表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/13

■第8話 チョコレート


 

 

 『・・・・・。』

 

 

 『・・・・・。』

 

 

 

ケイタもマリも互いを見つめたまま何か言いたげに、しかし何も言えずただ

心許なく立ち尽くしていた。


校舎脇の薄暗がり道に、自転車のライトだけが物寂しげにポツリ2台分。

 

 

マリが、ひとつ、小さく深呼吸をした。


襟元のマフラーを少し引っ張り上げ、寒さで乾燥した口元を隠すようにして

俯き凍える両手で包んでいたそれを、ゆっくりゆっくりケイタへと差し出す。

 

 

それは、小さな小さな四角い包みだった。

 

 

ケイタは哀しいほどに優しい視線で目の前のそれをそっと見つめ、待ちきれ

なそうに手袋をはずして大切そうに両手でしっかり受け取った。

互いの凍えた白い息を吸って吐く音だけが、寒空の下、耳に流れる。

 

 

いまだ恥ずかしそうに爪先ばかり見つめているマリへ、ケイタが言葉を掛け

ようと一歩前進したその時、立て掛けていた自転車のハンドルに腕がぶつか

ってしまい大きな音を立てて自転車が横倒しになった。


冷たく乾いたアスファルトの上に、カゴに積んでいた紙袋から多数のチョコ

レートが飛び出し散乱する。嫌味なほど派手でカラフルな包みが、まるで誇

示するかのようにグレーの地面に色とりどりに眩しく広がった。

 

 

散らばったチョコレートの横にしゃがみ込み、ケイタは溜息まじりにそれを

乱暴に紙袋に戻す。包みを掴んでは放り入れるその様子は、至極タイミング

が悪いそれにイライラした感じが隠し切れない。

 

 

ケイタが次々に掴む目映いラッピングの包みの数々を、マリはただじっと見

つめていた。なんて言葉にしたらいいのか分からない、悔しさのような妬ま

しさのような哀しさのような怒りのような感情が喉元まで迫り上げる。


そして『じゃあ。』 ケイタの背中を暗がりに残し、マリはまた全力でペダ

ルを踏み出し、すっかり暗くなった道を一人駆け抜けて行ってしまった。

 

 

 

ケイタの左ポケット奥には、たったひとつだけ小さな四角い包みが大切に大

切にしまわれていた。

 

 


 

 

 

ケイタが自宅に帰ると、母親と弟が ”今年の収穫物 ”を待ちわびていた。

 

 

毎年バレンタインには大量にチョコレートを貰って帰るケイタ。


しかし、そのチョコレートを食べすぎた為か、いつの頃からか体が一切受け

付けなくなり、そのうち貰ったそれは母親と弟にそのままスライドされる流

れになっていた。

 

 

 

 (くれた子には申し訳ないけど、捨てる訳にもいかないし・・・。)

 

 

 

毎年同じセリフを繰り返しては、大きな紙袋ごとチョコレートはナナミ家の

リビングに放置された。

 

 

 

帰宅したケイタが大慌てで階段を駆け上がり、急いで自室のドアを開ける。


カーテンを閉めるのも制服を着替えるのもすべて後回しにし、ベットに腰か

けてゆっくりと左ポケットから手を出した。

 

 

ずっと手を突っ込んだままだった、左のポケット。


決して落としたり失くしたりしないよう、しっかりその手に掴んだままだっ

た四角い小箱。


目の前に現れたそれの赤いリボンを、微かに震える指で静かにほどいた。

 

 

丁寧に箱を開けると、その中には控えめな感じの小ぶりのトリュフが3粒。

精悍すぎないそれに、手作り感が溢れている。

 

 

もう何年も口にしていないチョコレート。


その甘ったるい香りだけで顔をしかめたくなるほど、ここ数年は嫌厭してき

た。正直、どんな味だったかも曖昧なほどだった。

 

 

箱にそっと指先を差し込み一粒つまんで、目の高さに上げ、じっと見つめる。

 

 

放課後の図書室で手提げカバンに手を入れたり出したりして、これを出すタ

イミングを見計らっていたマリをふと思い出す。


早く欲しくて、でもさすがに言い出せなくて。マリに気付かれぬようチラチ

ラとこれが入っているであろうカバンを盗み見ていた数時間前。

 

一人、思い出して思わず肩をすくめて笑った。

胸の奥の奥が、こそばゆくて、歯がゆくて、なんだか苦しい・・・。

 

 

 

そっと、口の中に入れてみた。

 

 

 

それはあまりに、甘くて、苦くて、切なくて、鼻の奥がツンとした。


普段冷静なはずのケイタが、大声で叫んで飛び上がりたいくらいの胸の高鳴

りを憶えていた。

 

 

 

         ”ケイタへ

 

             マリより ”

 

 

 

たったそれだけの小さなメッセージカードを、ケイタは眠れずに一晩中見つ

めていた。

 

 

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ