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静寂の生彩  作者: 百瀬ゆかり
11/14

10 ハニームーンに憧れて

甘い雰囲気の気配がします……!

雨粒が強くなっている。雷鳴や閃光は止まったものの、腫れた足先の痛みと熱は一向におさまる気配がしない。


ザッザッザッ。


不意に足音が耳の中に木霊する。

身構えるにも、武器になるものがない。

奥に転がる石を急遽かき集めて投石の準備を整えた。


「こっ、怖くないもん……っ」


我ながらに情けない涙声だ。突き飛ばした相手に感じたものとはまた種類の違う恐怖が身体を支配していた。





「……あき、ら」



それは私が心から渇望していた相手の“声”だった。



「──ゆ、ゆういちぃ……っ」




溢れてくる涙は拭けず、ただただ。

好きな人の第一声が私の名前だったことに安心感を覚えてしまったがための号泣もあった。


「よしよし……怖かったろう」


「……ぐずっ」


「俺が来たから安心したか?」


俺も遭難したことに変わりはないけどな。とおどけて見せるが、私は。彼が側に居てくれて、心配してくれたことに心から喜びを感じていることに卑しくも思えた。


泣き止むまで彼は私を抱きしめてくれた。

痛めた足を伝え忘れていたが察しのいい彼は負担がかからないようにお姫様抱っこに近い形で、私の体をずっと支えてくれた。



こんな状況が幸せだと感じるのは恐怖を感じる部分が振り切ってしまったからだろうか。



***



秋羅が足首をひねっていることに気づいた時にやるせない気持ちに苛まれた。些細なきっかけでこんなことにまで発展するなんて思いもよらなかったからだ。


タオル数枚を取り出し、濡れている秋羅の頭に一枚かぶせてから洞穴から少しだけ腕を出してタオルをじゅうぶんに濡らしてから秋羅の赤く腫れた足首に巻いた瞬間に呻きが聞こえたがこればかりは仕方ない。


そのあとに奥から湿気てない枝と枯葉をかき集め、常備しているライターで火を灯す。普段はうまくいかないのに今回はあっさりとついてしまうのは全くもって解せない。


「秋羅、服を乾かすからその間までこれでも着てろ」


首紐を解き、ほとんど濡れていない上着を手渡してから後ろを向く。布が擦れる音が反響して鮮明に聞こえるのはどうにかしたかった。ものすごく、恥ずかしい。


「んっ、着替えられたよ」


やはりサイズは大きいのか丈の長いワンピース状態になっていた。火の光で照らされる素足は明らかに目に毒だった。


そのあと秋羅の足首の応急措置をしてから膝の上に座らせた。周期的に甘えてくるのを黙って許した。首に腕が回されたり、頬をくっつけられたり、首に擦り寄せられたり。動物かよ、こんちきしょう。


「ねぇ、悠一」


タブレットが必要なくなっている今、彼女とじっくりと話し合うのはこれが最初で最後になるかもしれない。


「ん。なんだ」


「悠一と過ごした日は短いのに、1日が濃かったせいかな。まるで長く一緒にいたかのような安心感が生まれているんだ」


降り積もる気持ちが刺激される。

だめだ、これ以上のことは言わないでくれ。


「おそらくだか、大元のストレスがほとんど緩和したことによって聴力がほぼ回復しているのかもしれないな。良かったじゃないか、すぐに本土へ帰れるぞ」


否定するように言葉を紡ぐと心臓がチクチクと針のむしろみたく痛み出す。それで返ってきたのは秋羅の心からの悲鳴のような言葉だった。


「そりゃあ!初めは帰りたかったよ!!

面倒見てくれる人は男の人って気づいてそれに悠一は最初ぶっきらぼうだったから先が、思いやられていたのに……」


初めは、帰りたかった。

今は違うと言っているのだろうか。


「ぶっきらぼうだと思ってた悠一は……本当は面倒見がよくて、心配性で、私を第一にしてくれて。その……私は嬉しかったの。もちろん恥ずかしくて素直に言えなかったけど!」


なぜ急にツンデレになる。


「聴力が回復してきているってわかった時は飛び上がるくらい嬉しかったよ……でも、でもそれはこの島から離れる時も近いって意味にもなったわけで。私は複雑な気持ちを抱くようになった」


「この島の時間に慣れ始めた証拠だな」





「違う、違うよ。私が──悠一のことが好きになっちゃったからだもん……っ」



突然の暴露はあまりにも直球過ぎて。

ボケようにもボケられない。


「気になるようになってから目もまともに合わせられなくて、これでも辛かったのよ。拒絶されたらって思うと……だからこんなことが無ければ言うつもりなんか無かったんだからね」


頬を真っ赤に染める秋羅は、やっぱり可愛い。

これを言ったらペチペチと叩かれそう。


「こんな時に伝える私、なんかズルイね。

ここから出たらきれいに忘れてちょうだい、これは一瞬の気の迷いだと思うから」






────迷い?





全身が粟立つ。いやだ、いやだ。

離したくない、側から離れたくない。



「……悠一?」



「ごめん、どうか俺を許さないで」




「────っ!?」



何かを発しよう開いた赤い唇を獣のように貪る野蛮な接吻は、彼女に大きな衝撃を与えたようだった。あぁ、甘い、なんて。甘いんだろう。

砂糖菓子、秋羅の唇は甘く感じる。



「ゆ、悠一……待って、息がっ」



潤んだ瞳で訴えたって無駄なのに。

加虐心は煽り立てられ、秋羅から求めてくるのを待つまで何度でも貪ってやる。離れようとする手を握って身体を密着させると身をよじろうと左右にくねくねと揺らいだ。



「──嫌だ、待たない」



角度を何度でも変えて、それでもなお重ねながら蜜を吸いだそうとする。鼻に抜ける声が甘さを含んだ声に変化してきて内心ニヤリと笑う。次第に秋羅の方は限界が近くなったのか身体を寄せ、今までにないくらいに互いの体は密着した。



「────はぁ、はぁ…っ」


肩で息をする彼女を腕の中に閉じ込め、首の側面に唇を寄せるとビクッと体を震わせ声が漏れる。



「んん……っ」



頬を赤らめる表情はひどく愛おしい。

ああ、もう抑えられない。狂おしいくらいに秋羅が愛おしい。



女の子に言わせっぱなしなんて男として格好悪いことこの上ない。だから秋羅だけが聞こえるように、そっと。囁いた。











「……俺も隠し通そうと思っていたがもうやめることにした────」




***



嵐が過ぎ去ってから電話が電波を拾ってからしばらくして俺と秋羅は搜索隊に救出された。


いやまさか、二人してあのストーカー女に奈落に突き飛ばされるとは思っても見なかったことだったし。秋羅の足首がよくなるまでアブ島に一番近い東のレース島でしばしの療養を取ることになった。


秋羅捜索の際に電話を貸してくれた駐在の境さんと交換していたのが幸か不幸かストーカー女の処遇についてのメールが届いていた。


ストーカーは身柄確保した。すぐさま本土への身柄引渡しが決まったが精神鑑定がクズでなければほぼ安全にはなるだろう。彼女のケアをしてやれ、と最後に添えられていた言葉に思わず赤面する。


晴れて恋人になって早5日。

まだ腫れ気味の足首に貼られる湿布を新しいものと交換してから伸縮性のあるサポーターをはめる。


今更なのだが、今まで以上に秋羅も触れようとしたり側に座ったりするだけで桃色の頬をりんごのように真っ赤にする。それを柔らかなクッションで口元を隠しながらも処置をする俺を見ている。


涼やかなそよ風が部屋に流れ込んで秋羅のひとまとめにしたくせの強い髪が揺れる。


「秋羅……その、真っ赤になられるとこっちも恥ずかしくなるからそろそろ慣れてくれないか」


こうも簡単に赤面が感染するのはなんだかむず痒い。耳がじわじわと熱い。


「だって……今更だけどさ」


クッションを抱きしめながら秋羅の薄紅色の唇が言葉を紡ぐ。


「悠一……カッコいいんだもん」


「!!」


予測不能の爆弾をどうにかしたい。

これを何度繰り返すのか、互いに真っ赤になって微妙に気まずい空気になった後に来るのは腹に絡まってくる白く細い腕。


「えへへ……だってそうだもん」


満面の笑みで俺を悶え殺しに来る。

仕返しとばかりと両手で秋羅の頭を掴み犬の撫でる要領でぼさぼさにする感覚で撫でる。前と変わったと思ったところはわしゃわしゃと乱暴に頭を撫でた時、最初は「髪の毛が乱れる〜っ」て悲痛な声が「きゃーっ」と喜んでいる声に変わってきたこと。


「もっと撫でて……今度は優しく、ね?」


「……っ、はいはい」


少なからず秋羅に振り回されている感覚が否めないがここまで甘えられるのが俺だけだと思えば不思議と優越感が支配してくる。






もう時期、別れが来る。

恩人には連絡を入れたところ、返ってきた文面からは感謝と感激の感情がひしひしと伝わってきた。近いうちに秋羅を夫人とともに迎えに行くと書いてあった。このことは秋羅にはまだ伝えてない。


伝えたらきっと複雑な表情をとるだろう。

それだけは、したくなかった。

別れが近いことをわかっていながら恋人になったのはいささか考えが浅かったと思う自分がいることは変わりなかった。それでも秋羅のことが【異性】として好きという感情からは逃れなかった。


大人しく身を引くべきなのか。

秋羅の進む道を遮断してはいけない、わかっている。実に療養自体が秋羅の輝かしい進路をわき道へそらした要因かつ俺はその想定外のイレギュラー的もので。


秋羅の身体を抱き寄せ、頬を寄せる。

今だけは。まだ許されるはずだ。





秋羅のことを想い、深く愛することを。


隣で笑うことを。

愛らしい笑顔を独占することを。



そして、彼女に愛されることを。

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