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静寂の生彩  作者: 百瀬ゆかり
8/14

7 死と終の島

長いですね〜

船の上で一夜を明けて。

日の出が出てきてから三時間と少し。


次の場所は西に位置するメメン島。

名前の起因になったのは哲学の有名なラテン語【Memento mori】(メメント・モリ)から来ている。

昔からある言葉で芸術関係に使われることも多いこの真意は未だわからないままだが広く伝わるのは。


“死を想え”


王族も貴族も平民に至るまで死は平等に与えられているという一つの考えもあるが。大体は死神が貴族らしき人間を墓から掘り返しどこかへ連れていこうとする絵も存在する。

まぁこの死神は黒死病、ペストを擬人化というか視覚化させたらこうでないだろうかっていう畏怖の念が紛れている気もする。


『……ダジャレよね、これ。メメン島。

メメントウって読むのよね、これ』


これ、というのを二度言うのは彼女からしたらそれだけ重要ということなのだろう。


それに対してちゃんとした説明なんかできるわけでもなく、ため息混じりで言えたのは融通のきかない言葉だった。


「俺もダジャレから来てると思う」


まだ着かぬ島をおもいつつ、ベランダに身を乗り出し二人で海風に頬を撫でられ碧く広がる海を眺めて。


海の碧とは違う蒼に染まる空は鬱憤を晴らすくらいの爽やかさを謳っている。綿飴製造器から生まれた綿菓子みたいな雲は嵐を呼ぶような積乱雲に似た形になっているのもチラホラと視界に飛び込んでくる。


そんなことを思っていて聞こえたのは。


『綿飴たべたい』


機械的な音声なはずなのによだれを啜るような音が幻聴が、聞こえた気がした。



***



死を想う。それは、必ず来る終わりのことを思想すること。ひとたび書き上げてしまえばそれを終わりだと著者は言い切れるものの、わだかまりが残っている状態で終わりと告げてしまうと心の中にはくすぶる何かが生まれてしまう。


死を想え。私が求める“死”とは。


割れ物を触るように耳を摘む。

私が求める終わりは“無音との死別”だ。

終わらせたいんだ。聴こえない世界からの脱出が私の強い願いだ。


肩をつつかれた。相変わらず音は聴こえないけど彼が私の名前を呼ぶ時に同時にしていることだ。


『そろそろ島に着く?』


疑問をタブレットに乗せ、悠一に向けると「そうだ」と答える。


肌がビリビリと体の中で響くような振動。

……船の汽笛なのだろうか。早く聴力を取り戻して聞きたいな。



悠一が私の名前を呼ぶ声を聞きたい。



***



死と終わりを考えさせるのはアーツ諸島に君する死の島とも呼ばれるメメン島。


哲学の名言を題材にした作品を受け入れていくうちに島ごとにテーマを設け作品のジャンルを確立し、この島は主に死と(つい)を中心とした場所として発展した。



頭蓋骨を大理石で表現した“終”。


作家の説明部分には骨は人が残すを最期の芸術性と謳っていた。骨も個性の一種であり今まで出会った中でとりわけ美しかった頭蓋骨を思い出して制作した、とあった。


元は検死医だった作家が最後に持った研修医が巣立ちしたのを確認してから引退、晩年に作った作品であると石碑に綴られている。だが、この作品一つを作ってからわずか数年で彼は世界から姿を消したとされている。


この作家は骨に愛着が色濃いようだ。



母親だった腕の骨に抱きしめられる石の乳児(ちご)“あったはずの温もり”。


大きな石から彫り出した首のない女性。

骨になった腕に破顔で眠る大理石の乳児。それはどこか切なさを感じさせるものがあった。


骨の終が終わると途端に背の高い石の柱、どちらかといえば墓石のような風景だ。


砂に埋もれる鋼鉄の十字架“与えられしもの”。


墓職人が長期に渡って作った作品。

いつか来る自分の死を考えて、制作されたとだけ記された情報の少ないものの死に対するものを考えさせられる。


この2人の作家が空間を大きく取っていたらしく、そこを離れてしまえばそこも普通の島によくある水平線が見える位置までこれたのだ。


島に点在するさまざまな作品を見て回っていた時に熱心に作品を鑑賞するものの秋羅は一言も発することがなく、どこか虚ろな視線が泳いでいたのが気になった。


西にあるメメン島と南にあるエクシトゥス島には2つを繋げる海底トンネルがある。特殊ガラスにより四季折々の海洋生物の生態が観察できることから天然の水族館とも呼ばれる。


トンネルは広々として大型のトラックが容易にスライドが出来るくらい幅はあるが特別行事の時以外は基本、大型車の侵入は禁止で常に歩行者天国のようになっている。


海中を覗いてみれば、南に向かっていくにつれて鮮やかな色彩が視界いっぱいに飛び込んでくる。


「ミノカサゴだ…」


ようやく呟いたと思ったら、トンネルの外に釘つけになっている。何を見ているのかと目をやると毒々しくも美しい魚が舞うかように泳いでいる。


注視する姿は好奇心旺盛なこどもを思わせる状態で、年相応の行動とは思えなくも無かったが今回の島に関しては彼女はどう感じているのだろう。


ガラスに乗せる小さな手を取り、出口に向かい連れていく。居られる時間が限られているなら少しでも隣で長く。


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