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静寂の生彩  作者: 百瀬ゆかり
13/14

12 想う気持ちはきっと同じ

次で最後です。

どうか、2人の行く末を見守ってください。

今夜のディナーはチーズをたっぷりのせたマルゲリータピザとシーザーサラダ、カプレーゼにコンソメスープ。デザートはジェラートにした。


ピザを頬張る秋羅の口からチーズの橋が出来ているのがとても微笑ましくて。かなりのせたせいか餅のように伸びる伸びる。切れた橋の残がいは皿の上に不時着をしていた。


少し手を込ませたジェラートを堪能し夕食を終えてから俺は秋羅を驚かせようと思った。こっそり買ったものを見せるためにソファーを陣取る彼女の隣に座る。


「秋羅、見せたいものがある」


「なになに、なにを見せてくれるの!」


キラキラと目を輝かせてくる。

だが、そう簡単に見せたらつまらないじゃないか。目の前で口元に人差し指。

あっけに取られている間にアイマスクを被せてから彼女の身体を抱き上げて庭の方へ連れていく。


「えっ?えっ??」


「アイマスク取るなよー?絶対なー」


わかったけど怖いってば!!という叫びは置いておいて。混乱に乗じて彼女の手の中に小さな箱を転がし思惑通りに強く握った姿を見えた瞬間、心臓を握られた感覚に似ていた。


「まだだからな?」


「うぅ〜、長いってば……っ」


不安がる声は流石にやりすぎた感を突きつけて心にはふと罪悪感を煽ってくる。


「……よし、アイマスクを外すぞ」


外した時に赤い双眸に月の光が映り込む。

そうだ、俺は月を背にして立っているから月の光が秋羅の瞳に映り込んでもおかしくはないが、昼とは違う美しさを作りだしていた。


「わぁ……っ」


小さな箱が開く音は見えぬ蝶番が軋む音。

秋羅の息の飲む音。


「……ペアリング。秋羅の瞳がルビーに似ていたからそれにした」


ピンクゴールドにはめられた小粒のルビー。

これなら普段つけ合いに支障はない。

離れてしまっても俺を想ってくれたらという独り善がりの産物だが秋羅の目元はやわらかくほころんだ。


ケースから指輪を抜き出し、秋羅の左手を取り薬指に約束を通した。

月の光を浴びて、ルビーがキラリと煌めく。


「ありがとう、悠一……嬉しいよ」


秋羅にアイマスクをつけている時にペアリングの片割れを装着した。俺のはシルバーに小粒のサファイア。少しでも対照的な色なら美しいと思ったからだ。


「悠一とおそろいなんて、素敵ね」


時が来れば彼女はメディア露出が増えるだろう。その時に左の薬指か首にこれが輝いていれば彼女の気持ちが確認できるような気がした。


「大切にするね、ありがと───んっ」



彼女の感謝の言葉を呑むように、唇を自然に重ねれば首に秋羅の細い腕を乗せてきたから俺は細い身体を壊れないように優しく包みこめば少し離れた隙を突かれ上唇を食まれ、赤い舌で舐められる。



どこで、覚えたのかな。



舐めてくる赤い舌に自分の舌を触れさせてみれば素っ頓狂な声が唇から吐息とともに漏れて聴覚と理性が煽られている気がする。




惜しみつつも唇から離れてから。

額を重ね合わせて、互いの瞳を覗く。

互いの両の手を貝殻のように繋いでみれば互いの左手薬指付近に新しい違和感。







美しい記憶を君に、

───この先に愛しい君に幸有らんことを。




***



時は水のように流れ、ここに秋羅が来てから約1ヶ月も経過した。取り付けられた約束の時。教授夫妻が連絡船に乗ってアブ島にやってきたのだ。


「秋羅……っ!」


灰色がかった毛髪でありながら、気品が溢れるのはまがりなくも芸術家の夫人だからなのだろう。山吹色のスカーフが夫人の美しさを際立てているのだろう。


「秋穂夫人……あぁ、聞こえます!あなたの声が……ああっ!」


海を思わす藍色のカーディガンを着た秋羅が教授夫妻の元へ走りより二人の腕の中へ飛び込んでいった。


「悠君、まさか。こんなにも早く秋羅の笑顔が見られるとは思わなかったよ。タブレット端末無しで対話するすることが出来る未来はとても遠いと思っていたからね」


彼はホッとした雰囲気を出していた。

憑き物が取れた、そんな言葉が当てはまるようだった。


「それじゃ、行きましょうか。秋羅」


キャリーバッグを引き、秋羅は夫人の横に並ぶ姿はまるで祖母と孫のようだ。先に荷物を置いてから合流すると言われ、俺はとりあえず丘の東屋に向かいながら話すこととなった。


「たったで1ヶ月でここまで変わるとは思いませんでした。俺はもっと。半年とか一年を想像していたのでなんだかあっという間だった気がします」


本当にあっという間だった。

上手くいくか分からなかった初対面。

港で喧嘩していれば店長に回収されて島巡りをして仲を深めろと一ヶ月半の休暇を押しつけられて。


芸術家の世界に触れて喜怒哀楽を表した秋羅。

時々何かに憂う様子があったがその理由は最後までわからなかった。


「……いろいろあったみたいだね。悠君」


「えぇ、いろいろありました。教授」


昔、教授が教鞭を奮う大学に通っていた時代があった。その時はただ何かと接点の多く尊敬すべき先人であり面倒見の良い祖父のような存在。卒業した後も交流があったが為に秋羅を預かることにもなったのだが。


「昔の君と同じで。まさかあの子が過去に縛られていたとはね……相当、さびしかったのだろう。君の側から離れる時に哀しみの色を写したのは見逃さなかったよ」


今でこそ深酒した時にしか見ない悪夢のような過去の記憶とトラウマ。通常生活に支障はないのでこれでも回復した方なのだろう。


「同じとは……まさか。秋羅も、家族がいないのですか」


教授は静かに頷いた。


「あの子の本当の両親は病死。養父母は交通事故。大きなストレスを抱えたまま甘えるにも甘えられなかった彼女に襲ったのは……これは言わずも分かるね」


ストレスによって耐えきれなくなった彼女の精神は、自身の心を守る為に外界の音を遮断した。養父母に引き取られた後も夢の中で弱っていく両親を見て泣いていたのかもしれない。そのせいもあって肉体と精神の成長率が狂ってしまったのだろう。


「妻と秋羅は船の中で談話をするだろう。

我々はどこか……近場の店で話でもしようか。船が出発するまで時間があるから積もった話をしたい。せっかく会えたんだ、君と軽くワインでも交わしながらね」


この人は本当にワインが好きな人だな。

手首の仕草がすでにグラスを傾けている様子を彷彿させている。


「そうですね、俺も飲みたいです」


そういえばビール類の発泡酒よりもワインが好きになったのは学生時代に教授と飲み交わす日が定期的にあったからだと思い出しつつ、オススメの店に行くべく港を離れることにした。



***



自分のお気に入りの店は人が切れぬ、特に食事時にはテラス席を増やしても席が足りなくなるくらいに客が殺到する店でもある。


その名は【フローレンス】。

その由来は現店長の配偶者の姓から取ったものらしい。


カランカランと少し低めの鐘の音を鳴らすと控え室からマスターが微笑みながら顔を出すなり「例のモノ、入荷したよ」をワイングラス二つを握って言う。


雰囲気はカフェテラスのようなものだ。

勤務店であるクララ・ベルは珈琲とセット注文ができるものを中心としたメニューが多いがここの店は少し違う。ここは日中で酒類を提供する酒場寄りな場所と言えるだろう。


カウンターの端にある背もたれのない丸椅子に座ると教授も誘われるように座った。


「何がでてくるのかね?」


「はは。先に答えを言っては面白くないでしょう教授」


すぐにウェイターがボトルを抱きしめ、キュポンっと心地いいコルクが抜ける音を鳴らしてからガラスの空間に薄い桃色の液体を満たしていく。


「おぉ。これはシャルル・ド・ゴール。

元造所でも限定数しか販売しないと言われていたのによく取り寄せることができたね」


「はは。マスターにダメ元で頼んでもらったらなんだか融通がきいて。二本手に入ったのでその一本がこれです」


いつもは競りにかけられてからの販売だったらしいのだが、今年は欲しい本数を記入した紙を提出した後にビンゴ形式の抽選だったらしい。ビンゴした人から欲しい本数を持っていくという摩訶不思議なものだったらしい。


「ロゼのシャルル・ド・ゴール。

製造年数は明らかにされてはいないが長い年をかけて独自の製造方法を守り続けるミステリアスなワイン農家と言われているね。1度は潰れてしまったが数年後に前当主の娘が再興をしたらしいね。確かブラッドレイ、こっちでは【紅い閃光】と呼ばれる人々の通称だけど……どんな方々がこれを作っているのかねぇ」


くるくるとグラスの中の薄桃色を回す。

裸電球の光がロゼの水面に揺られ、その薄桃色はゆらゆらと美しい色彩を放つ。


「さぁ、俺もそこまではわかりません。

販売数を限定。白と赤の間の子のロゼは販売数をさらに少なめに設定。ロゼにも三種あって赤に近いロゼ、狭間のロゼ、この白に近いロゼが同時購入されるのが多いためにロゼセットの導入を検討しているというのは小耳に挟みました」


わかっているだけの情報を伝えると教授は「なんだい、情報は少なからずと言いながら持っているじゃないか」と苦笑した。


「このもう一つのロゼは秋羅に飲ませてあげてはくれませんか。教授と夫人と秋羅の三人で」


意図を瞬時に察したのか教授は目を丸くした。


「……それが君ができる精一杯の気持ちなのかね、悠一」


腹を割って本音で話す時、教授は俺のことを愛称ではなく下の名前で呼んでくる。にわかに信じ難いと言った顔色だった。


「そうです。これが俺の精一杯の気持ちです」


教授には見透かされてるだろう。

俺の考えることや、これからやろうとしていること。そして秋羅のこと。


「秋羅を泣かせたら私は許さないぞ。

それは悠一、君を私にとって大切な息子と思っているということと秋羅は大切な孫娘のような存在だから互いが互いを傷つける存在にはなって欲しくなかった」


……ああ、やっぱり見透かされていた。

恩人に嘘を通そうにもまだまだへたくそなのだと痛感する。優しい嘘をつくのは慣れていたはずなのに、な。


「もしも秋羅が俺のことで悲しみにくれることがあったのなら、叱らずにただ抱き締めてください。お願いします、彼女は温もりを求めていますから」


「やっぱり、そうだったのか。

昔の自分と重ねて求めていたものを理解し痛み分けをしていたというのだな。……あの時より大人になったんだな、悠一」


何年立っていると思っているんだ。

少なくとも三年以上は経過している、だからなのか学生時代に見ていた教授の大きな背中が少しだけ小さく感じてきたのは。


「そりゃあ、ここに来ていろいろありました。……事情を知りつつも俺に世話を焼いてくれる人がいます。孤独じゃないんだと実感したらなにか吹っ切れた気がするんです。まだ夢に出てくる俺より小さな男の子の行方が気にはなりますけど」


もしかしたら弟か従兄弟なのかもしれないから何か情報があったらよろしくお願いします、と伝えると教授は「うむ。引き続き調査をしてみるよ」と笑顔で了承してくれる。本当にいい人だ。


「そろそろ時間ですね。マスター会計」


腕時計を確認すると乗船確認をし始める時間帯に差し掛かっていた。マスターにラッピングされたボトルを受け取り、会計分の金額と少しばかりのチップを共に置いて店を出る。



「君は弟、あるいは従兄弟が見つかったとして。もしも会えたなら会いたいか」


教授は港へ向かう道のりで、“もしも”という前提の話をする時はいつも以上の真剣な光を点した目で俺に問うてくる。


「内心とても怖いです、拒絶されたら。と思うだけでも恐怖で震えます。それでも恐怖心よりも肉親が生きているのなら一目でも会いたいという気持ちの方が勝っています」


嘘偽りのないまっすぐな気持ち。

これが譲れない理由はただの自己満足、情けない話だがこの世界で独りぼっちでないという確かな証明が欲しいだけなのだ。


「そうか。さっき言いそびれたのだが私の友人で美術大学に勤務している友人がいるのだがここ最近まで悠一に似た学生が一時期在籍していたという情報をもらったのだよ」


俺に似た学生が一時期美術大学に在籍していた?俺に似ているという部分がなんだか気持ちをモヤモヤする。


「彼の境遇は少し特殊だ。君は嫌でもその辛い記憶が残っているが彼は幼少期の記憶が無いそうだ。危険ではあるが私が直接赴いて君の写真を見せようと思う」


君と関係があるかもしれない彼に君は辛い体験をさせようとしている可能性があることを忘れないようにね。と釘を刺される。


「……はい。覚悟します」


それでいい。と教授はくしゃり、と年相応の落ち着いた微笑みを浮かべる。いつかこんな風に落ち着いたひとになりたいものだ。


「うむ。ではここでいい。重かったろう」


ラッピングされたワインボトルを教授に手渡し、乗船をしたのを確認してからそこを離れることにした。




『悠一!』




秋羅の顔が、秋羅の笑顔が、あの曇のない秋の大空によく似た表情を鮮明に思い出して思わず泣き出してしまいそうだったから。



俺の名前を呼んで、微笑む。

あの存在から離れようとしている今、心の内側が離れたくないと声にならない叫びをあげ始めチクチクと焦げていくような感覚は。










執着という格好の悪い欲求だった。



2019/07/27

内容が被った部分があったので修正しました。

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