第10話 ストライプ・パニック
俺は緊張していた。
今にも口から飛び出すんじゃないかと思うくらい、心臓は早鐘を打っていて。
まさか、こんなに早く、チャンスが訪れるなんて!
「トシ、どうしたんだよ。早く入ってこいよ〜」
スバルが手招きしている。
いつまでも廊下で突っ立っているわけにもいかない。俺は深呼吸をして、気持ちを落ち着けると、
「おじゃまします」
ーーついにスバルの部屋に足を踏み入れた!
え、緊張し過ぎ? 仕方ないだろ、女の子の部屋に入るのなんて生まれて初めてなんだから!
なぜスバルの部屋へ訪れることになったかと言うと、彼女に勉強を教えるためだ。なんでも地理のミニテストで赤点を取って、追試を受けなくてはいけないらしい。
スバルの部屋は四畳半ほどの、狭い部屋だった。日本家屋らしく床は畳で、家具は小さな洋服箪笥とベッド、そして学習机。俺と勉強するために出してきたのだろう、部屋の中央にはちゃぶ台が置かれていた。
「さ、トシはそこに座って」
「おう」
スバルに促され、ちゃぶ台の前に置かれた座布団の上に座る。
「じゃあ飲み物とお菓子持ってくるから、待っててね」
「いや、いいよ。おかまいなく」
「だーめ。せめてものお礼なんだから」
スバルは部屋から出て行ってしまった。
1人残された俺は改めて部屋を見回す。女の子の部屋といったらピンクとかフリフリを想像したのだが、結構地味だ。女の子らしいアイテムといったら、ベッドの上に置かれたクマのぬいぐるみくらいか。
と、座布団の下に何か挟まっているのを見つける。なんだこれ? 引き出してみると、布がくしゃくしゃに丸められていた。ハンカチかな?
しかし広げてみて驚いた。な、なんと、パン、パンツではないか! しかも白と青のストライプ柄! スバルってこういうのを履いているのか。日焼け肌には白と青はさぞかし映えるだろう、って想像するな! それよりこのパンツをなんとかせねば。
「おまたせ〜」
スバルが戻ってきてしまった! 慌てた俺は、ズボンのポケットにパンツを入れた。
って、隠してどーする!
「飲み物はアイスティーでいい?」
「お、おう。ありがとう」
「お菓子はね、チョコパイだよ! トシ好きだったよね」
覚えていてくれたのか……。自然と頰が緩む。
「ああ、チョコパンツ大好きだ」
「えっ」
スバルが驚いたように目を見開く。しまった、つい。
「あ、あはは。間違えた。チョコパイだよな、チョコパイ。いただきまーす。うん、うまい。やっぱりチョコパイは最高だな」
誤魔化すようにチョコパイに喰らいつく。あんなに好きなチョコパイなのに今は何の味も感じなくてーー。
「まだまだあるからたくさん食べてね!」
しかしスバルは笑顔だ。どうやら誤魔化せたらしい。これからは気をつけないとな。
それから俺たちは教科書を広げ、勉強を始めた。
しかしながら全く身が入らない。当然だ。だって俺のポケットにはスバルの縞パンが入っているのだから。
もしバレたらどうなるのだろうか。やはり嫌われてしまうよな。それだけは避けたい。うーむ、上手いこと元の場所に戻せないだろうか。
そっとスバルを盗み見る。向かいに座っているスバルは、問題集を真剣な表情で見ている。
よし今がチャンスだ。俺はポケットに手を入れたーー。
「ねえ、トシ」
「ファッ!」
突然話しかけられ、俺は奇声をあげる。
「わっ、どうしたの」
「な、なんでもない。それより何か用か?」
「あのね、分からないところがあって。教えてくれる?」
「ああ、いいぞ。どんな問題だ?」
「えーとね、『ペルム紀から三畳紀にかけて存在した超大陸の名前はなんでしょう?』」
「なんだ簡単じゃないか。パンツ大陸だよ。パンツ大陸」
「え……?」
怪訝な顔をするスバル。
またまたやっちまった。俺は慌てて、
「なーんちゃって! 正解はパンゲア大陸でしたぁー」
「あはは、なんだ冗談か。びっくりしたなぁ、もう」
かなり苦しいがなんとかなったようだ。しかしもうミスは許されない。なんとかしないとーー。そうだ!
「ちょっとトイレ借りていいか?」
「うん。廊下出て右曲がったところだよ」
トイレで頭を冷やして、どうするか考えよう。
しかし立ち上がろうとした瞬間ーー。
ぽとり。
「あ」
ポケットからパンツがこぼれ落ちた。しかも間の悪いことに、スバルに拾われてしまった。
「なんか落ちたよ……って、これは!」
はい、終わりました。
きっと次の瞬間には、蔑みの視線と罵倒の言葉を頂戴することだろうーー。
しかしスバルの口から飛び出したのは、予想外のセリフだった。
「トシが見つけてくれたんだね〜、ありがとう!」
「えっ、怒らないのか?」
「なんで? トシは悪いことしてないじゃん」
「あっ、うん……」
あれ、おかしいな。
だってパンツだぞ。もう少し動揺してもいいと思うのに。
スバルは満面の笑みで、
「ずっと探してたんだ〜。チャッピーの帽子!」
「ぼ、帽子?」
「うん。チャッピーっていうのはね、このぬいぐるみのことで。昨日洗濯したんだけど、無くしちゃったんだよね」
チャッピーの頭にパンツ、もとい帽子を被せるスバル。2つの穴は、クマの耳を通すものだったのかーー。
俺は失望と安心により、ちゃぶ台に突っ伏したのだった。




