ納得がいかないという表情をしながらも、歩き出した。俺もその後を追いかける。


 あ、危なかった……。スバルったら急に接近してくるんだもんな。


 でもーー。

 スバルは俺のことを心の底から大切に思ってくれているんだな。病院を最初に連れて来てくれたのも、俺を思えばこそなんだ。


 そう思ったら急に心がポカポカと温かくなってきた。

 せっかくスバルが案内してくれるんだ、今日はたくさん楽しむぞ!



 ◇



 それから市役所や図書館、スーパーマーケットなど、暮らしに役立ちそうな場所を中心に案内してもらった。どこも面白い場所ではなかったのだけど、スバルと一緒だととても楽しかった。


 楽しかったのだけどーー。


「なんか寂しいなぁ」


 俺たちは住宅街を歩いていた。日はすっかり傾いて、町はすっかりオレンジ色に染まっている。


「急にどうしたんだよ」


「だって10年前から何もかもが変わっちゃっててさ。分かっていたつもりだったんだけど、目の当たりにすると、やっぱり寂しいって言うか」


「変わらないものならあるだろ?」


「え、何?」


「ボク達の友情だよ」


 と、ドヤ顔で語るスバル。俺は思わず吹き出した。


「あーっ、いいこと言ったのになんで笑うんだよ」


「ぷぷっ、ごめんごめん。そうだよな、俺達の友情は変わらないよな」


「むー、馬鹿にしてぇ。なんだよぉ〜」


 スバルは不機嫌そうに唇を尖らせる。その様子を見て俺は益々笑いが止まらない。


「あー、もうっ! 笑うならこうだぁ」


「げふっ!」


 スバルが体当たりが綺麗に鳩尾に入った。

 そのまま俺はスバルに押し倒される形で転んでしまった。

 顔が近い。その距離はあと数センチ顔を動かせばキスができてしまうくらいだった。スバルの唇、ツヤツヤしてまるで洗いたてのさくらんぼみたいだーー。

 しかしスバルは全く気にしていない様子で、


「ほら見ろ!ボクを馬鹿にするからだぞ」


「あ、ああ。悪かったよ。悪かったから早くどいてくれ」


「よし、特別に許してやろう」


 そこでようやく、スバルは俺の上から退いた。それから空を見上げると、


「もうすっかり暗くなってきたね〜。そろそろ帰らなくちゃ」


「……ああ」


「じゃあね、トシ! また明日」


 俺が『またな』と言うのを待たず、スバルは走り出した。段々と小さくなっていくスバルの後姿を見送りながら、俺は考える。


 本当に変わらないものがこの世の中に存在するのだろうか、と。


 盛者必衰、と言う言葉がある通りどんな強いものもいつかは衰え滅びると言われる。それは物であっても思いであっても同じだ。


 現に俺の、スバルへの感情が大きく変化してきているではないかーー。


 ーーはっ!

 今俺なに考えてた?


 頰を引っ叩き、変な思考を追い払う。

 よし、明日からも今まで通りスバルとは親友だ!

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