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静寂の生彩  作者: 百瀬ゆかり
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2 ある人の決意

────とある海外海峡を渡る船にて。


アーツ諸島直通船には特殊滞在申請が認可されるとスイートルームとルームサービスが諸島に到着するまで無償貸与されるという太っ腹制度があった。


揺れを微塵も感じられない豪華な部屋の中で少女は一人、ローテーブルに革製の鞄を開くと道具を取り出し広げ始めた。


折りたたみ式のイーゼルをローテーブルの隣に起こし、左手側にチューブに納まった色たちを広げるように彼女は取りやすい位置に配備した。


塗りかけの極彩色の渦。

どこにも存在しない抽象画なために芸術に関心のない第三者からすればなにがなんだかよくわからない何かであるのは明白だった。


制作者である少女さえ何かわからない。

そう、彼女は何も考えずただ絶望の色をキャンバスにぶつけていたのだ。


絵の具バケツに満たされた水に乾いている筆を投げ入れていく。イーゼルに乗せられた画面を前に少女は小さく呟くと項垂れた。


『今日も耳には音が転がらない。私が見ていた色はどこかへ融けた……』


少女の瞳には光はなく、どこか濁っていた。

音もなく色を失った世界で殻に閉じこもって独りぼっちになっていたのだ。



***



部屋の照明センサーをタイムシフト設定したため部屋に明かりが灯る。どれだけの時間が経っていたのだろう。絵の具が乾いて固まっている。


外界の光は暗い海と黒い夜に呑み込まれつつあった。孤立無援、と言わんばかりの果てしない不安を彷彿させた。


原因不明、突発的な何か。

何がきっかけだったかもわからない。


ストレスだった、のだろうか。

でも。これくらいの事は日常茶飯事だったからそれは有り得ないのに等しい。

そう考えると他にあるのだろう。


教授の計らいで本来ならば休学であっても療養でもおかしく無かったのを表面上は留学として処理されていた。師であり理解者であり、父親のような祖父的存在のある教授から離れるのはとても寂しかった。


言わば療養と言う名の一人旅。

療養中でも電子メールは必ず送ります、と伝えると教授は無理をせずに休みなさいと言った。制作や何か詰まったら画像と説明文を送りなさいと。最後には頭を撫でてくれた。


それだけでも心が救われる。


音が聞こえなくなってからまた私は独りにされたような気がして。それは急速的に、それは今までの不幸の道を辿るように。


幸せの砂時計は、また壊れてしまった。

零れた砂はすくえない。

朝まで眠ろう。

そうすれば、私は目を覚ますかもしれない。



***


……あぁ。誰かに頭を撫でられている気がする。少しぎこちないけど、どこか優しくて。

ほんのりと温かい。


ここでも音が聴こえないのが非常に恨めしい。

その分、夢とはいえこの生活に慣れ始めている確たる証拠とも言える。


誰なのだろうか。私の頭を撫でる人物と対話したいのに愛用している液晶タブレット端末が手元にない。夢の中なのに目も開かない。本末転倒。


ここはどこか小春日和の気候に似ている。

夢の中でも音が聴こえないけどここには居たいと思わせる不思議な魅力があった。


(……あぁ)


撫でる手を止めないで。

手探りで何か掴めればと宙に腕を振るうも何かに触れることもなく誰かの撫でる手が止まってからすぐに、私の身体は強い引力に引っ張られるように────奈落の底へ落ちた。



***



「〜〜〜〜〜〜っ!!!」


側頭部に強烈な痛みが襲った。

……情けないことだけど、私は進展しない絵を前に思想を巡らせる内に舟を漕いでいたらしい。着くまでに仮眠を取れたらと思い適当に寝てしまったが為の事故だった、こめかみ部分がズギズギとして眉間にしわを寄せしてしまう。


(……時間、何時だろう)


置時計の指針は6時半を指す。

あと1時間もすればアーツ諸島に着く。

寝惚け眼で散乱した部屋を見渡すとため息が出るくらいに画材道具が床に広がっており前日がどれだけ暴れていたかを思い知らされた。


あのまま、色を足すことなく眠ったのか。


(……はぁ)


波のように現れるスランプと音の聴こえない寂しさに打ちひしがれている。だが、ギリギリラインの上で不安定に立っているおきあがりこぼしのような私は今にでも心が潰されそうだ。それでも私の帰りを待つ教授を想えば、どんなに辛くたっていくらでも耐え凌ごうと思えてくる。



これは私の闘いなんだ。

誰にも漏らすことなんてしない。

弱音を吐くことは筋違いに等しいのだから私は島にいる間は自立して動けるようにしていこう。




甘えずに私は、行くんだ。

行かなくちゃ、いけないんだから……。

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