4チート目:これが「しかし何も起こらなかった」ってヤツですか?
戻ってきたギルド本部。そこでその喧噪を割るようにして聞こえたのが、
「教えてくれないと困るんですっ!」
というちょっと幼い感じの声だ。そこには必死な感じの含みがある。
何事かと思って、他の人たちと同じように声のした方へ視線を向ける。
そこには金髪の小さな少女が、受付嬢に懸命に話す姿があった。
大体身長は150センチ弱くらいだろうか。金色の美しい髪を後ろで一つに束ねており、白いブラウスの裾から見える肌は真っ白だ。そして何より注目すべきはその耳である。とんがっているのだ。よくマンガや映画で見るように。
その少女の激しい攻勢に対して、受付嬢はたじたじにされている。
「で、ですから何度も申したとおり、その某とか言う犯罪組織に関する情報は当ギルドにはありませんと……」
「そんなはずないですっ! このギルドはクーデアリアを含め、オルフィア王国の広域を連ねる大ギルドの総本山ですっ! そこがかの有名なドゥルオファミリーについて知らぬ存ぜぬ、だなんてあり得ませんっ!」
そこで俺たちは思わず顔を見合わせる。そう、俺たちは最後に件のドゥルオファミリーに関してのことをギルドに伝えようと思っていたのだ。
だが目の前の金髪少女の言うとおり、ドゥルオファミリーはどうもこのクーデアリアの裏社会を牛耳るような大きなマフィアである。
それの存在を知らないとしらを切るのは、どうにもおかしい。
しかも彼女たちの言い分からすると、ギルドという組織はお悩み相談所的な場所だそうだ。だというのに、犯罪組織に関して情報が不足しているとは思えない。
「お願いですっ! きっと奴らの手先なんです! 私の鞄を盗んだのは!」
「でしたら、先ほどから申し上げている通り、盗難の犯人捜しとしてのクエストで募集をかけるのはいかがかと」
「だからダメなんですっ! そんなのろまなことをしてる暇はないんです! 本当に、本当にダメなんです!」
「困りましたね……」
俺たちは見るに見かねてその少女に声をかけることにした。そしてとりあえず落ち着いて貰うために、ギルドの外に出て、ちょっとお洒落な喫茶店に入ることになった。
白い石畳の上、丸いテーブルに俺たちは三人詰め合って座る。向かって正面にさっきの少女、そして俺とシャロンが並び合って座る。何かの面談かのような構図。ここへ移動する間に名前を聞いたが、彼女はセレナ・ブランドと言うらしい。
しかしこのセレナという少女もシャロンに負けず劣らずの美少女だ。まるで何か人形のような精巧さがある顔立ちだ。色も白く、金髪の髪は一本一本が黄金のように輝いている。
やはり彼女はエルフなんだろうか。だからこんな幼少の姿でも分かる、素晴らしい美貌を誇っているのだろうか。
そんな思考はすぐに打ち切られた。まだ飲み物も出そろわないうちに、セレナが不満げな口調で語り始めたからだ。
「本当にポンコツ堅物連中ですね! あいつらは」
「あ、結構毒舌」
「なんですか!? 文句ありますかっ!」
きっ、とこちらを睨んで怒ってくる少女。
「い、いえいえ……」
「その、それで何があったんですか? セレナさんは」
そう訊ねたのはシャロンだった。おおよその事情はさっきの会話で推測できたが、俺も一応詳しいことは聞いておきたかった。
「その前にそっちの事情が聞きたいですね」
ふんぞり返りながら、セレナは出てきたコーヒーをすすっている。見かけはおよそ十歳くらいの女の子に見えるのだが、その姿はやけに堂に入っているから不思議だ。
「俺たちは、そのドゥルオファミリーの連中に絡まれてて。……それで、奴らを追っ払ったんだけど、目を付けられて報復されるかもしれないんだ」
「なんだ、そんなことなんですか。しやされませんよ、報復だなんて」
セレナは興味もなさそうな風に言う。そして自分の事情の方がもっと厄介なのだと語るように。
「でも前々から私がドゥルオファミリーの女衒の人に狙われていて」
しかしシャロンが少し悲壮感を見せて語ると、セレナは少し申し訳なさそうに顔を歪める。
「まあ、確かに連中はしつこいと聞いたことあります。それ以上に連中、メンツとかいうくだらないものにすごく拘る性質だそうですから」
「だから、俺たちもギルドに協力を依頼しようと思ったんだ」
「ダメですよ。もうはっきり分かりました。連中はグルなんです。ドゥルオファミリーと」
確かに結論としてそういうことになるだろうが。しかし信じたくない事実だった。俺たちをああやってもてなしてくれたギルドが犯罪組織と繋がっているということは。
「そんなことって……」
「前々からおかしいと思ってたんです。街の治安組織を謳うようなギルドが全然ドゥルオを狙わないんですから。どうせ賄賂ですよ。汚い連中です。すぐに金に屈服して」
つんけんした口調で彼女は語る。
どうもセレナはうがった見方というか、かなり偏った知識を有しているらしかった。
「……確かにドゥルオファミリーはこの街でかなり顔を利かせてますね」
シャロンも組織についてかなり知っていたし、彼らは自らを隠すつもりと言うのもほとんど無いのだろう。
「じゃあどうしたら」
他にこの国に存在する警察機構に頼み込むということになるのだろうか。
それが妥当な案だが、果たしてこの国、いやこの世界の警察権力というのは頼りになるのだろうか。そしてまたギルドと同じように賄賂で籠絡されてはいないだろうか。分からない。俺は本当にこの世界について何も知らないんだなとあきれてしまう。
「もうラチがあかないので、私は直接アジトに突っ込むつもりです」
しれっと目の前のちびっ子がそう言うものだから、俺は飲んでいたグラスのお茶を思わず吹き出しそうになった。あまりにも直情的すぎる。
「そんな、無茶ですよ」
「さっき受付で鞄を盗まれたって言ったけど、一体何を盗まれたんだ?」
セレナとて他の人間、ギルド以外の組織に頼るという選択肢を思いつき、考えたはずだ。それでもあえて単身突っ込もうとしているのであれば、それは……
「それは……話せません」
セレナはそう言ってにべもなかった。何か深い事情を予感させた。そもそもああまで目立ってでもギルドから情報を引き出そうとしていたこと自体おかしいのだ。
当然、俺は気になった。その事情について。
「俺たちは話したのに」
「私は無理強いしてません」
「まあ……そうだけども」
「ともかくこんな場所で呑気に茶をしばいてる場合じゃ無いんです。でないとマーリン先生に私が殺されちゃいます! いえ、そんなことも些末なんです! ともかくマズいんです! 本当に!」
そう言って彼女は飲みかけのコーヒーを一気に全部干してしまう。
「……マーリン?」
不思議そうにシャロンは首をかしげていたのだが、何のことか分からない。
それよりもまず俺はこのセレナの行く末が気になった。
「行くのなら俺も付き合うよ、君みたいな子を一人で行かせられないし」
「はん。何ですか。偉そうに。言っておきますけど、私はエルフなんです。あなたよりよほど年上なんですからね」
そう言われて二重に驚く。まずはセレナがエルフだということが間違いない事実となったこと。薄々感じてはいたが、本当にそうだと聞かされるとまた別の驚きがある。そして二つ目は彼女の年齢だ。
なんたって俺はセレナに対して年下の子供と話すような気分で会話していたのだ。だからこんなにも上手く話せていた。
「え、いくつなの?」
俺はちょっと焦りながらセレナに尋ねた。
「今年で42です!」
かなり威張った様子で言われるが、どうにも信じられない。やはりこの幼少の姿で42というのはどうにも……。
「エルフってそういうもんなの?」
「でもエルフは二十代半ばまでは、ほとんど人間と同じペースで成長するっていう話ですけど」
とのシャロンの言葉に俺は疑惑の眼差しでセレナを見つめる。すると彼女は恥ずかしげに顔を赤らめて言う。
「そ、その……私はミスったんです! 若返りの魔法を! だから、こんな姿に……いっつも歩いてると変な目で見られますっ。
しかも思考や趣向も子供っぽくなって来てっ……」
ちょっとだけ目を潤ませて語るその姿が少しかわいそうになってきたので、もうこれ以上はその辺りについて追求しないことにした。
「ともかく俺も付いていくよ。年に関係なく、危ないところに行くなら助けが必要でしょ?」
「どうせ足手まといになるだけです。私は高名で有名で偉大な魔術師ですので!」
と、セレナは無い胸を反らす。しかし確かに足手まといならないと断言も出来ないし、それを証明することも出来ないか。そう思ったとき、ちょんちょんとシャロンに肩を突かれる。
「ユウヤさん、ユウヤさん」
「え、なになに?」
「あれを見せてあげてください」
そう言われて一瞬何のことかと思ったが、すぐに思い至った。
「ああ、あれ」
俺はポケットに無造作に入れてあった、シルバーモニュメントと呼ばれる銀色のアクセサリーを取り出す。まるで鍵のような装いのアイテムだ。俺からすると、そこまで神秘性も感じないし、普通のアクセという感じだ。しかしセレナはそれを見ると一変、愕然とした表情で汗を流した。
「こ、これ、シルバーモニュメント……? 魔法石も輝いてる……。あなたグランドマーセナリーなんですか!? そんな格好で!」
「格好関係なくない?」
「で、でもそれなら正直心強いですね」
やはり彼女なりに単騎突入には不安を覚えていたのだろう。手助けを申し出て良かったと思う。
「ただ代わりと言ったら何だけど、一つお願いがあるんだ」
そう切り出すと、セレナはかわいらしく小首を傾げた。
「何です? あまり時間が必要なら断るかもしれませんが」
「少しで良いから魔法を教えて欲しいんだ」
俺はギルドでの調査によると、すごい能力を秘めているらしい。それはどうも、大変ありがたい話だ。しかし現在俺は完璧に空手であり、自分の力をほとんど認識していない。シャロンやセレナを守ったり、手助けできるような実力はないと思う。
だからこそ、俺のそのポテンシャルを戦力にするため、何か武器が必要だ。
故に俺はセレナに魔法を教えて貰うことを選んだ。どうも彼女は魔法が得意そうで、自ら偉大な魔術師とか語っていたし。
しかしそういう言い訳よりも何よりも、まず俺は自分でこの世界のファンタジーを、つまり魔法を味わってみたかった。たぶん、本当はそれだけのことなんだろう。
俺たちは王都でも人気の少ない路地裏から抜けて、小さな広場へと出た。
周囲は建物に隠れて暗く、そこにいる人間たちも家を失ったのか呆然と座り込んでいるようなそんな陰気な場所だ。
しかしこういう人気の少ない所でもなければ、気兼ねなく魔法が使えないというのがセレナの弁だった。
彼女は俺たちの前に立ち、またまた威張ったような態度で胸を反らして語った。
「最初に教えるのは魔法の中でも基本中の基本、【Fire】です」
やはりこういうファンタジー世界では、炎系が基礎になるのかと俺は心の中で納得する。
「【Fire】は単一対象・瞬間効果型・動性魔法です。また溝は単純式ですので詠唱はいりません」
「え、今なんだって?」
あまりに意味の分からない単語を羅列されて、俺はすぐさま問い返した。
だがセレナは時間が無いという事情に思い至ったようで、話を逸らす。
「もう細かいことはいいんです! ともかくですね、こうやって触媒を持って、火が燃えるところを頭の中で想像するんです」
「自分から言い出したくせに……」
「言っておきますけど、想像するっていうのは頭にただ思い浮かべるというのとは違います」
そんなことをもっともらしい雰囲気で語る様子は確かに、偉大な魔術師の片鱗を感じないでは無い。
「つまり心の中にその有り様をはっきりと描き出し、照らし、そして世界にその輪郭を結び、映し出すということなんです」
「分かるような、分からないような」
俺が言っている間にも、セレナは腰元のベルトにまるで剣か何かのように差していた杖を抜く。そしてそれを空へと優雅な動きでかざした。
「ではまず私がお手本を。【Fire】!」
するとセレナの杖の先から炎が舞い上がる。強い炎だった。1メートル近く上っただろうか。俺たちの間には割と距離があったが、しかしその炎の威圧感はしっかりと感じた。
「……すごい。本当に火が出た」
しかしこんな魔法が使えるくせに、鞄をひったくられたというのはどういうことなんだろうか。そんな疑問をよそに、授業の進行は続いていた。
「当たり前です。じゃあまずシャロンから」
杖を手渡されて、シャロンは頷く。そして彼女も同じく空へとかかげる。
「わ、分かりました。【Fire】!」
そして告げると、炎が空を舞う。その規模としてはセレナの三分の一程度だろうか。
「うん。十分ですね。発動時間と規模、支配力。ちゃんと訓練の後が見て取れます」
「ありがとうございます」
偉そうに語ったセレナに対しても、シャロンはぺこりと丁寧にお礼をしていた。
「それでは次はユウヤ。あなたです」
「分かった。やってみる」
触媒を受け取ってから、しかしそこでセレナが奇妙に目を眇めた。
「……しかし、変ですね。何ででしょう」
「どうかした?」
俺は一度魔法の発動を中断する。一応俺も初めてのトライに緊張しているのだ。こうして目の前で変な様子を見せられると、不安で手が止まってしまう。
「いえ、何故かさっきからこの空間にマナを感じなくて……」
「そうなんですか?」
シャロンはそうでもないのだろうか。いずれにしても違和感は覚えていないらしい。俺も特に分からない。というかマナという概念がそもそも不明だ。
それで魔法を使おうというのだから横柄な話だが。
「でもたぶんさっきすごく怒ったせいですね」
セレナは勝手に納得したようなので、俺もいよいよ気兼ねなく魔法の発動に移ることにした。心の中で炎を想像する。燃え上がる火。ガスコンロ。ストーブ。ピザ釜。火力発電所。……あぁ、いいのかなこんな例で。いやいや集中しろ。集中。
すっと息を吸い、目を開ける。そして杖を頭上へ。
「……【Fire】!」
そう唱えた瞬間、空に向かって掲げた杖から凄まじい炎の奔流が吹き出し、天高くまで伸び上がる。それはまるで飛翔する竜のように。
あまりの炎の量に、周囲の温度が一瞬で上がる。そして広場にいた少数の人間に唖然とした表情をされる。
「おおおっ! や、やりすぎた」
それを見ていた二人は目を白黒させていた。そしてしばらく経ってシャロンがようやく口を開ける。
「流石はグランドマーセナリーですね! ユウヤさん」
「あ、ありがとう」
そう褒められて悪い気はしない。相変わらず品のいい最高の女の子だった。
一方でセレナの方を見ると、彼女もまた驚き困惑している様子だったが、未だに頑固な態度を崩さない。
「す、少しはやるみたいじゃないですか」
「まあね」
「じゃあ次は少し難しいのにしましょう。そうですね……【Air hole】にしましょうか。これも単純式でスペルはいりませんし、CCの魔法ですから」
と言って、セレナは勝手に納得している様子だ。
しかしこれは魔法の名前から効果があまり想像できない。何かしら穴を開けるというのは分かるが。
そしてセレナは再び杖を構える。今度向けるのは頭上で無く、広場の中央のその中空辺りだ。
「じゃあ見せますよ。【Air hole】!」
すると僅かに黒い穴が杖の先、空中に浮かぶと、その穴に向けて空気が吸い込まれていく。こちらまで引っ張られそうな風の強さで、実際枯れ葉や小石などが飲み込まれていた。そして魔法が終了すると吸い込まれた空気がはき出されて、俺たちは風を受ける。
飲み込まれていたゴミも一緒に吐き出され、地面へと落ちた。
そしてセレナは俺に杖を差し出してくる。
「シャロンは良いの?」
「わ、私は無理です。CCの魔法なんて」
「そんなの俺に出来るのかな。まあ、いいや」
出来なくても別にいいかという軽い気構えで、杖を受け取り、そして同じくして広場の中空辺りに杖を向ける。さっき見た光景を頭に思い浮かべる。空気の穴。黒い穴。何でも吸い込むような……。
俺は目を閉じて想像し、そして頭の中を想像で満たしてから開く。
「行くぞ。【Air hole】!」
……しかし何も起きなかった。
そういうどこかで聞いたことがあるような表現が相応しい状況。
俺たちはぽかんとしていて、セレナがにやにやとしながら言ってくる。
「やはりCCの魔法は少し難しすぎましたね。初心者には」
俺がむっとしたのも僅かのことだった。
ゴンッ、というまるで巨大な銅鑼を叩いたかのような音が響くと同時に、巨大な直径3メートルはあるだろう穴が開く。そして凄まじい勢いで風を飲んでいく。さっきの落ち葉や小石どころではない。重しになるような大きな石も引きずられて動いており、今にも空へと舞い上がりそうな様子だ。
俺たちは体重を落として必死に風に耐える。吹き飛ばされそうになったセレナの手を思わず握る。
「止めて止めて!」
「やってる、やってるって!」
セレナとのそんなやり取りのすぐ後、きっちりと風は止まり穴も消える。いつの間にかその場にいた人たちも消えている。流石にもうこれ以上はこんな実験に付き合えないというのだろう。その人たちには悪いことをしてしまった。
俺たちは互いに息を切らしながら、何とか無事切り抜けたことにほっとしていた。
そしてセレナがぽつりと呟く。
「制御、しきれていないんですね。自分の……魔力量を」
「そういうこと、になるのかな」
と、俺が答えると、自嘲するようにセレナが笑った。
「……信じられない。……でもここまで来たら疑いようが無い」
彼女はここまで通して、自信溢れる態度を続けてきていた。きっと自分の能力や、出自、努力、そして結果に揺るぎの無い確信があったのだろう。
しかし今の彼女からは、それが抜け落ちていた。
「つまり、私がマナを感じなかったのは、鼻が鈍ったせい」
呆然とするような、愕然とするような、自らを疑心するような、そんな姿で立ち尽くしている。
「彼の、ユウヤの秘める圧倒的なマナ容量に……!」
そのとき見たセレナの瞳はさっきまでとまるで違っていた。
そこには明らかに恐怖心が混じっていた。ここにいてはいけない、そんな化け物を見るような竦んだ眼差し。
俺は何も言わずに、たださっき【Air hole】が開いていた辺りの場所を何となく眺め続ける。本当にさっきの一連の出来事が、現実であったのかを確かめるように。