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■第11話 3月14日


 

 

ケイタからこっそり渡された大学ノートに、肩をすくめ恥ずかしそうに目を

落とすマリ。

 

 

 

 

     ”明日、必ず一緒に帰りたい。


      出来れば、自転車じゃない方がいい。 ”


 

            3月13日   ケイタ

 

 

 

 

『明日・・・。』 否応にも ”その日 ”だという事を痛感する。

 

 

ふたりで帰る放課後には慣れてきていたものの、改めてそんな風に文字にさ

れると恥ずかしさに戸惑ってしまう。


何度も何度もケイタの少し気怠い文字を見つめ、指先でそっとそれを撫でる。

どこか素っ気ないその文章も、照れくさくて敢えてそうなってしまっただろ

う事を想像し、そんなケイタが愛おしくて胸の奥がキュンと音を立てた。

 

 

自室の机上カレンダーに赤色でマルを付けた ”14日 ”が、小さなプレッ

シャーをかけてくる様で、マリはきゅっと口をつぐみ困ったように眉尻を下

げ目を細めた。

 

 

『明日はバスで行かなきゃ・・・。』 マリが小さくひとりごちた。

 

 

 

その日の放課後の教室は、いつもとは違うそれだった。


男子が女子を隠れて呼び出したり、堂々とした受け渡しがあったり明らかに

浮わついた空気が充満している。

 

 

クラスメイトに紛れて目の端でチラっとケイタを覗き見る、マリ。

ケイタもマリへ視線を向け、ほんの少ししかめっ面をして合図をする。

 

 

ケイタの机にドサっと置かれた重たそうな紙袋。


その中にはたくさんの四角い包みが入っている。全て同じ包装紙で同色リボ

ンが付いているそれ。仮面の笑みでクラスの女子にホワイトデーの包みを手

渡しはじめたケイタを、マリは窓際の席で頬杖をついてぼんやり見ていた。

 

 

じっと見つめていた訳ではないのだが、バツが悪そうに眉尻を下げるケイタ

とチラチラ目が合う事にさすがに気まずさを感じ、マリはカバンを持って教

室を出た。クラスメイトの雑踏の中、振り返りもせず一人でパタパタと駆け

てゆくその背中に、何か言いたげに不安そうな目を向けたケイタだった。

 

 

今日は自転車で登校していない為、駐輪場にいても仕方がない。

 

 

何処でケイタを待とうか悩んでいた。

何処に行っても校舎内は仲睦ましい姿で溢れていて、なんとなく居場所がな

い気がした。

 

 

トボトボと当てもなく廊下を歩いていたマリ。


遠くに聞こえる吹奏楽部が奏でる音色と、運動系の部活の快活な掛け声と、

教室のあちこちから漏れる愉しげな笑い声が交ざって流れる。


自分だけひとりぼっちな気がして、何故だか急に心細くなってゆく。

足を止めて長い廊下の窓際に立ち、窓枠に手を掛けてグラウンドを駆ける球

児達をぼんやり眺めていた。

 

 

 

  (なんか、こそこそ・・・ してるなぁ・・・。)

 

 

 

気付かぬうちに小さく溜息がこぼれた。

 

 

 

  (付き合ってる、って・・・


   みんなに知られたら、 ケイタ、どうするんだろ・・・。)

 

 

 

マリは窓に手を掛けたまま背を丸めてうな垂れ、内履きの爪先をぼんやりと

見つめていた。

 

 

すると、遠くからバタバタと騒々しく走る足音が聴こえた。


顔を上げその足音の方へと目をやったマリに、先の廊下をケイタが駆け抜け

る姿が映る。


『ケ・・・』 名を呼び慌てて追い掛けようとした瞬間、一拍早くマリを目

の端に捉えたケイタが慌てて引き返し駆けて来た。

 

 

 

  『か・・・ 帰った、かと・・・ 思っ、た・・・。』

 

 

 

マリを探し、必死に校内を走り回っていたケイタ。

息苦しそうに屈んで頭を垂れ、全身で大きく大きく息をして切れ切れに呟く。


体の横で垂れたその手に掴むのはカバンのみだった。紙袋の大量の中身は全

て配り終わったという事のようだ。

 

 

 

  (いっつも走って息切らしてる・・・。)

 

 

 

マリはケイタの手から紙袋がきれいサッパリ無くなった事にホっとし、ちょ

っと嬉しそうに目を細め笑う。

 

 

 

 『・・・ちゃんと約束したじゃない・・・


  先に帰ったりしないよぉ・・・

  

 

  ・・・どこで待とうか、迷っちゃって・・・。』

 

 

 

肩をすくめると、まだゼェゼェ息をつくケイタの背中をそっとさする。


マリの手の平の熱を背中に感じたケイタもまた、嬉しそうに照れくさそうに

頬を緩めて微笑み返した。

 

 

ふたりは、あと数センチで二の腕が触れあう距離で並んで歩き靴箱に向かう。

互いの間で揺れる手と手は、本当は相手のそれに触れたいと歯がゆく彷徨う。


すると廊下を進んでいる二人の目に、向かいからこちらへやって来るクラス

メイトの姿が見えた。ケイタとマリ、”この日 ”にふたり並んで歩いている

事に、厭らしく目を輝かせヒソヒソ何やら話している。

 

 

咄嗟に、慌ててマリがケイタから少し距離をあけた。


それはまるで、たまたま廊下で一緒になっただけのクラスメイトのように。

女子に人気があるケイタの隣に立つのは、自分では役不足なのではないかと

一瞬かすめて。

 

 

すると、ケイタは即座にそんなマリの腕をぐっと引っ張り、腕をつかんだま

ま廊下を進んだ。真っ直ぐ前を向いたままマリを見ず、なにも、一言も言い

はしない。


そして腕を掴んでいたその大きな手は次第にゆっくり下にさがり、マリの臆

病で自信の無い華奢な指先を掴んで握り締める。

ケイタの無言のそれに、マリは頬を染め潤んだ瞳で俯いた。

 

 

はじめて繋いだ二人の手と手は、緊張と喜びと恥ずかしさでやけに熱を持っ

てしっとりしていて、互い同時にぷっと吹き出して笑ってしまう。


ピアノが弾けるような低音と高音の笑い声が、放課後の廊下に木霊していた。

 

 

 

 

 

夕暮れの帰り道。

少し薄暗い中、ただ黙って手を繋ぎふたり歩く帰り道。

 

 

歩く上下の揺れに襟元の赤いマフラーが肩から落ちないよう、マリは片手で

軽く押さえる。


そっと横を向けば、目の端にはケイタがいる。

軽く頭ひとつは背の高い、凛とした横顔のケイタがいる。

 

 

しばらく歩くと、ケイタは学校から少し離れた公園にマリを促した。

ひと気は全く無い。さすがにもう子供たちが遊ぶには薄暗くなりすぎていた。

 

 

公園の中央、噴水の前まで来てケイタが止まる。


夏の噴水前は大勢の人で賑わっているが、さすがにこの時期は噴き出す水も

なく閑散として少し物悲しい感じが漂っていた。

 

 

するとケイタが左手に掴んでいたカバンから、そっと小さな包みを取り出し

た。それをマリの前にゆっくり差し出し、ひとつ呼吸して言う。

 

 

 

  『コレ・・・・・。』

 

 

 

マリははずした赤い手袋を手提げカバンに入れると、しずしずと両手を出し

て包みを受け取った。


シンプルな四角い包みが手の平にやさしく佇む。

それは紙袋に大量に詰め込まれていたカラフルなそれらとは、あきらかに別

物だった。

 

 

ちょっと微笑みながら、『開けてもいい?』 マリが小さく訊く。


コクリと頷き手持無沙汰で首の後ろをポリポリと掻きながら、照れ臭そうに

ケイタも口許を緩めた。

 

 

そのシンプルな包みには派手なリボンや輝くシールなどは無く、デパ地下で

この時期に特設コーナーを設置して売りさばかれているものとは全く違う感

じがした。

 

 

丁寧にテープを剥がして包装紙をはずす。


すると、中から直方体の小箱が現れた。

小箱のフタをそっと開ける。

 

 

現れたその箱の中身を、瞬きもせず見つめたマリ。

 

 

なにも言わない。

なにも。

 

 

ケイタは息を呑み、マリに気付かれぬよう不安気に視線を向けた。

 

 

すると、

 

 

 

  『キレイ・・・・・・・・。』

 

 

 

マリから絞り出された声は、か細くて不安定で消えてなくなりそうだった。

 

 

指先で掴んでゆっくり目の高さに上げ、弱々しい月明かりに透かして見る。

それは、七色に輝くビーズのストラップだった。


心許ない月光にも反射して目映く光り、ほんの少し吹いた風にゆらゆら揺

れてその色をマリの潤んだ瞳に映す。

 

 

目を細め、嬉しそうに泣いてしまいそうに『キレイ』と何度も何度もマリ

は繰り返し呟く。

 

 

 

 『キレイ・・・


  キレイ・・・

 

 

  すっごい・・・ キレイ・・・・・。』

 

 

 

その嬉しそうな横顔にしばしぼんやり見惚れ、ケイタもまた泣き出しそうに

『ケータイ持ってないのは知ってるんだけどさ・・・。』 と呟いた。

 

 

すると『ううん!』と首を横に振り、『あっ! カバンに付けるっ!!』


マリはその場にしゃがみ込み、手提げカバンの片方の持ち手へくくり始めた。

 

 

しかし、夕闇のどんどん下がってゆく気温に指先がかじかんで、巧くストラ

ップはくくれない。凍えて赤く染まる指先にハァと息をかけて温め、ストラ

ップの紐と格闘するマリの姿を目に、ケイタが隣にしゃがみ込んだ。

 

 

そして『ちょ、貸してみな?』 

優しく目を向け、マリの指先からそれを受け取った。

 

 

 

 

 

   一瞬のことだった・・・

 

 

 

 

 

しゃがんでふたりの顔が近くなった、瞬間。


今までで一番近い距離で目が合い、互いの吸って吐く息を頬に感じ、マリが

慌てて目を逸らそうと俯きかけた、その瞬間。

 

 

 

 

 

   ケイタが、そっと、唇を近付けた。

 

 

   ただ、ほんの少し触れただけの。


   それは小さな、とても小さな・・・

 

 

 

 

世界中の音が消えてなくなった。

 

 

 



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