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8チート目:いわゆるお約束ですか?

 激しい衝撃音は二階から、しかもほぼ真上から聞こえた。それを読みに入れて俺たちは移動し、辿り着いた執務室は惨憺さんたんたる有様だった。

 まるで暴れ狂ったライオンが火あぶりにされた跡みたいな情景だ。きっと美しく気合いの入った素晴らしい質感だったのだろうこの部屋は、今はもう見る陰もない。

 何か大きなひっかき傷のような跡、焦げ臭さ、焼け焦げた壁と床、所々装飾がはげて裏地が見えている。

 だがしかし、肝心のセレナがいない。そしておそらくセレナと死闘を演じたのであろう、このドゥルオファミリーの用心棒も。

 俺たちは呆然としながら部屋を見て回った。だが何もない。誰もいない。


「セレナさん、何処へ……」

「たぶん連れて行かれたんだろうな」

「連れて行かれた?」

「敵はおそらくセレナ以外にも侵入者がいると考えたんだろう。だったらセレナは利用できる価値がある。だから隠した」

「隠した? じゃあ早く助け出さないと」

「でも場所が分かりっこない。そもそもここへ来るのだって……」

 そう俺たちはこの部屋へ来るのにも難儀したのだ。思い出してみると比較的単純な構造だったが、いかんせん初めて来る上にこの広い面積だ。

 迷うのも当然のこと。そしてその状態で敵の警戒網をくぐり抜けて、セレナをちまちま探し出すなど無理。考えるまでもないことだ。


「どうすれば、どうすればセレナさんを助けられるんでしょう」

 この手詰まりに、シャロンの呟きは苦々しく痛ましい響きがあった。

「……私、自分の無力が憎いです」

 部屋の中で俺ははたとシャロンの表情を追った。薄暗い一室は、月明かりの光だけが唯一の明かりだった。それに照らされた彼女はすごく綺麗で、でも今にも壊れそうなくらいの儚さが伴っていた。

「こうやって付いてきても結局お荷物になってばかりで」

「でも、正直俺は……嬉しかったよ」

 あまりにも悲しむばかりの彼女を励ますため――そう言い訳しながら俺は自分の中にあった本心を思わず伝えてしまっていた。油断した、と思うも時すでに遅しだ。

「……? 何が、ですか?」

 ここまで言ってしまったら、今更隠すもクソもない。

「そ、そのシャロンが付いてきてくれたこと。だから……俺が何とかする」

 決然と俺は言った。でもこれはこの場を取り繕うためだとか、元気づけるための口から出任せとかそういうんじゃない。


「足で探すのが無理でも、今は俺、知っていることがある」

 出来ないと決めつけるのは簡単だ。それでも、簡単に諦められないこともある。

 相手は犯罪をまるでいとわないようなギャングたちだ。このままセレナを放っておけば、その身がどうなるのか知れた物ではない。絶対に助け出さなければならない。

「さっきセレナが魔法を使うところを見た」

「は、はい」

「だからセレナの魔力の感じについても何となく記憶がある」

「感じ? 魔質ましつのことでしょうか?」

 怪訝そうなシャロンだったが、俺だって分からない。だが頭の示す感覚に従って説明しながら脳内を整理している段階なのだ。

「さあ、どういうもんなのかは定かじゃないけど。でもそれを探れるかもしれない」

「どうやってですか?」

「魔法で」

 そういうと驚いてシャロンは目を丸くしていた。

「でもユウヤさんはこちらに来たばかりで、魔法も使えないって言ってませんでしたか?」

「だから作るんだよ、今から」

 そんなこと出来るのか出来ないのか。分からないが、俺に与えられた力がアレで確かだというのなら可能性はある。そして試してみる価値も。


「う、嘘ですよ。そんなの聞いたことありません……!」

「とにかく、今はやってみる」

 言って目を閉じた。そして心も閉ざし、集中する。そして清明に思い描く。セレナを探したいという願い、今どの場所にいるのか知りたいという思いだけを強調し、浮き彫りにさせ、描き出す。

 すると頭の中に、まるで知っていたかのように言葉が閃いた。

 あとは俺はそれを読み上げるだけで良かった。

「【seek the character(魔法性質捜索)istic property】!」

 その術の名前を呼ぶと、俺の精神は一瞬俺の身体を離れ、解き放たれ、そしてセレナを追いかけてこの広い屋敷の中を駆けていく。

 そして、見つける。暗い屋敷の中、そこは明かりが灯っており長机ときらびやかなシャンデリア。ここは……


「見えた――セレナの居場所は食堂だ!」

 目を見開いて答えると、シャロンは唖然としていた。その顔には興奮の色が宿っていた。

「す、すごい……信じられない。しかも詠唱もなく、こんな術を……」

 だが次第にそれは消え落ちていって、そして代わりに寂しげな雰囲気を見せ、肩を落とした。

「どうかした?」

「ユウヤさんの力に感動していて、……でも少し、悲しくて悔しくて」

 俺は始め、シャロンの言っていることが分からなかった。でも続く言葉を聞いて、彼女の抱く思いをようやく理解できた。

「本物の天才は、私なんかと比べものにならない。……始めから住む世界が違うんですね」

 その一言を聞いたとき、俺はどう声をかけてやればいいのか分からなくなった。

 だってこれは借り物の力なのだ。俺が何かしら努力して勝ち取ったわけでもなければ、今さっき手に入れたばかりのような能力だ。

 それを見て、感動され、羨ましがられてあまつさえ悲しまれる。

 じゃあ俺はどんな顔をすればいい? どう言ってやればいい?

 これは神様っぽいヤツに貰っただけの力でさ、そうやって半笑いに冗談らしく言ってやるのか?

「行こう。セレナがきっと、待ってるから」

「……はい」

 結局、出来たことと言えば、誤魔化すようにシャロンを急かすことだけだった。


 

 食堂にいたのはポルミアとそして彼が無理矢理引き連れてきたセレナの二人だけではなかった。侵入感知用の魔法結界、その作動を知って避難していたマトの姿もそこにはあった。

 彼らは食堂に置かれた長机、その上座付近に集まり、状況を再確認していた。

「いい加減、話す気になったか。お嬢ちゃん」

 冷ややかにセレナを見下ろすポルミア。セレナは後ろ手に縄で縛られており、食堂の壁にもたれかかって床に座っていた。

「さっきから言っているでしょう。ここに来たのは私一人だと」

「残念だがそれはあり得ない。こちらの結界が多方向からの侵入を確認している。少なくともお前一人だけでないことは確かだ」

 故に侵入の警戒を素早く知って屋敷を暗くし、ポルミアは敵を迎え撃てたのだ。そして実際にこうしてセレナが捕まっている以上、結界からの情報は正しいはず。

「ただの誤作動では? どうせ安物を使っているんでしょう?」

 一向にらちのあかない不毛なやり取りに、いの一番嫌気が差したのは同席していた老人マト・ドゥルオである。

「……もうよい」

 煙たげに手を振る仕草を見せたマトに対し、ポルミアは頭を下げた。

「失礼しました。しかし、こうして近衛が離れているところを狙われたとなると、やはりモックス辺りの送り込んだ刺客なんでしょうかね」

 だが軽く鼻息を吐いた後、マトは厭わしげに首を横に振った。

「あり得ない。特に今日だけはな。……お前も分かるだろう」


 今日は彼ら闇を牛耳るギャングたちにとって特別な意味合いを持つ日であった。

 四年前のこの日、抗争の果て、かつてのドゥルオファミリーの対抗組織となるジャンドと呼ばれるファミリー、その首領が命を落とした。


 四年前のその時、このクーデアリアはまさに群雄割拠の時代であった。ギャングに対する法整備が行われた関連で、彼らのシノギへの締め上げが相当に厳しくなった。

 そしてこれを期に、食うに詰まった下部組織が合流。そして少しでも良い立ち位置を獲得するため、日々、ギャング同士の争いが繰り返されるようになった。

 それは始めこそ粛々としたものだったが、しかしその戦いは時間の経過と共に過剰さを増していく。

 最終的に、大枚をはたいたモックスファミリーは禁じ手すらいとわず、凄腕の魔術師を雇ったのだ。そしてその魔術師にジャンドの住処すみかを爆撃、破壊させた。

 結果として四十名以上の死者を出し、その首領モティオ・ジャンドも死亡した。


 そのあまりの悲劇に心を痛めたクーデアリアに住まうギャングたちは、さる一つの協定を結んだ。

 それはジャンドの死をいたみ、彼らが逝ったその日だけはどんな諍いも一度取りやめ、戦いの愚かさについて考える、そういう記念日としようという協定だ。

 掟に関して詳しく知る者は各ファミリーの構成員たちくらいのものだが、しかし逆に界隈では実に有名な話である。


 故に奇しくもこのタイミングで刺客を放ったとあれば、これは協定に参加する他の組織全ての顔に泥を塗るような話で、その全てを敵に回すことになるだろう。そしてマトはそのような愚かな選択を取るファミリーを他に知らなかった。総じて、この一件が完全に外部犯の仕業であると断定するに十分の証拠だった。


「やはり単に鞄を取り戻しに来ただけという、このエルフの言葉通りに受け取るしかあるまい」

 セレナはこれから彼女の身に起こるだろう悲劇も全く恐れていないような素振りでそっぽを向いていた。

「エルフとは言え女だ。女を痛めつけるのは趣味じゃないんですがね」

 だがその言葉とは裏腹にポルミアの表情は嗜虐の喜びに悶え、唇からはみ出た舌は震えていた。

 さしものセレナもそれにはいささかの嫌悪感を示し、いよいよ歯噛みするような恐れを心の内に抱いた。彼女の自信の拠り所はと言えば、ユウヤの登場の可能性に期待しているというところだけだ。

 だが自分の危険を知ったからと言ってユウヤがわざわざこの危地に飛び込んでくれるかどうかというのは別なのである。もしこのままユウヤが逃げ去ってしまったら、自分はどうなるのか。いや、もう自分のことはいい。ただとにかく、鞄だけでも……。祈るような気持ちだった彼女は、その兆候を感じ取れなかった。

 

「その必要はない」

 拷問の可能性を断ったマトに、さしものポルミアも顔を歪めた。

「まさか見逃すおつもりで?」

 相手が女子供であるという理由で免責するなど、流石にあり得ない。ここまで狼藉を働かれたのだ。目的が鞄の回収であれ何であれ、許しがたい行いだ。

 これを放免にしては部下にも示しが付かない。

 しかし、マトが言っていた言葉の意味と、ポルミアが感じ取ったそれとは異なっていた。

「そうではない。……来ておるのだ」

 その言葉が合図になったかのように、ほぼ同時。食堂の両開きの扉が蝶番のきしむ音と共に開かれた。

 現れたのは、二人。一人は年の頃も16かそこらだと思える男と女。これは歩いるミアからしてもマトからしても、驚愕の事態だった。

 まだセレナは分かるのだ。エルフはと言えば特殊な魔法適性を有しており、幼少から戦闘用の魔術師となるべく育て上げられたような戦闘機械キリングマシーンが存在するというのも聞いたことがある。そしてポルミアは彼女と戦い、その腕と能力に関して十分に承知している。

 だが眼前の二人は、まさしく本当にただのヒューマンの子供だ。しかも男の方はよく分からない、民族衣装のような外見を伴っている珍奇な輩だ。


「……子供か。つくづく我々も舐められたものだ」

 可能な限り感情を押し殺しながら語っていたが、内心ポルミアの心境は激憤に駆られていた。こうまで屈辱的な日はこれまでになかった。今まで数多の敵を恐れ従え傅かせ、そうやって過ごしてきたドゥルオ家長兄のポルミアである。

 それが今日は何だ。エルフの小娘に、学生のような男女?

 ここはオペラハウスか? 大衆料理屋か? 何なんだ?

 そして、向かい合ったユウヤからその怒りに油を注ぐ一言が吐かれる。

「セレナと、そしてセレナから奪った鞄を返して貰いに来た」

 怯むことなく臆することなく述べられたその言葉に、ポルミアの脳内に集まった血は滾り、焼けるような憤怒だけが彼の心中を染め上げていた。


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