3 嵐に遭遇する数刻前
遠くから汽笛の音がする。
サイドテーブルに鎮座する眼鏡に手を伸ばし壁掛け時計の方を向く。6時半、カレンダーと共に貼り付けてある船の時刻表を見てみれば到着する一時間前を知らせるものだったことを思い出し寝具から抜け出す。
部屋の端に置いているパソコンの電源を入れ、メールボックスを確認する。昔に世話になった教授から貰っていたメールの内容が急に気になったからである。
「えっと預かる人間が来るのが今月で……しかも来るのが今日、だと」
やってしまった。先月辺りに療養予定の人間をしばらく預けたい、と直接連絡が来ていたことを多忙を極めたことをいいことに頭からすっぽり抜け落ちていた。
「とりあえずモップ掛けと、雑巾掛けをしようか……」
お気に入りのジーパンを引っ張り出し、七分袖シャツを着る。その後にヘッドバンドを着用して少し長い前髪をしまい込む。
「おっし、さっさと片付けんぞ!」
用具入れから掃除道具一式を手に取り、貸し出す予定の部屋に向かって走り出す。
しばらくモップを絞ってはフローリングに押し付ける行動をしばらく続けていれば日が昇り、二度目の汽笛を耳にする。船はもうすぐ港へ着くらしい。
部屋を再度見渡した。
文句がでないくらいにフローリングを磨き上げたからあとはここに来る人間の趣味に合わせて模様替えするだけだ。
不思議な縁で今住んでいる家はアーツ諸島移住計画時に建てたモデルハウスだったものを改良を加えてから一軒家に作り替えたものを何故か俺に譲渡した。
不服というか、突如として選ばれた経緯がアーツ諸島の主が好む数字、それと気まぐれに作ったクジで見事に当たったからで。
当たったからには引っ越すこととなって持っていたものをある程度捨てさせられた。
数年も経てば、言わば住めば都ってやつで。
しがらみも少なく、先に移住していた人々も温かい人が多くて。気づけばここから出ていくって考えは失われていた。
ある程度点検、施錠をしてから脇に停める自転車に乗り港へ足を向ける。
少しばかり日が強いのが気になったが約束の時間に間に合わないってのは一番格好がつかないから捕まらない程度の限界の速さで。
なだらかな坂道を滑走すれば結構な速さで港に近づいていく。次第に濃くなる潮風は肺いっぱいに広がり、新たな出会いを予感させるような気がした。