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■第12話 ふたり


 

 

それからケイタとマリは、いつも二人でいた。

 

 

高校2年、3年と進級し、クラスが離れても。

ケイタは大学進学、マリは就職し環境が変わっても変わらず二人でいた。

 

 

よくケイタの自宅にも遊びに行き、弟コースケとも姉弟のように打ち解け

ていったマリ。


しかし、実家でのケイタの立ち居振る舞いを目にする度に少しだけ心は遣り

切れないもどかしさにザワザワとざわめいた。

 

 

 

 『ねぇ、ケイタ・・・ 


  卒業したら、ほんとに園 継ぐの・・・?』

 

 

 

両親の前でも相変わらず優等生のケイタの姿に、マリは不安で仕方がなか

った。どうしてそこまで必死に繕うのか、正直なところ理解出来ない。


あの頃、大切に大切に書き綴った二人の大学ノートには、ケイタの ”色ん

な国を見てみたい ”という熱い思いが随所に溢れていたのを、マリは忘れ

られずにいたのだ。

 

 

『ご両親に本音をぶつけてみたら?』 マリは何度もそう言った。


しかし、ケイタは頑なに首を縦には振らない。

両親のガッカリする顔を見たくないとの思いが、ケイタをがんじがらめに縛

っていた。

 

 

 

そして、それはある日突然のことだった。

 

 

 

就業時間を終えたマリの職場前にケイタの姿がある。


『どうしたの?』 特に迎えに来るなんて約束もしていなかったのでマリは

驚いてパタパタと駆け寄ると、ケイタは思いつめたように眉根を寄せ、きゅ

っと唇を噛み締めて中々二の句を継がない。

 

 

『・・・ケイタ?』 小首を傾げ真っ直ぐ見つめるマリのその目を、真剣な

少し強張った表情でケイタがじっと見つめ返す。

 

 

そして、ついに震える心許ないそれでこぼれ落ちた。

 

 

 

 『一緒に行こう・・・。


  大学には届け、出してきた。

 

 

  ・・・ふたりで、行こう・・・・・・・。』

 

 

 

やはり、ケイタは動き出してしまった・・・

 

 

それは結局、一番哀しい形として。

”誰にも内緒で黙って行く ”という、最悪の形で。

 

 

 

その夜、マリは一睡も出来ずに考えていた。

 

 

二人で、誰にも内緒で、黙って出て行くという無謀な案。

ケイタはもう大学に退学届を出してきてしまった。


ではマリはどうするのか。

マリは決して大きくはないがとても良い会社で働いている。


それに、父親のことが一番の心配事だった。

父親を一人おいて、しかも何も告げずに出ていくなどそんな事出来ないし

したくはない。


ケイタの両親の気持ちも考えていた。

マリにも優しくし、可愛がってくれる両親の嘆き哀しむ姿を想像する。

弟コースケだって、あんなに兄を尊敬し慕っているではないか。

 

 

 

 

  でも、それでも。 ケイタを、行かせてあげたかった・・・

 

 

 

 

ケイタを応援したい気持ちは際限なく溢れ出していた。

 

 

そのままのケイタで。

ケイタはケイタのままでいいんだと。


もう誰かのために頑張らなくていいんだと。

”優等生 ”じゃなくてもいいんだと。

今まで精いっぱい頑張ってきた ”役 ”を、もう卒業させてあげたかった。

 

 

 

マリは考えた。

一晩中、考えた。

 

 

 

そして、あの頃と同じように ”文字 ”にする事を決めたのだった。

16歳のあの頃のように、素直な正直な気持ちを・・・

 

 

久しぶりに取り出した大学ノートは、日付が高校3年の卒業式で止まって

いた。高校3年間続いた、二人だけの大学ノート。

 

 

ゆっくり懐かしむようにページをめくり、当時の互いの言葉に目を向ける。


最初のページ、初めてノートに気持ちを書き込んだ日が目に飛び込んだ。

それは距離間を測りかねるふたりの、やたらと短い文章で。

 

 

 

 『照れくさくて、2行しか書いてない・・・。』

 

 

 

文字を目にするだけで、当時の気持ちが鮮やかによみがえった。

まるでそれは昨日のことのように、胸を熱くし歯がゆく高鳴らせる。


マリは照れくさそうに嬉しそうにノートで半分顔を隠し、クスリ笑った。

 

 

 

 

    ”ジンマシンが痒い、イケメンが台無し。”

 

 

 

    ”自業自得です。


     正直に言わないのが悪い!(笑)”

 

 

 

 『赤い発疹、なかなか引かなかったっけ・・・


  塗り薬で、ほっぺ、テッカテカに光らして。

 

 

  ケイタ、図書室でずっと手鏡みて、愚痴って・・・。』

 

 

 

 

 

    ”俺、体育祭のリレー、アンカーになった。”

 

 

    ”知ってる。


     だって私、アンカー投票、ケイタに入れたもん。”

 

 

 

 

 『あのリレーで ”優等生のケイタ ”がコケて・・・


  クラス最下位になったっけ・・・ 笑ったなぁ・・・。』

 

  

 

クスクス笑いながらページをめくるマリの手が、止まった。

 

 

 

 

         ”好きだ ”

 

 

 

 

そのページには、このたった3文字を何度も書いては消した跡が微かに残っ

ていた。

 

 

書いては、消し。

書いては、消し。

 

 

少しクシャっとなったあたり。

シャープを握る右手の小指の付け根あたり。


緊張が紙に跡をつけて残っていた。

 

 

本当は全然器用なんかじゃない。


器用に見せているだけで、そつなくこなして見せているだけで。

自分の気持ちを後回しにして頑張っちゃうだけで。

 

 

瞬きをした瞬間、マリの目からひと粒の涙がこぼれ落ちた。

ページの隅にそれは小さな染みをつくって広がる。

 

 

 

 

 

     ”ケイタへ

 

        

      私はケイタを応援するから。

 

 

      待ってるから。


      ケイタが戻るのを、私が待ってるから。

 

      だから、心配しないで行ってきて。

 

 

  

                       マリ ”

 

 

 

 

 

 

その日、ケイタは静まり返った自宅をひとり後にしていた。

大きなスーツケースを、音がしないよう細心の注意を払って転がす。

 

 

園のグラウンドまで足を進め、ゆっくり振り返って自宅を見つめる。


何も知らず眠る両親と弟を思った。

これ以上ないくらい、死んでしまうのではないかと思うくらい胸が痛んだ。

呼吸が出来なくなるほど、鋭利な刃物で心臓をえぐられるような熱を持っ

た痛みが全身を覆う。

 

 

しかし、ケイタは前を向き足早に、気付いた時には大股でグラウンドの土

を蹴り上げ駆けていた。

 

 

早朝の駅に一人、マリの姿がぽつんとある。


ふたりは一緒に空港へ向かっていた。

電車に並んで座るも、互いに一言も言葉を発しない。


ケイタは心許なく俯き、しかしマリはしっかり顔を上げ前を向いていた。

ふたりの手と手だけ、言葉はなくとも伝わる気持ちを、決して変わらない

想いを表すように堅く堅く握り締められていた。

 

 

まだ、人もまばたな国際線の待合席。

 

 

もうすぐケイタは、あの高くそびえ立つゲートをくぐり遠くへ旅立つ。

時間は刻々と迫っていた。


ソワソワと落ち着かなげなケイタに、マリは少しだけ微笑んだ。

 

 

 

 『優等生の仮面はどうしちゃったのよ?


  しっかりしなさいっ! ・・・ ”ナナミ君 ”?!』

 

 

 

 

 

『必ず戻るから、待ってて。』 マリを抱きしめ、ケイタが涙声で何度何度

も囁く。

 

 

ケイタの胸の中で、マリも何度も何度も頷いた。


涙は見せたくない。

なんとか笑顔のままケイタを見送りたい。


”ひとかけらの不安も無い ”という顔をして送り出したい。

 

 

 

 

   そして、ケイタはマリを一人残し空の彼方へ消えたのだった。

  

 

 



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