■第5話 一緒に
それからというもの、金曜の委員当番の後は必ず二人で帰るようになった。
自転車には乗らず押して歩きながら、時には喋って、大体は無言で。
でも、その無言があまり気にならない二人だった。
相変わらずケイタは女子に人気があり、仮面の笑顔で微笑んでいたけれど
マリと二人になると気怠い気の抜けた、ただの普通の男子高校生だった。
気が付くと、もう季節は初冬。
街にはクリスマスカラーが目映く踊り、教室の窓ガラスは外気との熱差で
曇り、人々は厚手のコートを着込み背中を丸めて歩いている。
あまり積もるほど雪は降らないこの街で、肌を刺すような朝の空気に肩を
すくめながら、マリは相変わらず自転車のペダルを踏み込んでいた。
一方、ケイタは早々と自転車から下り、バス通学に切り替えていた。
毎朝必ず、バスの左窓側の同じ席に座る。
するとその席から、赤いチェックのマフラーを巻き、赤い手袋をして白い
息を吐く自転車の女子高生を眺める事が出来た。
頬を真っ赤にして肩で息をし自転車のペダルを漕ぐ、小柄なマリの姿。
遅刻しそうな訳でもないのに、何故か大慌てで立ち漕ぎしている。
それをこっそり窓越しに見つめるケイタ。文庫本で顔を隠し気味にして目
線だけ小さく窓の外へ向けている。自分でも気付かぬうちに、自然と顔は
ほころんだ。
その姿を見るため、毎朝寒いなか背中を丸めやたらと早目にバス停に並び
指定席を陣取っていたのだった。
とある委員当番の後の、帰り道。
マリは自転車通学だった為、靴箱で外履きに履き替えるとほんの少し目を
伏せて、どこか照れくさそうに心なしか不貞腐れたように、『じゃあ。』
バス通学のケイタに小さく手を上げ、一人パタパタと小走りで薄暗い駐輪
場へ向かった。
その背中になにか言いたげに口ごもっているケイタになど気付くはずなく、
さっさと消えた赤いチェックのマフラー。
ひと気のない薄寂しい駐輪場でマリは一人、自転車の鍵を開錠しカゴにカ
バンを置いて静かにサドルに跨り、ペダルを踏み込み進むと薄暗い校舎の
入り口に立ち尽くすケイタらしき姿が見えた。
自転車の揺れるライトに照らされ微かにシルエットが浮かび上がっている。
『・・・どしたの??』
それが思った通りケイタだと気付くと、咄嗟にサドルから下りて自転車を押
しながら駆け寄ったマリ。
しかしケイタはモゴモゴと口ごもり視線は中空を彷徨って、なんだか要領を
得ない。
『ん??』 ケイタを覗き込むようにして見つめるマリに、
『・・・歩いて、帰ろうかと・・・。』
空まわっていたケイタの吐息が、やっと聞き取れる言葉となった。
『え?』 マリが尚も意味が分からず、キョトンとしてケイタを見つめる。
すると、
『金曜は・・・
・・・歩いて、帰る日じゃん・・・。』
その言葉の意味がやっと分かり、マリが咄嗟に目を逸らし俯く。
ジリジリと急速に頬が熱くなる感覚に襲われる。
心臓が、ドキン ドキンと音を立てる・・・
恥ずかしくて照れくさくて、中々顔を上げられない。
マリは俯いたまませわしなく瞬きを繰り返し、ムートンブーツの爪先をただ
見ていた。
言葉に出来ない歯がゆい空気が二人を取り囲んで纏わりつく。
すると、ケイタがマリを気にしながらも静かに歩き出した。
エンジニアブーツの靴裏がシャリシャリと砂利を擦る音を立てる。
マリもそっと自転車を押して、それに続いた。
何も喋らず、ただ二人。俯きがちに歩いていた。
二人の吐く息だけが、冷え切った寒空のなか白く流れ吸い込まれていった。
照明が明るく照らす賑やかな商店街のいつものスーパーの前で、マリが歩み
を止める。
『じゃぁ、またね・・・。』 照れくさそうにそう言って店内に入ろうとし
たその時、ケイタがポケットに入れていた手を出しマリへ拳を突きつけた。
その手は何かを握りしめているようだ。
『・・・ん??』
マリがゆっくりと右手を差出しケイタの拳の下に手の平を広げると、小さく
折り畳んだメモがポトリと落ち現れた。ずっとポケットの中で握りしめてい
たのであろう、少し湿って熱を帯びている。
すると無言で踵を返し、ケイタが逃げるように全速力で走って商店街の奥へ
消えて行った。
マリはその走り去る背中をじっと見ていた。
その少しつんのめって転んでしまいそうな背中が見えなくなるまで、じっと。
そして、手元に目を落とし小さく小さく畳まれたメモをそっと開いてみた。
そこには、
優等生らしからぬ殴り書きのメールアドレスが記されていた。




