第五楽章(ロンド、フィナーレ)
管楽器のファーストが、ソロ演奏を重ねていく。
ホルンは背伸びをするように。ファゴットは微笑むように。クラリネットはさえずるように。
そして、自分たち弦楽器が大気に潤いを加えていく。それは、朝を迎えたある町をイメージさせてくれる。
朝が来ると人々は次々と町中へ出かける。そこは、マーラーが歩いた、ウィーンのケルントナー通りなのだろうか。様々な人生が行き交っている。
その往来を。いったいマーラーは誰と歩いたのだろうか。この曲、交響曲第五番を完成させた頃、マーラーは十九歳年下のアルマと巡り会っている。親子ほど年が開いた二人にどのような会話が交わされたのか。二人だけが知っていればいいことなのだろうが、興味を持たないわけにはいかない。
朝は一日の始まりであり、一日の始まりとは希望の実現の始まりである。澄み切った朝の大気を、トランペットの雄叫びが震わす。それは、当時ヨーロッパ中に敷かれた鉄道の蒸気機関車の音なのだろうか。
全てが順調で満ち足りた人生などあり得ない。その点も留意すべきと自分たち弦楽器が重く指摘もする。苦しみと喜びとは相対的な概念であり、双方が存在することは必然であると。
「こら、チョロQ!」
蜷川先生の顔がまた浮かぶ。
自らもまた東京に生まれたのに、民族のルーツを重んじた父は、一家に「チェ」と名乗らせ続けた。
もちろん、プロ野球の四百勝投手や三千本打者のような生き方を否定はしない。日本名を名乗らなかっただけのことだ。
十二年間の教育は公立学校で受けた。母語は日本語である。ウィーン留学中の折は、ニュルンベルクまでワールドカップの観戦に行った。対クロアチア戦。青いユニホームを着てドイツ人と英語で肩を組み騒いだ。
それでも厄介なことはあった。
なかでも、「崔くん」と呼ばれる都度、「チェ」と訂正してもらうのは苦痛だった。
この国ではチェという発音は舌打ちを意味する。舌打ちは、大抵の場合、不快感の表明とされる。出欠や点呼をとると、教室や校庭に違和感が漂った。その時は、自分は日本人ではないのだと実感させられた。
距離を感じていた学校の大人が変わったのは、蜷川先生が赴任してきてからだ。
民族がどうのこうの、戦争がどうのこうの。そんな話は記憶していない。
「あんたたち、学校ではね、学校でしかやれないことして遊びなさい」
三階廊下のチョロQ大会が発覚し、猛烈に叱られたあと、先生は半べそをかいている自分たち男子をそう諭した。みんなが半べそだったということは、みんなが同じように叱られたということ。分け隔てなく接するとはそういうことだと思う。
クラスも徐々に変わっていった。数え上げればきりがないが、一番ありがたかったのが、みんなが気軽に自分を呼んでくれるようになったことだ。
「チェくん」よりは、「チョロQ」の方が呼びやすいし、記憶に残る。先生にばれるまでルールから逸脱し続けたという、子供なりの武勲もついてきた。だから、自分は中学へ行ってもチョロQだったのだろう。
いまもまた揺れたのかもしれない。
巨大地震が惹起した災害は始まったばかりであるし、自分たちも今夜無事に帰宅できるか全く不明である。
そんな状況で、演奏は最高の出来に仕上がった。これほどの演奏が、これだけの聴衆にしか届けられなかった。レコーディングの機材が入っていないのが悔やまれる。
バイオリニストでもあり、コンサートマスターでもあるため、自分は常に演奏を俯瞰している。マエストロの代役をする可能性もあるし、パートリーダーとマエストロとの橋渡しもするからである。
いまが巨大地震の直後だからそう聞こえるのか、それとも、そう演奏できているのか、検証する術がない。この点も残念だ。あの夜、混乱の中でオーケストラのコンサートが開かれたという事実だけが語り継がれていくのだろう。
もっとも、客席の聴衆はみな満足してくれたようだ。フィナーレが近づくにつれ、表情からこわばりがとれているのが見て取れる。きっと今夜の経験を糧に、明日からまた様々なことに立ち向かうのだろう。どうか無事に帰宅してもらいたい。
蜷川先生やクラスのみんなは無事に帰宅できたのだろうか。普段は気づいていない大切な人々が次々と頭に浮かんでいく。
自分だけではない、揺れた地域に生きる人全てがそう思っているはずだ。
ファーストトランペットの田井中くんは、リハーサル室を何度も出入りしていた。
「僕の町まで津波が来たのかどうか、それすら分からないんですよ」
かける言葉が見つからなかったから、肩を抱きしめた。彼もここまでよく踏ん張った。
彼のふるさとと、彼の大切な人々を思うと胸が痛い。この非常時にオーケストラなんて、という批判が後々あるかもしれない。一六年前の大震災では、メディアから一斉にコマーシャルが消えていた。この国はそういう国だった。
だが、胸をはって自分は主張したい。
「今夜のコンサートは、祝福される価値がある」
そして祝福は、このホールに集った人全てが受けるべきものだ。ホールにたどり着けた聴衆が一人であったとしても、自分たちは演奏をしたはずだ。聴衆とマエストロと楽団の感性の響き合いがコンサートである。
まもなくマエストロがタクトを下ろし、聴衆と楽団員が共に拍手を贈りあう。慎ましさが美徳のこの国であっても、今夜はスタンディングオベーションとなるだろう。無論、楽団員も全員起立して拍手を贈るだろう。
それこそが、まさに祝福である。おそらくは、いつものコンサートを凌駕する万雷の拍手として、みなの心に刻まれることだろう。最高の演奏とそれを引き出した聴衆は、必ず祝福されるのだ。
今夜も、自分のバイオリンはため息をついたのか確かめられなかった。タクトが振られる瞬間から下ろされた直後まで、心を込めて最高のスキルを発揮する。演奏するとはそういうことである。
もっとも、ため息をついたとしても、それを味わうのは聴衆である。今後、演奏家としてのキャリアを進む以上、自分が味わう機会は訪れないのかもしれない。
それでいいと思う。
演奏家は聴衆から、「感動」というエネルギーを受け取って進むことが出来るから。
今夜も、空席だらけのホールいっぱいにそれは充ち満ちているから。




