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■第6話 大学ノート


 

 

  (どうしよう・・・。)

 

 

 

マリは一人、自室のベッドにちょこんと腰かけ、ケイタから手渡されたメモ

に書かれたアドレスを真っ直ぐ見つめていた。


小さく小さく折り畳まれていた為についた無数のシワを、指先で丁寧に丁寧

に伸ばす。照れ隠しに慌てて書き殴ったようなケイタらしくないその文字を

愛おしそうにしかしどこか哀しそうにマリは優しく優しく撫でた。

 

 

 

 『・・・アドレスじゃなくて電話番号にしてよね・・・。』

 

 

 

うな垂れ背中を丸めるマリの溜息が、その夜、幾度となく繰り返された。

 

 

 

その頃。ケイタもまた、自室のベッドに仰向けに寝転がり虚ろな目で天井を

ぼんやり見つめていた。


左手には、きつく握りしめられたケータイ。汗ばんでいく手の平に、嫌とい

うほど己の緊張具合を思い知らされる。

 

 

マリとスーパーの前で別れてから、もう、ゆうに3時間は経っていた。

 

 

夕飯が終わり、後片付けが終わり。そろそろ・・・


もうそろそろ何かしらの反応があってもいい頃合いだと、何度も何度も壁に

掛かる時計を確認して、思う。

ケータイを何度も何度も覗き、新着メールを何度も何度も問い合わせる。

 

 

しかし、一向にマリからの連絡は無かった。

 

 

 

  (もっとキレイに書けば良かったかな・・・。)

 

 

 

今までしつこいくらいに連絡先を訊き出されたことはあっても、自分から

訊かれてもいないのに教えたことは、只の一度も無かった。相手のアドレ

スを知りたいが故の、自分のそれなのだが。

 

 

恥ずかしくて照れくさくて、敢えて崩して乱雑に書いた。しかしその結果

アルファベットの書き間違い・読み間違いがあったのかもと想像し、しょ

ぼくれて横向きにゴロンと体勢を変え胎児のように体を丸める。


そして再度ベッドに仰向けに寝転がった。


見つめ続けた天井のシミがどことなく泣き顔に見えてきて、心の中に湧き

起こる不安を煽る。

 

 

 

  (迷惑・・・ だったのかな・・・。)

 

 

 

ケイタもまた、幾度となく溜息を繰り返し、眠れない夜を過ごした。

 

 

 

 

 

週明け、マリはいつもより早く家を出て、猛ダッシュで自転車のペダルを

漕ぎ学校へ向かっていた。


ケイタもまた、ソワソワ落ち着かなくて1本早いバスに乗車していた。

互い居ても立っても居られなくて、早く学校へ登校しようと思ったのだった。

 

 

まだ誰もいない寒々しい教室のドアを開ける、マリ。


静まり返った教室。遠く聞こえるのは、運動系の部活がする朝練の声だけ。

普段からは考えられない全くひと気がないこの空間になんだか心細くなる。

 

 

実は、マリはケータイを持っていなかった。


父親からは再三持つことを勧められたのだが、必要性を感じず首を横に振り

続けていた。父親は持っているので、何かあったらマリから連絡は出来る。

女子高生にしては珍しく連絡を取る手段は ”家の電話 ”だけだった。

 

 

だから、ケイタから渡されたメールアドレスに返事は出来なかった。


返事を待っているであろうケイタを思い、気持ちは焦り落ち着かず散々悩ん

だ末にマリはある案を思いついていた。

 

 

早朝の教室で一人、窓際の自席に着く。

 

 

冷えきった机が、触れた肌に硬く痛い。赤い手袋をはずし、カバンからそっ

と1冊の大学ノートを取り出しゆっくり開いた。


その真新しい1ページ目には、一晩かけて書いたケイタへの言葉。

 

 


ゆっくりゆっくり、自分の文字を読み返してみる。

たった数行の言葉を、何度も何度も。

繰り返し繰り返し。


微かに頬が、耳が、ジリジリと熱く赤くなる音がする。

 

  

   

その時、ガラガラと教室の引き戸が開く音がして、マリは途中まで読み返し

ていたノートを慌てて閉じ机の引出しに押し込み隠した。


さっと顔を上げドアの方向に目をやると、そこには少し息を切らせたケイタ

の姿がある。

 

 

 

 『ぉ・・・ おはよ・・・。』

 

 

 

マリが少し口ごもって心許なくを挨拶する。

 

 

『・・・ぉはよ・・・ぅ・・・。』 ケイタも弱々しく返し、気まり悪そう

に瞬時に目を逸らした。

 

 

 

  (ぁ・・・


   ・・・ちがうよ、ナナミ君・・・ 私・・・。)

 

 

 

ケイタのその表情にハっとして、慌ててケイタの元へ駆け寄るマリ。

そんなマリも少し泣きそうな顔になりかけている。

 

 

そして、冷えた白い手に大学ノートをぎゅっと握りしめ、

『あの・・・・ コレね・・・。』


事情を説明しようとしたところへ、部活朝練終わりのクラスメイトが数名

ガヤガヤと賑やかに教室に入ってきた。


満足に説明しきれず口惜しそうに眉根をひそめ、しかしマリは大学ノート

だけ少し強引にケイタに押し付けて自分の席にパタパタと戻った。

 

 

ケイタは押し付けられた、なんだかよく分からないそれに戸惑いマリの方

へそっと目を向けるも、窓の外へ顔を向けマリの表情は読めない。

 

 

手元には、少し丸まったマリからの新しい大学ノートがあった。


ケイタは背中を丸めて辺りをキョロキョロと見渡し、誰にも見えぬように

それを机の下に隠し、膝の上で静かにそっと表紙を開いてみた。

 

 

 

 

 

        めくったページに、


               マリが、いた。

 

 

 

 



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