1.恋に恋するお年頃
どうしようどうしよう。一目惚れしちゃった。まさか一目惚れする日が来るなんて!
前から知っている人にきゅんとして恋することはあるかもしれないけど、初めて会った人に一瞬で心奪われるとかいってないって思ってたよ。でもでもでも、実際に恋に落ちてしまうと、ああこれもアリだなって思ちゃうよ。
だって、好きだなって思ったんだもの。ならしょうがないじゃない。一目惚れであろうとなんであろうと、好きになったなら、それで十分でしょう?
それに、なんだかとっても楽しいの! ほんの一時間前に一目惚れしたばかりだけど、スキップしちゃうそうなくらいに気持ちが浮き立ってる。実際にスキップしちゃってちょっと恥ずかしかったから、今は我慢してるよ。でも顔がにやけててどっちにしろ恥ずかしい。でも、うきうきできるのって楽しい。
そりゃあね、恋に恋して舞い上がってるから、こんだけ楽しいんだってわかってるわ。
だって私、彼のこと何にも知らないもの。同じ学校で、ひとつ年下の二年生っていうことはわかってるよ。でも、名前もクラスも知らない。まともに姿を見たのも、恋に落ちたその瞬間だけ。そんな相手に恋してこんなに一人で盛り上がってたら、そりゃあ相手置き去りにして自分だけが楽しい恋に恋した状態だって嫌でもわかる。
でも、恋に恋して何が悪いの?
私は彼に確かに一目惚れして、きゅんとなった。それだけでいいじゃない。いま重要なのは、恋をしたこと。楽しいことは楽しい時に思う存分楽しんでしまうが勝ちよ!
あと、こう考えてみて。彼のことを何も知らないのだから、知っていく楽しみもあるのよ。元から友達だったり知り合いだったりする人を好きになる時だって、新たな一面を知ることがあるけれど、全く知らない人を好きになった場合は、ひとつひとつのことがとっても新鮮なのよ。それって胸をときめかせる瞬間がたくさんあるってことだよね。想像しただけでわくわくしちゃう!
名前ひとつでとってもきゅんとできる機会なんてそうそうないでしょ? 一目惚れって、そういうのも楽しめるのよ。素敵なことだわ!
恋に恋して楽しむの。楽しんで彼のことを知っていくうちに、もっともっと好きになっていくの。二段階で楽しめるってことね。だから今は、恋に恋している! 楽しいって全身で感じたいの。そして彼のことを大好きって胸張って言えるようになりたいな。
まぁ、知ったら「なんか違った」って冷めちゃうことだってあるんだろうけどね。でも最初からそんな心配するより、突っ走りたいわ。
それでね、肝心の一目惚れはどこでしたかっていうならば、学校の下駄箱。……下駄箱だからって変な顔しないでよ。下駄箱よ下駄箱。夢とロマンが詰まった下駄箱よ!
下駄箱と聞いて、まず何を思い出すかしら。そりゃまぁ、日々使う普通の意味での下駄箱よね。でも、下駄箱を開ける時に中に何か入っていたらっていうドキドキは、誰しも感じたことがあるでしょ?
特に、ラブレターが入っていたらって期待しない? 今まで一度もそんなことに遭遇したことはないし、友達からも話を聞いたことはないけど、きっとどこかの学校の下駄箱で、そんなラブロマンスがあるはずなのよ。自分にはあり得ないと思っていても、下駄箱の中を人に見られてもいいように、ちゃんと片付けたりしてる人もいるんじゃないかしら。私はもちろん綺麗にしているわ。消臭用のポプリも入れてるの。まぁ、私以外の人が開けることなんてほとんどないんだけどね。でも良い香りがしたら気持ちいいじゃない。この前友達に「虚しくならない?」って言われてちょっと傷ついたけどね。
でもラブレター以外で、友達がサプライズで何かを入れてくれたり、借りたものを返しそびれた時に「下駄箱入れておくねー」ってことは一、二度くらいはあるわよ。私の友達の中では流行らなかったけど、小学校の頃に下駄箱に手紙を入れて文通する遊びもあった。交換日記の手紙版みたいな感じだったのかしら。
あとはそうね、残念なことだけど、いたずらされて嫌なものが入っている時や靴がなくなっている時もあるかもしれないね。幸い私はそういう被害はなかったけど、毎年どこかであるんだろうなって思うわ。下駄箱を開ける時のドキドキが、楽しいことじゃなくて悲しいことだと嫌だな。せっかく、ラブレターとか楽しいことが潜むことができる場所なんだから、楽しいことに使えばいいのに。
まぁそれは置いておいて、私の一目惚れの話ね。一目惚れは下駄箱だったの。下駄箱にいた彼に一目惚れしたの。
うちの高校は、上履きの色で学年がわかるんだけど、三年の下駄箱の前に二年の上履きを履いた男の子が立っていたら、どうしたんだろうって思うでしょ? もう遅い時間だったから、その子しかいなかったっていうのも気にかかったわ。
二年生が三年生の下駄箱に用があるってことは、告白かいたずらか、あとはせいぜいもう帰ったかどうかを確認しようとしてるっていう場合くらいじゃないかしら。
告白で勇気を出してラブレターを入れようとしているところに私が現れたら悪いし、いたずらなら姿を現して「二年が三年の下駄箱の前で何やってんの?」って目で見て退散させたほうがいいかなって、ちょっと隠れて様子見をしてたの。
私が立っている位置は斜め後ろで、彼がこっちを見たらすぐに身を隠せる壁もあるいいポジションだった。
目をこらして気がついたのは、彼の耳が赤かったこと。首の後ろも赤いな。ということは、緊張している? ならラブレターかしら。ラブレターなら、ひっそりと応援しようって思ったわ。
深呼吸をしたらしく肩が動いた。それからキョロキョロ辺りを見渡して人がいないことを確認すると(隠れた私には気がついてなかった)、ポケットから取り出した手紙を下駄箱の中に入れて、そのまま走って帰った。心臓がきゅんっとした。きゅんとしちゃった!
あと、余計なことかもしれないけど上履きのままで走って行ったわ。先に履き替えてから手紙入れればよかったのに。ああでも、履き替えてたら人が来た時「下駄箱の場所間違えた!」とかって言い訳できないもんね。
上履きのことは置いておいて、ラブレターを入れる現場を見て、どこにどう一目惚れするんだって話だけど、するよ! しちゃうもんだよ! 告白している姿やラブレター入れてる姿が、傍目から見て惚れちゃうくらい魅力的なことだってあるんだよ!
ほら、想像してみてよ。何度も書き直しながらラブレター書いてる姿とかかわいくない? 今日はこのラブレターを渡すんだって、朝からそわそわして緊張しているのもかわいいでしょ? そして人目を忍んでラブレターを下駄箱に入れる瞬間! いっぱいいっぱいになって真っ赤になって、それでもがんばってラブレターを下駄箱に入れちゃうその姿! 女の子でも男の子でもとってもかわいい。がんばる姿はかわいくって素敵なものよ!
私はそういうの想像するだけでときめいちゃうんだけど、今日見た彼は本当に素敵だった。あんなかわいい姿を見たら惚れちゃうよ。かわいいよ。素敵だよ。すっごく好みだよ!
人ってあんなに真っ赤になれるんだね。触ったらとっても熱そうで、どれだけ緊張してるんだろうって、そんなに緊張してるのにラブレター入れようとしてるっていうのがときめいた! 大きく深呼吸してバッと下駄箱あけてガッと手紙突っ込んでダッと上履きのまま飛び出した姿とか、めちゃくちゃかわいかったよ。かわいいかわいい超かわいい!
年下相手とは言え、ひとつしか違わない男の子にかわいい連呼は失礼かもしれないけど、かわいいものはかわいい。勇気出して告白するにしても、直接言うんじゃなくて、ラブレターってところがかわいい。告白っていう行為だけで拍手したいくらいすごいんだけど、直接は言えないけどせめて手紙でいいから伝えたいっていうのにクラッとくる。
手紙の内容は「お話があるので○○に来てください」系かもしれないけどね。手紙で呼び出しをして、直接告白するっていうパターン。手紙を入れる、直接告白するっていう、二重のハードルを越えることになるし、ある意味よりいっそう緊張して大変だと思うんだけどね。すっごく勇気出して手紙入れたら、はい次は告白! って思うと息をつく暇もないじゃない? あれやる人たちはがんばるなぁって思うよ。
彼はどっちなんだろう。手紙を入れたところしか見てないから、内容まで知ることはできない。もしかしたらラブレターじゃなくて、もっと別の用件かもしれないね。あんだけ赤くなってたのは、たんに下駄箱に手紙を入れるという行為が告白にしか見えない状況だからこそ照れたっていう線もあるっちゃあるもの。じゃあなんで下駄箱を選択したんだってツッコミたくなるけど。人生色々あるから、ただのお知らせの手紙を下駄箱に入れなくちゃいけない時があるかもしれない。
でも、きっとラブレターだわ。あんなにかわいかったんだもの。胸がきゅんと締め付けられる素敵な姿だったんだもの。私の妄想でフィルターかけまくって美化されていたとしても、ときめいたのは本当だわ。そして、いいなぁって、好きだなぁって思ったの。一目惚れしたの。
それは本当に一目惚れなのかって言われそうだけど、一目惚れだよ。きゅんとして、好きだなって思って、私のほうを見てほしいってときめいたら、それは恋だと思うの。恋に恋した、一目惚れ。
ちなみに、その下駄箱の持ち主の名前は確認したよ。隣のクラスの原田圭子ちゃん。あんまり話したことはないけれど、共通の友達がいるから顔と名前は一致しているし、彼女が別の学校に彼氏いるっていうことも知っている。
そうよ、彼氏持ち。うまくいってるとか詳しいことは知らないけど、彼氏持ちっていうだけでちょっと安心できる。たとえ告白されても、そうそうOKしないでしょたぶん。
ともかく、明日から彼のことを調べてみよう。まずはクラスと名前。あと、原田さんとの繋がり。学年が違うのに恋するって、たぶん部活か委員会だと思うのよね。その辺りを調べるうちに、たぶん彼の性格とか趣味とかも掴めると思うの。さり気なく情報を集めるわよ!
あぁ、彼のことを知ってもっともっと好きになれるかしら。所詮は一目惚れだし、彼を知れば「なんか違うわ」って気持ちも冷めてしまうかしら? なんとなく、もっと好きになるって思うわ。好きになりたいわ。
受験生が恋にうつつを抜かしてどうするんだって感じだけど、恋をしながら勉強をがんばってこその花の女子高生だと思うの。だから思う存分、この恋を楽しむの!