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静寂の生彩  作者: 百瀬ゆかり
6/14

5 諸島巡りの旅

今回も長いです。

次回もおそらく長くなります。

コチ…コチ…コチ……ッ


久々に酒を飲んだせいか眠りが浅い。

目元を押さえつつ、置時計の指針の音が気になるのは何時ぶりだろうかと何も考えずに鎖骨部分をさすっていた時に見覚えのない物体に触れた。


「……?」


あれ?ホラーな展開ってもっと寝苦しいと思うくらい暑い時に起きるものじゃなかったっけ?そんな素っ頓狂な思考が展開され眠気が覚めていく。


「……っ!?」


生唾を飲み、意を決してタオルケットを捲るとそこには部屋に置いてきたはずの秋羅が寄り添うように眠っていた。


「……なんで?」


静かに呟いた、眠っている彼女は現在音が聞こえないはずだから目を見ないと多少の受け答えができない、はずなのに。


「怖い夢を見た……でも、ここに悠一が居たからくっついたら安心して」


涙声。でも、まだまだ心の距離は遠い。

だから下手に慰められない。でもそれがどうして、こんなにも歯痒く感じてしまうのだ。


「頭を撫でて、私が眠るまで……」


そう言われてしまえば、仕方なく頭を撫でるしか方法が無いじゃないか。艶々としているけど手櫛をすると少し引っかかりのある黒っぽい癖の髪がくるくると外国の天使の髪のようだ、触れていると自然に髪が指に巻きついてくる。


「うん……きもち、いい」


「お前は」


何を心に抱いているんだ。

どんなことがあったら、長期療養になってしまうのか気になってしまう。


「静かにおやすみ、怖い悪夢はバクが喰って安眠を約束してくれるだろう」


ふと、額に唇を寄せる。愛でる意味で。

すると胸の位置から「……ぉゃすみ」と恥ずかしそうにした声がしたのちに規則正しい寝息が聞こえてきた。


まだ夜の最中、秋に傾く夜は長い。



***



カーン……カーン……カーン……ッ


朝を告げる鐘の音がする。

寝惚けまなこで寄り添うように眠っている秋羅の様子を見るが俺の心配をよそに赤子のように気持ちよく寝ている。


……さて、ここから問題だ。


できれば起こさないように部屋から出たいが、どうしたものか。秋羅の身体が壁とは真逆の位置に寝ているがために下手に動けなかった。


「秋羅」


肩を揺らすとある程度伸びていた肢体が胎児のような丸くなる体勢に切り替わる。


「……おーい」


ゆさゆさとさっきより強く揺らしてみると焦点の合わない夢うつつ、どこか虚ろな瞳がこちらを見つめ返してくる。


「起きたか」


(……二日酔い、少しだけ頭痛い)


「アルコール度数を考えて購入してなかったからな。そこはすまんな」


撫でた頭は日に当たると赤みがかった茶色に見えてくる。ふわふわとして触り心地がとてもいい。


「朝は軽く済ませられるやつにしてその後、まぁ。気分は晴れなくても他の島に行けば次第に覚めるだろうよ」


急遽決めた予定だったため、寝る前に滑り込み予約をこれでもかってくらいにたくさんした。ガイドブックに印付けられた場所を念入りにチェックしていたらしく矢印を目で追えばどんな風に行きたいかも理解できた。


「ちょっと待っててな」


(うん)


フードを目深めに被り、タブレット端末をこちらに向けてにっこり。……先日のあの凶器にも似たツンはなんだったのだろうかってくらいの豹変さ。さてはデレているのか。


「できたらそっちの部屋に行く」


今のうちにこの部屋から出ておけ、という忠告を遠回しに伝える俺はあまりにも臆病に感じる。直球的に伝えるのがこわい、その気持ちは彼女を傷付けたくないのかあるいは必要以上に関わりたくないのか。


そこのところははっきりしないが。

ただ、わかるのは。互いにどこか、似ている何かを背負って生きているってところなのだろうな。


そう思いながら部屋を後に一階にある風呂場に向かう。朝シャワーを浴びる為に七分袖のTシャツを脱ぐ。


鏡に映る上半身。表は両方の鎖骨と肩の間から二の腕を包み込むように肘まで伸び、後ろの方は鎖骨から腰まで浅黒い火傷の跡が消えぬ傷となって心をいつもえぐり出される痛みがある。


この火傷は、繋がらない。大切なものを探すための原動力。消えない、消えない。全てを焼き尽くしたものの記憶が俺の脳裏から離れない。


炎がこわい。それも大きなもの。

キャンプファイヤーのような大きなもの。

たまに疼くこの傷跡はおぞましい。



***



朝食を終えたあと、トラベルケースに数日分の衣服を詰め込んでから家を出た。秋を含みつつある気候でも太陽がまだ夏寄りのせいで暑く感じられるが空気が清々しく旅立ちに恵まれ天晴れな朝だった。


秋羅に日焼け防止でつばの広い女優帽を被せ彼女の荷物を背負いゆっくり坂を下っていく。


「日が刺すように、紫外線がっ」


「だから帽子をかぶせたんだ」


隣でよろける秋羅を抱き寄せ、なんとか転倒するのを防ぐがなんだか小さな悲鳴が聞こえたような気がしたがそこは置いておく。こいつは何も考えてない時は声が出るらしい。


連絡船入口でチケット確認。

三時間くらいで二次元から三次元に見えるように創造された数多の理想、イデア島へ着く予定だ。


数多くの分野に属する芸術家が思い描いた理想が五感を通じて何かを訴えかけてくると、各国の評論家を唸らせる自然に溶けた理想がそこにある、とパンフレットはここぞとばかりに宣伝文句を謳っている。


『理想、ね』


「難しい顔をしなくてもいいだろ」


神妙な顔をした彼女の頬を啄く。思いもよらぬ攻撃にルビーによく似た双眸が恨めしそうな色を含み睨んでくる。


『理想って難しいものよ』


「はっ、そんなこと」


知ってるさ。不機嫌な表情をしなくたっていざお前の思い描く理想とは何だと問われても八割の人間は自分はこうしたいのだ、と即答できないだろう。


しばらくすると野太い汽笛が船内の空気を大きく揺らすと、船が海に切り込むように進みだした波音が生まれた。


青い空、碧い海。白い雲、

反射して白に見える波しぶきの光。

カモメの群れのルートに当たったのかコミュニケーションを取るように連なった鳴き声が室内からでもよくわかる。


押しては引いていく波の音。

船は突き進む、目的の島へ向かうために。

旅は始まった。俺と秋羅が打ち解け合うきっかけになる濃くて長い旅が始まった。



***


船が島に着くまで。

秋羅は船に乗ってからずっど無言でタブレット端末をしきりに構っていた。まぁ、何かピンと感じるものがあったのかもしれない。忙しなく流れる指先は時に弧を描いたり、タッピングで宙に浮いたり、何かを切り込むようにジグザグと滑らしたり。タブレット端末がまるで舞台のようでその桃色の指先が踊っているように見えた。


極彩色から始まり、無彩色で終わる。


一心不乱に塗りつぶしていく作業は秋羅の何を示しているのか。


そこを知るにはまだまだ時間がかかりそうだ。


「秋羅、何が飲みたい」


彼女に合図を送る。


『アイスティー。アールグレイでレモン一枚とシロップ少なめがいい』


今は手を離したくないらしく、スマートフォンで返事を返した。


「わかった、待ってろよ」


女優帽を外した頭を撫でてからカウンターの方へ注文を伝えに行く。バーカウンターも兼業しているからか棚には膨大な数の酒類が所狭しと顔を並べている。たくさんの瓶は天蓋の照明が反射してはめごろしのステンドガラスを彷彿させる。


「アイスティー、アールグレイのレモン一枚とシロップ少なめで。持っていきたいからカップにしてくれ」


「かしこまりました」


待っている間にカウンター席に座り、遠くから秋羅を眺める。


「お連れ様ですか」


「まぁ。そんなところです」


歯切れ悪く伝えてもバーテンダーの男性は眉一つ動かさず、赤みを帯びた濃い紅茶にシロップを溶かしていく。すると赤く染まったグラスの中で甘味料はゆらゆらと揺らめく蝋燭の炎のように紅茶の中を踊る。


「お待たせしました」


カラン、と心地よい音が耳に転がる。

氷にぶつかったのは少し厚めに切られたレモンの輪切りだった。


「何にしますか」


秋羅の飲み物を持ち上げた時にバーテンダーは再度、注文を承る姿勢を見せた。


「俺は水出しコーヒーで」


「かしこまりました」


バーテンダーから飲み物を受け取ってから秋羅の元へ戻る途中、何やら話し声が聞こえてくる。


秋羅とそう変わらないような声音と容姿。

同年代の知り合いか、あるいは秋羅に興味を持った旅行客が秋羅に話しかけられているのだろうか。


秋羅に近づく度に聞こえてくるのは、

暴言にも近いヒステリックな言葉だった。


「あの人はあなたの何なの」


「見た感じ付き合ってないし、いいよね」


「黙ってないでなんとか言いなさいよ」


秋羅は気づかない振り、というよりも本気で絡まれているのに気づいていない。でも絡んできているのは確実でただならぬ空気、これはどうにかしなくては。意図したわけでもなく秋羅は確実に絡まれているってのは明白だったからだ。


「秋羅、どうした」


絡んできている女を制止するように秋羅の肩に手を置き、反応をうかがう。


『それが、原因がわからない。さっきからまくし立てられる感じがするんだけど何を言っているのかわかる?』


タブレットの画面が秋羅に向いたままで打たれていたが横目で伝えてくるのは、答えがわからないことに対しての戸惑いだった。


「……君はなんなの、秋羅が何かしたかな」


黒い頭のボブ、肌は紫外線でこんがりと小麦色。ビキニ焼けした白い素肌のラインが見え隠れしている。へそ出し、短パンによって太ももから足先まで覆う部分なんて無いから露出度が非常に高く目に毒だった。


「え〜?この子にはちょっと聞きたいことがあって〜話しかけていたんですけどぉ」


馬鹿口調、それも間延び。ウザイ。

あ、ダメだこれ。俺の苦手なタイプだ……。


「いち様とどういうご関係ぃ?と思いましてぇ、いち様は島以外でもイケメンと名高い人でそーいう浮いた話が無くてフリーならばハナが貰っちゃおうと思いましてぇ、宣戦布告です!」


みゃは☆と謎の声。いち様、とはなんだ。

この異星人?宇宙人??とも思えるやつの言うことはよくわからないが秋羅を守る方が絶対に良さそうだ。


「秋羅には近づいて欲しくないな。恩人から預かっている大切な子だから」


牽制、威嚇。存在自体が異端で不浄。

さっさと視界から消えてくれないかなぁ、これ。


「ふん、いいですもん。回数があればいち様がハナに振り向いてくれるって信じてますから♡あ、いち様が行くところはハナ、頭が良いので全部わかるんですぅ。その時にハナを好きになって、アイラブユーしてくれればハナはハピハピハッピーになっちゃう♪」


やばい、コイツ。脳がわいてる。

島に上陸したら即座に駐在所に駆け込み通報案件だ。


「……気分が悪い」


「んもぅ、照れちゃういち様もス・テ・キ♡」と恍惚な表情をとりクネクネと動く不浄の塊は白い光に包まれた甲板の方へ消えて行った。


「なんなんだよ、あいつ……」


秋羅の両肩を掴みつつ、秋羅の座る背もたれに頭をつけて膝が地面に降りる。今まで勘違いには何度か遭遇したがあそこまで気持ち悪いヤツに遭遇したのは初めてのせいか頭と身体が重くなる感じがあった。


『キモイね。ああいうのって確か、今時の言葉で脳内お花畑で涌いちゃってるって言われるやつだよね。何やっても変わんないよ』


液晶画面には辛辣なコメント。

脳内お花畑、実にしっくりと来るものだ。


「そういえば……いち様ってなんだ」


秋羅は考え込む姿勢を取ってから検索エンジンにワードを打ち込むと驚きな情報が画面から吐き出された。


「……はっ?」


それは、名も知らぬブログに貼り付けられまくった俺の写真だった。一番古いログで五年前。カメラ目線の画像なんて一枚もありゃしないからほとんどは盗撮なのだろう。おい肖像権、仕事しろ。あるのはたくさんの角度から撮られた仕事中の大量の俺。


“クールな貴公子、いち様”


いつぞやの営業スマイルの画像に王冠マークやらバラマークをふんだんに盛り付けられたこの画像は、なんというか受け付けない感じがあって胃がキリキリと痛んできた。


この画面が映し出されている間、秋羅の身体が小刻みに震えているが……これは同情というより間違いなくバカにされていると思っていいだろう。


「……秋羅」


肩を叩くと思惑通りに秋羅はこちらに振り向き、その柔らかな頬に人差し指が刺さり疑問符を頭から出しているかのようにきょとんとした顔は一瞬にして破顔した。


『ぷくくっ、いち様……っ』


「秋羅てめぇ、やっぱり笑ってたな」


画面を滑る指は震え、その揺れは肩に伝わりとうとう。吹き出してから止まらなくなりひゃっくり混ざりながらと笑い始めた。目の端に涙を浮かべるほどのことなのだろうか、解せぬ。


大爆笑する秋羅のこめかみにそっと指の関節を固定すると、秋羅は何かを察したのか話せばわかる!和睦しよう!!と言いたげな色を示すが生憎、今のところそんな余裕なんか持ち合わせていない。少しずつ力を加えていくと今度は間抜けな声が転がり始め、椅子の上で悶えて始めている。素っ頓狂な間抜け声なのにまだ笑い続けている。




でも。今ここで笑う秋羅の顔は、


まだ壁があるような気がしてならなかった。

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