■第1話 Side:ケイタ
■第1話 Side:ケイタ
『ナミキさん・・・ 今日、日直だよね?』
僕は片手に掴んだ学級日誌をヒラヒラと目線の高さにチラつかせ、初めて
話し掛けるそのクラスメイトの反応を待った。
彼女は一瞬表情が読み取れない目で僕をみて、その後黒板の右隅。日直当
番2名の名前に自分の苗字を確認すると、慌てて立ち上がりやたら馬鹿丁
寧に僕に謝った。
クラスメイトとは思えないほどの余所余所しさと、他人行儀ぶりに面食ら
った僕。
(確かに初めて会話するけど、そんなにかしこまらなくても・・・。)
すると彼女は、小さい声で言った。
『ナナミ君て、ほんとすごいよね・・・。』
それは、彼女の嫌味のつもりだったのだろうか・・・
その時の僕は、言われ慣れた ”すごい ”という言葉に何故か少しだけ違和
感を感じていたんだ。
出席番号順で当番が回ってくる日直は、僕 ”ナナミ ケイタ ”と彼女 ”ナ
ミキ マリ ”が今日の担当だった。
放課後、教室の掃除も終わりほとんどのクラスメイトが部活に行ったり、
家に帰ったり閑散としはじめた中、僕と彼女は日誌のまとめをしていた。
開け放した窓から入る緩い風が、色褪せた白色のカーテンと黒板前に立つ
彼女の柔らかそうな栗色の髪の毛を軽く揺らす。
『明日の日直は・・・。』 黒板の日直名の空欄に白いチョークをコツコツ
とあて彼女が斜め上を見上げてクラスメイトの名前を思い出そうとしていた
ところへ、
『ニシダ・ニノミヤ』 と即座に口にした僕。
別に得意気になって即答した訳でも、級友の名を思い出せない彼女への当て
つけでもなかったのだが、彼女は僕の方へ振り返りまたすぐ俯いてちょっと
笑った。
思わず、『人の名前覚えるの得意なんだ・・・。』
意味もなく早口で言い訳めいた僕。
すると、
『やっぱりすごいよね、ナナミ君は・・・
”西中のナナミケイタ ”って言ったら、有名人だもんね?』
肩をすくめ笑いながら、彼女が続ける。
『成績優秀~ぅ、スポーツ万能~ぉ・・・の、元テニス部主将。
西中の元生徒会長で、今年の北高・新入生代表で答辞までつとめて。
おまけに多くの女子の注目の的っ! ・・・なんでしょ?』
僕は小馬鹿にされている様な気分になり、内心ちょっとムっとしたがそんな
事おくびにも出さず軽くニコっと微笑んでみせた。
すると、
『ナナミ君演じるのって、疲れそうだね・・・。』
そう言ってまるでスキップでもするように軽快に駆け寄り、彼女は僕から日
誌を奪うと、『日誌、担任に渡して帰るね。 じゃあ。』 と僕の方を見も
せず教室を出て行った。
それは、鼻歌でも歌いはじめそうに上機嫌な横顔だった。
せっかく用意した僕の微笑みには一瞬も目を向けることなく、職員室へ向け
廊下を駆けて行った。
僕はクラスの学級委員長の他、中学からやっているテニス部に入部し推薦
されて入った生徒会では書記も担当していた。
中学から生徒会長やら学級委員長やら部活主将やら、色々やってきたので
それらにはなんの抵抗もなかった。
教師や級友に『ナナミしか出来ないから』と頼まれれば、快く引き受けた。
おまけに勉強も不得意ではなかった。
あんなのなんて、要点を押さえるコツさえ掴めばなんでも一緒。
塾などには通った事が無かったが、成績は常に上位にランクインしていた。
決して公言したりはしなかったが、僕の中では当たり前の事だった。
いつもニコニコする事を心掛けていたから、やたら女子も集まってきた。
”笑顔 ”と ”やわらかな物腰 ” このふたつで大抵は簡単に良い印象を
与える事が出来る。
それもまた、僕の中では当たり前の事だったんだ。
日直の後、部活へ顔を出した。
特に好きという訳でもなかったけれど、執拗に勧誘を受け入部したテニス部
で暗くなりボールが見えにくくなるまで練習を続けた。
部活の仲間に笑顔で挨拶をして別れると、自転車に乗り家路へ向かう。
実家は保育園経営をしており、両親からは当たり前に園を継ぐものだと思
われているようだった。
それについて話し合った事はないけれど、長男の僕に任せる以外の案なん
て彼らの中には無かったのだと思う。
弟コースケの方が子供好きという点では向いているようにも思えたが・・・
(ナナミ君演じるのって、疲れそうだね・・・。)
彼女の一言が、一瞬、頭をかすめ流れた。
毎日は、当たり前のように過ぎてゆく。
僕は、当たり前のように
勉強をし、
部活をし、
上手に微笑んで、
僕という役割をこなしてく。