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■第2話 Side:マリ


 

 

正直、ナナミ君はどっちかっていうと苦手なタイプだった。

 

 

 

まるでマンガに登場しそうな万能な男子で、いつもニコニコしてて、決して

怒ったりムっとしたりしない。


喜怒哀楽の ”怒 ”と ”哀 ”どころか、もしかしたら本当は ”喜 ”も

”楽 ”も無いロボットとかサイボーグとかみたいだって思ってた。


嘘っぽい笑顔が仮面みたいな顔だなって・・・

 

 

日直で一緒の当番になった時だって、ナナミ君一人でやった方が絶対手っ取

り早いくせにわざわざ私に振ってきたり。嫌味にならないように細心の注意

を払っている感じが、仮面の笑顔から伝わった。

 

 

 

  (なんでモテんだろ、あんなのが・・・。)

 

 

 

私には大多数の女子の気持ちがサッパリ分からなかった。


仮面の下にきっと嫌味っぽく薄ら笑いでも浮かべてそうな感じに、なぜ誰も

気付かないのだろう。

 

 

でも、もう彼と一緒の日直は暫くまわってこないので特に気にもしていなか

った。 ”ただの、30人いるクラスメイトの一人 ” 彼は私にとってその

程度だった。日直が終わったことで、私はまるでテスト明けの放課後のよう

に身も心も軽くなっていた。

 

 

 

新学期が始まって3ヶ月経った、ある日。

 

 

一人のクラスメイトが家庭の事情で急に転校する事になった。


特に親しかった訳でもなかったが、そう言えばその彼は私と同じ図書委員

だった。1クラスから2名選出される各委員。私一人しかいなくなってし

まうではないか。

 

 

 

  (図書委員・・・ どうなるんだろ・・・。) 

 

 

 

さほど真剣にでもないが頬杖を付いてぼんやり考えていたところへ、放課後

担任から急に呼び出しがかかった。

 

 

 

  (図書委員の事かな・・・?


   まぁ、でも。 一人なら一人で、別に全然いーんだけど・・・。)

 

 

 

必要以上に近寄りたくない職員室の、やたら重い引き戸を開け担任の元へ

向かう。先生達がなにやら忙しそうに動き回り、引っ切り無しに生徒が出

入りしている。


あまりここに入り慣れない私にとっては、ただ踏み入るだけで落ち着かず

思わず肩に力が入ってしまう。

 

 

キョロキョロと見渡し担任の姿を見付けると、そこには先にナナミ君が立

っていた。彼も呼び出されたようだ。落ち着き払った横顔で定規で測った

ような正しい姿勢で立ち、担任の話に頷いている。

 

 

 

 『はい、分かりました。』

 

 

 

ナナミ君が淡々と返答している。低くて抑揚がない、いつものナナミ君の声。


担任とナナミ君の話が終わるのを少し離れて待ち、『先生?』と小さく呼び

掛けると、

 

 

 

 『図書委員、ナナミが引き受けてくれる事になったから。』

 

 

 

担任がえらく満足気に、腕組みをしてにこやかに言った。

その顔はまるで、即座に私から笑顔とお礼の言葉でも飛び出すと思ってるか

の様なそれで。

 

 

『ぇ・・・。』 一瞬渋い顔をした私を、彼は見逃さなかった。

 

 

 

 『よろしく。』

 

 

 

ナナミ君が、目を細め仮面のような上手な笑顔で私に微笑んだ。

 

 

 

職員室を出ると、否応なしにナナミ君と並んで廊下を歩く。


私の足取りは、足枷でも填められているかの様にあからさまに重い。

靴箱のあたりから流れ込む、外履きに履き替える帰宅生徒の何やら楽しげな

声が廊下に響いていて、今の私にはやけに恨めしい。

 

 

自分でも意識しないうちに、私の顔はしかめっ面になっていたようだ。


隣を歩くこの仮面の彼は、生徒会やら諸々担当してるのになぜ図書委員まで

引き受けるだろう。

内申点アップ? 教師陣からの好感度急上昇? はたまた慈愛の精神とでも

いうのか。私には彼の考えている事も、そんな彼に頼む先生もサッパリ意味

が分からなかった。

 

 

背筋をピンと伸ばしてキレイな姿勢で廊下を進む彼を、目の端で睨むように

チラっと見る。すると彼も一瞬コッチを見たため、目が合ってしまった。


ギョっとして慌てて目を逸らした。

その後の沈黙がやたら重くて、咄嗟に話し掛けてしまった私。

 

 

 

 『図書委員までやって、大丈夫なの・・・?』

 

 

 

すると彼は『あぁ・・・ ぅん。』 と、どこか気の抜けた返答をした。


そして慌てて、あの上手な笑顔を後付けした。

 

 

 

 

 

ナナミ君が図書委員になって初めての当番の日。


放課後の教室に彼の姿が見当たらないので、委員のことなどスッカリ忘れて

部活でも行ったのかと、然程気にすることなく、むしろ好都合とばかり私は

少しご機嫌に図書室に向かった。


一応進学校でもある北高はしっかり自習室が完備されている為、勉強したい

人はそちらに籠るので図書室自体はいつもガラガラで、ハッキリ言って委員

が2名も常駐する必要なんてまるで無かった。

 

 

ほとんど人はいないであろう図書室に、一応音を響かせないよう静かにそっ

と引き戸を開け貸出係席へ着こうとしたところ・・・

 

 

 

 『ぁ、やっと来た・・・ ココでいいんだよね?』

 

 

 

もう、そこにはナナミ君がいた。

 

 

先に着いたと思った私より、先に。

居ないでいてくれる事を願った私を、まるで嘲笑うかのように。


なんだか理由もなく腹立たしい。やっぱり彼とは絶対的に相性が悪い。

なんだろうこの腹の底から湧き上がるモヤモヤした感覚は。

 

 

しかし、そんな私をよそに彼は至っていつも通りだった。


いつも通りの仮面の笑顔で、私が素っ気なく教える委員の仕事をいとも

簡単に覚え淡々とこなしてゆく。

 

 

 

 『てゆーか、図書委員ってこれしかやる事ないの?』

 

 

 

両手で数冊掴んだ本をトントンと机に打付け揃えて、涼しい顔をしている。


なんだか上から目線な彼の言葉に思わずムっとしてしまう。

わざとではないのかもしれないけれど、彼の一挙手一投足が気に障って仕

方がない。

 

 

私は、思わずチクリと言い返した。

 

 

 

 『だから・・・


  図書委員なんてやんなくていいよ!

  

 

  もう、なんなら、


  担任にはちゃんとやってるって事にしとくから。』

 

 

 

私はなんとか委員からはずれてほしい一心で彼に言う。


しかし、彼は空気を読めないタイプなのか、はたまた読んだ上で更に嫌味の

つもりなのか、『そーゆう訳にはいかないでしょ・・・。』私を一瞥し呟く。

 

 

煮え切らない彼に、私は尚も続けた。

 

 

 

 『なら、アッチの机で他のことしてていいよ!

  

  ほら、勉強なり読書なり・・・。』

 

 

 

すると、『勉強は授業中しかしないから。』

 

 

 

 『・・・・・・・・ぁ、そうですか・・・。』

 

 

 

授業中のみの勉強で成績トップの生徒代表という現実に、呆れて笑うしかな

い私。”出来が違う ”とはこうゆう事をいうのだと、心の底から痛感した。

 

 

 

空まわり合う私たち。

全てが噛み合わない私たちだった。

 

 

 

毎週金曜日、そんな私たちには図書委員の当番が回ってきた。


私はこの金曜が憂鬱で憂鬱で仕方なかったが、彼はなんとも思っていない

様子で相変わらず私より一足先に図書室に行っては、涼しい顔をして委員

の仕事を全て一人で片付けてしまうのであった。

 

 

図書室閉館までの2時間。

ふたりっきりの、無言の2時間。


私には苦痛でしか無かった。ストレス以外の何物でもなかった。

 

 

どんどん夕刻に近付くにつれお腹も減ってくる。


しかし、物音ひとつしない静かすぎる図書室で、おまけに隣にはサイボーグ

ナナミがいる。彼の前で腹の虫を轟かせるなんて、考えただけで血の気が引

いてゆく。

必死にお腹の音が鳴らないように、息を止めたりお腹を引っ込めたり腹筋に

力を込めたり。

 

 

すると、その時。

 

 

 

      グゥゥウウウウウウ・・・

 

 

 

響いた・・・

時計の秒針しか響かない図書室内に、思いっきり腹音が。

 

 

慌てて腹部を押さえ前屈みになって、誤魔化しきれやしないけれど咳払いを

しようとした。


・・・の、だが。

 

 

 

  (今の・・・ 私のお腹、だった・・・?)

 

 

 

顔を上げパチパチとせわしなく瞬きをし、ふと隣席のナナミ君にゆっくり目

を向けた。

すると、目を見開いてまっすぐ前を向き真っ赤な顔をして固まっている彼。

 

 

そして、トドメのもう一発・・・

 

 

 

      グゥゥウウウウウウ・・・

 

 

 

『あはははははは!!!』 私は、図書室という場所も忘れて思いっきり

大声を出して笑った。笑いは一向に収まらなくて、体をよじらせながら。


チラっと彼を見ると、『うははははははは!!!』 

耳まで真っ赤にして、目を細め大きな口を開けて笑っている。

 

 

二人でお腹を抱えて暫く大笑いして、思わず私は彼に言った。

 

 

 

 『ナナミ君の笑ってるトコ、はじめて見た。』

 

 

 

尚も笑い目尻の涙を指で押さえながら、ちょっとイタズラな目で彼を見る。

 

 

 

 『いつものアレ・・・ ”仮面の微笑み ”でしょ?』

 

 

 

そう言われ、彼はちょっと驚いた顔をして私を見ていた。

思いっきり笑って血色がよくなったほんのり赤い頬を向けて。

 

 

 

 『今の、笑ってる顔の方がいいと思うよ。』

 

 

 

思わず、彼にそう言った。

 

 

彼が、ちょっと照れくさそうに眉根を寄せ拗ねたような顔を向けた。

仮面ではない、彼の顔をはじめて見た日の事だった。

 



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