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第1話 再会、そしておっぱい


 それは5歳の夏、蝉の鳴き声が一際うるさい日のことだった。


「い、嫌だあぁぁ! ひ、引っ越したくないよおぉぉ」


 おれ、浦島 俊明(うらしま としあき)は泣いていた。泣きすぎて顔はぐしゃぐしゃ、声もすっかりガラガラだ。


「うぅ、ボクだってトシと離れ離れになるのは嫌だよぉ、ぐすっ」

 

 おれに負けないくらい大きな声で泣いている、この男の子は亀山(かめやま)スバル。同い年のおれの友達。

 勘違いしないで欲しいのだが普段のスバルはとても強い男だ。転んでも泣かないし、歯医者さんも嫌がらない。泣き顔を見るのは今日がはじめてだった。


「い、いやだあぁぁ、スバルとはなれたくないよぉーー!!」


「ぼ、ぼくだってぇーー!!」


 引っ越しで離れ離れになるのが、悲しくて。

 蝉の鳴き声を打ち消すくらい、俺たちの泣き声は大きかった。


「ほらトシ君、もう出発の時間よ。寂しいのはわかるけどお友達にさよならしなさい」


 ママが呼んでいる。もう時間だ。おれはスバルから離れると、


「おれはもう行かなくちゃいけない。でもこれだけは覚えていてくれ。おれとスバルはずっと友達だ」


 スバルは涙を拭いながら、


「ずっとって、どれくらい?」


「ずっとはずっと。100年よりもっとたくさん」


「でも遠く行っちゃうんだよね」


「アメリカより遠くに行っても変わらない。どんなことがあってもおれたちは友達だ」


「それでも会えないのは寂しいよ」


「大丈夫。おれは必ず戻って来るから」


「……わかった。約束だよ」


 おれたちはゆびきりげんまんをする。また会える日を夢見てーー。


 しかしこの時の『おれ』はまだ知らなかった。

 時間の経過というものが残酷だということに。

 そしてこの約束が、後々自分を大いに苦しめるということに。



 ◇



 電車から降りた瞬間、冷たい潮風が胸の中に吹き込んできた。


「この匂い、懐かしいなぁ」


 そう呟くと、俺は軽く背伸びをする。長い時間座っていたせいか、首や腰の骨がポキポキと鳴る。見上げる青空には、カモメが優雅に飛んでいた。

 

 あれから10年の時が経ち、現在15歳の4月。ついに俺はスバルの住む海沿いの町、『竜宮町』に舞い戻って来た。


 俺の父は転勤族だ。一ヶ所の土地に留まるのは長くて2年、全国各地を転々としてきた。

 そんな俺も今年から高校生。高校くらい一箇所に通った方がいいだろうという両親の判断により、一人暮らしをすることになった。そして選んだ場所がこの竜宮町だったというわけ。

 学力に合う高校が近くにあるという理由もあるが、やはり大部分はスバルのためだ。転校続きでクラスに馴染めず友達もロクにできなかった俺にとって、スバルと過ごした日々だけがキラキラと輝く大切な思い出だ。


 しかし引っ越して以来、スバルとは全く連絡を取っていない。いや取れなかったというのが正確か。SNSは今のように発達していなかったし、何より俺たちは字も書けない五歳児。連絡手段というものが全くなかったわけだ。

 だけど俺は確信している。時間なんて問題ないくらい、俺たちの友情は堅固であると。


「アイツ、元気かな」


 ポケットから1枚の写真を取り出す。俺とスバルのツーショット写真、何千いや何万回と眺めていたせいかすっかり擦り切れてボロボロで。

 しかしスバルの笑顔は10年前から全く色褪せていない。日焼けした小麦色の肌に、真っ白な歯が眩しい。


 しかし改めて見るとスバルはなかなか整った顔立ちをしているなぁ。目はぱっちり大きいし、鼻筋も通っているし。隣でぬぼーっと突っ立っている、カピバラ似の俺とはえらい違いだ。

 身長も高かったし、さぞかしイケメンに育っているに違いない。うーむ、気になる!


 スバルのことを考えれば考えるほど会いたい気持ちが大きくなる。

 自分が住むアパートより先に、スバルの家に向かうことにした。10年ぶりだが何も問題ない。この町のことはスバルの思い出とともに、海馬にしっかり焼き付いている。先週の夕飯の献立よりも鮮明に思い出せるぞ!


 しかし改札から一歩出た瞬間、自信は木っ端微塵に砕け散った。

 目の前に広がっているのは背の高いビル群。お洒落なショップが詰まった商業ビルや大型家電量販店、そして映画館。

 人通りも多い。しかも10代から20代の若者ばかりだ。


 おかしい。竜宮町は過疎化が進んだ漁師町だったはずだ。

 駅前にはシャッター商店街、見かける人間はお年寄りばかりだったのに。

 降りた駅を間違えたかと思い、駅名を確認してみる。何度見ても『竜宮町駅』と書かれていた。


 ……うん、考えてみたらあれから10年経ってるもんな。少しくらい変わっていてもおかしくない。それに賑わっているのは駅周辺だけで、一歩郊外へ出れば昔の風景がーーって、なんじゃこりゃあ!


 なんていうことでしょう。古い日本家屋が無秩序にひしめき合う昭和の町が、お洒落なデザイナーズ物件立ち並ぶ新興住宅地に生まれ変わりました、ってか!

 劇的ビフォーアフターすぎるだろ!! 匠頑張り過ぎだ!!


 しかし困った。ここまで変わっていると、スバルの家どころか自分の居場所さえもよく分からない。


 せめて目印になる場所があればと思い、周囲を散策する。

 しかしスバルと通った保育園も、

 スバルと遊んだ公園も、

 スバルと買い食いした駄菓子屋も、

 思い出の全てが見つからない。そして不安だけが大きくなっていく。


 ひょっとして、スバルも変わっているんじゃないか?

 活発な性格だったから友達はたくさんいるだろう。イケメンだから彼女がいてもおかしくない。

 10年も昔のことを引きずってるの〜? なんて嘲けられるかもしない。いや、それならまだマシだ。俺の存在自体を忘れている可能性だって……。


 それは生まれてから一度も感じたことのないような恐怖だった。

 寒くもないのに全身がブルブルと震え、心臓が早鐘を打ち始める。


「トシ?」


 突然、誰かに呼ばれた。声変わりしていないような、少し高めの少年声。脳内に電流が走り、シナプスとシナプスが繋がった。

 この声、知ってる。

 それに俺のことを『トシ』と呼ぶ人物はこの世でたった1人だけ。


 俺はゆっくりと振り返る。


 こんがり焼かれた健康的な小麦色の肌。

 風にたなびく黒髪ショートヘアー。

 見開かれた大きな瞳は俺をじっと見つめていてーー。


 一目見た瞬間に、スバルだとわかった。しかし喜びと衝撃で石化したみたいに動けない。


「やっぱりトシだあぁぁ! 会いたかったよおおぉぉ!!」


 スバルは一足先に魔法が解けたようで、大声で叫びながら俺に抱きついてきた。そのまま俺の胸にグリグリ頭を擦りつけながら、


「トシ! トシ! トシいぃぃ!」


「あ、あつっ、熱い! 嬉しいのは分かったからもうやめてくれ。摩擦熱、摩擦熱!」


「えへへ、嬉しくてつい。ごめん」


 ようやくスバルから解放された。やれやれ、スキンシップが激しいのは直ってないのか。幼い頃はまだよかったけど、今やったら確実にアッー!! だと思われてしまうぞ。


「しかし後ろ姿だけでよく俺だってわかったな」


「だって10年前とあんまり変わってないから。相変わらずカピバラに似ているし」


「カピバラ言うな! 結構気にしてるんだからな。まあ顔は仕方ないとして他はめちゃくちゃ変わってるから。ほら身長はかなり伸びだろ?」


「身長だけじゃん。でもちょっと羨ましいかも。ボク、身長全然伸びなかったからさぁ」


 スバルの背は俺の肩くらいまでしかなかった。俺が170センチだからだいたい150センチくらいか。


「しかし意外だ。幼稚園ではクラスで1番身長が高かったのに」


「ボクだって努力したんだよ! たくさん食べてたくさん寝て! でも全然大きくならなかったんだ」


 俺の眼下で騒ぐスバル。

 見上げていた相手を見下ろすなんてなんか変な感じ……ん?

 スバルの身体に違和感を感じた。まさか、これって。


「どうしたの?」


 不思議そうに首をかしげるスバル。その胸に実った大きな果実が2つ、たゆんと揺れる。

 俺は叫んだ。


「お前、女だったのか!」

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