■第4話 帰り道
とある日、いつもの図書委員を終えて二人が駐輪場へ向かうと、そこには
女子3人組がケイタの自転車の前でなにやらヒソヒソと話をしていた。
そしてケイタの姿を見付けるや否や、その3人組は嬉しそうに声を上げ駆
け寄ってケイタを取り囲み、手提げバックからラッピングされた包みを出
して渡そうとする。
女子が複数人でかたまった時の、やけに耳障りな甲高い声が薄暗い駐輪場
に響き、穏やかだったはずの夕暮れのそこが一瞬にして違うそれに変わる。
その光景を目の当たりにしたマリ。
なんとなく見てはいけない気がして瞬時に目を逸らし、一人自転車のペダル
を踏み込んだが、一行の横を通り過ぎる一瞬チラっとケイタに目を遣った。
すると、ケイタも一瞬マリを見て、なにか言いたげに口を動かしたがマリは
即座に目を逸らし涼しい顔をして、夕暮れの奥へひとり行ってしまった。
やたらと女子に人気があるケイタのいつもの光景ではあるが、改めて目の前
でやられると少し面食らってしまう。
(てゆーか、誰もいないトコとかで渡せばいいじゃん・・・。)
女子に取り囲まれ、にこやかに微笑んでいる姿が頭の中をグルグル巡る。
(なに?アノ微笑み・・・
ホントはもっとヘンな顔して爆笑するくせに・・・。)
何故かマリのペダルを漕ぐスピードは、グングン勢いを増していった。
しかめっ面で眉根を寄せ無我夢中で立ち漕ぎをし、信号待ちで止まった時に
はゼェゼェと息が上がっていた。
(別に、 私には、 全っっっ然 関係ないけど・・・。)
すると、そんなマリの隣に少し遅れて物凄い勢いで一台の自転車が滑り込ん
できた。
急ブレーキをかけたそれは油の切れかかった嫌な音を立て、その勢いでアス
ファルトは少し砂煙を起こした。自転車がつんのめって、カゴに入れている
学校指定カバンとサブバッグが前に後ろに揺れて動く。
マリより更に息が上がり肩を上下させたケイタが、赤信号で自転車を止めた。
『・・・・・・。』
『・・・・・・。』
突然の爆走ケイタの姿に心臓が止まりそうなくらい驚きながらも、さっと目
を逸らし口をつぐんで何も言わないマリ。
ケイタはいまだ呼吸が整わず情けなく背中を丸め肩で大きく息をしているが
その顔は何か言いたげで。
互いなにも言葉を交わすことのないまま、横断歩道の信号は青に変わった。
マリが無言のままケイタを無視して進もうとした時、
『なんで・・・ 先に行くんだよ・・・。』
ケイタがいまだ息苦しそうに顔を歪めて、低く低く呟いた。
『だって・・・ 信号、青に変・・・』 目線だけで横断歩道の青信号を
差したマリの言葉をケイタは途中で遮って、
『そうじゃなくて。
・・・駐輪場で・・・。』
ケイタの問いへの答えもぞんざいに、尚も自転車を進めようとペダルを踏み
込もうとしたマリのハンドルをケイタが左手でおもむろに掴んだ。
まるで逃げようとしているようなそれを阻み、ジロリと目を遣り睨む。
『な、なんでって・・・
だって、ナナミ君・・・ 囲まれてたじゃない・・・
そ・・・ それに元々、別に・・・
・・・一緒に帰る、って訳じゃ・・・・・・。』
険しい表情で、今度はマリがケイタを睨み返した。
あんな状況でもわざわざケイタを待たなければならない義理など無いし、
たまたま帰る方向が一緒というだけで二人で帰る約束もしていない。
ケイタが何を考えそんなこと言い出したのか、マリにはさっぱり分からな
かった。
じりじりと嫌な ”間 ”が二人を覆い、マリは分かり易くケイタから逸ら
していた目をもう一度チラリと向ける。するとそこには見たこともないよ
うな不満気な赤い顔をし口を尖らせるケイタがいた。
それはまるで、おもちゃ屋の前で駄々をこねる小さな子供のようで・・・
思わず、マリはぷっと吹き出した。
先程女子3人組の前で、王子様のように微笑んでいた顔を思い出して。
『 ”優等生の仮面 ”はどうしちゃったのよ~?
鏡で見てみなさいよ、今の顔・・・ すごいムっサい顔!!』
そう言うと、ケラケラと声を出して可笑しそうにマリは笑った。
本当に仮面を付けたり外したりしているような、ケイタのその表情の変わ
り様。よくマンガなんかにある、心の中の天使と悪魔ほどのそれなのだ。
一瞬マリのその言葉にハっとして真顔に戻り、しかし思わずつられてケイ
タも口許が緩んだ。笑ってしまいそうな口の端が照れくさそうに震える。
気が付くと、信号はまたもや赤にかわっていた。
なんとなくまだこの場から離れがたくなり、一度マリは跨っている自転車
を降りた。少しだけ捲れたスカートの裾を慌てて指先でならす。
すると、ケイタも同じように静かにサドルから降りた。
ふたりの間を通り過ぎる居心地の悪い沈黙に、言葉を探すふたり。
車道を行く車の群れがまるで生き急ぐように、我先へと前のそれを急かし
て進む。ケイタとマリ以外の世界はやけにスピードを上げて進んでいる様
に感じた。自分たちだけ、そこに止まったままで。
ケイタの自転車のカゴの中、先ほど女の子達から貰ったであろうプレゼン
トの包みがマリの目に入った。
じっとそれを見つめたまま、何か言いたげでしかし何も言わない。
黙ったままのマリの視線の先を追ってケイタもそれに気付き、更に気まず
い沈黙が流れた。
すると、
『・・・ナナミ君はすごいねぇ~?』
小さな棘のある一言が、思わずマリの口をついて出た。
そんな言い方をするつもりなど無かったのに。言ってすぐ気まずくなり、
俯いたマリ。その棘は、何故かマリの胸をも小さく刺した。
すると、ケイタが強めの口調で即座に言い返した。
『なんか・・・
ナミキにソレ言われんの、 俺、すっげぇムカつく。』
低く唸るよう発せられたそれに、
『・・・・・・。
”ナミキ ”っ?!
”俺 ”っ?!
いつもの ”さん付け ”と ”ボク ”はどうしたのよっ?!』
はじめて耳にしたケイタの声色に、驚くよりも先に笑ってしまったマリ。
しかしそれは馬鹿にした感じではなく、純粋に可笑しくて仕方なくて。
尚も一人で愉しそうに笑い続けるマリに、ケイタは爆発する様に吠えた。
『ナミキの前では、”優等生 ”はしないんだっ!!』
その言葉に一瞬固まるふたり。
そしてやたらと高らかにした意味不明な宣言に、互いキョトンと顔を見合わ
せそして一気に吹き出して笑った。
横断歩道の信号は、もう3回青から赤に変わっていた。
そのまま自転車には乗らず、ふたり並んで押して歩いた。
夕暮れの生ぬるい風が、ほんのり赤い頬のふたりに優しくそよいでいた。