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静寂の生彩  作者: 百瀬ゆかり
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11 運命の歯車

いよいよ終わりに差し掛かってまいりました。

足首の怪我は酷い捻挫と診断され、お医者様に聴力検査をしていただいたところ聴力はほとんど戻っているのが奇跡にも近く驚いたと言われた。

そう言われてようやく安心した。

本当は、意識の混乱で幻聴を聴き続けているのではないだろうかと内心、不安で不安で仕方がなかったからだ。


転落した際に捻った足首はまだ赤くじわじわと来る熱と痛みは引いてくれない。それと彼────悠一の手が私の足先に触れるたびに、じわりと伝わる体温がまた違う熱を感じて恥ずかしくなる。


悠一と恋人になって早くも5日目。

腫れ上がった足では到底歩けないので彼の手で温くなった湿布を新しいものと交換してから伸縮性のあるサポーターを優しくはめてくれる。


今更のお話、今まで以上に彼に触れられようとしたり側に来たりするだけで頬がカーッと羞恥心で熱くなってしまう。そよ風が部屋に流れ込んで私のひとまとめにしたくせの強い髪をさわさわと揺らしてくる。


「秋羅……その、真っ赤になられるとこっちも恥ずかしくなるからそろそろ慣れてくれないか」


私が真っ赤になると、悠一の頬は赤くならない代わりに黒い髪から覗く耳がゆう夕焼けの赤よりも赤くなる。


「だって……今更だけどさ」


クッションを抱きしめながら悠一の方を盗み見る。


「ん、なんだ」


気恥ずかしそうな表情を誤魔化そうと首の後ろを掻きながらこちらをちらっと見てくれる。


「悠一……カッコいいんだもん」


「!!」


悠一の方からボンッと蒸発した音がした。

それを見たらだんだんくすぐったいけどとても恥ずかしい気持ちが生まれてきた。互いに真っ赤になって微妙に気まずい空気になったのを打破すべく悠一の腹部に抱きついてから顔を埋める。


「えへへ……だってそうだもん」


顔が見えなければなんとでも言える。

仕返しとばかりと彼の少し乾いた手が私の頭を掴み犬の撫でる要領で撫でてくる。今は髪の毛を整えていないのでいくらわしゃわしゃと乱暴になでられても苦にならない。


それでも、やっぱり。


「もっと撫でて……今度は優しく、ね?」


下から彼の顔を煽り見る。

灰混じりの瑠璃の双眸が動揺で小刻みに揺れている。


「……っ、はいはい」


あ、顔をそらされた。

その代わりに今度は優しく撫でてくれる。

悠一がこのクセが強くも艶の帯びた髪の毛を気に入っていじってくるのは知っている。


この手に触れられる時間が限られているのは私でも知っているよ。ごめんね悠一。私ね、偶然ね見ちゃったんだよ。


ノートパソコンの前で、あなたが泣いていたことを。

その内容を知るつもりでは無かったけどあなたが閉め忘れたノートパソコンを畳もうとした時にうっかりキーに触れてしまったことを後悔したもの。


あなたが教授に私の聴力が完治したことを伝えて。

教授が喜んでくれたこと、夫人からの文章もついていて目頭が熱くなった。

でも。教授夫妻がこちらへ私を迎えに来るという文章からは目が離せなかった。


この気持ちは本来は心の奥へしまっておくべきものだったのかと思いつめてしまうくらいに。大学へ復帰できるのが嬉しいはずなのに私の心はひどい雨模様だった。


悠一と離れたくない。

私の名前を呼んでくれる。

趣味が料理であって私の好きなものをお店に出せるレベルにして作ってくれる。現に私の胃袋は彼に掴まれている。


でも。彼のことだ。

心を殺して、私を教授夫妻に返して島から出すことを選ぶだろう。それならば……私は大人しくその意思を尊重しよう。


荷物はそんなに広げていないから片付けるのは簡単だ。さっさと片付けて彼といられる時間にうんと甘えよう。







心底惚れてしまったから、ね。


それが私に出来ることのような気がした。



***



医者から帰宅のお許しを頂いてから夕方に島を立ち、ようやく家へ帰れた。観光した日より治療した日が長かった気もしなくもないがタブレット端末を通じて会話していたのがもう遠い過去のように感じてくる。


「部屋くらい……自分で行けるってば」


「だーめだ、大人しくしとけ」


腕の中から遠慮の一声。

過保護?そうかもしれないが秋羅を無事に教授夫妻に返すまでに完治させる。そこだけは絶対に譲れない。


「う〜……わかったよ」


いつもより聞き分けがよろしい。

何かあったか?


「眠い…ふぅぁ……っ」


大きなあくび。昼寝を好む猫みたいだ。


「眠いなら夕食ができるまで少し仮眠するといい」


うつらうつらと瞬きがゆっくりとなっている。一眠りでもすればすっきりするだろう。


「うん……ねむ、りゅ……」


呂律が回ってない、それだけ眠いのか。

そのまま彼女に当てた部屋に連れていこうとしたら珍しく秋羅が駄々をこねた。


「悠一のベッドが、いい……」


「仕方ないな……」


ぶっきらぼうに言えただろうか。

おかげで動揺したじゃねぇか、このやろう。


「んじゃ、寝ろよ」


頭を軽く撫でてから部屋を出る。

規則正しい寝息が立っている、こうして見れば俺よりいくつか歳が下とわかっていても時折それ以下の年齢に見える時がある。


詳しい生い立ちは知らない。

だが、それでいい。いつか彼女の口から語られるまで俺は強要しないし言うつもりもない。


いつか語れる日を待てば、それでいい。

頭にキスを落として夕ご飯の支度をしに行った。

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