1 秋口の安寧
4つの島に囲まれるように君するアブ(ab)島。
夏の照りつける太陽は秋が近づくにつれて柔らかな陽の光に変化していった。
カフェ《クララ・ベル》には観光客にまぎれ地元客が店員と雑談しつつ店主こだわりのブレンドコーヒーを啜る姿はここの日常の風景だ。
「悠一、そろそろ休憩にしようか」
カウンターの奥から顔を出したのは店長だ。
大きめのバスケットを持っていた。
「今日は何サンドですか、店長」
「ふふふ〜?後からのお楽しみよ〜」
さぁさぁ、みんな準備して!と店長が声を掛けると一斉に戸締まりをする。昼食休みは2時間ほどカフェから離れた海の見える丘で食事を摂るのが日課となっている。
今日はシーズン切り替えで夏よりも観光客が増えて忙しかったせいか早く食事にありつけたいものが多いせいか、すぐさま店を後にした。
***
丘の上には東屋がある。
忙しいお昼時が過ぎればクララ・ベル全従業員が招集され仲良くお昼休憩をとる事となっている。
「ん~っ、美味しい」
店長オリジナルのサンドイッチは観光客からも地元客、従業員共からも人気看板メニュー。季節に合わせて味もパンの風味も変わる。
今日は、太陽が育んだ野菜がこれでもかってくらいに詰まったサンドイッチ。パンからはほんのりトマトの香りがする。
噛みちぎる時にサンドイッチに挟まれたレタスの歯ごたえのある音。その後にトマトの冷たさと甘さを引き立てる塩の味。咀嚼していくうちにふわふわしたパンも旨味に傾く甘さが徐々に口に広がっていく。
「今日で夏メニューが終わりですね」
ホール担当の瑞貴がボソッと呟くと隣に座る光はがっかりした表情を浮かべた。
「えぇ〜っ、山さんの夏野菜カレー終わっちゃうんですかー!?」
「しゃぁないだろう。秋からは身体が冷えやすくなるからどんなに美味い夏野菜もカレーからキノコたっぷりの煮込みハンバーグにシフトチェンジする頃合だ」
山さんこと厨房担当の葉山さんは野菜が山盛りに入ったホットドッグを口いっぱいに頬張りカリカリに焼けたソーセージが弾ける音が転がる。
「煮込みハンバーグ!もう秋なんだねぇ〜」
店長は珈琲を飲みながらそう言う。
東屋に寄りかかるその姿は計算されて作られた彫刻のようだった。長い睫毛は栗色、その隙間から覗く孔雀色の瞳は東洋では見られない西洋寄りの容姿が一層、無機質な美しさのように見せるのだろう。
「なんだい、悠一。私をそんなに見つめて」
「いや……相変わらず綺麗だな」
「はは。お世辞でも嬉しいさ」
朱色の唇がアヒル口になる。
はにかみがこらえ切れなくなる時に出る店長の特有の癖だった。
「なになにー?ゆういちぃ。店長をまた口説いてるのぉ〜?」
「な訳無いだろ、光。店長を尊敬するのは当然だろう。純粋に思っている事を言ったまでだ」
光は『つまんないなぁ〜!』と悔しがる素振りをオーラ全開に漂わせながら食べかけのサンドイッチを貪る。瑞貴は呆れつつも『粒マスタードが付いているよ』と一心不乱に食事する光の口元を白いナフキンで拭き取っている。
「ありがと〜瑞貴さん」
「もう少しレディらしく食事をしなさいな……」
瑞貴は肩を落としつつ、光に注意をするが当の本人は気にする気も無いらしく目の前にある食べ物を食べるというシンプルな行動に戻る。
「もう少し落ち着いて食べていいんだぞ。食べ物は逃げないからな」
葉山さんも苦笑しているがとても嬉しそうだ。無我夢中に食事を摂る姿を見ているのを心から楽しんでいるようだった。年が近いはずなのにこの3人は家族に似た空気を出している。
箱庭のように狭い世界。
けれど、俺はこの狭い世界が好きだ。
どんな事情があっても心から迎えてくれる。愛してくれる。だから俺はこの世界でまともに生きる事を決めた。