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■第7話 バレンタインデー


 

 

ケイタとマリの大学ノートには、等身大の互いの表情が活き活きと溢れてい

た。言葉を口にするより、文字にする事で正直に素直になることが出来る。

 

 

そこには、”家族のこと ” ”学校のこと ” ”将来のこと ”、

16歳のふたりの16歳らしい気持ちが満ち満ちて綴られていたが、肝心な

”相手への想い ”についてはまるで示し合わせたかの様に一切触れずにいた。


それでも、クラス内ではあまり多く会話を交わす事が無いふたりの、誰にも

秘密のふたりだけの大学ノートだった。

 

 

 

 

 

2月の凍てつくような冬風が吹く、とある夕暮れ。

 

   

マリはエプロンをして自宅の台所に立ち、ちょっと照れくさそうに頬を緩ま

せながらチョコレートを作っていた。


毎年父親に渡しているバレンタインのチョコレート。

今年は、生まれてはじめて二人分作っている。

 

 

一人分多いそれを父親に知られるのはさすがに恥ずかしい。夕飯の支度を早

目に済ませ、父親が帰宅するまでの間に大慌てでチョコレート作りの下準備

をし父親が寝入った夜更けにそれはやっとの事で完成した。

 

 

2月14日 バレンタインデー当日は、金曜だった。

 

 

図書委員の当番がある、金曜。

ふたりになる時間がある、金曜。


ケイタにチョコレートを渡せるタイミングも充分にあるはずだった。

 

 

しかし、いざ実際ふたりきりになってみると、手提げカバンから包みを出

す勇気が出ない。


マリが座る席のすぐ横に手提げカバンを置き、その中から取り出そうと思

えばすぐにでもそれを取り出せるようスタンバイは完璧なのだけれど。

 

 

ケイタも2月14日という日を意識していないはずはなかった。


ケイタもマリも充分すぎる程その日を意識し、しかし一歩踏み出す勇気を

出せず、ただただ図書室の貸出係席に並んで黙って座っていた。

マリは読んでもいない本に必死に目を落として闇雲にページをめくりケイ

タは片肘ついて意味もなく高速で地球儀をグルグルと回して。

 

 

ただただ、ふたり並んで黙って座っていた。

 

 

マリがモタモタしているその間も、女子生徒が入れ代わり立ち代わり図書室

にケイタを呼びに来る。


その度にケイタはちょっと俯き気まずそうに、ノロノロと踵を引き摺って図

書室を出てゆく。ドアに手を掛ける直前でいつもの優等生スマイルを作り、

図書室に戻ってくる直前で本来の気怠いケイタの素顔に戻っていた。

 

 

貸出カウンターに山のように積み重なってゆく、色とりどりのチョコレート

の包み。

 

 

マリはまるでそんなもの見えていないかのように敢えてそれを見ようとせず

一言も、何も言わなかった。

次第に不機嫌になっていったのは、ケイタの方だった。

 

 

嫌味のひとつでも言われた方がまだマシだった。


しかし、マリは何も気にしていないような顔をして本に目を落とし、時折窓

の外をじっと眺めるだけだった。

 

 

 

夕刻6時、気まずくて長い長い当番の時間が終わった。

 

 

最近は委員当番がある金曜だけ自転車で来ていたケイタ。

当然一緒に帰るつもりで共に駐輪場へ向かったが、そこにもまたケイタを待

つ女子生徒の姿で騒がしい。

 

 

またしても取り囲まれたケイタに、はじめてマリが不満気な目を強く向けた。


一瞬ケイタを鋭く睨み唇をぎゅっと噛み締めると、即座に自転車に跨りすっ

かり暗くなった校舎脇の道へ猛スピードで消えて行く。

 

 

『ナ・・』 ”ナミキ ”と呼び掛けて飲み込み、ケイタはその消え去る背中

をどこか哀しげな目で見つめていた。

 

 

ひとり、薄暗い通学路で自転車のペダルを漕ぐマリの脚に力が入る。

 

 

早く、1秒でも早く学校から離れたかった。


ケイタから、あの偽物の顔をしたケイタから。

上手に微笑み、気持ち悪いくらい丁寧な物腰のケイタから。

 

 

 

  (最悪・・・ もう、最悪・・・ 最っ悪だ・・・。)

 

 

 

猛スピードで立ち漕ぎをする。

息があがりすぎて、肺が爆発でもしそうに苦しくて痛い。

 

 

 

  痛い。


  喉と、喉の下のあたりと、肺と・・・

 

 

  苦しい。


  痛くて、苦しい・・・


  喉も肺もみぞおちも、全部全部・・・

 

 

  違う。


  違う、そうじゃなくて・・・


  そんなんじゃなくて・・・ 

  

  

 

      ・・・胸が、 


             痛いんだ・・・。

 

 

 

マリは途中でゆっくりブレーキを掛け自転車を停めた。


静まり返った藍色の空に耳障りなブレーキ音と、タイヤが砂利に抵抗するそ

れが響く。両脚で支えにしてサドルに跨ったまま手を伸ばし、カゴに入れた

手提げバックの中の小さなそれを手に取った。


赤い手袋をはずし、凍える白い手で優しく包み込み、じっと見つめた。


鼻の奥がツンと痛んで目頭がじわじわ熱を持つのを感じる。

赤い頬に、涙をこらえる目に、白い息がかすめ流れる。

 

 

すると、遠くから微かに聞こえてきたペダルの軋む音と、慌てて立ち漕ぎを

しているのだろう自転車の揺れに合わせ大きく左右するライトの光が現れた。

 

 

マリはゆっくりその薄暗がりの奥を見る。

揺らぐ瞳で瞬きもせず、息を殺して、じっと見つめた。

 

 

 

そのシルエットが、マリの前で急停車した。

 

 

 


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