2チート目:女の子の部屋に入るんですよね…?
シャロンの話からすると、いつまたギャングたちに襲われてもおかしくない。
とりあえず詳しい話を聞くため、俺たちはシャロンの家へと移動していた。なんだか成り行きでこうなってしまったが、なんとなく順応してしまっている俺自身がちょっと怖い。
ともかく歩きながら俺はこの世界の町並みを楽しんでいた。ずばり俺の知るファンタジー世界という感じの雰囲気だ。屋台があって、馬がいて、獣の姿をした人がいて、全部石造りで、遠く街の中心にデカい城があって。
そういえばこの街はかなり大きい。国の首都とかそんなところなのだろうか。
いろいろ聞きたいことは山ほどあるのだが、緊張して会話がなかなか切り出せないというのが現状なのだ。
「ところでその服装、ユウヤさんはどちらからいらしたんですか?」
だからそんな風にふと切り出されて俺は少し慌てた。
「え、あ、その……遠い、日本って国から……」
「ニホン……? 聞いたことの無い国です」
「いやあ、かもなあ……ははは」
もしかしたら日本と何かしら接点が存在するのかもなんて思ったが、まあそういうことはなかった。やはり完全な異世界転生ってわけだ。
「でも服も仕立てが綺麗ですし、お強いし、ニホンと呼ばれるその場所はとても素晴らしい場所なんですね」
「どうかな、そうでもないんじゃないかな」
だって日本って国はもう終わりなんだ。いやそれは少子高齢化とかいう話じゃ無くてさ。もっと根本的なところで。
頭でっかちの連中が牛耳って支配して。自分の都合の良い報道をして。イジメをするなという大人が真っ先にイジメをやって、自殺させて。そんなんで年間何万って人が死んでて。そんな構図が上から下までびっしりとこびりついてる。
イかれてるよ。壊れてる。最低のクソだ。
だから俺はハッピー。あんな国に生まれてしまったけど、俺はもう解き放たれた。幸運にも逃げ出すことが出来た。この世界で第二の人生を歩み始める。戻るなんてまっぴらゴメンだ。
「そうなんですか、それはちょっと残念です」
「いや、そう。それより、あのギャングはどんな奴らなの? 俺はここのことまだあまり知らなくて」
一応だけども守ると言ってしまったからには、敵の情報も知っておきたいというのが人情だ。さりとてそれを知ったところで俺が何か出来るのかって言うと、それも疑問だけども。
「クーデアリアに来たのは最近なんですか?」
「まあ、ついさっきかな」
「すいません。私ったらつい、知ってる体で話してしまって」
「い、いやいいよ。それで教えてくれる?」
「もちろん。あのギャングはドゥルオ・ファミリーというドゥルオ一族が取り仕切るギャングなんです。彼らはさっきみたいに女の子を脅したり、あるいはお金で誘惑して取り入って、それでいかがわしい仕事を押し付けることをしてます」
なるほどな、と思った。だからこそシャロンはあれほどまでに強く否定してたわけだ、男の誘いを。
「そうなんだ……他には?」
「私もこの街に住んでいてその噂程度でしか知らないんですが、警備代金と称してお金を取ったり、麻薬を売ったり、あとは不法入国者を作ったり……あくまで噂程度ですけど」
シャロンの語り口はかなり能弁でずいぶん彼女はそのギャングに詳しいらしかった。でも、もしかするとこれくらいのことはこの街に住んでいる人間は誰でも知っていることなのかもしれない。
「よく知ってるんだね」
「いえ、そんなこと。……あ、着きました。ここが私の家です」
シャロンが立ち止まったのは二階建ての小さなアパートだ。端然とした軒並みの中で、茶色の屋根がかわいらしい建て構えだ。
俺は案内されるままにシャロンの部屋へと足を踏み入れる。
しかし女の子の部屋に入るなんて、これが人生初のこと。もしかするとあのギャングたちと戦ったときより緊張しているかもしれない。
廊下を歩いているときも、やたらときょろきょろしてしまった。
そして遂に入った彼女の部屋。
結構こぢんまりとしているが、やはり女の子の部屋という感じがした。まずシャロンの甘い匂いが部屋の中にも漂っているのだ。それを嗅いだだけでも心地良いしびれを感じる。
で、内装も淡泊ながら女性らしさを細部に持っている。
くまの人形が小物置きの上に飾られていたり、クローゼットや家具などの意匠も含め、微かに女性っぽい雰囲気がある。
俺はシャロンに勧められるままに着席し、紅茶を出して貰った。ほのかな甘い味わいに、立ち上がるのは紅茶特有の芳醇な香り。現実世界で言うとアッサムに似てるかな? そんな優雅な午後を楽しみつつ、ようやく慣れて来て会話を楽しんでいた。
ギャングに狙われているのに脳天気だなと自分でも思うけど、あまりに全てが非現実的すぎて、やはり何か必死にはなれないのだ。
「それでシャロンさんはどうしてクーデアリアに住んでるの?」
話の中でそんなことを訊ねると、シャロンは恥ずかしそうに目を伏せる。
「私は実は魔法使いになりたいんです」
「魔法使い?」
良い感じにファンタジーっぽい名詞が出てきたなと感心する。
「そうです。だからここの有名なクーデアリア魔法学校に入学したくて」
「へえ……そんなのがあるんだ」
俺が何となく相づちを打つと、シャロンはかなり驚いた様子を見せる。
「知らなかったんですか?」
「うん、まあ」
「すごく、すっごく有名なんですよ。ここのクーデアリア魔法学校は」
「どれくらい?」
「ここだけじゃありません。大陸全土に名が知れ渡るくらいにです。このクーデアリアがこんなにも栄えているのは、もちろん王城があるのもそうなんですが、この魔法学校に入学したくて他国からも留学生がやってくるからなんです」
「へぇ、そうなんだ」
すごい迫力でシャロンは語るのだが、結局俺は実物も見ていないし、その偉大さなんて全然分からない。人間なんて大体そうでしょ。百聞は一見にしかず、何回話を聞いても実物を見なきゃ分からないっていうね。
ふとシャロンが黙って、こっちをじっと見つめてくる。
そのあまりにも真剣な眼差しに、こんないきなりだが、まさかと思ってしまう。
だがもちろん、俺の勘違い。
「あのこんな時におかしいんですけど」
「ど、どうしたの?」
「もしかしたらユウヤさんはすごい魔法適性があるかもしれないんです」
そう言われて少しがっかりしつつ、少し喜ぶ俺がいた。さっきは異世界に生まれ変わって、体力他がかなり向上してるのは分かったが、そっち方面の技術に関しては全然分からなかった。というか魔法という概念が俺の世界に無いのだから当たり前だが。
「どうしてそう思うの?」
「私の、魔法使い見習いの、勘です」
あまりに根拠に乏しいが、シャロンの目はやはりとても真剣だった。そして俺としてもそこの可否は詳しく知りたいところだ。
「この一件を報告もしたいですし、一度ギルドに行ってみませんか? そこでならユウヤさんの魔術適性を計ることが出来るんです」
「分かった。じゃあそうしよっか」
そういう流れで、淹れて貰った紅茶を飲み干した後、今度はシャロンの家を離れ、この街にあるというギルドへ俺たちは向かうことになった。