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■第10話 たった一人だけ


 

 

  コンコン・・・

 

 

 

自室のドアをノックすると同時に『兄ちゃ~ん?』と声を掛けながら部屋に

入ってきた弟コースケ。

 

 

ベッドに仰向けになりぼんやりと小さなカードを眺めていたケイタは、体を

起こしてコースケへと目を向けた。ノロノロと気怠そうに起き上ったその顔

も首も腕も、赤く広まった発疹で見る影もない。

 

 

『これ、頼まれたよ』と手に掴んだそれを差し出したコースケ。状況がイマ

イチ把握出来ずコースケの顔と手元を交互に見たケイタの目に、ケイタとマ

リの大学ノートが映った。

 

 

『え?! これ、どうした??』 勢いよく前のめりに上半身を起こし再度

弟の顔とノートをせわしなく見ながら、慌ててページを開く。

 

 

 

 『・・・・。』

 

 

 

そこにあった2行のそれに、顔も耳も一気にジリジリと熱くなる。

 

 

すると慌てて立ち上がり、少しくたびれた部屋着のまま自室を飛び出してゆ

くケイタ。騒々しく大きな音を立て、ドアも開けっ放しにして。


部屋に一人残されたコースケが、あまり見たことがない兄の慌てぶりに目を

白黒して驚き固まっていた。

 

 

階段を2つ飛ばしで駆け下り、裏口にあった父親の不格好なサンダルを引っ

掛け飛び出すと勢い余って転びそうになりながらグラウンドへ向けて駆ける。

 

 

そのがむしゃらに駆ける先に、膝を抱えてしゃがみ込み元々小さな身体が増

々小柄に見えるシルエットがポツンと。


こんなにグラウンドは広かっただろうかと思う程、必死に脚を蹴り出すのに

マリまでの距離がなんだか遠い。


1秒でも早く、1ミリでも近く、マリの元へ駆け付けたいのに。

 

 

 

 『・・・・。』

 

 

 『・・・・。』

 

 

 

マリの前へと滑り込むも息が上がって肺が苦しくて、すぐには言葉が出ない

ケイタ。マリも来てくれることを乞うその姿がいざ目の前に現れると、恥ず

かしいのと不安な気持ちで、ただの一言も言葉を紡げない。

 

 

互いに泣きだしそうな顔をして、ただ見つめ合っていた。

 

 

すると、

 

 

 

 『・・・ジンマシン・・・ 酷いじゃない・・・。』

 

 

 

暫し黙って見つめていたマリが、ケイタの頬や首筋に見える発疹を見て哀し

そうにしかめっ面をした。

 

 

そして、『ねぇ・・・?』 


マリが更に切なげに続けようとした時、

 

 

 

 『・・・食べた。

 

 

  食べたのは・・・ ナミキの、だけ・・・ 


  ナミキがくれたのだけ・・・ 食べた・・・。』

 

 

 

 

 


      ”今、目の前のグラウンドにいます。 


         もしかして、チョコ食べてくれたの? ”

 

 

 

 

ケイタが片手に握りしめる大学ノートが、ギュっとひしゃげる。

真っ白なページには、たった2行。マリの丸い小さな文字が並んでいた。

 

 

そのケイタのやわらかいが熱を帯びた言葉に、咄嗟に俯いたマリ。

 

 

 

 (あんなキレイな顔を赤い発疹だらけにして、


  そうなるの分かってて、

 

 

  それでも食べてくれたんだ・・・。)

 

 

 

マリはゆっくり顔を上げてそっと手を伸ばし、少し震える指先でケイタの頬

に触れた。


無数の赤いそれは触れたら痛いのか痒いのか分からず躊躇いながらも、それ

でもどうしても確かめずにはいられなかった。

外気の冷たさで冷えたマリの細い指先に、ケイタの燃えるような頬の熱。

 

 

 

 『ノートに書いといてよね・・・

 

  ”嫌いな食べ物 ”・・・ チョコ、って・・・。』

 

 

 

少し不貞腐れるように目を眇め呟いたマリに、ケイタは落ち着きなく目を伏

せて小さく小さくこぼす。

 

 

 

 『いや・・・ 


  だって・・・

  

 

  それ、書いたら・・・ 貰えなくなると思って・・・。』

 

 

 

それはいつも学校で見え隠れする自信満々で傲岸不遜な声色とは全く違う、

切ないほどに心許ないものだった。


『バカみたい・・・。』 そう呟くマリの声もどこか笑っているような、

泣き出しそうな不安定なトーンで響く。

 

 

そしてふたり、再び黙ったまま泣きだしそうな目で見つめ合った。

互いの赤い頬、つぐんだ唇、潤んだ瞳にほんの少し目を細める。

 

 

 

 『じゃぁ・・・ 


  ・・・来年は、クッキーにするね・・・。』

 

 

 

小さく小さく呟いたマリ。


照れくさそうに咄嗟に俯いてしまったため表情は見えないが、柔らかな栗色

のサイドの髪の毛の間からのぞく耳が真っ赤に染まっている。

 

 

 

 『ぅん・・・


  ・・・ナミキのだけ、食べるから・・・。』

 

 

 

同じくらい耳を真っ赤にしたケイタが、震える声で小さく答えた。

 

 

赤らむふたりに、少しだけ雪が散らついていた。

 

 



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