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7チート目:こんなに小さい女の子が、ですか?

 十分弱部屋を漁っていたセレナは今し方ようやく、それらしき金庫を見つけた。

 しかしそれは実に強固そうな印象を受ける、分厚い物だった。円柱型のそれは中央に大きな棒状の鍵を入れられる鍵穴が一つ用意されているだけの簡素な作りだ。しかしその簡素さが故に、比して堅牢さも強く感じられる。

 それに彼女は魔法工学を修める人間として、この金庫の面倒さを知っていた。


 これの鍵は金属などの普通の物理的な認証ではなく、魔法鉱石を応用した認証システムを取っている。これを突破するのはAA級の魔術師が5人以上且つ一日がかりで何とかなるかどうかという手合いの代物。つまり最高峰のセキリュティなのだ。もちろん物理的な破壊力でこじ開けるというのも困難な上、中身を破壊してしまう危険性も同時にはらんでいる。

 現状出来ることと言えば、これをそのまま持ち帰ることくらいというのだから嫌気が差す。しかしこれをそのまま持って行けるような魔法を今のセレナは扱えないし、かといってユウヤたちも呼び寄せて三人であればどうにかなるというわけでもない。

 八方ふさがりの状況に思案し、途方に暮れていた。だからそんな彼女が、それに気付けるはずもなかった。


「【Blast(爆裂)】」

 セレナがその言葉を聞くのとほぼ同時だった。大気を食い破るような破裂音と共に激しい火炎がセレナの元へ迫る。

 そしてその紅蓮は容赦なく彼女共々、その周辺の空間を飲み込み焼き尽くした。

「間抜け共め。こうも易々と侵入を許しやがって……。後で皆殺しにしてやる」

 自らの魔法で焼き焦がした様子を見つつ、そう呟いたのはドゥルオファミリー長兄、ポルミアであった。長い前髪を掻き上げながら、その光景を忌々しげに見つめている。

 奇襲故にやむなかったとは言え、おかげで貴重な調度と床や壁を焼いてしまったことは不覚である。さりとてどのような相手かも分からない敵に、まごついていて貴重な先制の機会を失うことはよりあり得ない。


 だが――

「随分手荒い挨拶ですね」

 全くの無傷でセレナは悠々と煙の中から現れる。その余裕と無傷は当然ながら、彼女が前もって展開してあった魔法に由来する。

 【Wall to protect (対魔法防護陣)from magic】対魔術師戦闘において、十全の役割を果たす防護魔法である。だが無限の防御力を誇る盾というわけではない。証拠に彼女の周囲を舞っていたスタックの一つが消失している。

「こそこそと盗みをやる人間に礼儀作法を言われる所以ゆえんはないな」

 嘲るように語ったポルミアに対し、セレナはたじろいだりせずに真っ直ぐに言い返す。

「だとすればまず自らのえりを正すことから初めてはいかがですか?」

 先ほどの不意打ちは先制攻撃を焦って、敵の姿をあまりよく見れなかったが、今煙が晴れてきてようやく分かった。今、ここに相対している相手が一度会ったことがある人間だと。

「ほう、よく見たらさっきのエルフのお嬢ちゃんじゃないか。何をしにこんなところまで?」

「とぼけないでくださいよ。返してもらいに来ました、私の鞄を。その中身を!」

「威勢が良いな。ここを何処だと思っているんだ?」

「知っていますよ。このクーデアリア下最大勢力のギャング、ドゥルオファミリーのその邸宅でしょう?」

 知っていて尚、あえて乗り込んでくるというのは流石の度胸と認めるしかない。だが同時に顔を売る商売の彼らにとって、耐えがたい侮辱でもある。

 今やその規模は全盛期の半分以下の勢力となってしまったが、それでも彼らドゥルオファミリーと言えば、その名の響きにすら剃刀のような剣呑さを持つ、犯罪組織なのだ。それが小娘一人に屋敷への侵入を許して、あまつさえのうのうと外へ出られれば示しが付かない。


「フ……小娘かと思ったが、案外刻み甲斐がありそうだ」

 その言葉を放った瞬間、室温がすっと下がったような錯覚をセレナは覚える。まるで野生の肉食獣が向ける剥き身の敵意だ。針で刺すような刺々しさがある。

 しかしセレナはそれを鼻でわらった。 

「そんな野卑やひた殺意に私がじるとでも?」

 ポルミアがその言葉ににやりと笑い、その次の瞬間、下げていた左手の杖を上げる。悠長に話していても、しっかりと警戒していたセレナはもちろんその動きに対応した。

「【Disarmament(武装破壊)】!」

「【Magic inh(魔法阻害)ibition】!」

 【Disarmament(武装破壊)】の言葉と共に杖の先から放出された光が高速でポルミアの元へと走る。だがその光はポルミアから放たれたそれとぶつかり、道半ばで雲散霧消する。


「また【Magic inh(魔法阻害)ibition】ですか? 一つ覚えですね」

 そう言いつつもセレナは内心、戦闘の展開が上手く運んでいることを喜んでいた。

 この初手【Disarmament(武装破壊)】は相手を誘い確かめる一手だった。つまり敵が今回も【Magic inh(魔法阻害)ibition】を武器として使ってくるか否かを見定めるための布石でしかない。

「強者に多芸は必要ないさ。ただ勝つだけ」

「芸は身を助けるとも言いますが?」

「結果が全てだ」

「その通りです」


 そして再び、満を持して互いが唱える。敵を倒すための必殺の呪文である。互いの周囲を舞うスタックが消失し、内在していた魔力が放出され、それは意味ある現象となって顕界する。

「【Sever the hu(殺戮の一閃)man】!」

「【Distortion and(歪みと罅) cracks】!」

 ポルミアの杖先から白い閃光が吹き出て、それらは半月型になり空を舞う。

 一方でセレナは杖を持たない左手に隠し持っていたいくつかの小さなゴム球をばらまく。するとそれらは見えない何かに弾かれたように吹き飛び、ポルミアの元へと殺到する。

 それらは全て凄まじいスピードだったが、機敏な反応でポルミアはそのゴム球の攻撃を躱す。それでもいくつかはその身体をとらえ、右腕と右足に命中する。

 そしてセレナを襲おうとしていた半月型の光は、これも見えない何かに弾かれたように軌道を逸れ、背後の壁と窓に直撃し、衝撃音と共に土煙りを巻き上げる。

 ポルミアはファミリーの仕事として幾度となく殺しを繰り返してきた男である。自らが相手取った人間が、自らの魔法で息絶えたか、それとも生きながらえているか。

 その判別は姿が見えずともはっきり感じ取れる。敵はまだ生きている。そう確信したポルミアは痛みに苦悩しつつも、追撃を放つ。

「【Sever the hu(殺戮の一閃)man】!」

 その言葉と共に更にスタックが消費され、三つの光の線が空を横切る。

 だが命中しない。した手応えがない。ガン、と激しい音が響くだけ。だがこれは【Wall to protect (対魔法防護陣)from magic】による防御でないのだけは分かる。【Blast(爆裂)】はともかく【Sever the hu(殺戮の一閃)man】の攻勢は魔法防護で軽々防げるような物ではない。これは一点の破壊に特化した攻撃法だからだ。魔法防護は性質上、カウンターとしての役割で全身を覆う鎧となって発動する。

 だからこそ【Sever the hu(殺戮の一閃)man】のような攻撃に対してはある程度効力を失う結果にならざるを得ず、そしてそれこそこの魔法を苦労してポルミアが会得した理由でもあるのだ。

 しかし、敵は倒れておらず、その上。

 再びゴム弾が見えないような速度で放出され、ポルミアはその軌道も追い切れず腕で頭部だけを守って防ぐ。

 回避すらままならず激しい物理衝撃を受けて、倒れそうなほどにのけぞるポルミア。

 そしてごうという音と共に、風が巻き上がりセレナの姿が露わになる。

 すかさず相手の潜在魔法を消失させるために、ポルミアはうたう。

「【Magic inh(魔法阻害)ibition】」

 だが杖の先から走った光弾は進みセレナを捕らえたが、あえなく雲散霧消する。その効果は発揮されず、セレナの周囲は魔法の効果で歪んだままである。

 その上でポルミアのスタックは残り一つになっていた。


「……やるじゃないか。小娘にしては」

 余裕の雰囲気でそう話してはみるが、ポルミアの受けたダメージは存外大きかった。打ち出されていたのは、たかだが小指の第一関節程度の大きさのゴム球だったが、その一撃一撃はまるで大男に殴られたかのようなダメージがあった。

 今も痛みの他に鈍いしびれが残っている。

 その一方でポルミア渾身の攻撃は全て無為に終わったというのだから、俄然不利な状況であった。 

「野蛮ですね。対人殺傷専用魔法とは」

 セレナは眉一つ動かさず、冷ややかな低い声音で言う。

「こういう稼業だ。殺したいヤツ、殺さなければならないヤツが何人もいるんだよ」

「どうでも良い事情です。人殺しの理屈なんて。……降伏しなさい。私の概念指向はあなたのそれの天敵です。およそ魔法戦であなたに勝ち目は無い」

 そう。無敵にも思えた阻害魔法【Magic inh(魔法阻害)ibition】だが明確な弱点がいくつかある。

 その一つが固有魔法、もしくはそれに近い秘門魔法は防げないと言うことだ。そもそも【Magic inh(魔法阻害)ibition】は相手の魔法の仕組み・効果を理解して、その全く反対の性質の魔法にしてぶつけるという高等魔法である。

 従って相手の独自開発した魔法や、巷間こうかんに知られていない魔法というものに対して無力にならざるを得ないのだ。だからこそ交戦一撃目においてポルミアはその使用を躊躇ったのだ。


 そしてセレナの用いる【Distortion and(歪みと罅) cracks】】はまさしく、セレナ独自開発の固有魔法である。【Magic inh(魔法阻害)ibition】はまず通用しない。

 そしてこれは偶然だったが、セレナの魔法はポルミアが利用している魔法【Sever the hu(殺戮の一閃)man】に対して相性最悪と言えるものだった。

 【D|istortion and cracks《歪みと罅》】とはつまり、空間に歪みを作る魔法である。

 これを弦のように扱って物を弾くという応用的な使い方もあるが、基本的には空間に断絶を生んで敵の投射攻撃を防ぐ用法がセレナにとってはメインだ。これは【Sever the hu(殺戮の一閃)man】の魔法に対して絶対的な防御になってしまう。

 さらに【Distortion and(歪みと罅) cracks】は空間の罅を相手に伸ばしたりという方法で圧倒的な破壊力で粉砕するなどの攻撃も取ることが出来る。

 しかしセレナはそれをあえて使っていない。おそらく使用していれば初回の交錯であっという間に敵を即死させていただろう。

 だがそれをしなかったのはひとえに彼女の善性による理由だ。自らを危険にさらして尚、また敵が殺戮者のギャングであろうとも致命の攻撃を取れない弱さ。

 ただ、二人の魔法的能力差はかなり離れているが故にあえての手抜きも出来る。事実、この現状がそれを如実に表している。

 ポルミアはくつくつと嗤いながら、言う。

「魔法戦に勝ち目は無い、か。確かにそうかもしれないな」

 それは諦めからくる自嘲の笑みなのだろうか。だとしたら勝負は終わったも同然。セレナは僅かに安堵する。だがその一瞬の隙を、歴戦の戦士であるポルミアは見逃さなかった。まるで前向きに倒れ込むような姿勢から、痛む身体に鞭を打って走り出す。

「スタックを打ち尽くさないと分かりませんかっ!」

 怒声を上げながらセレナは杖を向け、【Distortion and(歪みと罅) cracks】を使い、空間に黒々とした罅を生み出す。だが機敏な動きでポルミアはそれを躱し、そして――

「【|cut off a l(多くを断つ刃)ot】」

 その詠唱で遂にポルミアのスタックは尽きる。同時に現れたのは、杖の先に伸びる白い光。それは放たれることなく留まったまま、まるで刃のような形状で保たれている。

「剣を!?」

 敵の攻撃はと言えば【Sever the hu(殺戮の一閃)man】の一手のみかと思ったのだ。この魔法はBBクラスはある高等魔法だ。習得には相当難儀しただろう必殺の術である。だからこそそれに頼り切りなのだろう、そんな意識があったことがセレナに災いした。

 素早く近寄ってくる相手にゴム弾の一撃は間に合わない。だが殺すつもりなら――そんな一瞬の逡巡が勝敗を別った。

 気付けばその魔法の剣の切っ先はセレナの細い首元に向けられていた。

「俺はこっちが本業だ。……お前の言う通りだったな、芸が身を助けるとは」

 こうなればもはや動けない。敵は人を殺すことに何の躊躇もない相手だ。ここへ来るまでに死の覚悟は付いている。いや、そもそもアレを盗まれた時点で自らの命を費やしてでも取り返す気概はあった。しかし皮肉にも人殺しへの覚悟というのは不足していたのだ。

 そしてだからこそ死への恐怖と言うよりは、まだ自分の任務を為していない未練心から命への執着が沸く。

「杖を下ろせ、そして吐くんだ。あと何人、ネズミがここに潜り込んでいるのか」

 言われるがまま、セレナは杖を手放す。焼け焦げた臭いのする部屋に、ころんと木の枝が転がる音が小さく響いた。

 ●

 俺の耳に届いたのは死闘の気配を感じさせる激しい騒音だ。俺たちはそれの行く末が気になってその場から動くことも出来ずに立ち止まったまま、天井を注視していた。そしてしばらく経った後、その物音が消える。

 同時に俺は何かの違和感を右手首に覚えた。見てみると、身につけていた細い針金状の腕輪が僅かな熱を発しながら灰になって消え去った。

 ――

「あと最後にですが、これを渡しておきます」

 ドゥルオの邸宅へ向かうその寸前、路地裏でセレナは俺たちが進もうとするのを差し止めた。そして彼女が手渡してきたのは細い針金みたいな何かだ。5センチ以上はあるそれの先っぽで突っつくように差し出してきたのだ。またセレナは同じくシャロンにも手渡していた。

「何だこれ」

 意味が分からずそう問いかけると、セレナが答える。

窮厄きゅうやくの糸です」

 また訳の分からない言葉が出てきたなと思いつつも、その後に続くセレナの説明を待って聞いた。

「持ち主が強い不安や恐怖を感じたときに解ける糸です。私がこれを改良して二つでリンクするようにしたんです」

「つまり?」

「まああり得ないことですが、私が危地に陥った場合、この糸が解けて消えます。たぶん少し熱くなるので気がつけます。反対にユウヤたちが危険な状態になった場合も、こちらに伝わります」

「じゃあこの糸が解けたときは――」

「お互いにお互いを探しましょう」

 俺たちはそれぞれに見つめ合って、頷いた。この細い針金が要は最後の蜘蛛の糸ってわけだ。だがこれほど心強い物もない。何せこれがあれば、いざとなっても仲間による救出を待てるのだ。

「分かった」

「分かりました」

 俺たちの返事を聞いたセレナは満足げに笑い、そして俺たちを制する形で前に出た。

「じゃあ行きましょうか。あの無駄に大きいばかりでセンスの欠片も感じないバカみたいな豪邸に」

「け、結構言うんだな……」

 まあ貴重品を盗まれたドゥルオファミリーに恨み骨髄なのは分かるが、にしても結構セレナは毒舌なんだなと改めて知った。

――

 俺たちは燃えて消え去っていく、窮厄の糸の腕輪を見送った後、確信した。あの戦い、結果はセレナが敗北し今、彼女は絶対的な危地にある、と。

「……移動しよう。セレナがピンチだ」

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