■第3話 図書委員
それ以来、ケイタとマリは少しずつ少しずつ距離が縮まっていった。
相変わらずクラスでのケイタは ”優等生 ”だったが、毎週金曜の委員の
時にはほんの少しだけ ”役 ”を抜けた顔をマリに見せた。
『ナナミ君・・・ 進学するんでしょ~?』
ある日、マリが相変わらず誰もいない図書室で、なにもする事がないので暇
つぶし程度に訊ねた。
『そうだね。』 と、片肘をついて半身に傾げ、貸出カウンター隅に置いて
ある地球儀をクルクル回転させながらケイタが答える。
『大学の後は? 何になるの?
・・・まぁ、なんでもなれそうだけど・・・。』
すると、『実家、継ぐんだと思う。』
尚も地球儀を弄びながら、怠そうに欠伸をしたケイタ。
たまに回転するそれを指先で止めてそのポイントを指すと、まるで日本から
の距離を測るかのようにじっと興味深そうに眺めている。
(継ぐんだと思う・・・?)
マリは『だと思う』の節に違和感を感じていた。
いつも正しくキレイな日本語を使うイメージのケイタらしくない気がした。
『継げと言われてる』とか『継ごうと思う』ではなく、なんだか他人事みた
いで妙な感じが拭えない。
『なんか・・・変な感じだね? 他人事みたい。』 思わず口にしたマリへ
『そ?』 なにも気にした風でもなく、ケイタが退屈そうに窓の外を眺めた。
委員がある金曜は、部活は出なくていいと顧問から許可を貰っていたケイタ。
他にも掛け持ちして色々な担当をしていたというのもあるが、マメに練習に
出なくても元々テニスは上手かったし、試合前の少しの練習だけで充分な腕
があった。
図書室が閉館する6時になり戸締りをし鍵を職員室へ戻して、ふたりは自転
車の駐輪場へ向かう。
帰り道が途中まで同じ方向なので、嫌でもなんとなく一緒に帰るような形に
なる。少しでも距離をおこうと、マリは気持ちゆっくり目に自転車のペダル
を漕いで進んだ。しかし、横断歩道の信号につかまったケイタの背中に不本
意ながらアッサリと追い付く。
今度は勢いよく踏み込みスタートダッシュをかけてみるが、男子の脚力には
敵わず結局は後半失速してまたケイタと並走してしまうのだった。
賑やかな商店街に差し掛かり、いつものスーパーの前でマリはゆっくりとブ
レーキを掛け自転車を停めた。店内出入口横の駐輪スペースで自転車のスト
ッパーを立て掛け施錠する。腰の高さまで積み上げられている黄色い買い物
カゴを持って店内に入ろうと何気なく振り返ると、ケイタが店前で一旦自転
車を停め片脚で支えて斜めに傾げながら、マリを見ている。
別に説明する必要もないのだが、なんとなく ”買い物して帰るから ”の意
味を込めてカゴを目の高さに上げ、マリはわずかに会釈した。
するとケイタも軽く頷き小さく手を上げてまたペダルを踏み込み、商店街の
奥へ消えていった。
『ナミキさん、あそこのスーパーよく行くの?』
相変わらず当番ふたりしかいない退屈な図書室で、ケイタが思い出したよう
に訊ねる。
『あぁ・・・ 私、ゴハン担当だから。』 そうマリが答えると、ちょっと
驚いた顔を向け不思議そうに小首を傾げたケイタ。
『ウチ、お父さんとふたりだから。
必然的に、家事は私の担当になるでしょ。』
そのマリの言葉には ”ふたり ”という一言から一般的に感じる悲壮感など
微塵もなく、人に話すのにまるで慣れているかのような普段通りのトーンだ
った。
(お父さんとふたりなのか・・・。)
『・・・大変だな・・・。』 ケイタの少し遠慮がちな口ごもった声色にも、
マリは呆気らかんと『ナナミ君の方が色々大変じゃない?』と明るく笑った。