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第六話 嫌い

 嫌いなのは、

 嫌いなのは、

 嫌いなのは、







            【嫌い】





 ずっと押し隠している、気持ちが、ある。





 旅は緩やかなものになった。

 次々と襲い来る魔獣は非常に厄介ではあったが、リマが護法を心得ていたのでそれもどうにかなった。

「ごほう、って何?」

 リマの肩に座りながら、ユマが問いかけるとリマは杖を天へと向けながら答えた。

「守護魔法の略よ。光のある場所なら効果的ね。自然のものがもっとも好ましいと言われているわ。太陽女神と月神の加護によって、災いから人を遠ざけるの」

「へえ」

「おい」

 目の前には大きな岩が立ちふさがっていて、それを苦もなくシークが登りきったところだった。

「あら」

「手ぇ貸せ、ほら」

 リマがぱちぱちと瞬きを繰り返していると、再度、ほら、とシークが手を差し出す。

「え?」

 驚いて少し間の抜けた声をリマが出すと、ばつが悪そうな顔をしてシークは若干手を引っ込めた。

「んだよ。手助けはいらねぇか?」

「う、ううんっ! ありがとう、シーク」

 心からの笑みを浮かべて、リマはシークの手を掴む。

 その柔らかい、華奢な指先に、シークは心底戸惑った。

 けれど、その戸惑いは胸の内にひた隠して、リマの身体を引き上げる。

「お前、重い」

「しっつれいねぇ! そんなことないわよっ」

 調子が出てきたのか、軽口が口をついて出て、リマがそれに当然のように怒って答えたのでシークは少し笑った。

 こんな気持ちになったのは、久しぶりだった。





 シークは、物心ついた時にはすでに里の長に預けられていた。

 【里】というのは、どこかの村を指し示すものではない。

 後で聞いたところによると、特殊な力を持った子どもを、その力を制御する術を覚えるまで預かる場所のことを言うのだそうだ。

 シークは炎の力を持っていた。

 赤い髪と浅黒い肌故に、緋焔女神の末裔すえではないかといわれた。

 生まれついた時にはすでに炎を操る術を心得ていたらしく、それを危惧した父母に預けられたのだという。

 神官と認可されていない人間の違いはそこだ。

 神官は力を操る術を心得ているのは当たり前だが、それをより効率的に使うため、そして制御するための呪文を授けられる。

 対して認可されていない人間は力を操ることは出来ても、呪文は使えない。

 その違いは、正に力の差でもあった。

 シークが並外れた力を持っていることを知った長は、早々に中央神殿の認可を受けるべく、旅に出た。

 旅の最中にはさまざまなものを見た。

 さまざまなものに触れ合い、そして、リマに出会った。

 夢のようだったと、今更に思う。

 彼女の聖地巡礼の旅に同行した2年間は瞬く間に過ぎた。

 そして、シークは神官の認可を受け、里へと戻ったのだ。





 いらない子どもだと思っていた。

 父母からも見放された。





 神官の認可を受けた後、それでも、シークの父母からは一切の連絡がなかった。

 シークは、2年待った。

 それでも、それでも、2年待ち続けた。

 けれど一向に連絡がないことを見て取ると、そのまま、里を飛び出したのだ。

 後はお決まりのパターンで、冒険者となり、傭兵となって身を立てて今に至る。

 ずっとぴりぴりと緊張の糸を張りつめ続けて生きてきた。

 ただあの、2年間の思い出だけを支えにして。





「シーク」

「ん?」

 物思いに耽ってしまったシークの名を、リマが呼んだ。

「そろそろ、日が暮れるわ。陣を張って休まない?」

「……ああ、そうだな」

 身を隠すのに適当な場所を探すと、リマがその周りにひとつひとつ、陣の一部と成り得る聖石のかけらを置いてゆく。

 聖石とは、神殿にて聖別された石のことを言う。宝石などでなくともかまわないが、強い力を秘めるのは透明の石と言われていた。故に水晶や、玻璃、果ては金剛石に至るまでが利用されていた。

 リマが持っていたのは、水晶だった。きらきらと輝くそれを、定められた場所へと配置する。

 その中央へと戻ってきて、リマは杖を振りかぶり突き立てると聖句を口にした。

「護法結界、発動!!!」

 きん、と甲高い音がして、杖から放射状に魔法陣が描かれてゆく。

 護法結界は護法を固定位置で発動させるためのものだ。その周囲に敵意や殺意を持った者が現れたときに、内部にいる者に知らせる作用もある。

「よし。お疲れさん」

 結界を張り終わった後のリマの頭をぽんぽんと叩くと、シークは野営の準備を始めた。

 下に布を引いて、ブーツを脱いだリマは、そのシークの様子を眺めながらユマに言う。

「ねぇ、シークってほんとに何でも出来るわよね」

「そうだね」

「お料理もそうだし、羨ましい」

「……リマが?」

 きょとんとしてユマがそう問うと、リマは笑ってうなずいた。

「うん」

「だって、リマだって凄いじゃない。さっきの結界だってさ」

「あたしはすごくないよ。全然、すごくないの」

 少し寂しそうにリマがそう呟くと、ユマはもう何も言えなくなる。

 持ってきた荷物から、小さな鍋を取り出して、料理に励んでいたシークがくるりと振り返った。

「飯、出来たぞ」

「あ、はぁい。行こ、リマ」

「うん」

 柔らかい苔の上を素足で歩いて、二人はシークの下へと向かった。





 木々の合間から、星の見える夜。





「……眠れねぇのか?」

 声をかけられて、びくりとリマは身体を振るわせた。

 気付けば、不寝番をしているシークがこちらを見ている。

「……うん」

「こっち、来るか? 少しあったまるといい」

 焚き火のぱちぱちという音がしている。

 静かな夜。

 シークの隣にちょこんと座ると、リマはその橙色の暖かな炎に見入った。

「ねぇ」

「ん?」

聖王妃(ギメル)が人質に送られた国は、すべて滅びているって話、知ってる?」

 ぎくりとして、シークがリマを見る。

 リマは苦笑いを浮かべていた。

「なんだ。やっぱり知ってるのね」

「リマ……」

「……それってどういうことなんだろうね」

 ぱちぱちと小枝の爆ぜる音がする。

 シークは言葉を探したが、適当だと思えるものはひとつも思い浮かばなかった。

「カルセリオの大神官はね、天罰が下ったんだって言ってたの。でも、それ以外にも何か、秘密があるような気がするの」

「リマ」

「……本当はね、ほんとは、ただ、怖いだけなの」

 きゅ、と白い法衣服の袖を握りしめる。

 リマが震えているのに気付いて、シークは眉間に皺を寄せた。

「リマ、俺は……」

「どうしたら、いいんだろう」

 本当に。

 最初の再会では、変わってしまったのだと思った。

 美しく聡明な聖王妃になったのだと。

 でもそれは思い違いだった。

 たった10年でそこまで変わるわけがなかったのだ。

 リマはただの少女だった。昔と変わらない。怖がりで、泣き虫の。

 自分の非力を泣いたあの少女と、変わるわけがなかったのだ。

 恐る恐る、シークは手を伸ばした。

 握りしめたままの、リマの手の上にそれを重ねる。

「シーク……」

「大丈夫だ。俺が、いる。俺が、お前を守るから」

「うん」

 泣きそうに笑う笑顔だって、変わらない。

 ずっと、自分が想ってきた存在。

「俺さ、」

「うん」

「俺は、いらない人間だと、思ってた。里でも、すげぇ荒れてて、手がつけられないような悪がきで、でも、リマに逢って変わったんだ」

「そう、なの?」

「ああ。俺は、いらない人間じゃないんだ、って。そう思えたんだ」

 あの時も約束をした。

 旅の間、自分がリマを守る、と。

 正確には二人とも大人たちに守られてはいたのだが、その誓いはとても神聖なものだった。

「だから、俺がお前を守るよ、リマ」

「……うん」

「今日はもう寝ろよ。また明日も歩くんだから」

「うん。シーク、」

「ん?」

「ありがとう」

 花の綻ぶような。

 艶やかさではない、優しい、心がほっとするような笑み。

「ああ」

「おやすみなさい」

「おやすみ」





 だからこそ。

 自分が許せなくなる。





「人の気も知らねぇで。ほんとに」

 心の奥底にひどく残酷な欲望が芽生える。

 本当は、このまま連れ去ってしまいたい。

 このまま、どこか遠くへ。

 彼女が役目を果たしたいと願う反面、シークはその願いを叶えたくないと思っている。

「……最悪だな」

 苦笑して、空を見上げる。

 星々はただ瞬き、夜は更けていく。





 嫌いなのは、

 自分だ。

 彼女を傷つけてしまいそうな、

 自分のことが、嫌いなのだ。





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